「良かった、生きてて」
そう言って、彼は笑った。
「…」
お腹の音で生存確認したってこと?
「お腹が空くのは、生きてる証拠でしょ?」
間違ってはないと思うけど…。
「う、ん…」
いつの間にか私は、吸い込まれるように彼の目を見ていた。
「このままここに居るのも何だし、何か食べに行きませんか?」
「………」
あれ、やっぱりこれはナンパってやつ?
でも私、顔グシャグシャだよ?
「俺もお腹空いてるんだ」
「…」
もう、ナンパでも何でもいいや。
優しく笑いかけてくれる彼に、ふんわりと包まれているような感覚を覚えたーーー。

「こちらのお部屋でお願いしまぁす」
「ありがとうございます」
店員に案内された部屋の扉には、206と表示されていた。
それは、名前も知らない彼に連れてこられたカラオケボックスの部屋番号だった。
「…」
律儀にお礼を言ってたくらいだから悪い人ではなさそうだけど…大丈夫、かな。
「入らないんですか?」
入り口のところで立っていた私は、
「え、あ、うん…」
2人きりになってしまう空間に少しの不安も連れて、ドアを閉めた。
「メニューどうぞ」
「…」
受け取ったメニューを開くと、また涙が溢れてきた。
こんなはずじゃ、なかったのに…。
「え⁈ごっ、ごめんなさい!俺が何かしちゃった…かな」
違うと言いたかったけど涙しか出てこなくて、私は首を横に振った。
「……」
「……」
そして少しの沈黙の後で、
「よし!」
と言う声が、頭の斜め上あたりから聞こえてきた。
その声につられて顔を上げると、
「腹いっぱい食べよ!」
彼と出会って間もない私に、何度も見せてくれているその笑顔が、優しく映った。