「あの…」
「はい?」
「そろそろ、腕を…」
放してほしいんですけど…。
「あー…」
私の言葉に、何やら考えているような素振りを見せる。
何なのこの人…新手のナンパか何か⁈
そう思いながら、私の腕を掴んでいる彼の手を見つめた。
綺麗な手だな…。
「あなたが死なないって約束をしてくれたら、放すよ」
「…!」
言葉が出てこなかった。
その代わりに、また涙がポロポロと溢れ出した。
「わっ!ご、ごめんなさい!放す、放すから!」
慌てた様子で私の腕から手を放すと、彼は泣き止まない私を見てオロオロとしているようだった。

「………」
隣に健也が居ない私の人生など、意味がない…。
こんなに辛く苦しい気持ちを背負って、生きていきたくないの。
だから、死なない約束は…できない。
でもーーー、
「なん…で?」
「え?」
「何で、私が…」
死のうとしていると思ったの…?
「あぁ、だって、人生終わった感満載の顔してたから」
「そっか…」
涙を拭きながら、ふうっと息を吐き出した。
この人混みの中で、彼は私に気付いてくれた…。
気付いて…止めに来てくれた。
「ありが…とう」
私はちゃんと、笑顔かな…?
さっきまで彼が掴んでいた私の右腕は、まだ少しだけ温かかった。
この人は悪い人じゃないと、そう思いたい私がいた。
「え?あ、いや、お礼なんか…」
彼が、何故か少し恥ずかしそうに話し始めた時、ぐう〜っという音に遮られた。
私のお腹が鳴ったのだった。
「あはは」
彼が小さく笑ったけど、不思議と恥ずかしいとか嫌な気持ちになることはなくて、
「ふふ…」
私も一緒に笑っていた。
こんな状況でも身体は正直だ…私は料理を一口も食べる事なく、会計だけ済ませてダイニングバーを出たのだから。