そうしてやってきた5月3日の今日、俺は朝から落ち着きがなかった。
今日は田崎さんの誕生日ーーーそんな事はどうでも良くて。
田崎さんが、彼女の幸さんに別れを告げる予定の日だ。
「…」
別れないで欲しい気持ちと、別れて欲しい気持ちが、俺の中で葛藤を続けていた。
でも田崎さんは、躊躇うことなく別れ話が出来る人だと思うから…だから俺の足は、暗くなり始めた頃には駅へと向かっていた。

田崎さんが幸さんと会うと言っていたバーの最寄り駅で降りると、改札を出て少し歩いたところで立ち止まった。
だいたい、何時に待ち合わせているかも俺は知らない。
もしかしたら気が変わって、仲良くお酒を楽しんでいるかもしれない。
それとももう、バーを出た後かもしれない。
居ても立っても居られなくて家を出てきたのはいいけど、無計画すぎたな…。
平日ならともかく、ゴールデンウィーク中の夜のこの人混みじゃ、とてもじゃないけど探せる自信なんかなかった。
そもそも幸さんは俺のこと知りもしないのに…俺は何がしたいんだ………そんな事を考えながら近くの歩道橋に目をやると、
「…?」
行き交う人たちの合間に、止まっている人がいる事に気がついた。
そして俺がその歩道橋の上まで来た時、
「あ…」
その人が誰かをーーー認識した。
そして俺は気が付いた。
彼女に、逢いたかったんだとーーー。

少しだけ近づいてみたけど、彼女ーーー幸さんは、俺には気付く様子もなかった。
ーーー幸さんは、泣いているように見えた。
泣きながら、歩道橋の下…道路を見下ろしている幸さんに、俺はハッとして走り寄った。
「あ、あの…!」
その勢いで、幸さんの腕を掴んだ。
下を見続けていたら、そのまま歩道橋から飛び降りてしまいそうなくらい危うくてーーー…。
「ーーー健…」
涙を零しながら振り向く幸さんを見て、俺は田崎さんに怒りを覚えた。
それでも、今は目の前の幸さんを何とかしなきゃいけない。
「月が…綺麗ですね」
とっさにこんな言葉しか出て来なかった。
それなのに幸さんは月を見上げて、
「は…い……」
と応えてくれたから、俺は嬉しくて笑顔になってしまった。
こうして、月の綺麗な夜、奇跡的に俺と幸さんは出逢った。