私は、ぼんやりとしていた…。

駅前の歩道橋の上から見える車のヘッドライトが時々ぼやけるのは、私が泣いているからで。
涙は、受け入れられない現実から目を背けるために流れているようだった。
いや、現実を受け止めているからこその涙かもしれない…。
「………」
そんなことは、もうどうでも良かった。
このまま歩道橋から飛び降りて、死んだっていいと思っているのだから。

"素敵なお店でしょ?"
"そうだな"
"健也(けんや)、お誕生日おめでとう!"
それは、カクテルの入ったグラスをカチンと合わせた直後だった。
"(さち)…"
ついさっきまで幸せの真っ只中にいたのに…。
"幸、あのさ…"
"なぁに?"
"ーーー別れて欲しいんだ"

「…っ」
また視界が、ぼやけてきた。

健也とは高校生の時から付き合ってて、もうすぐ8年だった。
1歳上の健也は、優しくて、カッコよくて、憧れの先輩だった。
高校2年生の夏休み前に思い切って告白ーーーまさかのオッケーだった時は、気を失うんじゃないかと思った程だった。
デートもキスもセックスも、私の初めては全部健也とだった。
大学を卒業して、私は社会人3年目で健也は4年目ーーーこのまま結婚するんだと、思っていた…。
でも、そう思っていたのは、私だけだったんだ。

"ーーー別れて欲しいんだ"
"え………健也…?"
聞き間違いかと思った。
"別れよう、幸"
健也のお誕生日を祝うために予約したオシャレなダイニングバーで、まさかの展開。
"耳を疑う"ということを、初めて経験した。
"なん…で……"
"なんつーか、幸とは長かっただろ?"
"………"
"そろそろ、新しい恋愛でもしようかと思って"
"何…それ"
"別に結婚前提で付き合ってたワケじゃねーじゃん、オレ達って"
少しも悪びれた様子がない健也を前に、身体中の力が抜けたのが、自分でもわかった。