来光くんの懐からその雑誌を取り上げて、「俺はこのケツでかい子やなぁ」なんて感想を言う。
前言撤回だ、頼りになる兄貴肌なんて言っちゃダメな人だった。
「子供たちの情操教育に良くないから、そういうのは隠れて部屋で見なさい。バカタレ」
聖仁さんが呆れた顔でそう言った。
そして「おわっすげぇ!」と感嘆の声を上げながら中身を見聞する瑞祥さんに拳骨を落とした。
「それで、まさかこんな公衆の面前でずっとそんな雑誌読んでたわけじゃないよね?」
聖仁さんの問いかけに三人は赤べこのように首を振った。
そしてテーブルの隅に寄せられていた「第1回1学期奉納祭攻略作戦会議」と書かれたA4の紙を慶賀くんが掲げる。
「奉納祭に向けて作戦会議してたんだよ! これはガチ! 信じて巫寿!」
あまりにも必死な形相で私を見るので思わず苦笑いだ。
「もう奉納祭のこと話し合ってるの? ちょっと早くない?」
「確かに毎年奉納祭終わったあたりからだけど、俺ら去年は参加できなかったからさぁ。今年は全種目で一位かっさらうために早めに準備してんの!」
なるほどね、と聖仁さんが頷く。
奉納祭というとその学期の学習成果を発表する学校行事で、年に二回一学期の終わりの二学期の終わりに行われる。感覚としては体育祭や文化祭に近い。
去年は開門祭の日に起きた事件のせいで大ダメージをくらった私たちは一学期の後半をずっとベッドの上で過ごすことになったせいで奉納祭には参加出来なかった。
だからうちのクラスからは参加したのは恵衣くんだけで、恵衣くんはかなり大健闘したらしいけれど他が全て棄権だったので惨敗したらしい。
「今年は怪力の鬼市がいるから力技系の種目は圧勝できるだろうし、信乃と瓏の妖火も汎用性が高いからな」
「巫寿の授力で全員のステータスも底上げもできるから、持久戦だけ人選誤らなければなかなかいい線いくと思うぜ」
ふむふむと頷きながら話す慶賀くんと泰紀くん。
聖仁さんはそんなふたりに苦笑いを浮べる。
「お前ら、そういうこと考える時だけは賢い会話するね」
ふふん、とふたりが自慢げに胸を張る。
褒められてはないんだけどな。
「そういえば……私、奉納祭は二学期しか出たことがないんだけど、一学期の奉納祭は具体的にどんなことをするんだっけ?」
「よくぞ聞いた巫寿!」
パチンと指を鳴らして私を指さした慶賀くんがニヤリと笑って立ち上がる。
ダンッとテーブルに片足をついてトンと胸を張った。
「一学期奉納祭のと言えばこの俺、志々尾慶賀! 神修のお祭り男と呼んでくれ!」
「お行儀悪いから足下ろしなさい」
聖仁さんの冷静なツッコミに胸を張ったまま足だけ下ろした。
なるほど、慶賀くんって体育祭で張り切る系の男子だったんだ。
「そもそも奉納祭は、学期ごとに趣向が違うってのは知ってるよな!」
「うん。一学期が詞表現実習で習ったこととか運動系ので成果発表で、二学期が雅楽とか舞の文化系の発表なんだよね?」
初めて奉納祭の存在を教えてもらった時に、一学期が体育祭で二学期が文化祭みたいな感じなんだなと思ったのをよく覚えている。
二学期の奉納祭はクラスや部活動ごとの発表もあって、中学の時の文化祭とよく似ていた。
「そ! 巫寿が言う通り、一学期の奉納祭は体を使って競い合う競技がメインなわけ! 例えば鎮火祝詞で怪火の鎮火スピードを競い合ったり、文鳥を目的地までどれだけ正確に早く飛ばせるか競い合ったり!」
普通の体育祭では絶対に聞かないような種目にへぇと目を丸くした。
「でもやっぱりメインは後頭部の全生徒が出る模擬修祓だな!」
「あれは毎年盛り上がるよなぁ」
模擬修祓?と聞き返す。
よくぞ聞いてくれましたとばかりに慶賀くんがまた立ち上がって嬉々として教えてくれた。
模擬修祓とは名前の通り実践を想定した修祓のことで、神修の教員によってフィールド上に用意された残穢や呪いを習った知識で祓っていく個人競技らしい。
「でもそれって一年生は不利なんじゃない? 知らない祝詞もあるだろうし」
「この競技は正確性が一番重要視されるんだよ。だからただ難しい祝詞を奏上して強い呪いを祓ったところで加点にはならないし、習ったことさえちゃんと出来ていれば一年でも優勝できるんだぜ」
なるほど、よく考えられた競技だ。それなら学年が違っても不平等にはならない。
ちなみに去年の優勝は聖仁さんで、二位が恵くん衣だったらしい。納得だ。
「今年こそは根こそぎ一位かっさらって、絶対優勝するぞ! お前ら、寝る間も惜しんで練習だ!」
「おおー!」
盛り上がる男子勢にやや置いてけぼりになる。
そんなに奉納祭にかけてるんだ……。
「盛り上がってるなぁ。まぁ優勝したら金一封あるしね」
暖かい目で見守る聖仁さんに「金一封ですか?」と聞き返す。
「そ、金一封。優勝したクラスには色んな特典があるんだよ。例えば夕飯の献立をなんでもリクエストしていい権利とか、朝拝一週間免除とか」
それを聞いて納得だ。だからあんなに必死なんだ。確かにどれも魅力的な特典だもんね。
それから過去の奉納祭の話になって、慶賀くんが熱中しすぎて袴のおしりが裂けているのに最後まで気が付かなかった話が始まる。
就寝時間になるまで、みんなでゲラゲラ笑い転げた。
翌日から神話舞の稽古が始まった。
と言っても私の役は去年と同じ巫女助勤で、振り付けもそこまで変わらない。
舞ったのは一年前だけれど案外体は覚えているもので、なんなら去年よりもいい感じだと初日から禰宜に褒められたくらいだ。
メンバーも去年とそこまで変わっていないから雰囲気も終始和やかなまま、一時間半の稽古が終わる。
いそいそと帰り支度を整えていると「お疲れ様、巫寿ちゃん」と聖仁さん達に声をかけられた。
「早速褒められてたね。流石だなぁ」
「ガハハッ、巫寿は私の秘蔵っ子だからな!」
瑞祥さんに抱きしめられてぐりぐりと頭を撫でられる。
「部活もあと十分くらいで終わると思うんだけど、顔だけ出してこようと思って。巫寿ちゃんどうする?」
「あ、私この後授力の稽古があって」
この後は本庁の稽古場を借りて誉さんと先見の明の稽古だ。
そう伝えると二人は頑張れ、と私の背を叩く。
手の温かさが嬉しくて少しはにかみながら大きく頷いた。
前来た時と同じように本庁の受付で名前を伝えれば、若い役員に中へ案内された。
事前に聞いていたとおり、今回は室内の稽古場へ案内される。こじんまりとした板張りの床の一室で、壁には神棚が祀られている。どこにでもありそうな稽古場だった。
神棚の下には姿勢を正して手を合わせる誉さんの姿があった。
「こんにちは。遅くなりました」
その背中に声をかければ、誉さんはぱっと顔を上げて振り返った。
「巫寿さん、こんにちは。神話舞の稽古が始まったんでしょう。疲れているのに私の予定に合わせてもらって悪いわね」
「いえ……! こちらこそわざわざ来て……いただいて……?」
私、いつ誉さんに神話舞の話をした?
誉さんと会ったのは神話舞に誘われるよりも前の事だ。なんなら稽古が始まる日だって、顔合わせの日にやっと決まった。
どうして誉さんが知っているの?
「ふふ、不思議いっぱいって顔ね。私が誰か忘れた?」
ゆっくりと目を弓なりにした誉さんに「あっ」と声を上げる。
「もしかして先見の明で……?」
「ご明察。さぁ、稽古を始めましょう」
誉さんにこれまでの事を尋ねられた。これまで私がどんな時に先見の明を発動したか、ということだ。
思い当たる一度目は一学期の開門祭だった。確か神話舞の一回目の舞台が終わって、疲れて控え室で居眠りをしていた時に、クラスメイトのみんなが危険に晒されるのを見た。
そこからも何度か無意識に使ったことはあったけれど、どんな時と聞かれると場面は様々だ。
最初は眠っている時に見たし、最近は立っている時に脳裏をよぎるように見る時もある。
ふむふむと頷いた誉さん。
「そもそも巫寿ちゃんは、先見の明はなんだと思う?」
先見の明が何か?
先見の明は授力のひとつで、未来を見通す力ではないんだろうか。
私がそう答えると誉さんは小さく首を振る。
「簡単に言えば未来を見通す力であっているけれど、本質は違うのよ。よく思い出して。先見の明がどんな時に発動したか」
どんな時に発動したか……。
目を閉じてもう一度去年のことを思い出した。
開門祭で空亡の残穢が封印された場所へ行って戦った時、学校で蠱毒に襲われそうになった時、山で遭難したおじいちゃん達が土砂崩れに巻き込まれそうになった時。
あ、と小さく呟く。
「どれも誰かが危険に晒されていた時────ですか?」
その通りよ、誉さんは深く頷いた。
「先見の明は他の授力とは違って、発動条件があるの。それは先見の明の本質が"危機回避"だから」
「危機、回避……」
「そう。先見の明の発動条件は"誰かに危機が迫っている時"」
思い返せば見た未来は誰かが怪我をしたり苦しんだりする姿で、どれも目を背けたくなるような光景ばかりだった。
「先見の明は迫り来る危機を事前に見ることで、それを回避する力なのよ」
そう、だったんだ。
だから私は何度も何度も、皆が危険に晒される瞬間の未来を見たんだ。
そこでふと気が付く。
「あれ……でも発動条件が"誰かに危機が迫っている時"なんだとしたら」
「そう、その通りよ。先見の明が他の授力とは大きく違うのはそこなの」
誉さんは苦い顔で頷く。
鼓舞の明を使うには決められたステップを踏む必要があり、書宿の明は文字を書くことで力が宿る。どの授力も呪力保有者が何かしら働きかけることで力を生み出す。
でも先見の明の発動条件は"危機が迫った時"。
つまり私自身の力だけじゃ、どう足掻いても先見の明を使うことは出来ないということだ。