金曜日の深夜十一時半。眠れない夜はベッドに寝転がりながら、SNSを見てしまう。
 おすすめ欄には美味しそうな手料理の写真。私はポンっといいねを押す。私の癒しは、疲れた時にSNSの写真を眺めること。綺麗な景色、美味しそうな料理、可愛らしい動物。SNSには沢山の穏やかな写真が流れている。
 美味しそうな料理の投稿のコメント欄を開く。自分ではコメントをすることは少ないが、人のコメントを見るのは好き。

「めっちゃ美味しそうです!」
「こんな料理出てきたら、疲れとれる〜」
「次の投稿も楽しみにしています!」

 穏やかな動画や写真には優しいコメントが多い気がする。だからこそ私もコメント欄を見れるのだけれど。その時、ふと目に入ったコメント。

「元カノがこんな感じの料理作ってて、思い出して最悪」

 どう見ても良い意味ではないコメント。コメントの投稿者の思い出などこの美味しそうな料理には何も関係ないのに。

「はぁ……」

 疲れた時に見る棘のあるコメントはいつもより私の心を(えぐ)る感じがした。スクロールをして別の写真を探す。穏やかで綺麗な写真が見たいだけなのに。

「#綺麗な景色」

 ありきたりな検索方法だけれど、まぁ良いだろう。検索すると沢山の美しい景色の写真が並ぶ。しかし、統一感がない。
「#空」とかにしてみる?でも、今はもう夜だし綺麗な青空を見たい気分でもない。私は悩みながらも検索欄に文字を打ち込む。

「#星空」

 すると綺麗な星空の写真が並び、どの写真も綺麗に星が写っている。やっぱり投稿するだけあって、綺麗な写真が多かった。
 次は何を検索しようかと悩んでいると、携帯にメッセージが入る。

「10%OFFクーポン配布中!今すぐにーーーー」

 多分、昔にフォローしたどこかのお店の公式メッセージ。私はすぐに指で通知を弾いて、消してしまう。しかし、そのメッセージのせいで集中力が切れて、一旦携帯を枕のそばに置く。

「はぁ……」

 家で一人でいると出るのはため息ばかり。折角、綺麗な景色を見てたのに……

 そう思いながら、寝転んでいると気づけば眠ってしまっていた。

 それでも、暫くするとしっかりと布団を被らずに寝たからだろうか、少し寒気がして目を覚ます。どれくらい眠っていただろう?

「ん……」

 目を擦りながら、携帯の傾けると「2:50」と表示されている。

「うわ、最悪」

 寝ぼけながら私は立ち上がって水を飲んだ後、電気を消してもう一度べッドに寝転がって携帯を開く。暗い部屋では携帯の電気がいつもより明るく感じる。
 ロック画面をスライドすると、無数の星空の写真が表示される。ああ、そうだった。画面をちゃんと閉じる前に寝たんだった。私は寝ぼけたまま、星空の写真を更新する。
 新しく表示された星空の写真も良かったが、先ほどの写真との大きな違いは分からない。その中で、ふと目を惹く写真があった。
 星空をバックに風車が写っている写真。暗い色の空に白色の風車がとても映えている。綺麗、と思った私は無意識にいいねを押していた。
 しかし、よく見てみると3いいねになっている。
 え?こんなに綺麗な写真なのに、なんでいいねが3個だけ?
 ふと気になって、その人のプロフィールに飛んでみると私が見ていた星空の写真が初めての投稿だった。しかも、投稿時間はわずか10分前。
 ああ、なるほど。初投稿だったんだ。
 名前の欄には「nishino」と書かれている。「にしの」さんか。その人のプロフィールの自己紹介には「風景写真を撮るのが趣味です」としか書かれていない。
 こんなに綺麗な写真を撮る人だから、きっとこれからの写真も綺麗だろう。しかも、私の好きな風景の写真。私はその人をフォローした。
 一人目のフォロワーになるのは、少しだけドキドキしたがわずか10分前の初投稿で3いいね。きっとこれからフォロワーも増えるだろう。
 私はそっとコメント欄を開いて、「とても綺麗な写真で感動しました!これからも応援しています!」と送信する。
 私が送信した後にコメント欄の数字がゼロから一に変わる。それがどこか嬉しかった。
 すると、すぐに私のコメントに写真の投稿者からメッセージが来た。
 初めてのコメントだったからなのか、投稿者が律儀な人なのかは分からないが「ありがとうございます。励みになります」と返ってくる。私はポンっとその返信にいいねを送った。
 そして、10分ほど他の星空の写真を見て、そろそろもう一眠りしようかと思った時。携帯の通知が届く。

「『nishino』が投稿を行いました」

 あれ、もう次の投稿?

 そう思った瞬間……

「『nishino』が投稿を行いました」
「『nishino』が投稿を行いました」
「『nishino』が投稿を行いました」

 十件ほど一気に通知が届く。何が起こったのか分からなくてすぐに携帯を開くと、美しい風景写真が十枚更新されている。
 ああ、撮り溜めていた写真を一気に投稿したのか。
 ひまわりの写真から始まり、紅葉、雪、夜空、そして最後の写真は桜。この人は投稿を始める一年前から写真を撮っていたのだろう。
 どの写真もあまりにレベルが高くて、私は順番に投稿に写真を見て、いいねを押していく。その中でも一際(ひときわ)好みの写真があった。
 雪が積もっている中での風車の写真。構図からして、初めに見た星空の風車の写真と同じ場所だろう。風車の白と雪の白色があまりに綺麗で……いや、そんな理屈よりただただ惹かれる写真だった。
 私はその写真のコメント欄を開き、コメントを送る。

「この写真、とっても好きです!次の投稿も楽しみにしています!」

 すると、またすぐに返信が届いた。「コメントありがとうございます。励みになります」先ほどとほぼ同じ文章に私は笑ってしまった。SNS慣れしていない所が写真の投稿者のイメージにぴったりでむしろ好感度が上がってしまう。
 私は投稿者からの返信にいいねを押し、もう一度その写真を見返した。
 写真に添えられた投稿文は「雪と風車」としか書かれていない。しかし、よく見ると投稿文の下に「#あおみ里の丘南園地」と書かれている。
 え?あおみ里の丘公園って私の家の近くの公園だ。近いと言っても車で二十分はかかる。パッと時計を見ると、「3:15」と表示されている。明日は土曜日で、仕事は休み。
 こんなに風車が綺麗で、星空が美しい場所が近くにある。しかも今日は快晴で、確かあの公園は土日は家族連れで混んだはず。
 私は立ち上がり、部屋のカーテンを開ける。窓を開けなくても分かるほど星が綺麗に見える日だった。
 私は衝動のままに着替えて、車のキーを掴んで車まで走った。携帯でナビを入れて、夜中に車を走らせる。そのいつもと違った行動がどこかドキドキして、変な緊張感が走る。
 幸いその公園の駐車場は夜中でも封鎖されておらず、入ることが出来た。私は携帯のライトをつけて、駐車場の横の「園内案内図」の看板を見る。
 駐車場から少し先に「南園地」と書かれている。私は暗い公園がどこか怖いのもあって、南園地まで走って向かう。
 南園地まで走りながら夜空を見上げれば星が綺麗で、街灯だけが唯一の灯りで。そんな暗い道を夜中に走っている自分の意味が分からない。
 それでも、勇気が出た時に行きたい場所に行きたい。明日晴れるかなんて分からない。
 暫く走るとやっと南園地に着いた。

「え?」

 思ったより暗くて、全然風車が見えない。一人きりなのでわざわざ言葉にしないが、本当にショックだった。携帯でライトを風車に向けても、やっぱりよく見えなくて。
 その時、カシャっと音と共にパッと辺りが一瞬光った。

「わ!」

 私が驚いて声を上げると、近くに20代位の男性がカメラの三脚の前で立っている。男性は私の声で私に気付いたようで、慌ててこちらを振り返る。

「すみません!驚かせてしまって……!」
「あ、いえ……」

 男性が申し訳なさそうに少しだけ頭を下げた。

「僕はすぐに写真を撮ったら帰るので、安心して下さい」

 夜中の公園で男の人と二人になり、少しだけ警戒してしまった私の気持ちが伝わったのか男性は申し訳なさそうにそう言った。

「いえ、私もすぐに帰るので……思ったより暗くて風車が見えないものですね」

 私は男性を警戒してしまったことへの申し訳なさで少しだけ話を振ってしまう。すると男性は三脚からカメラを撮り、私にカメラの画面を見せてくれる。

「これは先ほど私が撮った写真なんですが……」
「わぁ!綺麗!」

 綺麗だし、先ほど見ていた投稿者の写真と似ている。あり得ないと思っているのに、どこかそんな考えが浮かんでしまう。

「カメラには色んな機能も付いていますから。それに明るい時にくれば、この場所からはよく風車が見えますよ」

 先ほどまで申し訳なさそうに話していた男性は、カメラや風景の話になると嬉しそうに話し始める。

「この場所は夜でも朝でも夏でも冬でも、いつでも綺麗な場所なのでおすすめですよ」

 男性は暫く話した後、話しすぎたと思ったのかまた申し訳なさそうに「すみません。話しすぎました……」と苦笑いをする。

「いえ、大丈夫ですよ!写真がお好きなんですか?」
「はい。昔から趣味で……貴方も写真を撮りに来たんですか?」
「いえ、私はちょっと星空が綺麗だったので風車と一緒に見たくて……来てみたら、あまり見えなかったですが……」

 私の言葉を聞いた男性が三脚の隣においてあるバッグから、小さな本のようなものを取り出す。

「もしよければ……私が撮った写真で申し訳ないのですが、少しでもこの場所の風景を見れると思うので」

 男性から私はその本のようなものを受け取る。開くと写真が一ページに一枚ずつ綺麗に並んでいる。あまりにその写真達は綺麗で上手で、何より先ほどSNSで見ていた写真と似ている。

 聞いてみる?

 いや、でも違ったら恥ずかしいし……そんなことを考えていると、男性が写真を説明してくれる。

「この写真は去年の六月ごろに撮った写真で、ちょうどこの公園の別の場所に咲いている紫陽花を撮りに来た時についでに撮ったんです。でも、ついでに撮ったとは思えないほど綺麗に撮れたので、現像してしまいました」
「この写真は去年の九月の写真で、この日は風車の写真を撮りに来たのに天気が悪くて……それでも、雨の日の風車も記念に撮ってみました」
「それで、この写真は今年の二月の写真で……」

「あ!」

「どうしました……?」

 その時、先ほどの疑問が確信に変わった。この二月の写真は先ほど私が家で見ていた「雪と風車」の写真だ。どんな偶然か分からないが、多分この人は「nishino」さんだ。

「いえ、なんでも……とても綺麗な写真ですね。紫陽花の写真はあるんですか?」
「紫陽花の写真は確かこっちのアルバムに……」

 nishinoさんがまたバッグの中を探している間に私はバクバクとしている心臓を整える。そして、なんとか夜中で鈍っている頭を働かせた。
 nishinoさんはまだ投稿を始めたばかりで、フォロワーは私だけ。有名ではないのに、話しかけられればストーカーだと思われてもおかしくない。それに彼はこの場所が好きで何回も写真を撮りに来ている。だから、偶然この場所を訪れた私もnishinoさんに会えたのだろう。
 もしフォロワーが同じ場所に来ていると知れば、これから先、来にくくなるかもしれない。それはあまりに申し訳ない。

「ありました。これが紫陽花の写真です」

 見せてくれた紫陽花の写真は青と白の紫陽花が綺麗に咲いていた。

「六月は本当に紫陽花が見頃で、そうは言ってもあんまり沢山植えてあるわけではないのですが」

 嬉しそうにこの公園のことは話すこの人からこの公園を奪いたくない。私は自分がフォロワーであることは秘密にすることにした。
 渡してくれたアルバムを順番にパラパラとめくっていく。やっぱり世界観がどこか優しくて、綺麗で、私好みの作品だった。
 私は写真を見終わると、写真を返す。

「本当に綺麗でした。ありがとうございます」
「私はデータがあるので、どれだけでも現像出来ますから良ければ貰って下さいませんか?」
「え!でも!」
「アルバムも安いものですし」
「それでも、現像にもお金はかかります!」
「それはそうなのですが、嬉しくて……」
「え?」
「私の写真を目を輝かせてみてくれて、綺麗だと言ってくれて……自信がなかった私には本当に今嬉しかったんです。出来れば貰ってくれませんか?」

 そう言って、渡されたアルバムを私はつい受け取ってしまう。

「本当にいいんですか?」
「むしろ僕が貰って欲しいので……!」

 彼はそう言って立ち上がり、もう一度三脚にカメラをつける。そしてカメラの画面を見て、何かを調節している。

「いつもこうやって一人で写真を撮って、それで誰にも見せられなかったでです。やっと勇気が出て一枚だけSNSに投稿したら、優しい人がいて『僕の写真が好きです』とコメントを下さって……つい全部のストックを投稿してしまったので、もう一度写真を撮りに来たんです」

 カシャっとnishinoさんもう一枚風車の写真を撮ったのが分かった。

「全部ストックを投稿してしまったけれど、その人が全てに律儀にいいねを下さって今日は良い日だと思っていたら、公園でも僕の写真を綺麗だと言って下さる人がいて……今日は最高の日になりそうです」

 そう言って私の方を振り返り、恥ずかしそうに笑っている。

「だから、どうかアルバムを貰って下さると嬉しいです」

 その笑顔を見た時、ギュッと心臓が縮んだ気がした。それが緊張なのか私がフォロワーだと明かしていない罪悪感なのかは分からない。
 私はもう一度膝の上に乗せたアルバムをパラパラとめくり、「雪と風車」の写真のページを開く。そして、一枚だけその写真を抜き取った。

「じゃあ、この写真だけ貰っても良いですか?一番好きな写真なんです!」

 nishinoさんが驚いた顔を私に向ける。

「先ほど話したSNSの人もその写真が一番好きだと言っていたんです。その写真が一番上手く撮れているのでしょうね。実はいいねもその写真が一番多かったんです」

 私がいいねを押した後に他の人も誰かいいねを押したのだろう。あれだけ素敵な写真なのだから、何も不思議ではない。

「では、この写真だけ貰いますね。ありがとうございます」

 私は写真が曲がらないように細心の注意を払って、バッグに写真をしまう。そしてバッグから顔を上げると、nishinoさんがカメラを見ながら、カシャカシャと何枚か写真を撮っている。
 その姿がどこか格好良くて。少しだけ胸が高鳴ったのが分かった。
 もう話すこともない。風車の景色も見て、写真も見せてもらった。あとは帰るだけ。でも、それがどこか寂しくて。
 私は携帯を取り出し、nishinoさんの隣まで歩いて行く。

「一枚だけ私も風車の写真を撮って帰りたくて……コツとかってありますか?」
「僕は携帯で写真を撮らないので力になれるかは分かりませんが、構図だけなら……」

 オススメの構図を何箇所か教えてくれる。私はその中から一番「雪と風車」の構図に近い場所から写真を撮った。

「ありがとうございます。良い写真が撮れました」
「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました。本当に楽しい時間を過ごせました」

 私はnishinoさんから別れ、車までの道をゆっくりと歩く。行きは怖くて走ったのに、今はどこか名残惜しくて走ることが出来ない。それでも、この夜の思い出は残る。それに、バッグと携帯には一枚ずつ写真がある。それを見ればいつでも今日のことを思い出せる。
 車に乗って家まで帰ると、時刻はもう「5:10」を指していた。それでも今日は休みだから私はもう一度パジャマに着替え、ベッドに飛び込む。
 その時、携帯の通知がピコンとなった。

「『nishino』が投稿を行いました」

 私は気づいたら通知を押していた。画面が飛んで、写真が表示される。

 美しい風車と朝日の写真だった。

 投稿コメント「朝日が綺麗だったので。それと深夜の写真は自分だけの思い出にしたくなりました」

 ドッと心臓が速くなったのが分かった。それだけで十分すぎるほどだった。
 私はポンっといいねを押した。私が見ていない間にnishinoさんのフォロワーは10人になっている。これからさらに増えるだろう。
 私はバッグから写真を取り出し、昔買ったままで使ってなかった写真立てに入れて飾る。
 カーテンを開ければ、朝日が差し込んできた。それでも今から眠ることを考えると眩しくて、私はもう一度カーテンを閉めてベッドに横になった。


 さぁ、眠ろう。もう夜は終わった。


 思い出は写真に閉じ込めて、また目が覚めたらいつも通りの今日が始まる。


 それでもいい。だって、写真と一緒に思い出は残るのだから。


 fin.