俺は魔力ブーストを使い、あっという間に家についた。

 住宅街の奥にある倒れる寸前のボロボロなアパート。

 ここは両親が死んで、路頭に迷った俺と妹が一生懸命頑張って見つけたお得物件だ。

 でも、いつ倒れてもおかしくないと思わせる外観だ。

 俺は2階にある玄関ドアを開けて家に中に入った。

 すると、妹の靴が見えてくる。

「あ、お兄ちゃん!今日は遅かったね!」
「ああ。すまんな。ちょっと困っている人たちを助けてね」

 部屋から出て俺を歓迎してくれるのは一人の女の子。

 長い黒髪に、幼げなかわいい目鼻立ち。

 そして、丸っこい紫色の瞳に淀みはなく、細い腰、すらっと伸びた細い美脚とそこそこある胸は、彼女もれっきとした女性であることを物語っている。

 高校入ってから理恵の女子力に磨きがかかったようだ。

 制服姿の理恵は、いつものごとく俺に飛び込んできた。

 俺はそんな彼女の頭をなでなでしてあげた。

 理恵にとって頼れる家族は俺一人。

 俺にとって唯一の家族は理恵。

 なので、俺たちはいつもこうやって互いの体温を感じながら心の安らぎを得ている。

 だが、

「理恵?」

 俺に体を預けている理恵の様子がおかしい。

 いつも俺の胸に自分の顔を擦りながら和むのだが、今の理恵は震えている。

 なので、俺は心配になって理恵に問うた。

「何かあったのか?」
「……」

 俺に問われた理恵は、ちょっと距離を取ってちょいちょいと手招く。

「……」
「……」

 布団を取っ払ったこたつの上にあるのは一枚の紙切れだ。

『(督促)入学費分割納入のお知らせ』

 そう。

 理恵の高校入学費のことだ。

 理恵は中学生だった頃、勉強においても、魔法才能においても学校一の座を譲ったことがない。
 
 なので、理恵は日本で最も有名な名門探索者育成学校である花隈育成高校に入学。

 ここは一流の探索者たちが集う教育機関だ。

 なので、大企業の令嬢、令息、政治家の子供達も多いと聞く。

 もし理恵がここを卒業したら、いいところに就職できたり、優秀な探索者パーティーに加わることができる。

 つまり、成功した人生を歩むことができるのだ。

 だけど、花隈育成高校は学費においても超一流である。

 だから入学金を払えなくて、分割納入にしたけど、それすらも払えないのが現状だ。

 というわけで、分割分の学費を払えと書かれた督促状が届いたのだ。

「理恵……ちょっとだけ待ってもらえないか……金の用意は必ずするから!」
「お兄ちゃん、1週間以内に払わないと、私は退学よ……」
「……」

 理恵は落ち込む。

 花隈育成高校の入学が決まった時の俺たちは世の中の全てを手に入れたように喜んでいたが、現実の壁は高かった。

 死んだ親の遺産を全部持っている親戚のおじさんに電話をしても、逆ギレされてる。

 強いモンスターを倒して金を稼ごうとしても、中卒の俺は疑われるだけだ。

 俺は顔を顰めてため息をついた。

 すると、妹の理恵が憂鬱な表情を浮かべて口を開く。

「もういいの。私、学校やめるから」
「え?」
「これ以上、お兄ちゃんに迷惑かけるわけにもいかないから……」
「いや、全然迷惑じゃないよ!」
「ううん。お兄ちゃんは私のために高校に通うこともやめて、金を稼ぎながら私をずっと養ってくれたじゃない。私、いつもお兄ちゃんにいっぱい迷惑かけてるよ」
「俺は当たり前のことをしただけだ!死んだお父さんとお母さんに約束したんだ!理恵を立派な子に育てるって!だから、俺のことは……」
「……お兄ちゃん」

 目を潤ませる妹を見て、俺は言葉に詰まった。

 理恵はそんな俺に、切ない顔で言葉を紡ぐ。

「学校に行くとね、みんなすごいんだよ。専属の運転手さんが高級車で学校に送ってくれたり、使っているカバンとか筆記用具ひとつとっても数十万、数百万円もするの」
「……」
「この間はね、私に親切にしてくれる綺麗な女子先輩達(・・・・・・・・)の家にお邪魔したけど、迷子になるほど広くて綺麗だった……私たちの家が馬小屋に見えるほど……」
「理恵……」

 理恵がこんな話を俺に聞かせてくれるのは初めてだ。

 俺は金を稼いで、理恵を養うことだけに集中して、理恵の気持ちを理解する努力をしなかった。

 心が張り裂けそうに痛い。

 そんな俺に理恵が涙を流して言う。

「私は毎日暗黒の世界から生まれて、花隈育成学校という光り輝く世界に旅立つの。でもね、旅の後は暗黒の世界にまた戻る……」

 ああ……

 理恵はこんなにも辛いギャップに苛まれてきたのか。

 俺は立ち上がって泣いている理恵を後ろから抱きしめた。

「理恵……ごめん……全部俺が悪いんだ。俺がもっとしっかりするべきだった……俺は無能だ……」
「ううん。そんなこと言わなで。お兄ちゃんは何も悪くないの。私のためにいっぱい尽くしてくれた。むしろ認められるべきはお兄ちゃんよ。いろんな属性魔法が使えて、SSランクのモンスターも倒せるでしょ?中卒だけでみんなお兄ちゃんを無視して信じてくれない。でも私は世界でお兄ちゃんが最も強い男だと信じているから!」
「……理恵」
「お兄ちゃん大丈夫だよ」
 
 理恵は俺の頭にそっと手を置く。

 理恵を慰めるつもりだったが、逆に俺が慰められている。

 感情が込み上げてきた。

「もともと、花隈育成高校は私にとって分不相応なところだったと思うよ。もちろん親切に接してくれた人たち(・・・・・・・・・・・・)もいたけど、お兄ちゃんが無理する必要はないわ。それに、学校に行かなくてもいっぱい稼ぐ手段はあるし。ほら……パパ活だったり……」
「理恵……」

 パパ活を口にするほど、俺は理恵を追い詰めてしまったのか。
 
 ちゃんと言葉で伝えた方がいいだろう。

 俺は理恵を後ろから抱きしめながら頭を強くなでなでする。

「兄は妹のためなら多少無茶をする生き物だよ。だからパパ活はやめろ。わけのわからんおじさんたちに理恵が媚びを売るところは絶対見たくない。もし見かけたらそいつをぶん殴るぞ」
「お、お兄ちゃん……」

 なぜか妹の頬がピンク色だ。

 なので、俺は妹から離れて淡々と言う。
 
「まずは金の用意はする。俺は理恵に通ってほしいんだ。あの学校に」
「……本当にいいの?」
「ああ。俺はお前のためならなんだってする」
「……」

 理恵が急に顔を俯かせて足を動かせている。

 ずっと座っていたら痺れていたのだろうか。

「理恵、大丈夫?」
「……お兄ちゃん、私お腹すいた」
「あ、ああ。ごめん。すぐ作るから。今日はキングワイルドボアの生姜焼きだぞ」
「おおお!!キングワイルドボア!!」

 さっきまでモジモジしていた妹はキングワイルドボアとう単語が出た途端、目を輝かせて俺に期待の眼差しを向ける。

 でも、俺は重大な事実に気がついた。

「や、やばい……キングワイルドボアの肉、ダンジョンに置き忘れてきたかも……」
「ああ……」

 そう。

 美人姉妹のためにミノタウロスと戦う時、邪魔だからキングワイルドボアの肉が入ったビニール袋をどっかに置いたことを思い出してしまった。

 つまり、

 食材がない!

「すまん」
「ううん。人を助けたんだから仕方ないよ」 
 
 まるでお通夜を彷彿とさせる空気が流れる。
 
 なんだってするって言っておきながらこの体たらく。

 妹はあははと笑いながら優しい言葉をかけてくれるが、そこがむしろ俺の心に突き刺さる。

 所持金ゼロ。

 給料日は三日後だ。

 今でも遅くない。
 
 再びダンジョンに戻って……

 と思った瞬間、こたつの上にある俺のスマホが鳴った。

「ん?店長?」

 電話をかけてきたのは、俺のバイト先であるカフェを経営する店長だ。

 俺は早速電話に出た。

「もしもし」
『裕介くん!!!』
「っ!!びっくりした!!店長、なんですか!?」
『君、今配信やってるか!?』
「え?いいえ。配信はさっき終えたはずですけど」

 俺、店長に配信やってるって言ったことないんだけど。
 
 なのになぜ店長は配信のことを聞いてくるんだろう。

 俺はチャンネル登録者数が一人(妹)しかない底辺配信者だぞ。

 俺が小首を傾げると、妹もまた俺に習って小首を傾げる。

『いや!配信切ってないだろ!この会話もそのまま流れてる!ちゃんとスマホ確認してみな!今えらいことになってる!』
「え?切ってない?」

 いや、確かに配信は切ったはずだけど、

 え?

 そういえば

『今日は入り口に行くまで配信続けるか。まあ、どうせ誰も見てくれるはずがないんだけどな』

 と言って、俺は配信を切ることをしなかった。

「お、お兄ちゃん……切ってないの?」
「……」

 俺は固唾を飲んで、スマホをそっとこたつの上に置いた。
  
 そしてホームボタンを押してnowチューブアプリを立ち上げると

「なっなんだこりゃ!!」


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ライブ視聴者数:6,342,453人

『おお!いよいよ気づいたな!』
『伝説の拳様!』
『でんこぶしくん!!』
『中卒なのにキングワイルドボアとミノタウロスを倒せるなんて、まじすごすぎ!』
『友梨ちゃんと奈々ちゃんを救ってくれて本当にありがとう!』
『まじで格好良かった』
『ワンインチパンチ、惚れ惚れする……』
『妹を名門校に通わせるために、自分は中卒のまま頑張って来たのか……』
『そりゃ中卒ならSSランクのモンスターを倒したとしても誰も信じてくれないもんな』
『尊敬しちまうだろ……』
『さがくん、いい人だと思っていたのに、友梨ちゃんと奈々ちゃんにあんなひどい事を……まじ許さん』
『妹想いのめっちゃいいお兄さんじゃねーか』
『ブラコンだけど、こういうのは全然ありだぜ』
『ちくしょ……俺も妹いるのに、情けね……』

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 なんてことだ……

 俺が固まっていると、妹が両手で自分の顔を覆い隠した。

「あわわわわわわ……ぜぜぜ全部見られてりゅ……600万を超える人たちに……」

 まずった。