コラボ。
 
 それすなわち、俺と友梨さんが二人で動画を撮ると言うこと。

 チャンネル登録者数1000万超えの大人気インフルエンサーからの誘いだ。 

 もし、彼女の誘いに乗ったら俺の知名度は上がり、チャンネル登録者数も爆発的に増えてゆくのだろう(今も十分すごい勢いで伸びているが)。

 だが、

「……」

 理由はわからんが俺の頭にはさがくんが二人を襲ってきた時の場面が浮かんでは消え、浮かんではきえを繰り返す。

 やつも二人とコラボやったよな。

 それに、俺はあまり口がうまくないから、ライブをやったところで面白くないのだろう。

 それに、

 友梨さんの『ゆゆゆりチャンネル』のファンたちは男性が多い。

 有名な女優である早苗さんの娘だから、正直インフルエンサーの中ではトップレベルだ。

 奈々の場合は、男性とのコラボ映像が多いが、友梨さんはその限りではない。

 そこへ、俺が友梨さんのチャンネルの動画に出るとなると、彼女の男性ファンはどう思うのだろう。

『とても嬉しい誘いですが、すみません。コラボの件はお断りさせていただきます』

 俺は返事を送ってしばし待つ。

 だが、いくら待っても返答は返ってこない。

 既読はついているのに、なぜだろう。
 
 俺から何か送った方がいいのだろうか。

『ごめんなさい。いきなり頼んで、迷惑でしたよね?』

 俺は早速返答するべく指を動かした。

『いいえ。色々理由がありますので』
 
 うん。
 
 これだと冷たい印象を与えるのかな。

 俺は早苗さんに頼まれたのだ。
 
 友梨さんと奈々と仲良くしてくれと。

 まあ、理恵は実際この美人姉妹によくしてもらっているし、お礼を言わないとな。

『それより、理恵を気にかけてくれて本当にありがとうございます。ちょっとしたお礼がしたいんですけど、明日あたりとか時間ありますか?』
 
 まあ、友梨さんは忙しい人だ。

 こんな友達感覚で呼び出せる相手じゃないだろう。

 と、思っていると、3秒も経たない内に返事がきた。

『あります。放課後から明日の朝まで』

 明日の朝までって……

 俺は小首を傾げながら続きを書く。

『俺、カフェでバイトやってるんで、よろしければ放課後に来てください』

 と、送ると5秒も経たない内に返事がきた。

『妹からカフェでの話はいっぱい聞きましたので、放課後にお邪魔します。妹にも聞いてみます』
『お願いします』
 
 まさか、連絡一つで友梨さんと会う約束が交わされるとは思いもしなかった。

『友梨と奈々は近くにいます。連絡先も教えますので、一緒に遊んであげてください。時間さえあればあの二人は間違いなくゆうくんの誘いに乗ってくれます』

 早苗さんの言葉が正しいことが証明される気がする。

 だけど、気を引き締めろ。

 相手は芸能人より知名度がある大人気インフルエンサーだ。

X X X

翌日

「行ってきます!」
「あ、理恵」
「ん?」
「今日、友梨さんが俺の働くカフェにやってくるぞ。奈々はわからんけど」
「ま、マジ!?」
「ああ。だから、理恵も時間大丈夫なら来ていいぞ」
「いや……行きたい気持ちは山々だけど、今日の放課後、近所のお婆さんと一緒に料理作る約束しちゃって……」
 
 学校へ向かう妹を呼び止めて誘ったが、どうやら妹は先約があるようだ。

「そうか……」
 
 残念そうに言う俺を見て、理恵は手の甲を自分のほっぺたに当てながら目を細め口角を吊り上げる。

「モテモテだね〜お兄ちゃんは」
「うるせ……」
「ひひひ」
 
 小悪魔っぽく笑う妹を見てると、俺の頬も緩んでくるものだ。

 ひとつ聞いてみようか。

「理恵、友梨さんってどんな人なん?」
「ん?なんでそんなこと聞くのかね?もしかして、興味ある?」
「お前な……ただ単に、どう振る舞えばいいかわかんないからさ。一応相手は年上だし」

 そう。

 奈々は同い年だから、そんなに違和感がなかったが、友梨さんの場合は本当にどう接するればいいか迷ってしまう。

 俺が視線で返事を求めると、妹の小悪魔っぽい表情は鳴りを潜め、真面目な表情で何気なく言葉を発する。

「いつものお兄ちゃんでいいよ」
「いつもの……俺」
「じゃ!行ってくるであります!お兄ちゃん!」
 
 理恵は俺に敬礼をしたのち、走り始める。

 妹の後ろ姿を呆然と佇みながら見ていると、あることに気がついた。

「あ、バイト急がないと」

X X X

高砂コーヒー

 ユニフォームに着替えてから、無事に妹の学費を払ったことへの感謝を言うと、高砂さんは胸を撫で下ろした。

 それから友梨さんのことを話すと、高砂さんは目を丸くした。

「え?今回は姉の方が来るんだって!?」
「はい。まあ、今日は仕事終わる頃に来るそうなので」
「祐介くん、なかなかやりおるな」
「なんですか、そのおっさん臭い口調は」
「俺は立派なおっさんだよ」
「あ、そうでしたよね」

 俺が苦笑いを浮かべると、高砂さんがニッヒヒと笑って話す。

「今回は祐介くんがユニフォーム着たまま直接おもてなしたら?」
「え?」
「女子はこういうことに心揺れて感動する生き物なんだ」
「い、いや……心揺れるとかそういう問題じゃ……それに、カフェに入って金さえ払えばこんなサービスは誰でも受けられるでしょ?」

 俺がげんなりしながら反論すると、高砂さんは『君何もわかってないな』って感じでジト目を向けてくる。

「確かにサービスは金さえ払えば受けられる。だけど、特別感のあるサービスはいくらお金を払っても買えるものではないぞ」
「特別感……」
「その特別感のあるものを女の子にいっぱい与えられる男はモテる」
「……モテる話は関係ないでしょ」

 俺が腕を組んで高砂さんを睨むと、彼はやれやれと言わんばかりにため息をついて俺の背中を押す。

「とにかく、やってみろ」
「……まあ」

 いよいよ仕事の開始だ。

 コーヒーを含むいろんな飲み物を作ったり、料理を作ったり、それを客に渡したり、会計業務をしたりと、忙しなく体を動かすこと数時間。
 
 午後6時に差し掛かる頃に彼女がやってきた。

 マスクをかけているんだが、彼女の美貌と体まで隠すことはできない。

 店に入った彼女はマスクを外し、ユニフォームを着た俺を見つめる。

 客はまばら。

 だけど、友梨さんが漂わせるオーラにみんな圧倒されてしまっている。

「い、いらっしゃませ!」
「……お邪魔します。岡田くん……仕事、まだ終わってないんですね」
「いいえ。終わりましたよ。夕食はまだですか?」
「はい……」
「俺が飲み物も含めて作ってあげます。適当に座ってください」

「っ!!」

 俺の言葉を聞いた友梨さんはいきなり上半身をひくつかせて、スカートをぎゅっと握り込む。

 そして、俺を顔を潤った青い瞳で捉え続ける。
 
 視線を逸らすことも許さないと言わんばかに、俺の紫色の瞳を穴が開くほど見つめては、頬をピンク色に染める。

「はい。全てを岡田くんにお任せします(・・・・・・・・・・・・・・)」 
 
 色っぽく放たれた言葉。

 まるで、俺の脳をしゃぶるような感じだ。

「……」

「これは相当重いやつだ。これからは伝説の拳様の時代だな」

 高砂さんが何か呟いた気がするけど、俺の耳には届かなかった。