翌日

 あの一件があってから俺の人生に変化が生じ始めた。

 高砂さんから借りたお金で学費を払うことができ、生活費も融通してくれたので、生活費にも困らない。 
  
 だけど、借りたお金は返さないといけない。

 しかし、まだ収益化の申請は通っていない。

 意外と時間かかるもんだな。

 nowtubeでは相変わらず俺と美人姉妹のことで大盛り上がりを見せている。

 俺のチャンネルの登録者数は200万を超えてしまった。

 ニュースでも俺たちのことを取り上げてくれたようで、さがくんとカメラマンは猥褻行為で捕まってしまったらしい。

 本当に非現実的な感覚だ。

 相変わらず俺と理恵は倒れる寸前のボロボロな家で生活している。

 しかし、人々の俺たちへの認識は変わった。

「あら、ゆうちゃん!伝説の拳様と言った方がいいかね」
「い、いいえ!ゆうちゃんの方でお願いします……」
「きっとこれからいいことがいっぱいあるわよ。ゆうちゃんは真面目な子だからね」
「あはは……」

 近所のおばさんからも伝説の拳様と言われる始末だ。

 んで、俺は今どこに向かっているのかというと、

 SSランクのダンジョンである。
 
 肉は妹に料理を作るために用いるとして、残りのアイテムは日本ダンジョン協会で売ることにしよう。
 
 そう思いながら俺はSSランクのダンジョンへ向かった。

X X X

花隈育成高校

「ねえねえ!岡田さん!お兄さんの話してもらえる?」
「あははは……」
「もしよかったら私に紹介してくれよ」
「はは……」
「私がご飯奢ってあげる!その代わりに伝説の拳様のことを……」
「あ……」

 理恵の教室では裕介の話題でもちきり状態だ。
  
 主に女性たちが裕介に興味を示して理恵に近づくも、理恵は作り笑いを浮かべるだけだった。

「ちっ!あんな中卒、何が好きってんだよ」

 もちろん、自分の兄のことを好ましく思わない輩もいるわけで。

 男子たちは舌を打ち、裕介に興味を示す女性たちに皮肉をいう。

「へえ〜男の嫉妬って醜いわね〜」
「あははは!ここにいる男子たち全員で挑んでも、伝説の拳様には勝てないんだよね〜」

 嘲る女子たち。

 そして悔しがる男子たち。

 そんな重たい空気の中、理恵はただただ作り笑いを浮かべながらこの場をやり過ごそうとする。

 昼休みになった。

「気持ち悪い……」

 理恵は一人で廊下を歩きながら呟いた。

 女子たちは発情したメスのように自分の兄に近づこうとする。
 
 自分の兄がどのような人生を歩み、どのような苦悩を抱え、どのような過程を経て強くなったのかも知らずに。

 なんの努力もせず、自分から兄を離して甘い汁を吸いまくろうとする泥棒以外の何者でもない。

 兄の内面なんかに興味はない。

 あのメスどもは兄の強さにしか興味がない。
 
 そして男子ども。

 口が裂けても兄の優秀を認めようとしない。
 
 兄の小指だけ使っても秒で倒される弱虫どもめ。

 理恵の紫色の瞳はだんだん色彩を失っていき、背中からはドス黒い何かが流れている。

 そんな彼女に誰かが声をかけてきた。

「岡田さん……」
「ん?」

 理恵は元の姿に戻り、声が聞こえた方へ視線を向けたら

「あ、友梨先輩……」

 肩まで届く亜麻色の髪、鮮烈な青色の瞳。

 そして蝋人形のような非現実的な美貌。
 
 まるで女神の生まれ変わりではないかと思うほど恵まれた体付き。

 理恵は友梨の顔を見て呆然と立ち尽くした。

 まるで美しさに惚れ込んむように。

「い、一緒にご飯を食べないかしら……」
「は、はい……あ、奈々先輩もいるんですか?」
「奈々は学校に来てないわ」
「え?なんでですか?」
「今日ちょっと体調が悪いの(・・・・・・)
「そ、そうなんですね……わかりました」

 二人は食堂へと向かった。

「むぐむぐ……」
「……」
「むぐむぐむぐ……」
「……」
「んんん!美味しかった!」
「岡田さんって良く食べるわね」
「あ、あはは!」

 理恵の食べっぷりを見て友梨は口を半開きにして驚く。
 
 だが、次第に頬がピンクに染まってゆく。

「その……岡田さん」
「はい?」
「理恵って呼んでいいかしら」
「っ!」

 友梨が人を名前で呼ぶ。

 彼女はチャンネル登録者数1000万を超える人気インフルエンサーで、一見冷たいように見える彼女は学校で同級生や先輩、後輩のことを名前で呼ぶことはない。

 そんな彼女が自分を名前で呼んでくれた。

「も、もちろん大丈夫ですけど!私なんか……」

 理恵は自身なさそうに顔を俯かせる。

 だが、

 友梨は立ち上がって向かいにいる理恵の顎に手を乗せて自分に向かせる。

「え?」
「理恵、あなたは私にとって……私たちにとってとても大切な存在よ」
「っ!」

 一瞬、胸がキュンとなる理恵。

 友梨の突然すぎる行動に言葉を失う理恵だが、彼女らの絡みに否定的な視線を向けるものは一人もない。

「きゃああ!友梨様……格好いい!」
「ま、まあ……女同士なら全然いいぜ!むしろご褒美……」

 友梨は微笑んでから手を話して、座る。

「だからね、理恵が想う兄について私に聞かせてもらえないかしら」
「わ、私が想うお兄ちゃん……」
「そう。理恵しか言えない兄の話」

 理恵は安心したように胸を撫で下ろし、息を吐く。

 そんな彼女の行動を微笑みを湛えて見守る友梨。

「とても純粋で真面目な人です。いつも自分のことより私のことを想って……自分がボロボロになっていくことも知らずに……本当に……本当に馬鹿なお兄ちゃんです……あれ、なんで私……泣いてるんだろう」

 クリスタルのような涙は頬を伝い、地面を濡らす。

 そんな理恵を見て、友梨は目を潤ませ、言葉をかける。

「きっとボロボロになっていいくらい、理恵のことを愛しているのよ」
「え?」
「理恵もそんなお兄さんのことが大好きなのね」
「……ん」
  
 涙を手で拭い、微かに顔を縦にふる理恵。

 友梨はそんな彼女の右手をぎゅっと握り込む。

「だからね、私は理恵と岡田くんの絆を尊重してあげたい。それは奈々もお母様も一緒」
「……」
「その上で、もっとあなたたちと親しくなりたいの」
「友梨先輩……」
「ふふっ」

 なぜなろう。

 この先輩の顔を見ていると、とても気分が落ち着く。

 クラスメイトとは大違いだ。

(理恵と友梨の絡みに羨望の眼差しを向けてくる男女たち)


X X X

日本ダンジョン協会。

「買取代金50万円です」
「え、えええええ!?!?ドラゴンの歯5本だけなのに!?」
「すみませんすみません!全部俺のせいです……あの時、伝説の拳様を疑わなければ、あなたはもっとマシな生活を送れたでしょう……すみませんすみません」
「いや、もういいです。早く買い取ってください」
「……はい」

 今日はレッドドラゴンと勝負をした。

 レッドドラゴンがあまりにも俺を見下す態度を取るものだから、カッとなってレッドドラゴンと同じ属性である火のスキルを使い、そのままレッドドラゴンを燃やし尽くした。

 なので、歯とか骨くらいしか残らなかったから、歯を5本持って行ったらこれだ。

「……こんな大金が簡単に手に入るなんて」

 50万円札を持って外に出た俺は歩き始めた。
 
 そしたら、俺の前に誰かが立ちはだかる。

 一人の女性だ。

 腰まで届く甘色の髪は微風によって揺られており、心を落ち着かせるいい香りを運んでくる。

 緑色の瞳は俺を正確に捉えて、彼女の美貌に戸惑う俺の姿を鮮やかに映していた。

 20代くらいだろうか。

 黒いドレスを身に纏っている彼女はあまりにも美しく、あたかも俺が助けた二人を思わせた。 

 あの二人に姉がいるとすれば、こんな感じだろうか。

「伝説の拳様……」
「は、はい。なんでしょうか」

 伝説の拳。

 つまり、この綺麗な女性も俺の動画を見てくれたってことか。

 みたいなことを考えていたら、目の前の女性は

 妖艶な微笑みを浮かべてエメラルド色の目を潤ませた。

「私の娘たちを救ってくれて、本当にありがとうございます」
「え、ええ??」
「私、躑躅早苗と申します。うふふ」