錬金術で友だち作り!人体錬成したら罪人として追放されてしまう~後に魔族と呼ばれる種族を作って、のんびりとしたセカンドライフを目指す~

 父親から回復ポーションの作り方を教えてもらってから二日が経過した。

 どうやら作ったものは、どこかの店に卸す物ではなく、この森を管理しているエルフの国に直接納品するものらしい。金は受け取ってないみたいなので献上品みたいな扱いなんだろう。搾取されていると憤りを感じるが、エーテルが豊富な場所に住まわせてもらっている家賃代わりだと思って無理やり納得するしかなかった。

 作った最高級の回復ポーションは百本を超え、すべて大きめな木箱に入れて倉庫に保管している。今日はエルフが受け取りに来てくれるらしいのだが、ルタスは素材を集めの外出をしているため、今日は俺が受付担当だ。

 荷運びはエルフがやるらしいので、子供の俺で滞りなく納品できると思っているのだろう。まったく自分勝手なところは変わってないな。

 相手が来るまで暇を潰したいので、本棚から錬金術の本を読む。文字は教わってないのになぜか分かる。転生した特典だからだろうか。都合が良いので文句はないが少し不気味だ。

 本には一般的な錬金術のレシピが書かれていて、ポーション系の作り方や鉱物の錬成・精錬、他にも魔法生物系の作り方まで書いてあった。俺の目的は疑似生命体を創り上げることだから、ゴーレムの部分を読んでいく。

 まず用意するのは体だ。よくあるのは岩、土、鉄といったものだが、動物の骨とかでも良いらしい。要は生物でなければ何でも良いのだ。形も人や動物に似せなくても大丈夫なみたいで、落とし穴を隠す蓋に使った錬金術師もいるらしい。そいつにはアイデア賞をあげよう。

 残りの材料は命令権を付与するため必要な使用者の血液、そして魔物や人類の心臓部分にある石――魔石だ。別名エーテル貯蔵庫、もしくは魂の檻と呼ばれている。

 ゴーレムを作る上で重要となるのが魔石の加工だ。

 魔方陣を刻み特殊な液体を流し込んで完成するのだが、魔方陣の内容とゴーレム液の質によって性能が大きく変わる。具体的には魔方陣でできること、ゴーレム液のエーテル含有量によって腕力や判断能力に違いが出てくるのだ。俺が住んでいるエルフの森はエーテルが豊富なので、最高性能のゴーレムが作れることだろう。

 せっかくなら今手に入る素材で一番良いやつを使いたい。

 しかもちょっと変わったヤツだ。

 アイデアはある。錬金術と関わりの深い材料、水銀をベースに体を作ることだ。エーテル含有量が80%を越えるとミスリル水銀になり、体内の魔力を流せば金属を越える硬さになるらしい。体の一部が武器や防具にもなる。ミスリル水銀以上にレアな素材が手に入らない限り、計画を変える必要はないだろう。

 水銀については素材用の倉庫にたっぷりあったので問題ない。父親から使用許可も得ている。

 問題はミスリル化する方法だが実は判明している。なんと、俺の寝床だった壺が使えるらしいのだ。あれは中にある物体や生物に周囲のエーテルを付与する魔道具らしく、水銀を入れて放置すればミスリル水銀になる、と本に書いてあった。

 生まれてからずっと壺に入れられたのは父親の虐待ではなく、エーテルを入れて体内の魔力量を増やすためにやっていたのである。やっていた理由は判明したが、やはり子育てとしてはおかしいだろう。普通は思いついても実行まではしない。やぱりルタスは、ちょっとズレた人間であることは間違いないだろう。

 本をパタンと閉じると倉庫へ行き、水銀がたっぷり入っている樽の前に立つ。あまり大きくないので子供でも移動させられそうだ。樽を持ち上げてリビングに戻るとベッド代わり使っていた壺に水銀を注いでいく。後はゴミが入らないように蓋をしておけば準備完了だ。

 放置していればそのうちミスリル水銀となるだろう。

 壺に手で触れる。ひんやりと冷たい感触があった。赤子にとっては極寒ぐらいの温度だっただろうに。ほんと、よく風邪を引かなかったよ。

「長年お世話になったな。お前とはお別れだ」

 俺の寝床はなくなったので、これからはベッドで寝ることになる。ルタスと同じ部屋なのはちょっと嫌だが他に場所がないので諦めるしかない。

「錬金術師はいるか?」

 感傷的な別れをしていると外から声が聞こえた。

 これから魔石の加工について勉強しようと思ってたのにタイミングが悪い。

 ドアを開けて来訪者を見上げると、長い耳に金髪のエルフの男と離れたところに少女がいる。気が弱いのか俺には近づかず、荷馬車から覗くようにして見ていた。

「お前誰だ?」
「錬金術師ルタスの息子、名前はルーベルトです」

 不遜な態度は気になったがエルフの怒りは買いたくない。素直に返事して軽く頭を下げた。

「あの男に子供なんていたか……?」

 雑な育児をされていたので、周囲に俺の存在を伝えてなくても不思議には思わない。むしろイメージ通りで安心するぐらいだ。やばい、少し毒されてきたな。

「数年前からいました」
「……ふむ、そういうことか」

 思い当たる節があったみたいで、エルフの男は納得してくれた。

 疑われても息子だと証明する手段がなかったので助かったよ。

「父は素材集めに出かけてしまったため、回復ポーションの納品は代わりに私がします」
「妙に賢いな。ルタスより物わかりが良さそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」

 初対面だというのに、エルフの男は立場が上という態度を崩さない。それが気にいらなかったので、適当に返事してから室内に置かれた木箱まで移動する。

 さっさと仕事を終わらせて帰ってもらおう。

「こちらにご依頼の品があります。中身は確認されますか?」
「念のためな」

 ズカズカとエルフの男が入ると、ガラス管を取り出して検品していく。

 時間がかかりそうだったので、玄関にまで来たエルフの少女に近づいてみた。

 他人と話すのは緊張するが、相手は五歳前後の子供だと思えば気は楽である。精神年齢はこちらが上なのだから、気負わず役者だと思って立ち回ろう。頑張れ、俺!

「こんにちは。俺はルーベルト。君のお名前は?」
「……サリー」
「サリー! 可愛い名前だね」

 褒めたら頬が赤くなった。顔を下に向ける。

 恥ずかしがっているみたいで、初々しい感じがする。お世辞抜きにかわいい。エルフの男とは違って人間である俺とも対等に話してくれそうだ。これはお近づきになるチャンスじゃないか?

「その……ありがとう」
「どういたしまして。俺はここで錬金術の勉強をしているんだけど、サリーは何かしているの?」
「回復ポーションの荷運び……それと……薬草の採取……とか……しているよ」
「そうなんだ! 薬草には詳しいの?」
「うん」
「だったら今度、薬草採取するときに俺も連れて行ってくれないかな?」
「いいの? 退屈だと思うよ」
「そんなこと、絶対にない。錬金術に使えるかもしれないし、絶対に楽しいって!」

 転生して数年。実は家の周りしか知らないのだ。

 素材集めはルタスだけがやっているので、俺は錬成しかしたことがないのだ。

 素材集めの機会が欲しくてサリーの肩にてを置いて強引に迫る。

「わ、わかったから。連れて行くから……」
「よかった! ありがとう!」

 思っていたとおり押しに弱いタイプだった。こういった人は約束を守ろうとするので、連れて行ってくれることだろう。

 肩から手を離して数歩離れる。

「楽しみにしているから」

 念押しするとエルフの男が木箱を担いで戻ってきた。

 重いと思うんだけど……意外と力があるんだな。

「確認した。本数、品質共に問題ないから持って帰るぞ」
「はい。よろしくお願いします」

 受取書みたいなものなんて存在しないようで、エルフの男は荷台に積み込んでいく。サリーも小さい体を使って手伝う。二人は家族のようには見えないので、仕事仲間という感じだろうか。

 俺は手伝わない。作業が終わると荷馬車が去るのを見送る。

 こうして回復ポーションの納品は無事に終わったのだった。
 
 エルフに回復ポーションを渡した夜、父親はようやく帰ってきた。

 素材集めのついでに狩りもしていたらしく、背負い袋からは新鮮な肉が出てきた。俺が切り分けて晩ご飯に使う分だけをもらって塩といくつかの香草をすり込む。これで味付けは完了だ。キッチンに薪を入れてから、ルタスにイグニッションを使ってもらい火を付けて焼いていく。香ばしい匂いがして空腹が刺激され、涎が出そうになる。

 俺も早く魔法を覚えたいのだが、魔力を認識し、正しい発音で魔法名を唱え、周囲のエーテルに呼びかけなければ使えない。どれもまだできないので、イグニッションですら覚えるのは大分先になりそうだ。

「おい、腹が減った」
「もう少しで焼けるから待って」

 文句があるなら早く帰ってくれば良かったのに。素材集めに苦戦したのかな? 食料を持ってきてくれるので文句はないけど、俺はまだ子供だというのを思い出して少しだけ優しくして欲しいとは思った。

 肉の片面が焼けたのでひっくり返す。肉汁がしたたり落ちて火の勢いが強くなった。脂身が多いので豚系統の肉だろうか。空腹がさらに刺激されて胃が痛くなってきた。そういえば今日は何も食べてない。早く口に入れたいな。

 辛抱強くじっと我慢していると、ほどよく肉が焼けた。木皿に移してから塩を追加で振りかけてテーブルにもっていく。待っている間に父親は固い黒いパンやフォークとナイフ、さらにはコップまでを持ってきてくれていたようだ。

 子供に任せっきりだと思っていたけど、意外と働いてくれたので嬉しい。分かりにくいだけで優しさはあるのだろう。

 椅子に座るとルタスはナイフで肉を切る。

 俺も肉を切り分けて口に入れる。舌の上にのせると肉が溶けた。高級肉のように柔らかく、芳醇な旨みが口内に広がっていく。クセのない臭いは子供の舌でも食べやすく、この世界に来て初めて美味しいと感じる食事である。空腹が満たされ、多幸感に包まれて心が安らぐ。

「これは何の肉?」
「レッサードラゴンだ」
「!?」

 ファンタジー世界定番の魔物の肉を食べていたのか!

 美味しいのも納得できる。しっかりと味わおう。

 意識を舌に集中して肉を食べつつ、たまにサラダを食べて口の中をさっぱりさせる。二対一ぐらいの分配が飽きずにちょうど良い。

 パンだけは固いから美味しくはないけど気にはならなかった。

 肉を半分ほど食べ進めると先に食事を終えたルタスが口を開く。

「ミスリル水銀を作って何をするつもりだ?」
「ゴーレムを作る」
「ほぅ。お前はそっち方面に進むのか」

 錬金術のすべてを学ぶには、あまりにも人生は短い。一般的に専攻するジャンルを決めて研究を進めていく。俺は共にいるパートナーが欲しく、フィギュア作りの経験も活かせそうな方面を選んだのだ。

「ルーベルトは錬金術として大きな一歩を踏み出した。道を間違えず、真っ直ぐ進み、精進を続けろ」

 師匠のようなことを言うと笑顔になると頭を撫でてきた。息子として、そして錬金術師としても成長していると褒められたような気分になり素直に嬉しいと感じる。心が満たされたのだ。

 そうか……何でも良いから、俺は認められたかったんだな。

「ゴーレムを作るならコア製作も覚えないといけないな。魔石の加工はどこまで理解している?」
「魔石に魔方陣を刻んでゴーレム液を流し込むぐらい」
「その程度か」

 バカにしたのではなく、知識レベルを確認されただけなので不快感はない。

「魔方陣については本に書いてあるとおりに描けば基本動作はできるだろう。特殊なことをさせたいのであれば新しく自分で創り上げる必要はあるが、専門家でなければ時間がかかってしまう。他人の研究結果を盗み出した方が早い」

 色んなことをさせたかったので、新しい機能を付けられないと分かって残念だ。

「だが、これは一般的な話でお前は違う。錬金術の天才である、この俺がいる」
「どういうこと?」
「俺は、ゴーレム用の新しい魔方陣を生み出せる」
「!!」

 そういえばルタスは家で色んな錬金をしていた。知識も偏ってなく幅広い。特定のジャンルに絞らず研究を進めていたのか。

 今までの生活を振り返ると、天才という言葉に真実味があった。

「後でやりたいことをまとめておけ」
「うん。ありがとう」

 初めて父親としてルタスにお礼を言った気がする。

 恥ずかしかったが、向こうも同じようだった。頬をかきながら俺から顔を背けたのである。

「魔石を削ること自体は慣れるしかないから、今のうちに練習しておけ。魔石は倉庫にあるから小さい物なら好きなだけ使って良い」
「うん。そうする」
「ゴーレム液はポーションと作り方は似ている。使う材料が違うだけだ。すぐに覚えられるだろうが、ペルロ草には気をつけろ。採取してから三日以内に加工してゴーレム液にしないと効果が著しく落ちる。可能であればその採取してから二日以内に錬成させるのが望ましい。覚えておけ」
「わかったけど、そのペルロ草は近くに生えているの?」
「近くにはあるが、わかりにくい場所にある。俺が連れ行っても良いのだが……」

 他にやりたいことがあるのだろう。言い淀んでいる。

 ゴーレム用の魔方陣作成をお願いできるのだ。これ以上、時間を使ってもらったら悪い。例え息子であっても遠慮しなければいけないと思った。

「自分で探してみるよ」
「いいのか?」
「素材探しも錬金術師の仕事、だよね?」
「ああ。そうだ」

 考えを気にいってくれたみたいでニヤリと口角を上げた。

「お前は錬金術に向いているみたいだな」
「息子だからね」
「……そうだな。俺の息子だ。間違いない」

 かみしめるように言うと、皿を持って立ち上がってしまった。

 これから採取してきた素材の加工をするのだろう。仕事を見られるのはあまり好きじゃないみたいなので、食べ終わったら俺は錬金術の本でも読み進めるとしよう。
 錬金術は難しい。ゴーレム作成の技術習得に時間がかかると思っていたのだが、たった一カ月で魔石を加工する技術を身につけ、さらには体内にある魔力の認識まで済ませてしまった。

 子供だから吸収力が高いといっても限度はあり、前世では考えられないほど優秀な体だといえるだろう。いやちょっと過小評価しすぎか。正確には凡人がいくら努力しても決して越えられないほどの優秀である。と、俺は思っていたのだが、ルタスはいたって普通に接してくる。本を読めばすぐに理解できるのが当然という態度を崩さないのだ。

 改めて考えると、ここは異世界で多種多様な種族がいる。見た目が人間でも中身まで地球と同じと能力だとは限らない。エーテルや魔力、魔法、精霊といった超常的な存在も明らかになっているんだし、天才だと思えるほどの成長スピードが標準的である可能性も十分ある。前世の常識に引っ張られて間違った判断をしないように気をつけるよう。

 そうして天才だと傲らないよう、錬金術を学ぶ日々が続いている。

 俺が大きくなったからか、ルタスは家を出ることが増えた。今日も朝から素材の採取のために出かけてしまいお留守番をしている。

 いつもは本を読んで魔石の加工をしているのだが、少し飽きてしまった。今日は別のことがしたいな。どうしようかなと部屋を見ていると、竈が目に入った。イグニッションが使えるようになれば、料理がしやすくなるな。気晴らしに魔法でも覚えてみるか。

 よし、外に出て練習をしよう。

 魔法について書かれた本を片手に持ち、家から出ると裏手に回る。

 木の板にくくりつけた人の形をした的がいくつもあった。魔法練習場をルタスが用意してくれたのだ。

 的から二十メートル離れた場所に立つ。

 家から持ってきた本を開くと攻撃魔法が書かれていた。効果によって下級、中級、上級、最上級の四段階に分かれていて、今回覚えようとしているのは下級のアイスニードルである。長さ三十センチほどの氷でできた針みたいなものを飛ばす魔法だ。威力はそこそこあるみたいで、魔法抵抗力の低い動物や人間なら致命傷を与えられるほどである。護身用としては申し分ないだろう。

 体内に溜まっている魔力を意識して揺さぶる。

 お風呂に入った水が波立つような感覚だ。

 よし、良い感じ。このまま周囲のエーテルへ語りかけるように魔法名をつぶやく。

『アイスニードル』

 魔法は発動しなかった。

 体内の魔力が減った感じはしない。

 失敗したのだ。

「体内の魔力は正しく認識している。発音も問題なかったと、思う」

 何度も父親に確認してもらったので間違いは無いはず。

 魔法を発動させる三つの条件の内二つをクリアしているのだから、発動しない原因はエーテルへの語りかけだ。

 お願いすれば良い、なんて雑な説明しかされてないし、本にも具体的なことは書かれていない。ルタスは面倒くさがりな正確をしているので、詳しいことは何も言わないから困る。

「エーテルねぇ……」

 周囲にあるというのであれば空気みたいなものだろう。そんなのに、どう願えというのだろうか。

 心の中で「アイスニードルを発動させてください」と、つぶやいても魔法は発動しないので、表面的な態度では意味がないことまで分かっている。

 願うことは個人の希望や理想を伝えることだ。

 ということは、発動させてといった程度では足りないのだろう。

 魔法を発動させるのであれば、切実さがなければいけない……か?

 敵に襲われて死にかければ願いとしては充分だろうが、少しやり過ぎか。

 けど何もないところで必死さを出すのも難しい。

 木の枝を拾って上に投げる。頭に当たる直前で、『シールド』の魔法を発動させようとするが、何も変化がない。おでこに命中してしまう。

「いたッ!」

 目がチカチカする。自然と涙が出てきてしまい目を拭った。

「何をしているの?」

 声がした方を見ても誰もいない。

 幽霊……ではなく、家の陰に隠れたサリーがいた。

「魔法を覚えようとしているんだけど」
「枝を投げて?」

 馬鹿なことをしている自覚はあるので、さらに恥ずかしくなってしまった。

 頬が赤くなっているのを自覚する。

「危機が迫ればエーテルに願いが通じるかなって思って試したんだけど、上手くいかなかったみたいだ」
「魔法を使おうとしているの?」
「うん。でも一回も成功しないんだ」
「そういうことなら協力できるよ」

 魔法に長けたエルフであれば、父親より適切なアドバイスをしてくれるはずだ。一人じゃ行き詰まっていたので助かる。

 提案はありがたく受け入れよう。

「ありがとう。お願いしても良いかな」
「うん」

 姿を現したサリーは緑のワンピースを着ていた。靴は革靴で幼い姿にも似合っている。

 妖精のような美しい。

 思わず見蕩れていたのだが、それも一瞬のこと。彼女の周りに火の玉が浮かんで放ってきたのだ。

「え、ちょっと!」

 転げるようにして初発を回避すると、背後の的に当たって爆発した。直撃していたら死んでいた。

 命の危険を感じて背中に汗が浮かぶ。

「次、行くね」

 また火の玉が飛んできた。しかも時間差で二発同時に向かってくる。

 跳躍して一発目を回避したが足下で爆発されてしまう。空中に浮かんでしまい動けない。二発目が迫ってくる。

『アイスニードル!』

 慌てていたけど発音は正確だった。魔力も問題ない。が、発動はしなかった。

 腕で防御したが直撃してしまう。爆発によって吹き飛ばされて地面を転がる。全身が痛い。特に腕なんてもげてしまいそうだ。状態を見てみると肌が焼かれているどころか肉は吹き飛び骨が見えていた。

 命の危険どころじゃない。
 死に瀕している。

 サリーは笑っていて楽しそうだ。同じ魔法を使うのに飽きたのか、今度は火の矢を作り出した。しかも五本もある。

 しまったな。頼む相手を間違ってしまった。

 手を抜くつもりはないみたいだ。

 俺、恨まれるようなことしていたかな……。

「行くね」

 火の矢が放たれた。一本目が足に、二本目、三本目が肩と腹に突き刺さる。

 肉が焼け、骨が砕けた。

「ぐがががぁぁぁ」

 声を出すのは我慢したいが無理だった。

 今まで感じたことのない苦痛が全身を襲う。

 瀕死の重傷だ。死の一歩手前どころか片足突っ込んでしまっている。

 それでもサリーは止まらない。

 火の矢が眼前に迫ってきた。

 額を貫く軌道だ。

 二度目の人生の記憶は壺の中ばかりだ。最悪な記憶だな。

 錬金術を覚え始めたのに何も残せてない。友達すら作れないし、またこの世から忘れ去られてしまうのは嫌だなぁ……。俺は今度こそ何かを残したいのだ。それまで死ぬわけにはいかない。生きたいのだ!

『アイスニードル』

 氷で作られた針……なのか? 大木ほどの太さがあった。

 放たれると火の矢を飲み込みサリーにぶつかる。周囲に氷の嵐が発生した。地面や木、家が凍り付く。本で読んでいたよりも威力は高い気もするが、今はそれどころじゃない。命の危機は脱したが、少女を殺してしまったかもしれないのだ。

「サリーー!!」

 ボロボロの体は動かせず叫ぶことしかできない。

「あれがアイスニードルなの? 常識外れな威力だね」

 氷の嵐がなくなると視界がはれる。元気な姿のサリーが立っていた。周囲に青い膜が張ってあって『シールド』を使ったと分かる。

 飛び跳ねながら喜んでいて俺に抱きつき、押し倒されてしまった。

「エルフでもルーベルトほどの魔力を持っている人なんていないよ! すごい。すごい!」

 恥ずかしがり屋だと思っていたのだが、魔法になると人が変わるらしい。

 ケガが開いて意識が遠のいていく。

 そういえばなんでサリーは家に来たんだろう。些細な疑問すら解消せず、俺は抱擁されながら死んでしまうのか……。
 目を開くと草と土があった。どうやら倒れた場所で意識を取り戻したようである。

 全身に感じていた痛みはない。指はしっかりと動く。目覚めたときと同じ、いつも通りの体ではある。ここが死後の世界じゃなければ、サリーが家から回復ポーションを持ち出して使ってくれたのだろう。

 そうだ、サリーだ!

 魔法を発動させるためとはいえ、俺を殺しかけた女だ!

 あのときの恐怖と怒りが蘇ってきた。文句の一つでも言ってやらないと気が済まないので、勢いよく起き上がると姿を探す。

「よかった。生きてた」

 サリーは顔を歪ませ、涙をポロポロとこぼしていた。体を震わせながら両手を広げて近づいてくる。

 避けることはできたが動かず待っていると抱きつき、腕を背に回した。

 身長差があるので彼女は俺の胸に顔を埋める形となる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 恥ずかしがり屋であるサリーが抱きつき、本気で謝罪をしている。

 予想外を上回る反省の態度を見せられてしまい、目覚めたときに感じた怒りなんて吹き飛んで、代わりに疑問が浮かぶ。

「俺は大丈夫だ」

 優しく背をさすると少しだけ落ち着いてくれたような気がする。

「エルフが魔法を覚えるとき、あれほど過激なことをするのか?」
「むしろ手を抜いたぐらいで、普通は生死を漂うようなことを何度も繰り返す必要があるんですよ。ルーベルトさんは、たった一日で覚えちゃったのですごいです。天才です!」

 生死の境を何日も漂うようなことをしないといけないとは。

 俺が思っていた以上に、エーテルへ願うことは命懸けだったようだ。全員が覚えられるとは思えないので、魔法を使える人口は少ないのかもしれない。決めつけは良くないが、大きく外れてない自信はあった。

「そっか。サリーはちゃんと手伝ってくれたんだね」
「うん」

 真面目な性格だし五歳児前後の子供なのだから、自分がやられたことを素直に実戦しただけなのだ。回復ポーションを受け取りに来たエルフの男みたいに見下しているわけでもないので、悪意があったとも思えない。認識の違いから生まれた不幸な事故だと思うことにしよう。

 しばらくして泣き止んだサリーは、俺の胸から離れた。

 目をゴシゴシと腕でこすり涙を拭う。

 ちょっとだけ鼻が赤くなっているのが、なんだか可愛らしかった。

「一度エーテルへ願う方法を覚えたら、二回目以降は簡単だよ。試してみる?」
「もちろん」

 爆発のせいで上着はボロボロだけど、そんなこと気にはならない。それよりも早く魔法を使いたい。

 体内に眠る魔力を動かし、エーテルへ願いながら魔法名を口にする。

『アイスニードル』

 俺の願いは正しく届き、大木ほどの太さがある長い氷の針が数十個浮かんだ。先端は尖っていて刺すことはできるが、あまり意味はないだろう。人間ぐらいのサイズであれば、当たった瞬間に物量で押しつぶされて死ぬはずだ。

「見間違えじゃなかった。やっぱりルーベルト君すごいよ」
「そうなのか?」
「うん! だってこれ、中級魔法のアイスランスよりも大きいよ。魔力もあえりえないほど密集しているから、壊すのも難しいね。しかもこの数っ! 大人でも三本同時が限界だよ! ありえないっ! すごいっ!」

 話している間に興奮してきたのが俺にまで伝わってきた。

 父親は錬金術にはまっているが、サリーは魔法や薬草関連なんだろう。他人を無視して饒舌になるところなんてそっくりだ。

「どうしたら、あんなすごいアイスニードルが出せるの? 教えて!」
「今日初めて使ったんだから、わかるはずがない。生まれつきじゃないか?」

 適当に誤魔化したが思い当たることはある。ベビーベッド代わりに使っていた壺だ。

 中に置いた素材……この場合は俺の体を入れ、エーテルを効率よく吸収させて魔力を増やしてくれたのだろう。

 生まれてから長い間、壺の中で過ごしていたのだから、俺の体とエーテルの相性はかなりよいはず。それこそ下級魔法で中級レベルの威力を出せるほどに。

 暗くて固い寝床は無意味じゃなかった。

 しっかりと俺の血肉になっている。

 分かりにくいが親の愛情というのを感じた。

「それだったら才能だね! すごいなぁ……って、ごめんなさい」

 自分がはしゃいでしまったことに気づいたようで、テンションが急降下したみたいだ。

 手で顔を隠していて表情は見えないが、長い耳は真っ赤になっていた。

 父親以外でまともに話せる相手はサリーしかいないのでもっと仲良くなりたいと思う。できれば初めての友達として付き合ってもらえればと思うが、高望みだと分かっているので、普通に話せるぐらいには慣れて欲しいと思う。

「もっと魔法の話を聞かせてもらえないかな?」

 興味がありそうな話題を提供したら、指にあいだから隙間を作ってサリーは俺のことを覗き見した。

 少し心を開いてくれたのかもしれない。

「ルーベルト君も魔法が好きなの?」
「ああ。好きだ。錬金術と同じぐらい興味深いよ」
「本当?」

 隙間が大きくなった。

 綺麗な瞳がまっすぐ俺を見ている。

「うん」
「じゃあ、じゃぁ、魔法の話に付き合ってくれる?」
「もちろんだ。無知な俺に色々と教えて欲しい」
「話が長いって言わない?」
「ああ、約束する」
「本当だよね?」
「本当だ」
「やった! いっぱい教えてあげるっ!」

 手が顔から離れた。今まで見た中で一番の笑顔をしている。

 魔法が好きだけど話す相手がいなかったのかな? 詳細は分からないが、サリーとお近づきになれたのは間違いなさそうだ。

「今日は薬草採りのお誘いに来たんだけど……予定を変えて魔法のおしゃべり会にしよ!」
「それは楽しそうだ。家でじっくり話そう」
「うんっ!」

 腕を掴まれてしまうと引っ張られて行く。

 家に入るとお茶を用意する時間すら与えてくれず、何時間も魔法語の解釈や初級や中級の魔法について教えてくれた。さらには発音まで確認してくれたので、外に出て新しい魔法を習得するべく何度も練習をする。サリーが言っていたとおり、二回目以降はエーテルへの願いはすぐに届き、この日だけでイグニッションを含めた複数の魔法を覚えることに成功した。

 それを見てサリーがさらに興奮してしまい、魔法についての話が長引いてしまう。

 夕方ぐらいになって彼女の門限が近づくまで終わることはなかった。
 サリーのおかげで魔法が使えるようになったから、父親のルタスにイグニッションを披露したら「これで面倒な着火もまかせられるな」との一言で終わってしまった。

 そういうことだぞ。

 表面上でも良いから、子供の成長を祝うぐらいしろよ。

 ま、過剰に褒められても微妙な空気になりそうだし、俺たちはこのぐらいの距離感が良いのかもしれない。

 父子家庭ってどこもこんな感じなのかな? なんて思っていたら、翌日には大量の荷物を背負ってどこかに行ってしまった。魔法が使えるなら家事もできるだろうと判断されたらしく、長期の旅に出るとのことだ。

 前言撤回。

 絶対に普通の父子家庭じゃない。

 生後……十歳未満なのに一人でお留守番だ。

 文句を言っても何も変わらないので、ちゃんと大人しく家で過ごすけどな。転生者だったことを感謝しろよ!

 日中は本を読み、飽きたらエーテル純水や回復ポーションを錬成する日々を過ごすことにした。食事は倉庫にあるパンやサラダに使う葉野菜、干し肉を使って簡単な料理を作る。味は二の次でお腹に溜まれば良い。

 そういった一日を数回繰り返した朝、ドアが叩かれる音で目が覚めた。

 眠い目をこすりながらベッドから降りて玄関へ向かう。

「ルーベルト君いますか」

 これはサリーの声だ。

 回復ポーションの納品日はまだ先なので、魔法談義でもしに来たんだろう。暇だったので助かる。

「いるよ」

 返事をしながらドアを開けるとチェニックを着たサリーが立っていた。本人よりも大きなカゴを背負っている。

 出会ったときのような恥ずかしがる姿はない。何度か魔法について話す機会があったので慣れてくれたのだろう。

 正直なところ育児放棄気味の父親とばかり接していたので、可愛い少女とお近づきになれて嬉しい。そろそろ友達と言っても良いんじゃないかなと思っている。サリーの気持ちも確認してみたいが、否定されたら立ち直れないので言わないでおく。知らなくてよいことって、世の中には沢山あるのだ。

「薬草の採取に行かない?」

 そういえば約束してたな。魔法の衝撃が強くて忘れてたよ。

「うん。行く。持っていくものある?」
「薬草を入れるものぐらいかな」
「わかった」

 部屋に戻ると父親の持ち物を漁る。ポーションを入れるためバッグがあったので、これを使おう。

 肩にかけて急いで外に出る。

「お待たせ。待った?」
「ううん。大丈夫だよ。何か欲しい薬草ある?」
「薬草じゃないけど、ペルロ草は手に入れたいな」

 ゴーレムコアへ流し込む液体に使う素材だ。これが手に入れば試作品作りができる。

「珍しいものが欲しいんだね。薬効があるわけじゃないし、錬金術に使うの?」
「うん」
「そっかぁ。だったら欲しいよねぇ」

 考え込むような仕草をしていたサリーだったが、思い出したようにハッとした顔になる。

「ちょっと離れた洞窟の奥にあるんだけど行ってみる?」

 肯定しようとしたけど思い止まった。大きなカゴをもっていることから、今日中に採取したいものはあるはず。俺は急いでないし、まずは彼女の用事を優先してあげよう。

「サリーの採取が終わった後で時間があれば」
「私が狙っているのはグリーンボルド草だから洞窟にも生えているよ。行きたいところは同じだね」

 えへへ、とちょっと変わった笑みを浮かべていた。

 最初は取っつきにくかったのだが、心を開いた後は人懐っこい。むやみに人を信じてしまうタイプのように感じて、将来悪い男に欺されないか心配になってしまう。守ってあげたいタイプだ。

「それじゃ洞窟に行こうか」
「うん。行こう」

 手を伸ばされたので握ると、そのまま歩き出した。

 お互いの指が絡み合う恋人つなぎというヤツだ。

 家の周囲に張られた結界を出ても動物に襲われることはなかった。兎といった小動物は見かけるが肉食系はいない。この世界には魔物と呼ばれる危険な生物もいるのだが、どうやら近くにはいないらしい。もしかしたらエルフの森全体で見ても少ないのかもな。

 警戒しているのも馬鹿らしくなり、ピクニック気分で歩いているとサリーが話しかけてきた。

「実はね……施設の人から人間と仲良くするのは止めた方が良いって言われているんだ。でも、私と仲良くしてくるのってルーベルトだけだから無視しちゃった」

 この事実を俺に言う意味はあるのか? と一瞬感じたがすぐに考えを改める。

 反対されても会おうと決めるほど、あなたのことを思っているんですよ、って伝えたいんだろう。これは間違いなくサリーも友達だと思っていてくれているはずだ。二度目の人生でようやく友達ができ、飛び跳ねたくなるほど嬉しくなる。

「バレたら怒られるんじゃないか?」
「ううん。それは大丈夫。他種族と関わっても無視されるだけだから今とあまり変わらないよ」
「そっか……」

 転生してから出会った人は父親とサリー、あとは回復ポーションを取りに来たエルフだけだ。この世界の常識なんて全く知らない自信はある。エルフの文化となればなおさらだ。

 だが、そんな常識知らずでも、少女とも呼べないぐらい小さな女の子に、こんなことを言わせる社会は間違っていると断言できる。

 孤独とは耐えがたいものだ。

 病弱で友達がいなかった俺にはよくわかる。

「だったら俺と一緒に遊ぼう」
「え?」
「他のエルフに無視されたぶん、俺が沢山しゃべってるよ。寂しくならないぐらいにさ」
「なにそれ」

 変なことを言ったと思われて笑われてしまった。

「ルーベルト君は優しいんだね」

 それは少し違う。友達になって欲しいから親切にしているだけだ。他人を思いやっているのではなく、自分勝手に振る舞っているだけ。それを好意的に受け止めてしまうほど、サリーの立場は良くないのだろう。

 エルフとは謎の生き物だ。どうして人間に冷たい態度を取る決まりでもあるのだろうか。

 もしそうなら、どうして俺の親父はエルフの森に住めたんだ?

 この世界に生まれて数年は経ったのに、身近なことすら何も分からない。これは異常だ。すごく今さらな気もするが、ようやく気づけた。

 俺はもっと周囲に興味を持った方が良いのかもしれない。
「エルフやこの国について教えてもらえないか?」

 俺の居る場所がなんなのか。少しでも情報が知りたいと思い聞いてみた。

「教えても良いけど、今度ルーベルト君のことも教えてくれる?」
「いいけど面白くないよ」
「そんなことないって」

 手をつなぎながら笑っている。何が楽しいのだろうか。まったく想像できないが悪い気分ではなかった。

 もし前世も友達がいたら、こんな風に何気ない会話をして毎日を過ごしていたのだろうか。きっと楽しかったんだろうなぁ。

「まずは私からね。エルフは成長がすごく遅くて長寿なんだよ。精霊や妖精に近いと言われていて、エーテルの濃い場所じゃないと本来の力が発揮できない種族なの。町に出たら息苦しく感じるし、だから皆この森に住んでいるんだよ。知ってた?」
「初めて聞いた」

 辺鄙な場所に国を作っている理由がエーテルなのか。

 錬金術だけじゃなくエルフにとっても重要な元素なんだな。

「そっか。じゃあ、私たちが他の種族に狙われているっても知らないんだよね」

 首を縦に振った。

 これはエルフだけじゃなく森に住んでいる俺にも関わる話だ。詳しく知りたい。

「なんで狙われているの?」
「エーテルの濃い場所は貴重な薬草が採取できるし、ミスリル銀も手に入る。それに錬金術をする場所としても向いているんだ。ルーベルト君だって、そのぐらいはわかっているよね」
「もちろん」

 錬金術をする上で、エーテルという存在は切っても切り離せない。より良い物を錬成しようとするなら、この森は最適だ。

 土地を狙う理由になるだろう。

「後は私たちって他種族から見ると美しいみたいだから、高く売れるんだって」

 ためらいがちに言ったのは恥ずかしかったからだろう。

 長い耳がほんのりと赤い。感情が分かりやすいな。

「敵が多いんだ」
「うん。毎年、数十人は人間とかに殺されているし、攫われている。だから私たちって閉鎖的なんだよね」

 定期的に被害が出ているとは思わなかった。想像していたより被害は多く大きな問題みたいだ。

 エルフの状況はだいたい把握できたが、気になる点がある。

「ならどうして俺や父親は森の滞在を許されているんだ?」
「それは私たちが錬金術に向いてないからだよ。代わりにポーションや貴重な鉱石を錬成する人が必要なんだ」
「だから俺たちがいるのか。裏切ったらどうするんだ?」
「契約魔法を使ってるから大丈夫だよ。ルーベルト君も生まれてすぐに契約魔法を使われたんじゃないかな」

 記憶にはないがサリーの言うことなら確かなのだろう。

 契約魔法とは魂まで縛り、呪いの部類に入る。違反するようなことをすれば命を落とすらしい。使い手は必ず体内の魔力に生命属性とよばれるものを持ってなければいけないらしく、無属性である俺は長い魔法名を覚えたとしてもエーテルが願いを叶えてくれない。要は適性がないから使用不可の魔法というわけだ。

 ちなみに同様の理由で俺は上級以上の属性魔法も使えない。属性を持っていないとエーテルへ作用する力の限界があるのだ。

 これだと無属性はデメリットばかりに思えるかもしれないが、純粋なエーテルが扱えるため錬金術や付与術には向いていて、生産系の職人になるには無属性が良いとされているのだ。

「だから安心して一緒に行動できると。知らない間に俺も契約魔法をかけられていたのかぁ」
「嫌だった?」
「特に不便してないから嫌じゃないけど、どんな条件を入れられているかは気になる」

 知らずに違反して死ぬなんて目にはあいたくない。

「エルフを裏切るな、ぐらいじゃないかな? あまり細かいルールはないと思うよ」

 曖昧な条件でも契約できるのか。驚いた。

 細かい定義をしなくて済むなら抜け道は作りにくい。裏切ったと思えば発動するのだから、かけた本人、この場合はエルフにとって非常に有利な条件と言えるだろう。

 色々と抜けている父親ではあるが、このぐらいはわかって契約したはずだ。それでも受け入れたということは、エーテルが豊富なこの場所に住むメリットが上回ったのだろう。

「なら安心だな」
「うん。ルーベルト君は私を裏切らないもんね」
「もちろん」

 一度信じた相手であれば疑うことをしない。経験の浅い子供みたいな考えだけど嫌いじゃない。むしろ好意に応えてあげたいと思ってしまう。

 きっと初めての友達だからだろう。どうも未知なる感情に振り回されっぱなしだ。

「だよね。他にもエルフの国や世界樹について教えてあげたいんだけど……洞窟に着いちゃった。後でもいい?」

 目の前に穴の空いた大きな大木がある。横幅は大人が二人両手を開いも足りなさそうだ。背も非常に高く太陽の光を遮っているので、周辺には木がなくちょっとした広場になっていた。

 洞窟と聞いていたが、木の洞だったとは思わなかったな。

「意外と近かったな」
「他の種族に襲われるかもしれないから遠くには行けないんだよ」
「なるほど、ね」

 エルフの事情を聞いていたからすんなりと納得できた。

 森の外側に向かえば危険度は高まるだろうし、子供が外を歩くのであれば、ここら辺が限度なんだろう。

「この中に薬草があるから、探しに行こう」

 名残惜しそうに俺の手を離したサリーは洞の中へ入っていたので、俺も後を付いて進んでいく。

 不思議なことに周囲は明るかった。壁や床に発光するキノコが生えているのだ。柔らかい光で温かみを感じる。照明の類いが不要だった理由は判明したな。

 地面は土がむき出しになっていて植物は生えていない。太陽の光が届かないから当然だろう。

「本当に薬草があるのか?」
「うん。一番奥まで行くと群生地があるんだよ」

 並んで歩けるほど幅は広くないので、サリーは先に進みながら返事をした。

 何度か来たことがあるのだろう。自信たっぷりだ。控えめな性格をしている彼女が、あそこまで言い切るのであれば信じて問題ない。

 大きなカゴを背負っている姿を見ながら黙ってついていくことにした。
 洞の中はかなり広いようで、しらばらく歩いても奥に着かない。入り口は木の洞だったけど、途中でどこかの洞窟につながっていたのだろう。

 分岐がないので迷子にはならないが、同じ景色が続いているのでループしているような感覚になる。

「後どのぐらい時間がかかりそう?」
「うーーん。どうだろう。前に来たのが数年前だから忘れちゃった。奥に着いたらわかると思うよ?」

 何とも頼りにならない返事をされてしまった。
 ここが迷宮でなくて良かったと安堵するべきだろうか。

 案内している本人も覚えてないみたいだから大人に引率してほしかったなと思ったけど、エルフは他種族を嫌っているから俺の同行は認められなかったはず。サリーと二人じゃなければ来れなかっただろう。

 ルタスは?

 うん。あれは俺より仕事を優先するから一緒に探索なんてしてくれない。一人で頑張れと言われて終わりだろう。ある意味、サリーよりも頼りにならん。

 休憩を何度か挟んで、体感で二時間ぐらい歩いたらようやく終わりが見えてきた。

 洞窟の最奥は太陽の光が差している大きな空間だ。地面には様々な草が絨毯のように生えていて、背の低い木がいくつかある。中心には大きな骨があった。羽のような骨格があるので鳥かな? と思ったが、それにしては大きい。頭蓋骨は蜥蜴っぽい形をしているのでドラゴンに近しい種族か、そのものだろう。

「前に来たとき骨なんてなかったのに……。誰かいるのかな」

 俺の前にいるサリーが物騒なことをつぶやいた。

 すぐさま腕を取ると俺の背に隠す。

「え、えっ!? どうしたの?」
「他の種族が侵入している可能性がある。調べるから隠れてくれないか」
「それじゃルーベルトが危ないよ……」
「だとしてもサリーの安全を優先したい」

 初めてできた友達だ。

 自分の命よりも優先して守りたいと思うのは普通のことだろう。

「そこまで思ってくれたんだ……」

 目を大きく開いてうるうるさせながら、何かつぶやいていた。小声だったので俺には聞こえなかったけど、俺の考えは正しく伝わったことだろう。

 サリーを置いて一人で洞窟の最奥広場に入る。

 周囲を見るが人影はない。だからといって安全だとは限らず、木や骨の陰に隠れている可能性は残っている。

 いつでも魔法が発動できるように体内の魔力を練りながら歩く。

 木の裏には誰もいない。骨の方も大丈夫そうだ。近くに錆びた矢が数十本落ちていたので、遠距離から攻撃され、ドラゴンぽい生き物は落下して死んだとわかった。

 顔を上げて空を見ると太陽が見えた。丸く切り抜かれた空は大きな壺の中に入ったようにも感じる。

 眩しいので手をかざしながら調べるけど人影はない。

 きっと大分前に魔物を倒して、ここまで降りられずに諦めた誰かがいたのだろう。今のところ近くにはいないと判断して良さそうだ。

「安全そうだよ」

 声をかけるとサリーが小走りで近づいて、止まることなく抱きついた。

 予想外だったので押し倒されてしまう。

「どうしたの? 寂しかった?」
「違う。心配だった」
「……そっか。ありがとう」

 友達が優しい心を持っていて嬉しい。

 背中を優しくさすりながら言った。

「十三年生きた中で一番怖かったんだから。次は一緒だよ」
「え、十三年? 五年じゃなくて?」
「気にするのそこ!?」

 だってずっと五歳だと思っていたんだぞ。実年齢を聞いて驚かない方がおかしい。

 体を離してサリーの顔をよく見る。

 うん。どう見ても人間換算で五歳ぐらいだ。俺と同年代に見える。

「まあ、次は危険だと思ったら帰ることにしよう」
「約束だよ-」
「ああ。もちろんだ」

 ようやく納得してくれたので俺たちは立ち上がった。

「あの骨は何だと思う?」
「ドラゴン……にしては小さいから、その子供かな? それかワイバーンとか……」
「亜竜の可能性もあるのか」
「調べてみる?」
「サリーは薬草の採取をしてて。その間に俺が調べる」
「はーい。ルーベルト君が欲しがっているペルロ草も私が採取しておくね」
「助かるよ」

 骨よりも薬草に興味があるみたいで、サリーは早速採取を始めた。地面を掘って根っこごと背中のカゴに入れている。手が土で汚れても気にしていないみたいだ。

 魔法といい。趣味一直線だな。

「さてと」

 骨の方を改めてみる。全長は十メートル弱ぐらいだろうか。足下には白い鱗が落ちていてキラキラとしている。鞄からエーテル測定器を取り出して近づけると、含有量は最大値を示していた。ミスリル銀ですら最大でも80%ぐらいなので、物質として非常に珍しい。触ってみると軽かった。これで耐久性が高ければ色んな用途に使えそうだ。

 全部を持って帰るのは難しいので数枚鞄に入れる。骨の方も回収したいけど、大きすぎて手で持つのも無理だ。残念だけど諦めるしかない。

 他にも何か残ってないかな。骨の中に入って地面を調べていくと、心臓があっただろう辺りに着くと魔石が転がっていた。拳ぐらいの大きさだ。手に持って中身を覗いてみる。

 脳が朽ちて魂が魔石に移っていたらアンデッド化する恐れがあったんだけど、中身は空のようでどうやら心配する必要なさそうだ。ちゃんと成仏できたみたい。エーテル測定器を近づければ安定の最大値。これも錬金術の素材に使えそうだ。

 予想外の収穫に心が躍る。

「いいの見つかったみたいだね」

 採取を中断してサリーがこっちに来ていた。

「うん。錬金術に使える魔石が手に入ったんだ」
「ドラゴン系統の素材なら完成した物は高性能になりそうだね」
「そうだよな! 今から楽しみだ!」

 気分が急上昇して楽しい。心がふわふわしている。これが浮ついている、ってやつか。すごくいいな。

 そそくさと魔石をバッグに入れていると、じっと見られていることに気づく。

 視線はサリーだ。年上だと判明したからか、温かく見守られているように思えてしまう。

「私との魔法お勉強会も忘れないでね」
「もちろんだよ。一緒に新しい魔法も覚えていこう!」

 分からないことも多いけど、友達もでき、没頭する趣味も作れた。

 新しい人生は充実している。

 楽しくなりそうだと、今はそう思っていた。

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