目を開くと草と土があった。どうやら倒れた場所で意識を取り戻したようである。
全身に感じていた痛みはない。指はしっかりと動く。目覚めたときと同じ、いつも通りの体ではある。ここが死後の世界じゃなければ、サリーが家から回復ポーションを持ち出して使ってくれたのだろう。
そうだ、サリーだ!
魔法を発動させるためとはいえ、俺を殺しかけた女だ!
あのときの恐怖と怒りが蘇ってきた。文句の一つでも言ってやらないと気が済まないので、勢いよく起き上がると姿を探す。
「よかった。生きてた」
サリーは顔を歪ませ、涙をポロポロとこぼしていた。体を震わせながら両手を広げて近づいてくる。
避けることはできたが動かず待っていると抱きつき、腕を背に回した。
身長差があるので彼女は俺の胸に顔を埋める形となる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
恥ずかしがり屋であるサリーが抱きつき、本気で謝罪をしている。
予想外を上回る反省の態度を見せられてしまい、目覚めたときに感じた怒りなんて吹き飛んで、代わりに疑問が浮かぶ。
「俺は大丈夫だ」
優しく背をさすると少しだけ落ち着いてくれたような気がする。
「エルフが魔法を覚えるとき、あれほど過激なことをするのか?」
「むしろ手を抜いたぐらいで、普通は生死を漂うようなことを何度も繰り返す必要があるんですよ。ルーベルトさんは、たった一日で覚えちゃったのですごいです。天才です!」
生死の境を何日も漂うようなことをしないといけないとは。
俺が思っていた以上に、エーテルへ願うことは命懸けだったようだ。全員が覚えられるとは思えないので、魔法を使える人口は少ないのかもしれない。決めつけは良くないが、大きく外れてない自信はあった。
「そっか。サリーはちゃんと手伝ってくれたんだね」
「うん」
真面目な性格だし五歳児前後の子供なのだから、自分がやられたことを素直に実戦しただけなのだ。回復ポーションを受け取りに来たエルフの男みたいに見下しているわけでもないので、悪意があったとも思えない。認識の違いから生まれた不幸な事故だと思うことにしよう。
しばらくして泣き止んだサリーは、俺の胸から離れた。
目をゴシゴシと腕でこすり涙を拭う。
ちょっとだけ鼻が赤くなっているのが、なんだか可愛らしかった。
「一度エーテルへ願う方法を覚えたら、二回目以降は簡単だよ。試してみる?」
「もちろん」
爆発のせいで上着はボロボロだけど、そんなこと気にはならない。それよりも早く魔法を使いたい。
体内に眠る魔力を動かし、エーテルへ願いながら魔法名を口にする。
『アイスニードル』
俺の願いは正しく届き、大木ほどの太さがある長い氷の針が数十個浮かんだ。先端は尖っていて刺すことはできるが、あまり意味はないだろう。人間ぐらいのサイズであれば、当たった瞬間に物量で押しつぶされて死ぬはずだ。
「見間違えじゃなかった。やっぱりルーベルト君すごいよ」
「そうなのか?」
「うん! だってこれ、中級魔法のアイスランスよりも大きいよ。魔力もあえりえないほど密集しているから、壊すのも難しいね。しかもこの数っ! 大人でも三本同時が限界だよ! ありえないっ! すごいっ!」
話している間に興奮してきたのが俺にまで伝わってきた。
父親は錬金術にはまっているが、サリーは魔法や薬草関連なんだろう。他人を無視して饒舌になるところなんてそっくりだ。
「どうしたら、あんなすごいアイスニードルが出せるの? 教えて!」
「今日初めて使ったんだから、わかるはずがない。生まれつきじゃないか?」
適当に誤魔化したが思い当たることはある。ベビーベッド代わりに使っていた壺だ。
中に置いた素材……この場合は俺の体を入れ、エーテルを効率よく吸収させて魔力を増やしてくれたのだろう。
生まれてから長い間、壺の中で過ごしていたのだから、俺の体とエーテルの相性はかなりよいはず。それこそ下級魔法で中級レベルの威力を出せるほどに。
暗くて固い寝床は無意味じゃなかった。
しっかりと俺の血肉になっている。
分かりにくいが親の愛情というのを感じた。
「それだったら才能だね! すごいなぁ……って、ごめんなさい」
自分がはしゃいでしまったことに気づいたようで、テンションが急降下したみたいだ。
手で顔を隠していて表情は見えないが、長い耳は真っ赤になっていた。
父親以外でまともに話せる相手はサリーしかいないのでもっと仲良くなりたいと思う。できれば初めての友達として付き合ってもらえればと思うが、高望みだと分かっているので、普通に話せるぐらいには慣れて欲しいと思う。
「もっと魔法の話を聞かせてもらえないかな?」
興味がありそうな話題を提供したら、指にあいだから隙間を作ってサリーは俺のことを覗き見した。
少し心を開いてくれたのかもしれない。
「ルーベルト君も魔法が好きなの?」
「ああ。好きだ。錬金術と同じぐらい興味深いよ」
「本当?」
隙間が大きくなった。
綺麗な瞳がまっすぐ俺を見ている。
「うん」
「じゃあ、じゃぁ、魔法の話に付き合ってくれる?」
「もちろんだ。無知な俺に色々と教えて欲しい」
「話が長いって言わない?」
「ああ、約束する」
「本当だよね?」
「本当だ」
「やった! いっぱい教えてあげるっ!」
手が顔から離れた。今まで見た中で一番の笑顔をしている。
魔法が好きだけど話す相手がいなかったのかな? 詳細は分からないが、サリーとお近づきになれたのは間違いなさそうだ。
「今日は薬草採りのお誘いに来たんだけど……予定を変えて魔法のおしゃべり会にしよ!」
「それは楽しそうだ。家でじっくり話そう」
「うんっ!」
腕を掴まれてしまうと引っ張られて行く。
家に入るとお茶を用意する時間すら与えてくれず、何時間も魔法語の解釈や初級や中級の魔法について教えてくれた。さらには発音まで確認してくれたので、外に出て新しい魔法を習得するべく何度も練習をする。サリーが言っていたとおり、二回目以降はエーテルへの願いはすぐに届き、この日だけでイグニッションを含めた複数の魔法を覚えることに成功した。
それを見てサリーがさらに興奮してしまい、魔法についての話が長引いてしまう。
夕方ぐらいになって彼女の門限が近づくまで終わることはなかった。
全身に感じていた痛みはない。指はしっかりと動く。目覚めたときと同じ、いつも通りの体ではある。ここが死後の世界じゃなければ、サリーが家から回復ポーションを持ち出して使ってくれたのだろう。
そうだ、サリーだ!
魔法を発動させるためとはいえ、俺を殺しかけた女だ!
あのときの恐怖と怒りが蘇ってきた。文句の一つでも言ってやらないと気が済まないので、勢いよく起き上がると姿を探す。
「よかった。生きてた」
サリーは顔を歪ませ、涙をポロポロとこぼしていた。体を震わせながら両手を広げて近づいてくる。
避けることはできたが動かず待っていると抱きつき、腕を背に回した。
身長差があるので彼女は俺の胸に顔を埋める形となる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
恥ずかしがり屋であるサリーが抱きつき、本気で謝罪をしている。
予想外を上回る反省の態度を見せられてしまい、目覚めたときに感じた怒りなんて吹き飛んで、代わりに疑問が浮かぶ。
「俺は大丈夫だ」
優しく背をさすると少しだけ落ち着いてくれたような気がする。
「エルフが魔法を覚えるとき、あれほど過激なことをするのか?」
「むしろ手を抜いたぐらいで、普通は生死を漂うようなことを何度も繰り返す必要があるんですよ。ルーベルトさんは、たった一日で覚えちゃったのですごいです。天才です!」
生死の境を何日も漂うようなことをしないといけないとは。
俺が思っていた以上に、エーテルへ願うことは命懸けだったようだ。全員が覚えられるとは思えないので、魔法を使える人口は少ないのかもしれない。決めつけは良くないが、大きく外れてない自信はあった。
「そっか。サリーはちゃんと手伝ってくれたんだね」
「うん」
真面目な性格だし五歳児前後の子供なのだから、自分がやられたことを素直に実戦しただけなのだ。回復ポーションを受け取りに来たエルフの男みたいに見下しているわけでもないので、悪意があったとも思えない。認識の違いから生まれた不幸な事故だと思うことにしよう。
しばらくして泣き止んだサリーは、俺の胸から離れた。
目をゴシゴシと腕でこすり涙を拭う。
ちょっとだけ鼻が赤くなっているのが、なんだか可愛らしかった。
「一度エーテルへ願う方法を覚えたら、二回目以降は簡単だよ。試してみる?」
「もちろん」
爆発のせいで上着はボロボロだけど、そんなこと気にはならない。それよりも早く魔法を使いたい。
体内に眠る魔力を動かし、エーテルへ願いながら魔法名を口にする。
『アイスニードル』
俺の願いは正しく届き、大木ほどの太さがある長い氷の針が数十個浮かんだ。先端は尖っていて刺すことはできるが、あまり意味はないだろう。人間ぐらいのサイズであれば、当たった瞬間に物量で押しつぶされて死ぬはずだ。
「見間違えじゃなかった。やっぱりルーベルト君すごいよ」
「そうなのか?」
「うん! だってこれ、中級魔法のアイスランスよりも大きいよ。魔力もあえりえないほど密集しているから、壊すのも難しいね。しかもこの数っ! 大人でも三本同時が限界だよ! ありえないっ! すごいっ!」
話している間に興奮してきたのが俺にまで伝わってきた。
父親は錬金術にはまっているが、サリーは魔法や薬草関連なんだろう。他人を無視して饒舌になるところなんてそっくりだ。
「どうしたら、あんなすごいアイスニードルが出せるの? 教えて!」
「今日初めて使ったんだから、わかるはずがない。生まれつきじゃないか?」
適当に誤魔化したが思い当たることはある。ベビーベッド代わりに使っていた壺だ。
中に置いた素材……この場合は俺の体を入れ、エーテルを効率よく吸収させて魔力を増やしてくれたのだろう。
生まれてから長い間、壺の中で過ごしていたのだから、俺の体とエーテルの相性はかなりよいはず。それこそ下級魔法で中級レベルの威力を出せるほどに。
暗くて固い寝床は無意味じゃなかった。
しっかりと俺の血肉になっている。
分かりにくいが親の愛情というのを感じた。
「それだったら才能だね! すごいなぁ……って、ごめんなさい」
自分がはしゃいでしまったことに気づいたようで、テンションが急降下したみたいだ。
手で顔を隠していて表情は見えないが、長い耳は真っ赤になっていた。
父親以外でまともに話せる相手はサリーしかいないのでもっと仲良くなりたいと思う。できれば初めての友達として付き合ってもらえればと思うが、高望みだと分かっているので、普通に話せるぐらいには慣れて欲しいと思う。
「もっと魔法の話を聞かせてもらえないかな?」
興味がありそうな話題を提供したら、指にあいだから隙間を作ってサリーは俺のことを覗き見した。
少し心を開いてくれたのかもしれない。
「ルーベルト君も魔法が好きなの?」
「ああ。好きだ。錬金術と同じぐらい興味深いよ」
「本当?」
隙間が大きくなった。
綺麗な瞳がまっすぐ俺を見ている。
「うん」
「じゃあ、じゃぁ、魔法の話に付き合ってくれる?」
「もちろんだ。無知な俺に色々と教えて欲しい」
「話が長いって言わない?」
「ああ、約束する」
「本当だよね?」
「本当だ」
「やった! いっぱい教えてあげるっ!」
手が顔から離れた。今まで見た中で一番の笑顔をしている。
魔法が好きだけど話す相手がいなかったのかな? 詳細は分からないが、サリーとお近づきになれたのは間違いなさそうだ。
「今日は薬草採りのお誘いに来たんだけど……予定を変えて魔法のおしゃべり会にしよ!」
「それは楽しそうだ。家でじっくり話そう」
「うんっ!」
腕を掴まれてしまうと引っ張られて行く。
家に入るとお茶を用意する時間すら与えてくれず、何時間も魔法語の解釈や初級や中級の魔法について教えてくれた。さらには発音まで確認してくれたので、外に出て新しい魔法を習得するべく何度も練習をする。サリーが言っていたとおり、二回目以降はエーテルへの願いはすぐに届き、この日だけでイグニッションを含めた複数の魔法を覚えることに成功した。
それを見てサリーがさらに興奮してしまい、魔法についての話が長引いてしまう。
夕方ぐらいになって彼女の門限が近づくまで終わることはなかった。