俺にブルーボルド草を渡すと、父親は棚からフラスコを取り出した。透明な水が入っている。

 またしゃがんで俺の前に出して見せてくれた。

 ぱっと見は普通の水に見えるが、目をこらしてよく観察するとキラキラと淡く優しい光っている。ランタンの光を反射している様には見えない。なんというか、自ら発光しているようなんだ。

「これがこの前作ったエーテル純水だ」
「エーテルって?」
「すべての元となる“ひとつにして、すべて”と呼ばれている元素だ。昔は万物の元とまで呼ばれていたが、今は「魔法」「魔力」「精霊」といった非物質的な現象に変化する前の元素だとわかっている。錬金術師である俺たちはエーテルと呼んでいるが、他にも魔素などとといった名称もある」

 言いたいことが一杯あるのはよく分かった。子供に説明するには説明が長すぎると思ったが嫌な気持ちにはならない。無知な俺のために一生懸命教えようとする姿は、前世の両親からは望んでも一度もしてもらえなかった。育てようという愛情が伝わってくるので嬉しく、もう一度生を受けたことに感謝している。

「魔法があるの?」
「うむ」

 肯定された。この世界に魔法や精霊の存在があるのは確定だと思って良いだろう。

 また一つ、楽しみが増えたな。

「で、純水の方だが、これは純化フラスコで不純物を取り除いた水のことを言う。これにエーテルが含まれていると、エーテル純水という特別な物になる。ポーション系には必要となるので、別名で命の水とまで呼ばれている。大げさな表現だから俺はその名称を気に入っていない。エーテル純水と呼び続けるから、お前……うーんと……あれだ、ルーベルトもマネしろ。わかったな?」

 物の名前にこだわる前に、息子の名前を覚えてくれよ……。

 先ほどまで感じていた愛情は何だったんだと思ってしまったぞ。

「うん」
「良い子だ」

 力一杯、頭を強く撫でられた。

 首が痛い。やっぱりルタスは子育てに向いてない。

「よし行くぞ」
「どこに?」

 俺の疑問は届かなかったようである。満足したのかルタスは立ち上がって作業部屋の方に行ってしまった。まったく人の気持ちが分からない勝手な男だな。

 でも、錬金術に心躍っている俺は、嫌な感情を持っていない。むしろ凄腕から教えてもらえる期待感の方が強く、軽い足取りで倉庫から出た。

 ルタスは作業台の上にブルーボルド草とフラスコに入ったエーテル純水を置くと、細い棒状のガラスを取りだした。中は空洞で、先端には赤い液体みたいなものが溜まっている。メモリが付いていて昔の体温計みたいだなと思った。

「これはなに?」
「エーテル測定器だ。含有量がわかる」

 ブルーボルド草に近づくと赤い液体がぐぐと増えていく。

 これは液体が膨張しているのか。

 最初に感じた印象はあっていたようである。まさに体温計だ。

 どんどん上昇していって細い棒状のガラス全体に広がった。これってエーテルの含有量が最大値ってことだよな。錬金術のことは今日初めて知ったけど、すごいということだけはわかる。

「最大値まで上昇したらエーテルの含有量は100だ。下級の回復ポーションであれば20、中級で40、最高級で60ぐらいあれば素材として使える」
「100あるの。すごい」
「そうだな。すごい。エリクシルに使える素材だ」
「エリクシル?」
「下級の回復ポーションだと擦り傷や打撲を治す程度の効果しかなく、最高級でも重傷者を治す程度ぐらいの効果しか発揮できないが、エリクシルは死ぬ寸前のケガを負っても回復できて四肢欠損にも効果がある。また、すべての病や毒にも効く。さらには不老不死にもなれると言われているが……これは嘘だな。せいぜい老化が遅くなり寿命は百年ほど延びる程度の効果しかない。またエーテルを多量に含んでいるので、ゴーレムやホムンクルスといった疑似生命体に与えれば能力が強化される。むろん、限界はあるがな」

 いやいや。万能薬ともいえる効果がある上に寿命が延びるってすごいでしょ。

 権力者や金持ちがこぞって手に入れようとする物じゃないか。さすがにエリクシルがありふれた物だとは思わないが、常識を手に入れたいので一応聞いてみるか。

「珍しいの?」
「うむ。エーテル含有量が100ある素材は我々が住んでいるエルフの森の一部でしか手に入らない。そしてレシピを知っていて、作る技術を持っているのは俺を含めた数人だけ。これで貴重さは分かったか?」
「うん」

 世界に一つとか二つ、多くても十数個。そのぐらいのレベルの珍しさだというのは、すごくわかった。

 さらに俺たちは人里離れた場所に住んでいて、父親が世界有数の錬金術師だということも。

 来客がないなぁと思っていたけど、そりゃ森の中なら当然だよな。

「ほう、今の言葉を理解できたか。思っていたより頭が良いな」

 また頭をグリグリと強めに撫でられた。

 錬金術に興味を持ち、話を理解していることが嬉しいのだろう。機嫌は良さそうだ。

「エーテル純水の方はルーベルトが測定してみるか?」
「やってみる」

 背が低いので作業台は見えない。ルタスが抱きかかえてくれた。

 測定器を渡してもらうと小さな手で握る。体の使い方に慣れていない子供であるため落としてしまう可能性もあるので、油断せずにしっかりと握るとフラスコに近づける。

 赤い液体がぐーっと伸びていく。

 刻まれたメモリは40、50、60……80を越えて100にまで到達した。

「これもすごい」
「そうだ。理論上、最大までエーテルを含んだ水だ」

 多分これもエルフの森でしか手に入らないんだろうな。

 貴重な素材があるからルタスは、ここを住処に選んだんだろう。

 エーテル測定器を返すと近くにあるカゴへ入れてしまった。

 続いてルタスは壁に付けられている縦長の板に手を伸ばす。二つあって一つは三メートルほど、もう一つは一メートルほどの大きさだ。

 小さい方を手に取って、作業台の上に置く。

 板には縦に並べられた三つの大きい丸が描かれていて、周囲には複雑な文字や模様がびっしりと書き込まれている。これもまた錬金術に使う道具なのだろうか。

「錬成板だ。魔力を注げば複数の素材が一つになる」
「すごい」
「ああ、本当にこれは素晴らしい物だ。魔道具師によって錬成板が発明され、錬金術の歴史は大きく変わった。これがなければ錬金術師は詐欺師のままだっただろう」
「詐欺師……?」
「いつか詳しく話してやる。今は使い方を覚えろ」

 面倒だと思ったのか後回しにされてしまった。これは聞いても教えてくれない気がする。家には沢山の本があるので後で調べておこう。

 ルタスは錬成板にある上の円形に乾燥したブルーボルド草、下の円形にエーテル純水、さらに中心の円形にはフラスコを置いた。

「今回は完成品が液体だから入れ物を置いたが、粉末であれば紙でもいい。出てくる物に合わせて用意しろ」
「うん」

 丁寧に説明した後、ルタスは両手を錬成板に乗せた。

 文字、模様、円といった順番で光り出す。

 魔力が注がれて起動したのだろう。

 綺麗な光景に目を奪われて瞬きする時間すら惜しいと感じていた。