「病気に振り回される人生だったな……」
俺は生まれたときから体の弱い子供だった。
ちょっと運動しただけで高熱を出して、何度も入退院を繰り返してしまう。全力で走るなんてもってのほか。スポーツなんて論外だ。欠陥品を産んだことを認めたくないのか、両親は俺に関わるようなことはしなかった。家族の温かさを感じたことはない。
だから病院だけでなく家でも常に一人だった。
人よりほんの少し多くの本を読み、動画を見て、ゲームで遊ぶ。それもしばらくして飽きてしまったので、フィギュア作りに没頭していく。物作りというのは有り余る時間を消費するのに都合が良く、暇だと思ってしまうことはかなり減った。
けど俺が手に入れたのはそれだけ。他には何もない。授業は休みがちでテストの結果は平均点以下ばかり。運動だって苦手だ。秀でたものなんてなにもなく、努力しようとしても体力がないので続かない。常に体内に毒が回っているような状況だから本気ってのは一度も出せたことがなかった。常に体の限界を感じていたのだ。
だから大好きなフィギュア作りも熱中できて楽しめたけど、結果的に完成した数は少ない。
普通って、こんなに難しかったんだな。
絶望している中、生きていても意味のない人生は、やはり病によって終わった。
全身を蝕む病魔。
貧血に発熱、頭痛や吐き気が続き、しだいに骨が痛くなる。
病名は覚えてないけど免疫力が大きく低下するみたいで、重度の肺炎を患って息苦しい。
生まれたときからスタートラインはマイナスで、何かを成すことはできなかった。
歴史に残るような人間になりたいとまでは言わないから、せめて友達の一人ぐらいは欲しかった。
もっと頑丈で優秀な体さえあれば、そんなものも作れたのかな。
もうすぐ死ぬだろうと分かっても両親は見舞いに来ることはなく、強い孤独を感じながら短い人生を終えてしまった。
* * *
目を開いたら丸く切り取られた天上があった。
穴の中にいるみたいだ。
起き上がろうとしても体は思うとおりに動かない。手足、首、頭といった体のパーツをつなぐ神経が切断されているような感覚。無理に動かそうとしたら激痛が走る。
死ぬ直前の苦痛に似ていて呼吸をするだけで辛い。
泣き出したいのに声すら出せず、静かに涙をポロポロとこぼす。
「生きているか?」
男性の声が聞こえた。穴の上から覗き込んで俺を見ている。
年齢は四十代ぐらいだろうか。無精髭が生えていて目に隈がある。頬はこけていて顔色が悪く、お世辞にも健康的だとは言えない。死ぬ直前の俺に似ていた。
手を伸ばしてくると俺の体を持ち上げる。
穴から出されると見たことのない家だった。山小屋みたい。
男は隅にある作業台みたいなテーブルへ俺を置く。
頭を横にされたので、さっきまでいた場所が視界に入った。
どうやら大きな壺に入れられていたみたいなのだ。なんでそんな場所に寝ていたんだと疑問が浮かぶのと同時に、さらに気になる点が見つかった。高校生の俺が入れないサイズなのだ。そもそも作業台もあまり大きくない。なのにちゃんと横になれている。その事実に違和感を覚えた。
体が縮ん――いたッ!
頭が割れそうなほどの激痛に襲われた。
考えがまとまらない。
男が手鏡を持って戻ってくると、俺の姿を写してくれる。
「これが見えるか?」
驚いたことに映っている姿は赤子だった。短い金髪にくりっとした蒼い目。愛嬌があって、自分のことながら可愛らしいと思ってしまった。髪や目の色が男と一緒だから彼は父親なのだろう。
日本じゃない場所に生まれ変わったのか?
にしては、俺は未知の言語をなぜか理解できている。
どういうことだ?
「眼球は動いている。反応はしているが、返事はできないか。前例がないからこれが正常なのかわからんな。赤子とは難しい」
この俺を未知の生物だと思っているみたいだ。明らかに子育てになれていない。
頭をボリボリとかいた男は再び俺を抱きかかえると、大きな壺の中に戻した。
布団やマットレスなんて敷かれてないので陶器の固い感触が襲いかかってくる。
育児の知識はないみたいだから親切な俺が教えてやる。
これ、虐待だぞ。
頼む、母親よ、早く気づいてくれと祈るけど、何日経っても父親しか出てこない。
全身の痛みに耐えながら哺乳瓶らしきものを口に突っ込まれ、自力でげっぷを出した。これをしないと呼吸が苦しくなるんだよな。完璧な食事をさせたと思い込んでいる父親に、おむつを替えてもらいベッド代わりの壺に戻される。
そんな日々が続いているのだ。
時間はかかったが、ようやく母親はおらず、未熟な父親だけに育てられていると察した。
地獄だな。
転生しても試練は続くようだ。
「今日も生きているか?」
まったくもって愛情を感じない挨拶をされると、壺から取り出されて抱っこひもでおんぶされた。
結構な日数が経過したようで、首が据わって周囲を見渡せるようになっている。また目覚めたときに感じていた痛みは薄れていて、発熱や頭痛、吐き気なんてものはなく健康そのものだ。
新しい体はポンコツじゃない。
それだけでワクワクしてくる。贅沢は言わないから普通の生活が送れるぐらいの頑丈さはあってくれよ。
父親は俺を背負いながら作業台の近くの丸い椅子に座り、赤黒い水晶らしきものを削り始めた。
暇なのでいつも通り周囲を見る。
部屋には小さな炉があって今は火が落ちているけど、たまにフラスコに入った液体を沸騰させている。お茶でも湧かしているのだろうか? 謎だ。
また別の場所にはすり鉢が置かれていて、乾燥した草を細かく砕くこともあった。他にもよく分からない魔方陣の描かれた板もある。もしかしたらこの世界には、魔法的な何かがあるんじゃないかと期待感が湧いてくる。板を見る度に胸は高まっていた。
ドアが二つあって一つは寝室につながっていることは分かっている。もう一つは食料の他、鉱石や草、液体の入った瓶、毛皮、骨など素材らしき物が置かれていた。多分、大きな倉庫だと思う。
どう考えても日本じゃない。少なくとも海外だ。ここは、どこなのだろう。異世界だったら良いな。
外に出してもらえることはなく、父親は一人でよく分からない作業をしているせいで、全く情報が集まらない。そういえば何の仕事しているのだろう。
どうやって金を稼いでいる?
もっと情報が欲しい。父親よ。息子に構ってくれ。
手足を動かして必死にアピールするけど気づかれることはなかった。
赤黒い石を削るのに集中して無視されているみたいだ。
やはりこの男は子育てに向いていない。
「あー、だぁーーっ!」
声を出しても変わらない。放置である。
次第にお腹が減ってきたので本気で泣いてみるけど無視は続く。
あ、やばい。結構つらい。
さらにお漏らしをしてしまったみたいで、おむつが濡れて不快感が高まっていく。
けど気づいてくれない。
子育てに慣れてないことまでは許すけど、さすがにこれは酷いだろ。
殺すつもりか?
死にたくないので全力で暴れるが、疲れて寝てしまった。
結局、この日は仕事を終えた父親が夜になってようやく、俺が空腹だというのに気づいてくれた。雑に哺乳瓶を口に突っ込まれ、温いミルクを飲むこととなる。
赤子に一日一食生活を強要するなんて……よく死ななかったなぁ。
頑丈な体を手に入れたと考えれば悪い気はしないが、寝床は相変わらず大きい壺の中だし不満は残る。せめてベッドを用意して欲しい。頭の形が悪くなりそうで心配だよ。
ちなみに、おむつは替えてもらえなかった。
途中で面倒になったみたいで、下半身を露出したまま壺に戻されたのだ。死ななければいいやなんて思われて草である。
この男、父親の自覚があるのだろうか?
多分、ないだろうな。
強制下半身露出プレイから結構な時間が経ったと思う。
曖昧な表現なのには理由がある。
カレンダーや時計がなく、出会った人間も子育てに不向きな父親だけ。しかも無口ときた。さらにテレビやスマホといった情報を得る手段もないので、正確な日付が分からないのだ。
赤子なんて一日に何度も覚醒と睡眠を繰り返す生き物である。自意識を持ってからの経過日数を数えるにも限界があって、五日ぐらいで諦めてしまった。
時間感覚は曖昧で何歳かも分からない。
最低でも一年以上は経っていると思うのだが……。
* * *
寝床と言うには恥ずかしい壺の中で横になっているのだが、最近は心が安らぐようになった。
順応しすぎだろ。俺。
さらに最近になって気づいたのだが、壺の中にいると体の中が熱くなるような感覚があり、全身に力がみなぎってくる。
ここは特別な場所で、元気になるような効果があるのかもしれない。もしそうなら父親の評価……だとちょっと上から過ぎるか。印象を改めなければいけない。
「今日も生きているか?」
朝になったようで、上から父親が覗き込んできた。
不思議なことに毎日聞いてると、この挨拶もありだなと感じてしまうから面白い。
最近では食事を忘れることはなくなり、頻繁に様子を見に来て熱がないかなど確認するようになってきた。おむつだってちゃんと変えてくれる。生まれたばかりの時より興味を持ってくれており、最低限の愛情もしくは愛着みたいなを感じられた。あの男も父親として成長しているのだろう。
いつものように壺から出されると、二本の足で床の上に立つ。
ようやく体が発達して歩けるようになったのだ。また単語であれば発声できるまでになっていて、最低限のコミュニケーションは取れるようになっている。
父親の名前も聞いており、ルタスだというのは判明してる。ついでに母親についても確認してみたのだが、いないと一言だけで終わってしまう。
死に別れたか、それとも浮気でもされて別れたのか。
どちらにしろ触れて欲しくない思い出となっているのだろう。気づかいできる俺は二度と聞かない。
「今日から俺が何をしているのか教えてやる」
「良いの?」
今まで仕事を教えてと言っても無視されていたので、思わず聞き返してしまった。
嫌な顔をされるかなと思ったけどルタスは気にしていないみたいだ。
「俺の想像を超えて成長しているからな。お前――」
言いかけて口が止まった。
眉間にシワを寄せて何に悩んでいるんだ。
まさか、やっぱり教えるの止めるとか言い出すんじゃないだろうか。こっちはスマホがなく、夜は壺の中に入れられて身動きが取れず暇しているんだ。
たいした仕事じゃなくてもいいから教えてくれ。
新しい刺激をくれよ。
「アドル……いや、ローザは女か……ルート……ルーブ……ルーベルト。うむ、これにするか」
「何が?」
「お前の名前だよ」
まさか……今、決めたのか……?
ダメ親父だとわかっていたが、子供が話せるようになるまで名前すら考えてなかったとは思わなかったぞ。
非難でもしてやろうと思ったが、少しだけ考え直す。
俺は日本での常識に引っ張られすぎているんじゃないか?
子供の死亡率が高い場所だと、生まれてすぐ名付けはしないと聞いたことがある。やや遅いとは感じるが、この地域では普通なのかもしれない。
不興を買っても立場が悪くなるだけだ。勝手に決めつけるのは止めておこう。
「わかった。俺はルーベルト」
「俺、か。生意気に育ちそうだな」
機嫌悪そうに言うと、作業台の近くにある椅子へ座った。
足を組み、睨みつけるようにしてこちらを見る。
「俺は錬金術師としてエルフから指定された物を作り、納めて生活している」
最初から爆弾発言が出てきたぞ。
薄々感じていたことではあるが、ルタスの頭が正常で先ほどの言葉が正しいのであれば、俺が転生したのは地球ではなく別の世界となる。
「エルフ?」
「そうか、それもしらんのか」
落胆したようには見えない。
単純に教えるのを忘れていた、なんて思ってそうだ。
「耳は長く魔法が得意で、とてつもなく寿命の長い人間とでも思っておけ。他にも色々あるがそれは後で教えてやる。それよりも錬金術について話すぞ」
興奮している自分がいる。
ここがファンタジー世界であれば、地球にあった錬金術とは全く違うはずだ。スキルを使って簡単に調合できる可能性もあるぞ。もし俺にそう言った才能があれば、普通に生きていくことぐらいはできるだろう。
運が良ければホムンクルスのような疑似生物を作り出せるかもしれない。もし完成したら友達一号と名付けよう。
期待に胸が膨らんで破裂しそうだ。
「錬金術とは、二つ以上の物質を混ぜて別の物質を作ることだ。例えば俺がエルフのために作っている回復ポーション。これは、ブルーボルド草とエーテル純水を合成して作っている」
無知な子供相手に専門用語をポンポン出さないで欲しい。コミュニケーションが苦手な専門家の悪いクセだ。
一部は意味が分からず、理解が追いつかなくて困ってしまった。
「回復ポーション? ブルーボルド草? エーテル? 純水?」
長い文章は言いにくいので単語だけで聞いてみる。
「そうだったな。何も教えてなかったんだ。くそ……どこから説明すれば良いか悩むな」
頭をかきむしって悩んでいる。不器用な男だ。
前世を含めても相手の方が年上ではあるのだが、なんだか可愛いと思ってしまった。
人生をかけて何かを残すために生きているように感じる。職人っぽさは嫌いじゃない。
「よし、やりながら説明しよう。こっちに付いてこい」
立ち上がると父親は倉庫の方へ入っていた。
ドアは開きっぱなしだ。これなら背の低い俺でも行ける。
何をするのか気になったので後を付いていくと、壁一面に並んでいる棚があった。草、獣、血、といった臭いが混ざり合ってあまり気分は良くない。相変わらず物が多くどこに何を保管しているのか俺には分からないが、ルタスはすべて把握して居るみたいだ。無許可で掃除してしまったら怒り出しそうだな。
天上には電気ランタンみたいなものがぶら下がって周囲を照らしている。意外と明るい。
父親は棚の中段部分にある草を取ると、しゃがんで俺に見せてくれる。
「これが薬草として有名なブルーボルド草だ。乾燥させているので、くすんだ青色になっているが、新鮮な状態だと透き通るような綺麗な青色になっているんだ。気が向いたら見せてやる」
椅子に座っているときとは違って父親は楽しそうだ。しかも丁寧に説明してくれている。
やはり俺のイメージは間違ってない。
口下手の職人気質、子育ての常識が欠如している男なのだ。
戸惑うことも結構あったが、俺たちは時間をかけて相互理解を進めている。こうやって相手のことを詳しく知っていくと仲良くなれそうな気がしてきた。きっとルタスも同じことを思っていることだろう。
俺にブルーボルド草を渡すと、父親は棚からフラスコを取り出した。透明な水が入っている。
またしゃがんで俺の前に出して見せてくれた。
ぱっと見は普通の水に見えるが、目をこらしてよく観察するとキラキラと淡く優しい光っている。ランタンの光を反射している様には見えない。なんというか、自ら発光しているようなんだ。
「これがこの前作ったエーテル純水だ」
「エーテルって?」
「すべての元となる“ひとつにして、すべて”と呼ばれている元素だ。昔は万物の元とまで呼ばれていたが、今は「魔法」「魔力」「精霊」といった非物質的な現象に変化する前の元素だとわかっている。錬金術師である俺たちはエーテルと呼んでいるが、他にも魔素などとといった名称もある」
言いたいことが一杯あるのはよく分かった。子供に説明するには説明が長すぎると思ったが嫌な気持ちにはならない。無知な俺のために一生懸命教えようとする姿は、前世の両親からは望んでも一度もしてもらえなかった。育てようという愛情が伝わってくるので嬉しく、もう一度生を受けたことに感謝している。
「魔法があるの?」
「うむ」
肯定された。この世界に魔法や精霊の存在があるのは確定だと思って良いだろう。
また一つ、楽しみが増えたな。
「で、純水の方だが、これは純化フラスコで不純物を取り除いた水のことを言う。これにエーテルが含まれていると、エーテル純水という特別な物になる。ポーション系には必要となるので、別名で命の水とまで呼ばれている。大げさな表現だから俺はその名称を気に入っていない。エーテル純水と呼び続けるから、お前……うーんと……あれだ、ルーベルトもマネしろ。わかったな?」
物の名前にこだわる前に、息子の名前を覚えてくれよ……。
先ほどまで感じていた愛情は何だったんだと思ってしまったぞ。
「うん」
「良い子だ」
力一杯、頭を強く撫でられた。
首が痛い。やっぱりルタスは子育てに向いてない。
「よし行くぞ」
「どこに?」
俺の疑問は届かなかったようである。満足したのかルタスは立ち上がって作業部屋の方に行ってしまった。まったく人の気持ちが分からない勝手な男だな。
でも、錬金術に心躍っている俺は、嫌な感情を持っていない。むしろ凄腕から教えてもらえる期待感の方が強く、軽い足取りで倉庫から出た。
ルタスは作業台の上にブルーボルド草とフラスコに入ったエーテル純水を置くと、細い棒状のガラスを取りだした。中は空洞で、先端には赤い液体みたいなものが溜まっている。メモリが付いていて昔の体温計みたいだなと思った。
「これはなに?」
「エーテル測定器だ。含有量がわかる」
ブルーボルド草に近づくと赤い液体がぐぐと増えていく。
これは液体が膨張しているのか。
最初に感じた印象はあっていたようである。まさに体温計だ。
どんどん上昇していって細い棒状のガラス全体に広がった。これってエーテルの含有量が最大値ってことだよな。錬金術のことは今日初めて知ったけど、すごいということだけはわかる。
「最大値まで上昇したらエーテルの含有量は100だ。下級の回復ポーションであれば20、中級で40、最高級で60ぐらいあれば素材として使える」
「100あるの。すごい」
「そうだな。すごい。エリクシルに使える素材だ」
「エリクシル?」
「下級の回復ポーションだと擦り傷や打撲を治す程度の効果しかなく、最高級でも重傷者を治す程度ぐらいの効果しか発揮できないが、エリクシルは死ぬ寸前のケガを負っても回復できて四肢欠損にも効果がある。また、すべての病や毒にも効く。さらには不老不死にもなれると言われているが……これは嘘だな。せいぜい老化が遅くなり寿命は百年ほど延びる程度の効果しかない。またエーテルを多量に含んでいるので、ゴーレムやホムンクルスといった疑似生命体に与えれば能力が強化される。むろん、限界はあるがな」
いやいや。万能薬ともいえる効果がある上に寿命が延びるってすごいでしょ。
権力者や金持ちがこぞって手に入れようとする物じゃないか。さすがにエリクシルがありふれた物だとは思わないが、常識を手に入れたいので一応聞いてみるか。
「珍しいの?」
「うむ。エーテル含有量が100ある素材は我々が住んでいるエルフの森の一部でしか手に入らない。そしてレシピを知っていて、作る技術を持っているのは俺を含めた数人だけ。これで貴重さは分かったか?」
「うん」
世界に一つとか二つ、多くても十数個。そのぐらいのレベルの珍しさだというのは、すごくわかった。
さらに俺たちは人里離れた場所に住んでいて、父親が世界有数の錬金術師だということも。
来客がないなぁと思っていたけど、そりゃ森の中なら当然だよな。
「ほう、今の言葉を理解できたか。思っていたより頭が良いな」
また頭をグリグリと強めに撫でられた。
錬金術に興味を持ち、話を理解していることが嬉しいのだろう。機嫌は良さそうだ。
「エーテル純水の方はルーベルトが測定してみるか?」
「やってみる」
背が低いので作業台は見えない。ルタスが抱きかかえてくれた。
測定器を渡してもらうと小さな手で握る。体の使い方に慣れていない子供であるため落としてしまう可能性もあるので、油断せずにしっかりと握るとフラスコに近づける。
赤い液体がぐーっと伸びていく。
刻まれたメモリは40、50、60……80を越えて100にまで到達した。
「これもすごい」
「そうだ。理論上、最大までエーテルを含んだ水だ」
多分これもエルフの森でしか手に入らないんだろうな。
貴重な素材があるからルタスは、ここを住処に選んだんだろう。
エーテル測定器を返すと近くにあるカゴへ入れてしまった。
続いてルタスは壁に付けられている縦長の板に手を伸ばす。二つあって一つは三メートルほど、もう一つは一メートルほどの大きさだ。
小さい方を手に取って、作業台の上に置く。
板には縦に並べられた三つの大きい丸が描かれていて、周囲には複雑な文字や模様がびっしりと書き込まれている。これもまた錬金術に使う道具なのだろうか。
「錬成板だ。魔力を注げば複数の素材が一つになる」
「すごい」
「ああ、本当にこれは素晴らしい物だ。魔道具師によって錬成板が発明され、錬金術の歴史は大きく変わった。これがなければ錬金術師は詐欺師のままだっただろう」
「詐欺師……?」
「いつか詳しく話してやる。今は使い方を覚えろ」
面倒だと思ったのか後回しにされてしまった。これは聞いても教えてくれない気がする。家には沢山の本があるので後で調べておこう。
ルタスは錬成板にある上の円形に乾燥したブルーボルド草、下の円形にエーテル純水、さらに中心の円形にはフラスコを置いた。
「今回は完成品が液体だから入れ物を置いたが、粉末であれば紙でもいい。出てくる物に合わせて用意しろ」
「うん」
丁寧に説明した後、ルタスは両手を錬成板に乗せた。
文字、模様、円といった順番で光り出す。
魔力が注がれて起動したのだろう。
綺麗な光景に目を奪われて瞬きする時間すら惜しいと感じていた。
しばらく眺めていると光がさらに強くなって、二つの素材が粒子になり錬成板に吸収された。
中心の円に置かれたフラスコから湧き出るようにして青い水が出て、エーテル純水と同じぐらいの量に到達すると、錬成反応の光は完全に消える。
「エーテルの含有量100の回復ポーションの完成だが、これには問題が一つある。含有量60の最高級回復ポーションと同じ効果しか発揮しないのだ」
エーテルが最大まで含まれていても、回復ポーションであればそれ以上のものは作れない。エリクシルにはならいのだ。
錬成結果は素材で決まる。そういうことなんだろう。
「このまま使うのはもったいない。純水を入れて希釈するぞ」
錬成作業が始まる前からルタスの背に登って覗いていたのだが、引き剥がされて床に置かれてしまった。どうやら邪魔だったみたいだ。
作業を眺めているとフラスコに入っている回復ポーションを鍋に入れた。続いて竈みたいな所に薪、おが屑を入れて手を近づける。
何をする気だ?
注意深く見ていると、指先からバチッと火花が出て着火した。
手品じゃなければ魔法だ。
「これは初級火魔法のイグニッションだ。火を付けるときに使うから後で教えてやる」
相変わらず雑な説明だな。振り返ることなく作業を進めているルタスは、どでかいフラスコをもってくる。錬成板と同じような謎の文字と模様がガラスに刻み込まれていて、これもまた特殊な道具だというのが見て分かった。中には水が入っていて何かに使うのだろう。
火で暖まった鉄板の上にフラスコを置くと、ルタスは分厚い生地で作られた耐熱性手袋を着けた。模様が描かれてないので、これは特殊な物じゃなさそうだ。
しばらくして水が沸騰する。黒い蒸気が出てきた。普通は白っぽいはずなんだけど……有毒ガスが出てるんじゃないかって心配になってしまう。
「水には様々な不純物が含まれていて、俺たち錬金術師は純化フラスコ使い何も混ざってない水――純水を作り出す作業をする。黒い煙が白くなったら純水になった証拠だ。さらに沸騰を続けてしまうと火の元素を取り込んで別の物質になるからタイミングは重要だ。余所見するなよ」
一気に説明されて頭はパンクしそうだが、錬金術師になるのであればしっかりと覚えなければいけない。俺も父親と一緒に見守る。
時間にして十五分ぐらいだろうか。ついに煙が白くなった。すぐさまフラスコをキッチンから離すとコルクの蓋をする。
密閉されたことで不純物が入らないようにしたのだろう。
「これで純水は完成した。少し冷ましたら回復ポーションを希釈する」
フラスコを持ちながら、ルタスは作業台の近くにあるエーテル測定器を空いている手で握った。
熱を冷ましてから先ほど作った純水を、回復ポーションが入っている鍋に入れていく。エーテル測定器を近づけると、100だったメーターが、95、90、85と減って、ちょうど60になったところで注ぐのを止めた。
回復ポーションは鍋から溢れそうなほどある。
「最高級の回復ポーションが完成した」
これが錬金術か。すばらしい。胸がドキドキしていて興奮している。質問したいことが湯水のように湧き出てくるが、ルタスのことだから面倒になって全部を答えることなんてしないだろう。重要なこと、それを一つ聞くことにした。
「錬金術でゴーレムも作れる?」
「当然だ。魔法生物、ホムンクルスも可能だぞ」
孤独だった前世は動かないフィギュアを友達代わりにしていたが、この世界では本当の友人にできるかもしれない。その道のりが困難だとしても可能性があるというのが重要だった。
こみ上げてくる嬉しさは止められず、どうしても頬が緩んでしまう。だからだろうか、ルタスの目は厳しい。
「だが、人体を材料に錬金するのは禁忌とされている。絶対に手を出すなよ」
「禁忌……理由は?」
「そのぐらい自分で考えろ。無駄話は終わりだ」
相変わらず自分勝手な男だ。説明が面倒になったみたいで放棄しやがった。
「作った回復ポーションを保存と硬質化の魔法が付与された瓶に入れていくぞ。手伝え」
「うん」
何を言っても考えを変えないと思うので今は素直に従うことにした。
細長いガラス管が沢山入った箱が目の前に置かれた。おたまで鍋からガラス管へ移していく。限界ギリギリまで入れたらコルクで蓋をして完了だ。
これを百回繰り返すが、それでも終わらない。
作業の途中でルタスは寝室に入って寝てしまったので、夜になるまで一人で作業をすることになった。やはりあの父親は子育てに向いてない。
その日の夜。
壺の中に入れられた。いつもだとすぐ眠くなるけど、今日は違う。興奮して目が覚めていた。
回復ポーション作りには大きな衝撃を受けた。魔法という超常現象がある世界だと錬金術はここまで大きく変わるのか。夢のような世界だ。
前世は体が思うように動かずフィギュアはあまり作れなかったけど、二度目の人生で健康な体を手に入れた。ようやく全力を出して頑張れる。
錬金術師として最強の回復薬であるエリクシルの他、賢者の石、ミスリル銀、作りたい物は色々とあるけど、でもやっぱり相棒みたいなものが欲しいな。友達すらいなかったので、側にいてくれる存在というのに憧れているんだ。
この世界にはゴーレム、魔法生物、ホムンクルス、そういった疑似生命体があるというのはルタスの説明から判明してる。作れないということはないだろう。
友人のように楽しくおしゃべりをして一緒に成長し、そして最期を看取って欲しい。
うん、意外と悪くない願いだ。
フィギュア作りの経験も活かせそうだだし、今度こそ自分の生きた証というのが残せそうだと思っていた。
父親から回復ポーションの作り方を教えてもらってから二日が経過した。
どうやら作ったものは、どこかの店に卸す物ではなく、この森を管理しているエルフの国に直接納品するものらしい。金は受け取ってないみたいなので献上品みたいな扱いなんだろう。搾取されていると憤りを感じるが、エーテルが豊富な場所に住まわせてもらっている家賃代わりだと思って無理やり納得するしかなかった。
作った最高級の回復ポーションは百本を超え、すべて大きめな木箱に入れて倉庫に保管している。今日はエルフが受け取りに来てくれるらしいのだが、ルタスは素材を集めの外出をしているため、今日は俺が受付担当だ。
荷運びはエルフがやるらしいので、子供の俺で滞りなく納品できると思っているのだろう。まったく自分勝手なところは変わってないな。
相手が来るまで暇を潰したいので、本棚から錬金術の本を読む。文字は教わってないのになぜか分かる。転生した特典だからだろうか。都合が良いので文句はないが少し不気味だ。
本には一般的な錬金術のレシピが書かれていて、ポーション系の作り方や鉱物の錬成・精錬、他にも魔法生物系の作り方まで書いてあった。俺の目的は疑似生命体を創り上げることだから、ゴーレムの部分を読んでいく。
まず用意するのは体だ。よくあるのは岩、土、鉄といったものだが、動物の骨とかでも良いらしい。要は生物でなければ何でも良いのだ。形も人や動物に似せなくても大丈夫なみたいで、落とし穴を隠す蓋に使った錬金術師もいるらしい。そいつにはアイデア賞をあげよう。
残りの材料は命令権を付与するため必要な使用者の血液、そして魔物や人類の心臓部分にある石――魔石だ。別名エーテル貯蔵庫、もしくは魂の檻と呼ばれている。
ゴーレムを作る上で重要となるのが魔石の加工だ。
魔方陣を刻み特殊な液体を流し込んで完成するのだが、魔方陣の内容とゴーレム液の質によって性能が大きく変わる。具体的には魔方陣でできること、ゴーレム液のエーテル含有量によって腕力や判断能力に違いが出てくるのだ。俺が住んでいるエルフの森はエーテルが豊富なので、最高性能のゴーレムが作れることだろう。
せっかくなら今手に入る素材で一番良いやつを使いたい。
しかもちょっと変わったヤツだ。
アイデアはある。錬金術と関わりの深い材料、水銀をベースに体を作ることだ。エーテル含有量が80%を越えるとミスリル水銀になり、体内の魔力を流せば金属を越える硬さになるらしい。体の一部が武器や防具にもなる。ミスリル水銀以上にレアな素材が手に入らない限り、計画を変える必要はないだろう。
水銀については素材用の倉庫にたっぷりあったので問題ない。父親から使用許可も得ている。
問題はミスリル化する方法だが実は判明している。なんと、俺の寝床だった壺が使えるらしいのだ。あれは中にある物体や生物に周囲のエーテルを付与する魔道具らしく、水銀を入れて放置すればミスリル水銀になる、と本に書いてあった。
生まれてからずっと壺に入れられたのは父親の虐待ではなく、エーテルを入れて体内の魔力量を増やすためにやっていたのである。やっていた理由は判明したが、やはり子育てとしてはおかしいだろう。普通は思いついても実行まではしない。やぱりルタスは、ちょっとズレた人間であることは間違いないだろう。
本をパタンと閉じると倉庫へ行き、水銀がたっぷり入っている樽の前に立つ。あまり大きくないので子供でも移動させられそうだ。樽を持ち上げてリビングに戻るとベッド代わり使っていた壺に水銀を注いでいく。後はゴミが入らないように蓋をしておけば準備完了だ。
放置していればそのうちミスリル水銀となるだろう。
壺に手で触れる。ひんやりと冷たい感触があった。赤子にとっては極寒ぐらいの温度だっただろうに。ほんと、よく風邪を引かなかったよ。
「長年お世話になったな。お前とはお別れだ」
俺の寝床はなくなったので、これからはベッドで寝ることになる。ルタスと同じ部屋なのはちょっと嫌だが他に場所がないので諦めるしかない。
「錬金術師はいるか?」
感傷的な別れをしていると外から声が聞こえた。
これから魔石の加工について勉強しようと思ってたのにタイミングが悪い。
ドアを開けて来訪者を見上げると、長い耳に金髪のエルフの男と離れたところに少女がいる。気が弱いのか俺には近づかず、荷馬車から覗くようにして見ていた。
「お前誰だ?」
「錬金術師ルタスの息子、名前はルーベルトです」
不遜な態度は気になったがエルフの怒りは買いたくない。素直に返事して軽く頭を下げた。
「あの男に子供なんていたか……?」
雑な育児をされていたので、周囲に俺の存在を伝えてなくても不思議には思わない。むしろイメージ通りで安心するぐらいだ。やばい、少し毒されてきたな。
「数年前からいました」
「……ふむ、そういうことか」
思い当たる節があったみたいで、エルフの男は納得してくれた。
疑われても息子だと証明する手段がなかったので助かったよ。
「父は素材集めに出かけてしまったため、回復ポーションの納品は代わりに私がします」
「妙に賢いな。ルタスより物わかりが良さそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
初対面だというのに、エルフの男は立場が上という態度を崩さない。それが気にいらなかったので、適当に返事してから室内に置かれた木箱まで移動する。
さっさと仕事を終わらせて帰ってもらおう。
「こちらにご依頼の品があります。中身は確認されますか?」
「念のためな」
ズカズカとエルフの男が入ると、ガラス管を取り出して検品していく。
時間がかかりそうだったので、玄関にまで来たエルフの少女に近づいてみた。
他人と話すのは緊張するが、相手は五歳前後の子供だと思えば気は楽である。精神年齢はこちらが上なのだから、気負わず役者だと思って立ち回ろう。頑張れ、俺!
「こんにちは。俺はルーベルト。君のお名前は?」
「……サリー」
「サリー! 可愛い名前だね」
褒めたら頬が赤くなった。顔を下に向ける。
恥ずかしがっているみたいで、初々しい感じがする。お世辞抜きにかわいい。エルフの男とは違って人間である俺とも対等に話してくれそうだ。これはお近づきになるチャンスじゃないか?
「その……ありがとう」
「どういたしまして。俺はここで錬金術の勉強をしているんだけど、サリーは何かしているの?」
「回復ポーションの荷運び……それと……薬草の採取……とか……しているよ」
「そうなんだ! 薬草には詳しいの?」
「うん」
「だったら今度、薬草採取するときに俺も連れて行ってくれないかな?」
「いいの? 退屈だと思うよ」
「そんなこと、絶対にない。錬金術に使えるかもしれないし、絶対に楽しいって!」
転生して数年。実は家の周りしか知らないのだ。
素材集めはルタスだけがやっているので、俺は錬成しかしたことがないのだ。
素材集めの機会が欲しくてサリーの肩にてを置いて強引に迫る。
「わ、わかったから。連れて行くから……」
「よかった! ありがとう!」
思っていたとおり押しに弱いタイプだった。こういった人は約束を守ろうとするので、連れて行ってくれることだろう。
肩から手を離して数歩離れる。
「楽しみにしているから」
念押しするとエルフの男が木箱を担いで戻ってきた。
重いと思うんだけど……意外と力があるんだな。
「確認した。本数、品質共に問題ないから持って帰るぞ」
「はい。よろしくお願いします」
受取書みたいなものなんて存在しないようで、エルフの男は荷台に積み込んでいく。サリーも小さい体を使って手伝う。二人は家族のようには見えないので、仕事仲間という感じだろうか。
俺は手伝わない。作業が終わると荷馬車が去るのを見送る。
こうして回復ポーションの納品は無事に終わったのだった。
エルフに回復ポーションを渡した夜、父親はようやく帰ってきた。
素材集めのついでに狩りもしていたらしく、背負い袋からは新鮮な肉が出てきた。俺が切り分けて晩ご飯に使う分だけをもらって塩といくつかの香草をすり込む。これで味付けは完了だ。キッチンに薪を入れてから、ルタスにイグニッションを使ってもらい火を付けて焼いていく。香ばしい匂いがして空腹が刺激され、涎が出そうになる。
俺も早く魔法を覚えたいのだが、魔力を認識し、正しい発音で魔法名を唱え、周囲のエーテルに呼びかけなければ使えない。どれもまだできないので、イグニッションですら覚えるのは大分先になりそうだ。
「おい、腹が減った」
「もう少しで焼けるから待って」
文句があるなら早く帰ってくれば良かったのに。素材集めに苦戦したのかな? 食料を持ってきてくれるので文句はないけど、俺はまだ子供だというのを思い出して少しだけ優しくして欲しいとは思った。
肉の片面が焼けたのでひっくり返す。肉汁がしたたり落ちて火の勢いが強くなった。脂身が多いので豚系統の肉だろうか。空腹がさらに刺激されて胃が痛くなってきた。そういえば今日は何も食べてない。早く口に入れたいな。
辛抱強くじっと我慢していると、ほどよく肉が焼けた。木皿に移してから塩を追加で振りかけてテーブルにもっていく。待っている間に父親は固い黒いパンやフォークとナイフ、さらにはコップまでを持ってきてくれていたようだ。
子供に任せっきりだと思っていたけど、意外と働いてくれたので嬉しい。分かりにくいだけで優しさはあるのだろう。
椅子に座るとルタスはナイフで肉を切る。
俺も肉を切り分けて口に入れる。舌の上にのせると肉が溶けた。高級肉のように柔らかく、芳醇な旨みが口内に広がっていく。クセのない臭いは子供の舌でも食べやすく、この世界に来て初めて美味しいと感じる食事である。空腹が満たされ、多幸感に包まれて心が安らぐ。
「これは何の肉?」
「レッサードラゴンだ」
「!?」
ファンタジー世界定番の魔物の肉を食べていたのか!
美味しいのも納得できる。しっかりと味わおう。
意識を舌に集中して肉を食べつつ、たまにサラダを食べて口の中をさっぱりさせる。二対一ぐらいの分配が飽きずにちょうど良い。
パンだけは固いから美味しくはないけど気にはならなかった。
肉を半分ほど食べ進めると先に食事を終えたルタスが口を開く。
「ミスリル水銀を作って何をするつもりだ?」
「ゴーレムを作る」
「ほぅ。お前はそっち方面に進むのか」
錬金術のすべてを学ぶには、あまりにも人生は短い。一般的に専攻するジャンルを決めて研究を進めていく。俺は共にいるパートナーが欲しく、フィギュア作りの経験も活かせそうな方面を選んだのだ。
「ルーベルトは錬金術として大きな一歩を踏み出した。道を間違えず、真っ直ぐ進み、精進を続けろ」
師匠のようなことを言うと笑顔になると頭を撫でてきた。息子として、そして錬金術師としても成長していると褒められたような気分になり素直に嬉しいと感じる。心が満たされたのだ。
そうか……何でも良いから、俺は認められたかったんだな。
「ゴーレムを作るならコア製作も覚えないといけないな。魔石の加工はどこまで理解している?」
「魔石に魔方陣を刻んでゴーレム液を流し込むぐらい」
「その程度か」
バカにしたのではなく、知識レベルを確認されただけなので不快感はない。
「魔方陣については本に書いてあるとおりに描けば基本動作はできるだろう。特殊なことをさせたいのであれば新しく自分で創り上げる必要はあるが、専門家でなければ時間がかかってしまう。他人の研究結果を盗み出した方が早い」
色んなことをさせたかったので、新しい機能を付けられないと分かって残念だ。
「だが、これは一般的な話でお前は違う。錬金術の天才である、この俺がいる」
「どういうこと?」
「俺は、ゴーレム用の新しい魔方陣を生み出せる」
「!!」
そういえばルタスは家で色んな錬金をしていた。知識も偏ってなく幅広い。特定のジャンルに絞らず研究を進めていたのか。
今までの生活を振り返ると、天才という言葉に真実味があった。
「後でやりたいことをまとめておけ」
「うん。ありがとう」
初めて父親としてルタスにお礼を言った気がする。
恥ずかしかったが、向こうも同じようだった。頬をかきながら俺から顔を背けたのである。
「魔石を削ること自体は慣れるしかないから、今のうちに練習しておけ。魔石は倉庫にあるから小さい物なら好きなだけ使って良い」
「うん。そうする」
「ゴーレム液はポーションと作り方は似ている。使う材料が違うだけだ。すぐに覚えられるだろうが、ペルロ草には気をつけろ。採取してから三日以内に加工してゴーレム液にしないと効果が著しく落ちる。可能であればその採取してから二日以内に錬成させるのが望ましい。覚えておけ」
「わかったけど、そのペルロ草は近くに生えているの?」
「近くにはあるが、わかりにくい場所にある。俺が連れ行っても良いのだが……」
他にやりたいことがあるのだろう。言い淀んでいる。
ゴーレム用の魔方陣作成をお願いできるのだ。これ以上、時間を使ってもらったら悪い。例え息子であっても遠慮しなければいけないと思った。
「自分で探してみるよ」
「いいのか?」
「素材探しも錬金術師の仕事、だよね?」
「ああ。そうだ」
考えを気にいってくれたみたいでニヤリと口角を上げた。
「お前は錬金術に向いているみたいだな」
「息子だからね」
「……そうだな。俺の息子だ。間違いない」
かみしめるように言うと、皿を持って立ち上がってしまった。
これから採取してきた素材の加工をするのだろう。仕事を見られるのはあまり好きじゃないみたいなので、食べ終わったら俺は錬金術の本でも読み進めるとしよう。
錬金術は難しい。ゴーレム作成の技術習得に時間がかかると思っていたのだが、たった一カ月で魔石を加工する技術を身につけ、さらには体内にある魔力の認識まで済ませてしまった。
子供だから吸収力が高いといっても限度はあり、前世では考えられないほど優秀な体だといえるだろう。いやちょっと過小評価しすぎか。正確には凡人がいくら努力しても決して越えられないほどの優秀である。と、俺は思っていたのだが、ルタスはいたって普通に接してくる。本を読めばすぐに理解できるのが当然という態度を崩さないのだ。
改めて考えると、ここは異世界で多種多様な種族がいる。見た目が人間でも中身まで地球と同じと能力だとは限らない。エーテルや魔力、魔法、精霊といった超常的な存在も明らかになっているんだし、天才だと思えるほどの成長スピードが標準的である可能性も十分ある。前世の常識に引っ張られて間違った判断をしないように気をつけるよう。
そうして天才だと傲らないよう、錬金術を学ぶ日々が続いている。
俺が大きくなったからか、ルタスは家を出ることが増えた。今日も朝から素材の採取のために出かけてしまいお留守番をしている。
いつもは本を読んで魔石の加工をしているのだが、少し飽きてしまった。今日は別のことがしたいな。どうしようかなと部屋を見ていると、竈が目に入った。イグニッションが使えるようになれば、料理がしやすくなるな。気晴らしに魔法でも覚えてみるか。
よし、外に出て練習をしよう。
魔法について書かれた本を片手に持ち、家から出ると裏手に回る。
木の板にくくりつけた人の形をした的がいくつもあった。魔法練習場をルタスが用意してくれたのだ。
的から二十メートル離れた場所に立つ。
家から持ってきた本を開くと攻撃魔法が書かれていた。効果によって下級、中級、上級、最上級の四段階に分かれていて、今回覚えようとしているのは下級のアイスニードルである。長さ三十センチほどの氷でできた針みたいなものを飛ばす魔法だ。威力はそこそこあるみたいで、魔法抵抗力の低い動物や人間なら致命傷を与えられるほどである。護身用としては申し分ないだろう。
体内に溜まっている魔力を意識して揺さぶる。
お風呂に入った水が波立つような感覚だ。
よし、良い感じ。このまま周囲のエーテルへ語りかけるように魔法名をつぶやく。
『アイスニードル』
魔法は発動しなかった。
体内の魔力が減った感じはしない。
失敗したのだ。
「体内の魔力は正しく認識している。発音も問題なかったと、思う」
何度も父親に確認してもらったので間違いは無いはず。
魔法を発動させる三つの条件の内二つをクリアしているのだから、発動しない原因はエーテルへの語りかけだ。
お願いすれば良い、なんて雑な説明しかされてないし、本にも具体的なことは書かれていない。ルタスは面倒くさがりな正確をしているので、詳しいことは何も言わないから困る。
「エーテルねぇ……」
周囲にあるというのであれば空気みたいなものだろう。そんなのに、どう願えというのだろうか。
心の中で「アイスニードルを発動させてください」と、つぶやいても魔法は発動しないので、表面的な態度では意味がないことまで分かっている。
願うことは個人の希望や理想を伝えることだ。
ということは、発動させてといった程度では足りないのだろう。
魔法を発動させるのであれば、切実さがなければいけない……か?
敵に襲われて死にかければ願いとしては充分だろうが、少しやり過ぎか。
けど何もないところで必死さを出すのも難しい。
木の枝を拾って上に投げる。頭に当たる直前で、『シールド』の魔法を発動させようとするが、何も変化がない。おでこに命中してしまう。
「いたッ!」
目がチカチカする。自然と涙が出てきてしまい目を拭った。
「何をしているの?」
声がした方を見ても誰もいない。
幽霊……ではなく、家の陰に隠れたサリーがいた。
「魔法を覚えようとしているんだけど」
「枝を投げて?」
馬鹿なことをしている自覚はあるので、さらに恥ずかしくなってしまった。
頬が赤くなっているのを自覚する。
「危機が迫ればエーテルに願いが通じるかなって思って試したんだけど、上手くいかなかったみたいだ」
「魔法を使おうとしているの?」
「うん。でも一回も成功しないんだ」
「そういうことなら協力できるよ」
魔法に長けたエルフであれば、父親より適切なアドバイスをしてくれるはずだ。一人じゃ行き詰まっていたので助かる。
提案はありがたく受け入れよう。
「ありがとう。お願いしても良いかな」
「うん」
姿を現したサリーは緑のワンピースを着ていた。靴は革靴で幼い姿にも似合っている。
妖精のような美しい。
思わず見蕩れていたのだが、それも一瞬のこと。彼女の周りに火の玉が浮かんで放ってきたのだ。
「え、ちょっと!」
転げるようにして初発を回避すると、背後の的に当たって爆発した。直撃していたら死んでいた。
命の危険を感じて背中に汗が浮かぶ。
「次、行くね」
また火の玉が飛んできた。しかも時間差で二発同時に向かってくる。
跳躍して一発目を回避したが足下で爆発されてしまう。空中に浮かんでしまい動けない。二発目が迫ってくる。
『アイスニードル!』
慌てていたけど発音は正確だった。魔力も問題ない。が、発動はしなかった。
腕で防御したが直撃してしまう。爆発によって吹き飛ばされて地面を転がる。全身が痛い。特に腕なんてもげてしまいそうだ。状態を見てみると肌が焼かれているどころか肉は吹き飛び骨が見えていた。
命の危険どころじゃない。
死に瀕している。
サリーは笑っていて楽しそうだ。同じ魔法を使うのに飽きたのか、今度は火の矢を作り出した。しかも五本もある。
しまったな。頼む相手を間違ってしまった。
手を抜くつもりはないみたいだ。
俺、恨まれるようなことしていたかな……。
「行くね」
火の矢が放たれた。一本目が足に、二本目、三本目が肩と腹に突き刺さる。
肉が焼け、骨が砕けた。
「ぐがががぁぁぁ」
声を出すのは我慢したいが無理だった。
今まで感じたことのない苦痛が全身を襲う。
瀕死の重傷だ。死の一歩手前どころか片足突っ込んでしまっている。
それでもサリーは止まらない。
火の矢が眼前に迫ってきた。
額を貫く軌道だ。
二度目の人生の記憶は壺の中ばかりだ。最悪な記憶だな。
錬金術を覚え始めたのに何も残せてない。友達すら作れないし、またこの世から忘れ去られてしまうのは嫌だなぁ……。俺は今度こそ何かを残したいのだ。それまで死ぬわけにはいかない。生きたいのだ!
『アイスニードル』
氷で作られた針……なのか? 大木ほどの太さがあった。
放たれると火の矢を飲み込みサリーにぶつかる。周囲に氷の嵐が発生した。地面や木、家が凍り付く。本で読んでいたよりも威力は高い気もするが、今はそれどころじゃない。命の危機は脱したが、少女を殺してしまったかもしれないのだ。
「サリーー!!」
ボロボロの体は動かせず叫ぶことしかできない。
「あれがアイスニードルなの? 常識外れな威力だね」
氷の嵐がなくなると視界がはれる。元気な姿のサリーが立っていた。周囲に青い膜が張ってあって『シールド』を使ったと分かる。
飛び跳ねながら喜んでいて俺に抱きつき、押し倒されてしまった。
「エルフでもルーベルトほどの魔力を持っている人なんていないよ! すごい。すごい!」
恥ずかしがり屋だと思っていたのだが、魔法になると人が変わるらしい。
ケガが開いて意識が遠のいていく。
そういえばなんでサリーは家に来たんだろう。些細な疑問すら解消せず、俺は抱擁されながら死んでしまうのか……。
目を開くと草と土があった。どうやら倒れた場所で意識を取り戻したようである。
全身に感じていた痛みはない。指はしっかりと動く。目覚めたときと同じ、いつも通りの体ではある。ここが死後の世界じゃなければ、サリーが家から回復ポーションを持ち出して使ってくれたのだろう。
そうだ、サリーだ!
魔法を発動させるためとはいえ、俺を殺しかけた女だ!
あのときの恐怖と怒りが蘇ってきた。文句の一つでも言ってやらないと気が済まないので、勢いよく起き上がると姿を探す。
「よかった。生きてた」
サリーは顔を歪ませ、涙をポロポロとこぼしていた。体を震わせながら両手を広げて近づいてくる。
避けることはできたが動かず待っていると抱きつき、腕を背に回した。
身長差があるので彼女は俺の胸に顔を埋める形となる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
恥ずかしがり屋であるサリーが抱きつき、本気で謝罪をしている。
予想外を上回る反省の態度を見せられてしまい、目覚めたときに感じた怒りなんて吹き飛んで、代わりに疑問が浮かぶ。
「俺は大丈夫だ」
優しく背をさすると少しだけ落ち着いてくれたような気がする。
「エルフが魔法を覚えるとき、あれほど過激なことをするのか?」
「むしろ手を抜いたぐらいで、普通は生死を漂うようなことを何度も繰り返す必要があるんですよ。ルーベルトさんは、たった一日で覚えちゃったのですごいです。天才です!」
生死の境を何日も漂うようなことをしないといけないとは。
俺が思っていた以上に、エーテルへ願うことは命懸けだったようだ。全員が覚えられるとは思えないので、魔法を使える人口は少ないのかもしれない。決めつけは良くないが、大きく外れてない自信はあった。
「そっか。サリーはちゃんと手伝ってくれたんだね」
「うん」
真面目な性格だし五歳児前後の子供なのだから、自分がやられたことを素直に実戦しただけなのだ。回復ポーションを受け取りに来たエルフの男みたいに見下しているわけでもないので、悪意があったとも思えない。認識の違いから生まれた不幸な事故だと思うことにしよう。
しばらくして泣き止んだサリーは、俺の胸から離れた。
目をゴシゴシと腕でこすり涙を拭う。
ちょっとだけ鼻が赤くなっているのが、なんだか可愛らしかった。
「一度エーテルへ願う方法を覚えたら、二回目以降は簡単だよ。試してみる?」
「もちろん」
爆発のせいで上着はボロボロだけど、そんなこと気にはならない。それよりも早く魔法を使いたい。
体内に眠る魔力を動かし、エーテルへ願いながら魔法名を口にする。
『アイスニードル』
俺の願いは正しく届き、大木ほどの太さがある長い氷の針が数十個浮かんだ。先端は尖っていて刺すことはできるが、あまり意味はないだろう。人間ぐらいのサイズであれば、当たった瞬間に物量で押しつぶされて死ぬはずだ。
「見間違えじゃなかった。やっぱりルーベルト君すごいよ」
「そうなのか?」
「うん! だってこれ、中級魔法のアイスランスよりも大きいよ。魔力もあえりえないほど密集しているから、壊すのも難しいね。しかもこの数っ! 大人でも三本同時が限界だよ! ありえないっ! すごいっ!」
話している間に興奮してきたのが俺にまで伝わってきた。
父親は錬金術にはまっているが、サリーは魔法や薬草関連なんだろう。他人を無視して饒舌になるところなんてそっくりだ。
「どうしたら、あんなすごいアイスニードルが出せるの? 教えて!」
「今日初めて使ったんだから、わかるはずがない。生まれつきじゃないか?」
適当に誤魔化したが思い当たることはある。ベビーベッド代わりに使っていた壺だ。
中に置いた素材……この場合は俺の体を入れ、エーテルを効率よく吸収させて魔力を増やしてくれたのだろう。
生まれてから長い間、壺の中で過ごしていたのだから、俺の体とエーテルの相性はかなりよいはず。それこそ下級魔法で中級レベルの威力を出せるほどに。
暗くて固い寝床は無意味じゃなかった。
しっかりと俺の血肉になっている。
分かりにくいが親の愛情というのを感じた。
「それだったら才能だね! すごいなぁ……って、ごめんなさい」
自分がはしゃいでしまったことに気づいたようで、テンションが急降下したみたいだ。
手で顔を隠していて表情は見えないが、長い耳は真っ赤になっていた。
父親以外でまともに話せる相手はサリーしかいないのでもっと仲良くなりたいと思う。できれば初めての友達として付き合ってもらえればと思うが、高望みだと分かっているので、普通に話せるぐらいには慣れて欲しいと思う。
「もっと魔法の話を聞かせてもらえないかな?」
興味がありそうな話題を提供したら、指にあいだから隙間を作ってサリーは俺のことを覗き見した。
少し心を開いてくれたのかもしれない。
「ルーベルト君も魔法が好きなの?」
「ああ。好きだ。錬金術と同じぐらい興味深いよ」
「本当?」
隙間が大きくなった。
綺麗な瞳がまっすぐ俺を見ている。
「うん」
「じゃあ、じゃぁ、魔法の話に付き合ってくれる?」
「もちろんだ。無知な俺に色々と教えて欲しい」
「話が長いって言わない?」
「ああ、約束する」
「本当だよね?」
「本当だ」
「やった! いっぱい教えてあげるっ!」
手が顔から離れた。今まで見た中で一番の笑顔をしている。
魔法が好きだけど話す相手がいなかったのかな? 詳細は分からないが、サリーとお近づきになれたのは間違いなさそうだ。
「今日は薬草採りのお誘いに来たんだけど……予定を変えて魔法のおしゃべり会にしよ!」
「それは楽しそうだ。家でじっくり話そう」
「うんっ!」
腕を掴まれてしまうと引っ張られて行く。
家に入るとお茶を用意する時間すら与えてくれず、何時間も魔法語の解釈や初級や中級の魔法について教えてくれた。さらには発音まで確認してくれたので、外に出て新しい魔法を習得するべく何度も練習をする。サリーが言っていたとおり、二回目以降はエーテルへの願いはすぐに届き、この日だけでイグニッションを含めた複数の魔法を覚えることに成功した。
それを見てサリーがさらに興奮してしまい、魔法についての話が長引いてしまう。
夕方ぐらいになって彼女の門限が近づくまで終わることはなかった。