「今日はアヤトくんに使う目標金額貯まったから会いに来たんだし……向こうの卓の被りの子に負けたくないもん。ね、リカのためのアヤトくんのコールを聴いて、一緒に飲みたいな」
わたしがお店に来た時に、彼が隣に座っていた別卓の女の子へと視線を向ける。
彼女も同担。アヤトくん指名なのだろう。
その派手な見た目の女の子は、同席しているヘルプのホストになんて目を向けずに、退屈そうにスマホを弄っている。
他人の態度が悪いとか、今はそういうことではない。場を繋ごうとしてくれているヘルプはあの卓でアヤトくんのために頑張っているのに。彼女はそれを無碍にしているのだ。
わたしは、あんな子には負けない。
「……ねえ、アヤトくん、今日はラストまで居るから……最後は必ず、わたしの所に戻ってきてね」
「うん……わかった。俺が頑張れてるのも、全部リカちゃんのお陰だよ。いつも本当にありがとう……愛してるよ」
頼んだお酒が運ばれて来て、狭い夜の片隅で、まるで世界の中心のように賑やかなコールが響く。
しかし華やかなそれとは裏腹に、心はどんどん冷静になっていく。
わかっている。彼はホストで、わたしはたくさん居る客の内の一人だ。
彼の甘い言葉は、この夜だけの魔法で、深い沼に落とす呪いの言葉。
彼の優しい笑顔は、お金を溶かす今だけわたしに向けられる、作り物の営業用。
彼との愛しい一夜は、すべてまやかしで出来ている儚い幻想。
わかっている。叶うことのないこの想いはきっと無意味で、けれど確かに、どうしようもなく恋なのだ。
彼と同じ世界に生きるために、わたしもすっかり夜に染まってしまった。
彼の隣に座り続けるためだけに、これまで積んできた金額は、もう考えるのをやめた。
けれど、好きな人のために可愛くいたいのも、好きな人のために何でもしたいのも、胸の内の甘く苦しいときめきも、会えない日々の切なさも、どれもありふれた恋でしょう?
「……わたしも、アヤトくんのこと、世界一愛してる」
マイクに乗せた愛の言葉が店内に響いて、すぐにグラスの中のシャンパンの泡のように消えていった。
夜も更けて、お酒も大分回った頃、薄暗い店内の卓の上に並ぶお酒に視線を落とす。
照明に反射して輝く煌びやかなハートや、本やテディベアを象った可愛らしい飾りボトルを、彼に褒めて貰ったピンクの爪先でそっとつつく。
「ねえ、あの五番卓にある靴の飾り……デコシンデレラの色違いってある? ……ピンクが良いなぁ。アヤトくんのための、ピンクのシンデレラ」
初めて自分の卓にボトルを飾った感動を、あの頃の高揚感を、今はすべて承認欲求に変えてしまった。
キラキラとした華やかな世界は、いつの間にかどろどろとした辛い世界に姿を変えて、日常では中々見掛けないメニューのゼロの羅列も、最早彼を喜ばせるためのただの記号でしかない。
それでも、わたしは何度でも恋という魔法に溺れて、偽りの夜に沈んでいくのだ。
「ふふ……本物のシンデレラなら、魔法が解けても幸せになれるのにね」
無理なことは、痛いくらい分かってる。それでも、どう足掻いてもこの嘘で塗り固められた恋の沼から脱け出せそうになかった。
だけど、せめて夢の時間が終わるまで、王子様と居られる幸せなシンデレラでいたいのだ。
「リカちゃん……この店に、俺に会いに来てくれるなら、何度だってお姫様になれる魔法をかけてあげるから」
「うん、ありがとう……アヤトくんは、王子様で魔法使いだね。……大好き」
硝子の靴をここに置いて、何度だって会いに来るから。だからどうかその度に、醒めない恋の魔法をかけて。
この苦しくも心地好い夜の底で、あなたと二人、泡沫の夜に溺れて居たいから。