朝、眼覚めると、柔らかかった雪も凍って、家々の屋根から伸びた氷柱が日差しに当てられ、裂ける音が聞こえてきたり、寒く澄み切った空気が皮膚に触れて、第六感までも冴えわたらせて来る。
 クリスマスマスを三日後に控えて撮影は全て無事に終えることが出来た。そして白雪が旅立つ日も……

 「明日だっけ、東京に行くのって」
 「そうだよ。あっという間だったよね。ほとんど映画の撮影しかしてこなかったけどね。てかさ聞いてよ、海心。ほんともう大変でさ、住む場所は寮があるからいいんだけど、荷造りとか住所変更とかもういろいろ色々。お母さんは心配し過ぎだしお父さんなんて家族全員引っ越すか、なんて言いだしてさ。そんな事されてたらたまったもんじゃないよね」

 わざと明るくふるまっているように感じた。
 喫茶店の店内は外よりはるかに華やかで、目が痛くなるほど眩しかった。
 普段の大学へ行くカジュアルな服装とは違い、バッチリお洒落を決め込んできた。
 黒のテーパードパンツに、紺色のニットをベースにボタンダウン長袖オックスシャツを重ね着したクリスマスらしく華やかな仕上げ。
 と、アパレル店員に説明された。
 異性の相手とデートなんか初めてで、何を着ていけばいいか分からなかった。
 なので高音で「いらっしゃいませー。ただいま全品三十パーセントオフです」と接客していた女性スタッフに委ねた。
 白雪はクリスマスらしいグリーンのワンピースに白のアウター、小さな耳には群青色のイヤリングが黒く透き通った長い髪からチラリと覗かせている。
 待ち合わせ場所に現れた時は可愛すぎて言葉を失ったくらいだ。
 こんなに可愛いのなら舞台役者なんてすぐだろうし、もしかしたら今年中の映画の主演女優にまでなったりして。それで東京でイケイケな彼氏とかできたりして、それで……

 「海心?」
 「あ、ごめん。……次いこっか!」

フルハイビジョンの解像度を誇るプロジェクターを配置し、再現可能な技術によって、よりリアルな夜空を映しだすプラネタリウムに足を運んだ。鮮明で臨場感のある音楽や、アロマの香りに癒されながら楽しめるこの「スタードーム」には高校生の頃から幾度となく訪れている。
 白雪がこの街から旅立つ前に、どうしても見せたかった景色だ。
 これから先の白雪を僕が見ることはきっと遠い未来になるのだろう。でもそれでいい。いつか何処かの道端で偶然にも再開して、「僕、この前この映画の作ったんだ」と雑談のように話せたらそれでいい。
 すぐ隣をみれば君がいる。
 それなのに会いたいと思ってしまう。隣にいるのに、手を繋げるほど近くに。
 君に知って欲しい。僕が今どれだけ君の傍に居たいと思っているか。
 見上げている星がぼやけてしまう。

 『以上で上映を終了致します。お忘れもなどございませんようーーー』

 アナウンスと共に館内が明るくなり、ざわざわと慌ただしく出口へと向かっていく客達。
 一時間半の上映はあっという間に終わってしまった。
 涙を拭い隠した思いを見つからないようにする。

 「すごい綺麗だったね」
 「凄かった!海心泣くほど感動してたからびっくりしちゃったよ」
 「あ。あはは……」
 
 これでいい。これで。