脚本家になると決めた時の喜びは、今でも僕は鮮明に思い出せる。
 何の保証もないのに、才能がある訳でもないのに。
 突然、それまで身体に張り付いていた鱗が剥がれ落ちるような、肺で呼吸の仕方を覚えたような感覚。
 これから先、僕はどこまででも泳いで行けると思った、どこまででも泳ぎ続けなければいけないのだろうと思った。
 白雪の隣に並ぶためにも。
 
 外を吹く風は冷たく、気温は十二月の上旬にしてはずいぶん低かった。
 色とりどりに光る電飾がクリスマスの甘い雰囲気を醸し出している。
 撮影もいよいよ終盤の域まで差し掛かっていた。
 
 「白雪、今日の撮影が終わったら、少し話せるか」
 
 大学内で白雪と顔を合わせるのは久しぶりだった。
 あの日から今日まで僕から話しかける事は無かった。

 「え?あ、うん。大丈夫。特に用事も無いし、場所はえっと……」
 「この前の喫茶店で、そこでもいいか?」
 「私は、良いよ」
 「よかった。それじゃあまた。撮影の時に」
 「うん。またね」

 講義も程よく受けながら時間が過ぎるのを待った。頬杖を突きながら窓の外を見やると雪が降っていた。
 角砂糖ほどの大きさがゆっくりと、ひらひらと落ちてきている。
 必ず伝えなければならない、話すことが、思い出してもらう事が本人とって正しいのかはわからないけれど。
 人に与えられた時間は有限で平等なのだから、一秒も無駄には出来ない。
 
 撮影は雪のためワンシーンのみ撮り、残りはまた日を改めることとなった。
 喫茶店の店内には金曜日だからか、家族連れの姿や学生達、老夫婦や恋人同士など、僕たち以外にも数組いた。
 前回と同じように向かい合わせで座り、僕はホットコーヒーを、白雪はホットのアールグレイを注文した。
 
 「それで、話して何?」
 「うん、そのー。あの日の事謝りたくって。ほんとごめん」
 
 テーブルに両掌を乗せて額をこれでもかとばかりに擦り付ける。

 「ちょ!いいから、頭上げて。私も海心の気持ち考えずに話しちゃったし、相談もせずに決めちゃったし」
 「いいんだ。白雪は何も悪くない。それに女優の話だって君の夢だったじゃないか。相談なんてする必要はない。君が決めることだったんだから」
  
 顔を上げると安心している様な、感謝している様な表情を彼女はしてくれていた。
 
 「あと、ここからは僕自身の話になるんだけど」

 そう前置きをすると白雪は「なになに」と身体をぐっと前に出し、テーブルの上に身を乗り出す勢いで近づいてくる。
 
 「僕は脚本家になる……それでいつか君の映画を作って見せる。そう、決めたんだ」
 「……」
 「そ、それと……え」 
 
 白雪の瞳から一筋の涙が零れた。
 それから崩壊するかのように膝の上に、ぽたぽたと幾つもの涙の雫が垂れている。
 だが白雪は俯くことはなく、声を震わせることもなく、ただその紅潮した頬で、赤く潤んだ瞳で笑ってくれた。