白雪から喫茶店で打ち明けられたあの日から二週間が経過した。
 人間関係の問題では時間が解決してくれることがあるけれど、今回はそう簡単には行きそうになかった。
 彼女の方は演技が全く上手く行かなかったり、セリフが飛んでしまったりと初歩的なミスが多くなった。そのせいで撮影もあまり進まず、時間だけが無駄に消費されていった。
 僕の方でも、目では脚本の字を追っていても、そこに書かれている内容が全く頭に入ってこない。同じ箇所を何度も読み返し覚えては、どんよりと頭の中が曇ってしまう始末。
 時折、白雪から話しかけられはするものの、そこにはどうしても取り繕れない隙間が残された。
 
 「お前らさ、喧嘩でもしたの?」

 本日も、順調に撮影が出来ず、珍しく早めの十六時過ぎには解散となった。
 撤退の準備をしていた時「飯でも食いに行こう」と誘われ隣駅にある居酒屋へまだ空が明るい中、監督のおごりで生ビールを飲みに来た。
 
 「わかります?」
 「あんなの、誰だって見てればわかるだろ。んで?何があったの。どうせこういう時は十割男が悪いんだ。早く謝っときな」
 
 そうなのだけれど、そうじゃないんだ。
 僕は喫茶店で起きた出来事を、白雪がスカウトされた詳細などは省いて説明した。
 
 「なるほどな。……てかお前二人って付き合っていなかったのか。そこに驚きだわ」
 「そんな事、今は関係ないですから」
 「関係なくはないだろ。だって橘、一ノ瀬の事好きなんだろ?」
 「まあ、はい」
 「んならもう解決したも同然だな。お姉ちゃん!生ジョッキもう一杯!」
 
 この人、もう出来上がってないか?まだ二杯しか飲んでないけど。
 
 「お前も飲むか?」
 「だから。僕はまだ十九歳ですって。それよりも、もう解決したってどういう意味です?」
 「え?そりゃあ橘が告白すればいいだけの話じゃないか。お!ありがとうございます」
 
 運ばれたばかりの生ビールをぐびぐびと喉に流し込み、ジョッキの半分まで飲み切った。

 「飲み過ぎですよ」
 「大丈夫だって。知ってるか?生ビールにこうやって塩を振りかけると……ほら!運ばれてきた時みたいに泡が出来上がるんだよ!な、凄いだろ」
 
 この人にこれ以上飲ませては駄目だ。何ししでかすか分からない。
 さっきだって僕が告白すればいいって、口では簡単に言えるけど行動に起こせるかどうかは別問題だ。
 第一、白雪が僕を好きじゃなかったら、今以上に酷い状況になるかも知れない。
 下手したら映研を辞めるかも……
 いや、どちらにしろ今の映画を撮り終えたら彼女はこの街から出ていくのだ。
 このままのペースで行けば一月までには、恐らくクリスマス辺りで終わりだろう。
 編集作業や音入れなどを加えるともっと先が完成予定だろうけれど。
 白雪が必要な撮影の方は多分クリスマス。

 「監督。監督は好きな人の幸せに自分は含まれていないんだと知った時、監督ならどうしますか?」
 「ふぇ?なんだその質問」
 「いいから、答えてください」
 「んーそうだな……」

 半分残っていたビールを全ての飲み干し、腕を組んで天井を見上げ始めた。
 監督が真剣に考えるときの癖だ。

 「泣くだろうな」
 
 はい?何当たり前のこと言ってるんだ?そんなの僕だって。
 
 「まあ待て。当たり前の事言うな。みたいな顔をするな」
 「エスパーですか」
 「映画監督だ。いいか。多分泣く。いや多分じゃない絶対泣く。泣きながら雪道でも走りまわるだろうな」

 やっぱりエスパーだろこの人。

 「それでその人の隣に並べるくらい相応しい男になる。かな。自分なりに目標作って、心も身体も磨いてさ。どうだ!俺がお前の傍に居ると今以上に幸せになれるぞ!って言ってやるかな。まあ俺にはこのくらいしか思い浮かばないがー。どうだ?何かの役にでも立てそうか」

 「……はい。とても」