そこはドワーフ達のいくつもある里の中でも特に南方にある、ガジールの里。
集落の中で力を持つリーダー格のドワーフ達が、むしろの上であぐらを掻き、顔をつき合わせながら話をしていた。
「くそっ、もう備蓄の大麦が切れかけちゃあおしまいだ!」
「持って後一月、か……」
「万事休す、ということか……」
彼らの顔は一様に暗い。
皆顔を俯かせながら、大きなため息を吐いていた。
が、それも当然のことだ。
ガジールの里に暮らすドワーフの数はさほど多くはない。
けれどそれでも大麦の袋が五十というのは、あまりにも少なすぎる量だった。
このままでは一月もしない間に尽きてしまうだろう。
リーダーである彼らとて、決して余裕はない。いやむしろリーダーであるからこそ彼らは率先して飯を女子供に分け与えていた。
こんな状況であれば酒も貴重なエネルギー源だと、彼らは空きっ腹に酒を流し込んでなんとか最低限の栄養を補給しているような状態だった。
故に彼らの顔色は里にいるドワーフ達よりも更に悪く、その頬はこけ、本来であればつやつやとした光沢があったであろう顎鬚はしなびた干物のようになってしまっている。
「ビルの里にやったモングはどうした?」
「そっちも駄目だった。わかっちゃあいたが、状況はどこも厳しいらしい……」
これだけの食糧難なのだ、当然ながら彼らもほうぼう手を尽くしている。
周囲のいくつもの里に救援を出し、まだ元気がある者に食料を持たせエルフの里へと向かわせもした。
ただ帰ってくる返答は、どれも景気の悪いものばかり。
同時多発的に起こっているであろう食糧難の前では、いかに優れた魔法技術を持つドワーフであっても無力であった。
「野性動物がわずかに残っていると聞くが、そっちはどうなんだ?」
「駄目だな。狩人んところのリュートに聞いた感じだと、既に獲物もほとんど残っちゃいないっていう話だった」
ドワーフの里は鉱山にあるが、周囲には未だ自然豊かな森も多い。
そこから食料を取ればいいと最初は誰もが思ったが、その目論見も上手くはいかなかった。 なにせ……。
「魔物が消えちまったわけだからな……跡形もなく」
「もしかするとスタンピードが起きるのかもしれねぇぞ?」
「起きたとしてもその頃には俺らは全員骨と皮になってるさ」
「はっ、ちげぇねぇ」
生息地域から魔物が消える現象は、大量の魔物が徒党を組んで暴れ出すスタンピードの兆候に似ている。
けれどリーダーの一人が言っていたように、それが起こるよりも間違いなく食料が底をつく方が早いのだから、考えるだけ無駄な話でもある。
「……聖女アリーシャ様が来てくれるとありがたいんだがなぁ」
「馬鹿かお前、あんな与太話を信じてるのかよ!?」
聖女アリーシャの話は、ドワーフ達が食糧難にあえぐようになってからどこからともなく広がり始めた話だ。
ここ最近巷では誰も彼もが彼女の話ばかりを口にしている。
どこからともなく現れたドワーフの女性が、大量の食材と共に現れては、また同胞を助けるために去っていく……。
恐らくは絶望の中に希望を見出すために、誰かが作り出した創作だろう。
はんっと一人の男が鼻で笑うが、次の瞬間、勢いよく扉が開かれる。
「た、大変です! アリーシャを名乗る者がやってきております!」
その内容に、皆が顔を見合わせる。
彼らは誰からともなく頷き合うと、その人物の下へと向かっていった。
そこにいたのは、一人の女性だった。
ドワーフの男達からするとかなりの美人に見える彼女は、彼らから挨拶を受けると、
「私はアリーシャと申します。食料を持ってきましたので、食料庫へ案内してもらえると助かるのですが……」
男達は言われるがまま、空っぽの食料庫へと向かう。
彼女は背負っている背嚢に手をかけ……それをひっくり返した。
するとなんとそこから……食料が飛び出してくるではないか!
まず最初に出てきたのは……大量のよくわからない白い何かだった。
「これはポップコーンといいまして、トウモコロシという穀物でできている食料です。一つ一つは軽いですが、しっかりと量を食べればお腹は膨れます」
そのポップコーンなる食料が袋を一袋、二袋、三袋……百を超える袋をパンパンにするほどに大量に飛び出してくる。
これだけあれば当座はしのぐことができるだろう。
続いて飛び出してきたのは、新鮮な野菜や肉といった生鮮食品。
収穫ができない状況で長いこと口にしていなかった野菜に、狩人が頑張ってもせいぜいがネズミや小さな鳥程度だった現状下では口にすることができなかった肉。
それらを目にして、その場にいる全員がごくりと唾を飲み込んだ。
それらは全てがなぜか薄切りにカットされていたが、そんなことは彼らからすれば些細なことであった
なにせどれだけ食べようと思っても手の届かなかったその食材が、食料庫を満たすほど大量に支給されたのだから。
「それでは私はまた次の集落へ向かいます。次の補給からは私ではなく私の代理人がやってくる手はずになっておりますので、よろしくお願い致します」
次の支給日なや代理人に使う符丁などを伝えると、彼女はそのまま風のように消えてしまった。
まるで夢か何かを見ているようだった。誰もがどこか呆けたような顔をしている。
「ありがたや、ありがたや……」
だが目の前にある大量の食料は紛れもなく本物であり、これもまた紛れもない現実であった。
彼らにはわかったことが二つあった。
一つ目は自分達は助かったのだということと。
そして二つ目は、彼らを助けてくれた聖女アリーシャと、彼女を動かしている鍛冶神ラックは本当に存在するのだということだ――。