「炉を強化しよう」
 大して悩むこともなく、肉を食べ始めてからすぐにやることは決まった。
 そもそもの目的をはき違えてはいけない。
 俺はここに、雑音なく鍛冶を修めるためにやってきているのだ。
 だとしたらまず必要なのは、強力であったり凶悪であったりする魔道具や刀剣類を作ったとしても壊れることのない頑丈な炉だ。
 前回と同じ轍を踏まないよう、出力がバグって衝撃波が出ても壊れないような頑丈な炉を作る必要がある。
「ジルはまだ魔物を狩りにいくか?」
「わふっ!」
 ジルは俺が調理をするようになってから、生肉よりも焼いた肉を好むようになった。
 ちなみに焼き加減は表面を軽く炙っただけのレア(というかほぼ生肉)が一番好きなようだ。
 塩なんかで味付けをするのも嫌いではないらしいが、ジル的には味変くらいの感覚らしい。「がるっ!」
 ジルが風魔法を使い、布の上ににぶつ切りになって置かれているブロック肉を器用に切り分ける。
 そして俺が焚いた火に近づけて、器用に軽く炙ってから口に含んだ。
 ――そう、ジルは火さえあれば既に自分で肉を調理できるのだ。
 お利口というレベルじゃない気がする。
 ゴブリンなんかの人型のやつら以外で、火を利用する魔物なんか聞いたことがない。
「しっかしイノシシ肉も案外いけるな……豚肉に慣れると少々獣臭い気もするけど、なかなか悪くない」
 軽くハーブ塩を振ったグレイトボアーの肉串を頬張ると、豚肉より噛み応えのある肉の脂が口の中で弾けた。
 とりあえずジルがいれば、食料に困ることはなさそうだ。
 ただ肉ばかりだと栄養バランスが気になるから、ゆくゆくは山の中を探索して野草なりフルーツなりを探しに行った方がいいだろうな。
 まぁそれも、炉を改造してからの話だけど。
「それじゃあな、あんまり狩りすぎて森から魔物を絶滅させないように気をつけるんだぞ」
「わふっ!」
 狩人の目をして再び森の中へと分け入っていったジルを見送ってから、炉へやってくる。
 ちなみにその背中には、俺がさっき持たせたマジックバックが背負われている。
 毎回家と森を往復するのは面倒だろうし、何より家の前が血の匂いでとんでもないことになるからな。
「できれば魔物素材も無駄にしたくないから、ちゃっちゃかいかせてもらおう」
 マジックバックから、金に飽かせて集めた高い耐熱性を持つ素材の数々を取り出していく。 中にはかなりスペースを取るものも多いため、小部屋があっという間に素材でいっぱいになった。
「しっかし、我ながら買い込んだもんだな……」
 フェニックスの卵の殻に、レッドドラゴンの鱗、サラマンダーの顎髭にレッドジャイアントの腱……どれが相性がいいかをいちいち試す余裕はなかったので、とりあえず大量に買い込んできている。金に糸目はつけずに買ったため、以前店に置いていたものより上等な素材も沢山ある。
 これだけ沢山の素材があれば、店で使っていたものよりもいい炉が作れるだろう
 まずは構造解析を使い、この炉の成分を分析する。
 耐火レンガに使われているのは……ファイアリザードの皮膜とワイバーンの火炎袋か。
 これならドラゴン系をメインにした方が良さそうだ。
 魔力文字、魔力情報、魔力容量にはそれぞれ密接な関係がある。
 まず最初に重要になってくるのは魔力容量だ。
 これは文字通り、一つの魔道具の中にどれだけ魔力情報を込めることができるかという容量を示すものだ。
 魔力容量がデカければデカいだけ、大量の魔力文字を書き込むことができるようになる。
 そして大量の魔力文字を使うことができれば、それだけ大量の魔力情報を生み出すことができるようになる。それによってエンチャントが発動し、魔法効果を発動させることがするのだ。
 つまり極論を言えば、魔力容量が大きければ大きいだけ魔道具は強力になる。
 ちなみに魔力容量を超えても魔力文字を書き込み続けると、ものが限界を超えて壊れる。
 ジルを捕らえていた檻を壊したのは、この原理を応用して鉄檻の魔力容量を超える形で魔力素描を続けたからだ。
 そしてそんな魔力容量を増やすために必要なのが、接合(コネクティング)の魔法だ。
「接合」
 当然ながらこの魔法は、無制限に使えるものではない。
 そんなことが可能なら。大量に素材を接合しまくればいくらでも強力な魔道具が作れることになってしまうからな。
 魔道具には『飽和』と呼ばれる状態が存在する。
 簡単に言えば、それ以上素材を接合することができなくなる状態だ。
 いかに『飽和』を防ぎながら魔力容量を増やし魔力文字を書き込んでいけるかどうかが、鍛冶師としての腕の見せ所になるわけだ。
 ちなみに鍛冶をしまくっているとある日、俺はかなり正確に『飽和』に至るまでの許容量を把握することができるようになった。
 鍛冶用語に適切なものがないため、俺はこれを心の中で『飽和量』と呼ばせてもらっている。
 俺は炉の上に小さく分割した素材を入れ、それぞれを接合させる。
 そして一つ一つを炉と混ぜ合わせた際に増える魔力容量を確認していく。
 やはりドラゴン系の素材が相性が良く、フェニックス系の素材とはいささか相性が悪かった。
 意外なのはジャイアント系の素材は魔力容量はそれほど増えないが、『飽和量』への圧迫が少なかったことだ。
 この調子だと多少は時間がかかっても、まずはジャイアント系の素材から接合していくべきかもしれない。
 接合には繊細な魔力操作が必要だ。
 細心の注意を払いながらジャイアント系の素材を炉と融合させていく。
 元は暗赤色だった炉の色が徐々に明るくなっていき、更にそこにドラゴン系の素材を掛け合わせ終えると染め物のように綺麗な紅色へと変わっていた。
 このように接合には魔力容量を上げるだけではなく、素材を掛け合わせることによって発揮されるクラフト効果や、魔剣を直した際のようにものを修繕する効果もある。
 わずかにあった煤や、いくつかのレンガにあった欠けは完全に消え、新品同然の状態になっていた。
「もうちょいいけそうだな……せっかくの炉だ、最後まで妥協せずにいこう」
 ただドラゴン系の素材を使い切ってもまだ『飽和』にはわずかに余裕があったので、そのままフェニックス系の素材を入れると、わずかに抵抗を感じるほどになった。
 『飽和』まで近づけすぎると魔力が暴発する可能性が上がるため、安全係数を考えてこのあたりでやめておいた方がいいだろう。
「情報展開……ふむふむ、こっちはへブラ式なのか……これなら古代魔族文字だけに絞った方が良さそうだな」
 これは複数の時代の魔力文字を扱うようになってからわかったことなのだが、魔力文字と魔力情報の間には、明確に相性のようなものが存在している。
 炉に使われているヘブラ式は、どちらかと言えば古代魔族文字に近い文脈で構成されている。下手に神聖文字を入れれば互いの効果を打ち消し合うことになりかねない。
 古代魔族文字を魔力素描する時は、いつにも増して集中しなくちゃいけない。
 こいつはかなりのじゃじゃ馬で、文字を書き込む際には常に一つ一つの文脈や全体の文意に気をつけなければならない。
 たとえば魔力情報の最小の構成単位で文意が通っていても、全体で見て齟齬が出る場合には暴発してしまうのだ。
 しかも古代魔族文字は一文字一文字の情報量が多いため、検算のように何度も確かめてから行う必要がある。
 メモ帳に書き込んで問題がないことを確認してから魔力文字を描く。
 またメモ帳を見てから描く。
 ここは古代魔族文字だと出力が上がりすぎる……ヘブラ式とのつながりも意識して、中期文明の魔力文字を繋ぎに書いていくか……。
「――ふぅ、こんなもんだろ」
 長時間の格闘の末、俺はようやく炉の魔力素描を終える。
 瞬間的な加熱や冷却だけでなく、魔力を流すことで中で合金を作ることができる魔法効果を持つ炉ができあがった。
 耐熱性、耐衝撃性をかなり十分に取り、『自動修復』もつけさせてもらった。
 これで加熱中に多少ぽしゃったとしても、衝撃と熱を内側で留め、消化してくれるはずだ。 本来ならこのまま作業場作りに移りたいんだが……腹が減ったな。
 窓の外から景色を見ると、既に完全に夜になっていた。
 時計を見て驚愕したが、どうやら十時間近くぶっ続けでやっていたらしい。
 何かを始めるとすぐ時間を忘れてのめり込むのが俺の悪い癖だ。
 けどこんな自分も嫌いじゃないのだから、始末に負えない。
 作業部屋から出ると、既に家の中にはジルの姿があった。
 どうやら家の中には火打ち石があったらしい。
 暖炉には火がつけられており、外に置かれていた薪がくべられている。
 いや、頭良すぎだろう……。
「もしかすると、リアムより頭がいいかもしれないな」
 そんな本人が聞いたら激怒しそうなことを言うと、誰それという感じで首を傾げられる。
 敷かれているカーペットの上でぐでーっとくつろいでいる様子は、あまりにも人間らしかった。
 俺は空きっ腹を満たすため、ジルが狩ってきてくれた魔物の肉を香辛料を振って食べる。
 この少し固めで筋張った肉質は……多分熊だな。
 今はまだいいが、年を取ったら顎が疲れてとても食べられなさそうだ。
 ただ最初は固いが、噛めば噛むほど熊肉特有の脂の旨みが感じられる。
 気付けばペロリと平らげてしまい、腹がいっぱいになった。
「ごちそうさま……よし、続き続きっと」
 俺は急ぎ、作業部屋へと戻る。今日中になんとか作業場を完成させてしまいたいからな。
 食事を急いで済ませてからすぐにクラフトに戻ろうとする俺の背後からは、ジルの呆れたような鳴き声が聞こえてくるのだった……。