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「アスミ……アスミ」
誰かが呼んでいる。アスミは目を覚ました。
「アスミ!」
いきなり明るい光が目に入り眩しさでまた目を閉じた。
「アスミ、目を覚ましたのね」
両親と姉がいた。姉は慌てて病室を出て医者を呼んだようだ。
「大丈夫か、大丈夫か」
父親が必死になって叫んでいる。
「……大丈夫よ、大丈夫」
とアスミが応えると母親は泣いた。
「夜になっても帰ってこないから……探し回ったのよ。そしたら川の……堤防の近くで倒れていたから」
という言葉でアスミは一気に記憶を取り戻した。
「……ダイは……」
と声を発するとそこに医者と姉がやってきた。看護師たちも。そして
「アスミ!」
そう叫んで入ってきたのは、武臣だった。
アスミは震えた、自分を捨てた男が目の前にいるのだ。
「武臣君も心配していたのよ……それに……ねぇ」
「アスミのお腹の中に赤ちゃんがいるって」
両親にこんな形でバレてしまったのかと。武臣は父の会社の部下でもあった。父の可愛がっている部下でもあって付き合ってることも知っていた。父からは孫はまだか、母からは花嫁姿を見たいと料理や家事を教えられてきた。
だが彼の裏の顔を知らない両親に好意的に思われていた武臣……妊娠を告げたあの時に捨てるような男だ。捨てた後にどうしてそんな泣きそうな顔をしているんだろう。
訳がわかならなかった。
「赤ちゃんがお腹の中にいるのになんで……辛かったんだね、戸惑ったんだろうね。ごめん、もっと親身になって聞けばよかったよ」
手を握られる。
「赤ちゃんは無事だって……アスミ」
武臣の目は笑ってなかった。
アスミはそれから退院をし、彼女と武臣の両親で顔合わせをして結婚が決まった。武臣とは普通に過ごしている。あれから彼は露骨に酷いことをアスミにはしてこなかった。
アスミはホッとしたもののこのままお腹の中の命を産み落とすのか、と違和感を感じていた。周りはどんどん結婚話やこれからの生活に花を咲かすのに自分はそんな自覚さえない。
もちろんあのあと、ダイと出会うことはなかった。彼はどうしたんだろう。自分をあの後どうしたかったのだろう、そしてなぜあそこにいたのだろう。謎だらけである。
「どうした、アスミ」
武臣がやってきた。
「ねぇ、私って誰に見つけてもらったの」
あの時の夜のことをまだ聞いていなかった。
「警察から通報があった」
「そうなんだ」
「なんだよ今更。それよりもさ」
なんだよ今更、あのことが今更に置き換えられた。そしてそれよりもさ、で上書きされる。アスミはそれに対してもう絶望を感じた。だが自分にはどうすることもできない。
でもあの川の話をあの川で武臣に話そうか、川にいる幽霊。
友人であるクラスメイトの男子にに殺されて川に流された女子生徒とその交際相手の幽霊が夜に現れる。そしてその幽霊に引き寄せられたかどうか知らないがここ数年で何人も死んでいる、とネットであれから調べたら出てきた。
噂は本当だった。
「ねぇ、今晩その川に連れてって」
「なんで、また」
「いいから」
その晩の川の荒れ方は異常だった。