「この川にね、夜、女の子の幽霊が出るって噂でね」
「幽霊?」
「ほら、だから言ったろ」
 だがアスミはダイの目をしっかりと見た。

「もうこれは僕が高校生の頃の話だ、この幽霊の話が出たのも」
「そんな前から」
「ああ。これはとある夜。僕の元に幼馴染の女子から連絡が来たんだ。ここに来てくれと」
 ダイはじっと川を見ている。幽霊の話とダイの話はどう繋がるのだろう、アスミは彼の横顔を見た。

「幼馴染の咲希、高校も同じだった。クラスは違うんだが……幼馴染といってもずっと同じ幼稚園から高校まで同じで。中学の時にようやく話をするようになった。僕の遺失物を拾ったということがきっかけでね」
「そうなんだ。友達、という感じ?」
「そうだね、クラスも多かったからね。人数も多いから……」
 まだダイは話を続ける。

「いつかは会いたい、そう思ってわざと落とし物をしたってのもあったけどね」
「え、ダイってそんなことするの」
「……好きな人だから、そうするしかないかなって」
「大胆」
「へへ……てかこうして君を連れてこうやって話すこともかな……。それからすぐ仲良くなった。だったらもっと早く出会いたかったなぁってね、僕らの共通点は小説を書くことでね」
「書く……読むじゃなくって?」
「珍しいだろ、まさか彼女もそうだったなんて。驚いたよ」
 アスミは読むどころか書くこともしない故に何かダイとは住む世界は違うのかとふと思った。

「一眼見た時から素敵な人だと思ってたのに彼女の小説読んだら彼女の小説のディテール……細やかさは本当に素敵で、さらに僕は彼女にのめり込んでいった」
「そんなに素敵な人なんだ。咲希さん」
「あぁ」
 目を細めて遠くの方を見るダイ。アスミはその目線の先には何があるのか。そしてこの川の噂話は何なのか、どう結びつくのか、自分も何か一つの物語の一部に踏み入れているそんな感覚だった。



「図書館で互いのおすすめの本を交換したり遠くの図書館に行ったり、本屋巡りもした」
「デートじゃん」
「そうだよ、僕は少なくともそう思ってた」
「僕は……」
 アスミはそこに引っかかった。
「そう、僕はね」
 ダイの目は瞬きもせず真っ直ぐ見ている。するとふとアスミは気づいた。自分の手はダイの手を握っていた。無意識だった。

「彼女に呼ばれたんだ。ここに来て欲しいって」
 アスミはここ、と聞いた瞬間に何かひんやりとしたものを感じた。

「こんな暗い時に?」
「そうだね、こうやっていきなり電気が灯されることもなかったとき」
 電気は消えた。

「駆けつけたさ、こんな夜にメールで「お願いだからはやく」って」
「そりゃ心配よね」
 アスミはますますハラハラしてきた。
 夜中に意中の相手から助けを求められ、襲われた、そのキーワードだけでも不穏でしかない。

「駆けつけるとあそこに車を置いたように車が置かれていた。黒い車」
「彼女は?」
「ここに立っていた」
 ゾワッとするアサミ。

「どうしたんだって答えたんだが彼女は涙を流してここに立っていた。だが車を指差したんだ」
「その車は誰のものなの」
「その指差す車の窓から覗いたんだ」
「……」
「その中に1人の男が横たわっていた」
 アスミは声が出なかった。