次々振るわれる拳。向かう先は騎士ですらない、鎧を着たボンボン達の顔面だ。
それなりに整っているのからあんまり……って感じのまで、等しく顔に一発ずつ叩き込まれて殴り飛ばされていく。本気でやってたら今頃首無し死体の山なので、精々派手にぶっ飛んで人によっては鼻血を流している程度で済んでるのはすごい優しいと思うよ、実際。
「……だから、貴族のガキどもを入れるのは嫌だったんだ」
「ぐぇぁばっ!」
「……我儘で、傲慢で、他者へのいたわり一つ持たない甘やかされきった精神的養豚で」
「ごぶぁぁっ!?」
「……自分達をまるで神が何かと勘違いした愚か者ども。こんな連中を育てた親の世代も、そいつらを育てた祖父母の世代も」
「うぎょえぇぇぇあっ!!」
ひ、ひどい光景だー。完全に粛清の場と化してしまった、シミラ卿による単純暴力が振るわれてぶっ飛ばされていく騎士団達を見る。
新人らしいけど目に余る暴走っぷりだ、こうなるのもある程度は仕方ないんだけどねー……王城だか拠点だかに帰ってからやってくれないかなぁ。
殴り飛ばす度、鼻血が点々とギルドの中に散らばって非常に見苦しいことになっていくもの。これ、清掃するスタッフさんによってはショックでトラウマになっちゃうんじゃないかなー。
リリーさんとかあれで案外、荒事に弱い可愛いところとかあるからね。付き合いたいー。
まあそれはともかく、無表情で淡々と騎士団の新米を殴っていくシミラ卿もシミラ卿でちょっと怖い。
なんかストレス溜まってる感じなんだろうか、さっきからブツブツ言ってるし。どうにも情緒不安定になってるっぽいよー?
怖いよー。もう帰りたいよー。レオンくん達は逃げられたんだし、結果として僕を蚊帳の外にして目の前で粛清が行われてるし、僕ももういいよねー?
どうせ後でまた国が喧嘩売ってくるだろうけど、それはそれとして今日はもう帰りたい。依頼を受けるだけの話がとんだことになっちゃったよー。まあ、ヤミくんヒカリちゃんを助けるためなら何百回でも同じことをすると思うけど。
こっそり後退りする。タイミングを見て逃げられるよう、力を溜めておこう。昔ならいざしらず、今のシミラ卿相手に逃げ切れるかは不明だけど。
機を伺っている僕に構わず、なおもブツブツ言いながらシミラ卿は、最後のボンボンを殴り飛ばそうとしていた。
「全員。全員が糞だ。こんな奴らを騎士団に入れさせたやつらも、断りきれなかった私も、国も王も貴族も何もかも……糞ったれどもの掃き溜めだ」
「や、止め、やめてくださ──!?」
「私が信じていた国も、騎士団もとうに喪われた。3年前、あのパーティーが伝説となった時に。ああ、なのになぜ私はそれに気づかず意気揚々と騎士団長になどなってしまったのか──なあ、杭打ち」
「!?」
なんか全員殴り飛ばして気絶させた後、急に僕を名指ししてきたもんだから反射的にビクついちゃった。超怖いよーこの人ー!
3年前、僕が元いたパーティーが解散したのを切欠にこの人は騎士団長に就任したわけだけど……何か悩みでもあるのか、今ではそのことを後悔しているみたいだね。
それはまあ大変ですねお気の毒ですーって感じですけど、そこでなんで僕を呼ぶの? 勘弁してよ巻き込まないでー、マントと帽子の下では僕、ずっとドン引きしてるんですよー。
「お前も3年前はこんな気持ちだったのか? すべてを奪われ尊厳を踏み躙られて、どうしようもない虚無を抱えてそれでも今、そうして立ち直っているのか? ……どうしてそんなに、強くあれるんだ?」
「…………いや、僕は」
「言わなくていい、みなまで言うな。そうだった、お前は強い子だ。凄惨な生まれ育ちをしてもなお、感情を持つ機会さえ与えられなくともなお、お前は清らかで優しい心を持ち続けた。そんなお前だからこそ、再起ができたのだろうな」
「あの…………」
「私は……私にはできそうもない。少なくとももう、騎士団長としては無理だ。一縷の望みをかけて今回、こいつらを教育しようと連れてきたが結果的に吹っ切れたよ。ありがとう、杭打ち」
「………………………………」
人の話を聞いてよー! そしてさり気なく僕のお陰でこの蛮行に至れたみたいに言わないでよ、罪の擦り付けだよそれはー!!
何やら共感を求めてきている? のだけれど、そもそも僕はシミラ卿の言う虚無なんてものを抱いた覚えはない。
奪われたとか踏み躙られたとかなんの話ってなものだし、なんなら勝手に挫折してそこから這い上がったみたいな扱いをされてることにこそ若干ショックを受けてるんですけど。
挙げ句になんか吹っ切れたみたいに言ってくるんだから何をどう言えば良いのやら。なんかすごいアレな方向に吹っ切れちゃってそうな予感がヒシヒシとするんだけど、これ僕にも飛び火しないかなー。
というか頼むから、ここまでやっといて自分の中で何やら満足したように自己解決するよやめてよー。事情がさっぱり分からなくて困るよー。
「双子についてはギルド長と連携が取れた。基本的にはギルド預かりで面倒を見つつ、時折国からの調査員が聞き取りや聴取などを行う形になる。間違っても今回のような手荒な真似はしないしさせない。それなら杭打ち、お前も杭を引き下げてくれるか?」
「……………………」
「無論今回の馬鹿どもの狼藉による被害、損害の賠償は行う。後日また、ギルド長と話を付けなければな……ああ、追加でコイツらを蹴りたくなってきた」
ため息混じりに説明するシミラ卿。本当に心労すごそうだなー……宮仕えなんてするもんじゃないね、心がいくつあったって足りやしない。
でもまあ、ヤミくんヒカリちゃんをなるべく、尊重する形で動いてくれてたんだねこの人は。下が馬鹿すぎて傲慢すぎただけで。
かつては仲間だったこの人まで、人を人とも思わない輩になっちゃったのかなーって思ってちょっと悲しい思いをしそうだったけど、そうでもなくてよかったー。
僕は満足して頷き、そっと杭打ちくん3号を下ろした。
騎士団長によるまさかの団員粛清により、平穏と平和が取り戻されたギルド内。急ぎスタッフ達も戻ってきて、ものの見事にノされた団員達を簀巻きにして外に蹴り出すところまで含めての業務復帰活動が行われていた。
同時に屯してた冒険者達も帰ってきたし、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも嵐が過ぎ去ったのを見てか、またやって来る。
完全にいつも通り、とは行かないけどどうにか元通りになれそうな塩梅だね。
「改めてヤミさん、ヒカリさん両名および冒険者の皆様。ならびにギルドスタッフの方々に至るまで、この度は騎士団の新米騎士共が大変なことをした。心よりお詫び申し上げる」
「え、えーと?」
「は、はあ……」
騎士団員達の溢した鼻血やらをモップ掛けするスタッフさん達や、すっかり元通りで酒なんか飲み交わそうとしている冒険者達を前に大きな声でシミラ卿はそう言い、一連の事件について謝罪した。
騎士団長という、連合王国を代表する存在の一角とも言える方からの謝罪は……事実上、国が謝罪したにも匹敵するインパクトがあるねー。
呆気に取られた冒険者達が、しかし次第に囃し立て始めた。
「お、おう……まったく、ペーペーの躾くらいちゃんとしとけや、騎士団長様よお!!」
「返す言葉もない。奴らの処分は帰還後、厳正に行う」
「貴族ってだけで調子乗りやがって、あんたもどうせ心ん中じゃ同じように思ってんだろ、あぁ!?」
「そんなことはない、と言っても信じてもらえないことは承知している。申しわけない、としか言えない」
「こんだけやらかしといて謝罪だけで済まそうってかい! 賠償しろや賠償!」
「ギルドへの謝罪と賠償については後日、法に則って行う」
「誠意が見えないんだよ誠意が、分かってんのか!?」
「すまない。心よりお詫びする」
「……………………」
うわー、こっちはこっちで即座に調子に乗ってるよ、冒険者の中でもろくでもない連中ばかりが。
騎士団員も大概だったけど、こうなると冒険者も他所のこと言えないんだよねー。精々ちょっと酒呑んで管巻く時間が減っただけの連中が、一体何を謝罪と賠償させるんだか。
シミラ卿はそうした野次の声にも粛々と答えていく。末端こそアレだけど、騎士団長はじめ騎士団のトップはまだまだこういう高潔な人がいてくれるから、どうにかギリギリ面目を保ててるところはあるよねー。
そんな彼女になおも暴言を吐こうとする、自分達は見ているだけで何もしなかった連中。彼らにも、鉄槌が下されようとしていた。
「今ここですぐ! 土下座しろや!! なんなら服も──ぐぇぇっ!?」
「金持って来い、賠償し、ぐぎゃあっ!?」
「いい加減にしやがれ、糞ったれども!!」
見苦しく聞き苦しい連中へと次々、黙って聞いていた他の冒険者達に殴り飛ばされていく。なんならシミラ卿がやったより苛烈で、壁や床に叩きつけられているのもいるね。
やったのはベテラン冒険者、特にAランク付近の人達だ。この人達は長いことこの仕事してるから、シミラ卿のことも知ってるしね。
かつては冒険者とともに迷宮最深部を目指していた、旧騎士団の最後の世代筆頭。
シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿は彼らにとって、未だに冒険仲間なのだ。そんな彼女を侮辱するなら、そりゃやる気もなく日がな一日酒を飲んでるだけのやつらなんて問答無用でボコるよねー。
「な、なに……しやがる……」
「シミラのお嬢はテメェの拳で落とし前つけてテメェの責任で頭ぁ下げた! だったら俺らの話はそれで終いなんだよ、グダグダ絡んでんじゃねえクズどもが!!」
「てめえら知ってんだろーが、お嬢は3年前のあのパーティーにいたんだよ!! "レジェンダリーセブン"でこそないが、それでも騎士で貴族なのに俺達とも酒を酌み交わした、親愛なる友人なんだぞ!!」
「大体、周りで見てただけの俺らに何が言える……この場で物申せるのはレオン達と、杭打ちだけだ」
……冒険者というのは、当たり前だけど命懸けのお仕事だ。
大体の依頼が荒事だし、迷宮のどこかで何かをしてこいって感じのが多い。必然的にモンスターとも戦うし、そうなるとどうしても殺される人だって後を絶たないんだよね。
世界最大級の迷宮を抱えるここ、迷宮都市の冒険者であるんならなおのことだ。
そんな仕事だからか、僕らは"ともに命を懸けた"人に対してひどく重い友誼を抱く。
立場や身分も関係なし、一緒に挑戦し一緒に冒険して一緒に死線を越えて……そして一緒に切り抜けたのなら、それはもう家族にも負けない絆を得たとする風潮があるんだ。
それはレオンくん達みたいな新人さんでも変わりない。だからヤミくんヒカリちゃんを、身を挺してでも護ろうとしたわけだしね。
──そして。
だからこそ、ベテラン冒険者達はシミラ卿だって赦すのだ。
「"大迷宮深層調査戦隊"──そこの杭打ちと同じで、シミラのお嬢も伝説の一員なんだよ。俺やお前らとは格が違うんだ」
かつて迷宮最深部を目指し、騎士も冒険者も貴族も平民も、スラムの者でさえも関係なく世界中のエキスパートが集結したあのパーティーにシミラ卿が在籍していたことを、彼らは知っているから。
それまでの歴史で20階層程度までしか開拓できなかった迷宮を、一気に88階層まで攻略し……迷宮攻略法という、冒険者全体の実力を底上げした技術体系を編み出した。そんな伝説的なパーティーに彼女がいたことを、彼らは覚えているから。
そんなシミラ卿を、彼らは心から尊敬しているから赦すんだねー。
大迷宮深層調査戦隊の元メンバーだったシミラ卿への擁護はその後も続き、結果として馬鹿みたいな野次を飛ばしていた冒険者達は、そそくさと逃げ帰ることになった。
まあ、彼らもお調子乗りなだけで極端なワルってわけでもないし。また明日にでもやってきて、いつもの通りダラダラ酒を呑んで管を巻くんだろう。そしてそれを、殴り飛ばした側の冒険者達も受け入れるのだ。
遺恨は残さない。これもまた、冒険者達の鉄則なんだよねー。
「庇っていただき感謝する……本当に、ありがとう。今回の件については追って報告するが、今回のところはこれにて失礼する。改めて、ご迷惑をおかけしました」
そんな絆を重んじる冒険者達の姿に、シミラ卿もどこか目尻を光らせながら再度頭を下げ、叩き出されたボンボン共を馬車まで引きずって帰っていったのが印象的だ。
随分精神的に疲れてるみたいだったけど、この後どうせ王城でボンボンを殴り倒したことでネチネチいびられるんだろう、大変だー。
「騎士団長なんて糞面倒な仕事さっさとやめて、お嬢も冒険者になりゃーいいんだよ。どうせ貴族なんざ私腹を肥やすことしか考えてないゴミ以下のクズばっかなんだし、そんな連中のためにあそこまでくたびれちまうことねーんだって」
「つーかお嬢があそこまで思い詰めた感じになるとか、何してくれてんだよスカタン政治屋どもは。調査戦隊にいた頃の自信家が見る影もねえじゃねーか」
「気の毒な話だぜ、なあ杭打ち」
「……………………………」
酒を呑みながらシミラ卿に想いを馳せるベテラン冒険者に、僕も内心で頷く。近くでは当時を知らない若手冒険者達もいて、しきりに僕のほうを見て瞳を煌めかせながら先輩達の話に耳を傾けているね。
察するにシミラ卿だけじゃなく、僕も同じパーティーにいたってのを耳にして、何やら思っていらっしゃるみたいだ。
このことは冒険者"杭打ち"としてあまり、大っぴらにはしてなかった経歴だ。何せ周囲への影響力がかなり高くなっちゃう類の話だからね。
変に大層な扱いをされるのもゴメンなのでそれなりに隠してきたわけだし、今回初めて知ったって人がいるのもおかしくはないんだけれど。
あんまり大々的に拡散してほしくないというか、公的には僕だけはあのパーティーにそもそも参加してなかったことになってるから、吹聴するとお偉いさんがまたぞろちょっかい出してきそうで嫌なんだよねー。
まあ、その辺のしがらみもベテラン達が説明してくれるだろうからそこまで心配はしてないけれど。
それに政治家どもも、今さら僕相手に労力を割くなんてしたくないだろうしね。何せスラムの虫けらですからー。
「わ、ワルンフォルース騎士団長はともかく杭打ち。あ、あんたも調査戦隊の元メンバーだったんだな……」
「道理であんな、地下86階層なんて最深部を我が物顔でうろついてたわけだわ……」
「ピィィィ……も、もしかしてレジェンダリーセブンだったりしますかぁ……?」
「? ……………………」
不意に声をかけられて振り向くと、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも戻ってきて僕を見ていた。
何やら唖然として僕の来歴、つまりシミラ卿同様に大迷宮深層調査戦隊のメンバーだというのが本当なのか聞いてきている。彼らもやはり、そこを気にするみたいだ。
略して調査戦隊と呼ばれるその集団は、3年前に解散して以降、主要メンバーが世界中に散り散りになったことも含めて今や、世界の歴史に名を刻むような伝説的パーティーだからね。
そんなのにスラム出身の、しかもまだ子供だと思しき杭打ちが参加していたなんて信じられない話だろう。けれどレオンくん達の場合、実際に迷宮最下層部でモンスターを倒す僕を見ているわけだし……納得するしかないけどそれでも疑わしいってところかなー。
あとマナちゃん、僕をあのダサいネーミングの七人組に入れないでほしい。そもそも公的には冒険者"杭打ち"は調査戦隊には属してなかったことになってるんだから、レジェンダリーセブンとかいう爆笑ものの集団になんて入っているわけがないんだよー。
というかそもそも、そんなことよりヤミくんとヒカリちゃんだよね先に。
僕は二人の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。怖い連中が去って安堵している様子に、こっちもひとまず安心する。
「…………二人とも、大丈夫?」
「杭打ちさん……はい、お陰様で。あの、ありがとうございます」
「……また助けられちゃったね、杭打ちさん。この御恩は、返しきれるものじゃないかも……このお礼は必ず、どれだけ時間をかけてもするからね」
二人して感謝してきた。やはり10歳の双子としては真面目すぎるくらい真面目に、健気に寄り添って頭を下げてくる。
こんないい子達を、あのボンボンどもは物扱いしてあまつさえ、ろくでもない研究者どもの玩具にさせようとしてたんだから胸が悪くなるものを覚えるよー。
やっぱり端的に言って終わってるね、エウリデのお偉い連中は。
できればもう二度と僕の人生に関わってきてほしくないと思いながらも、僕は双子の頭にそれぞれ片手を載せ、撫でくりまわして言うのだった。
「……恩に着る必要も、礼をする必要もないから」
「杭打ちさん……」
「正体がなんであれ、君達は、君達のままでいい。無事で良かった」
「……ありがとう」
涙を流して僕に抱きついてくる双子。あー、なんかこう庇護欲が湧くよー。
人の親ってこんな気持ちなのかな? 子供なんていないしなんなら親だっていないからまるで分かんないけど、この子達のためなら王城の壁という壁をぶち抜いていいかなーって気になってくる。
まあ必要もないのにそんなことしないけどねー。
さてこれで、予期せぬ冒険者と騎士団のトラブルもひとまず一件落着した。ここからは予定通り、僕も依頼を受けることができるよー。
「と、いうわけでなんかちょーだいリリーさーん」
「緩いわねー。とてもさっきまで、あのワルンフォルース卿相手に真っ向から戦おうとしてたとは思えないくらい緩いわよ、ソウマくん?」
「えへー」
頭をポリポリと掻く。あーいうのは本当は見せたくないんだよね、こんな場所でさー。
物騒だし、怖がられるし、そうなるとモテないからねー。
何より迷宮内だと一瞬の油断が命取りになるわけだから、否応なしに四六時中殺気立ってないとやってられないわけでして。
だからこそせめて地上ではゆるーくゆるーく、やっていきたい僕なのだ。
ギルドの受付、端っこのほう。僕とリリーさんのいつもの定位置で二人、誰にも聞かれない程度に密やかな声で話す。
かといって密談って雰囲気もない、単に声が小さい人同士の会話って程度だ。でも酒呑んで騒いでる人達にはこれくらいでもまったく聞こえないから、僕の声から万一にもソウマ・グンダリに到達することはないと思う。
そもそも聞き耳を立てるような輩がいたら、即座に気づいてるしねー。
リリーさんが、先程の一件を振り返ってしみじみ語る。
「でもほんと、さっきは助かったわ。あなたがいてくれなかったら確実に冒険者と騎士団が衝突してたでしょうし、そうなってからだとワルンフォルース卿も強硬手段を取らざるを得なかったから」
「そうなるとシミラ卿が両者全員叩きのめして終わりだったと思うよー。あの様子だと自分とこの若手にも相当頭に来てたみたいだし、かといって喧嘩に乗った冒険者達もただでは済ませられなかったろうし」
「破壊神かしらあの女……部下の顔面を次々殴り飛ばしてたところなんて私、遠巻きに見ながら震えが止まらなかったわよ、怖くて」
小刻みに震える手を見せてくるリリーさん。よっぽどシミラ卿による新米騎士達への粛清の光景が恐ろしかったみたいだ。
いつも勝気だけど、内面的にはすごく繊細だもんねこの人、かわいい! まああの時のシミラ卿は僕でも怖かったし、そりゃそうなるよねー。
ふう、と可憐にため息を吐いて、彼女はさらに尋ねてきた。
「あんな狂気の拳骨女でも、大迷宮深層調査戦隊の中では全然上澄みじゃなかったって聞くわね……本当なの? にわかには信じがたいんだけど」
「ん……まあ当時はあの人も、まだ騎士団長じゃなかったからねー」
昔を振り返りつつ考える。シミラ卿も5年前と今とじゃ、当たり前だけど全然実力が違ってるからねー。
5年前、迷宮都市の迷宮を攻略することを目的に世界中の手練を100人以上もの数、集める形で結成された大迷宮深層調査戦隊。
メンバーはもちろん冒険者が多かったものの、騎士だの海賊だの山賊だの、鍛治師や錬金術師、教授だの、果ては杭を振り回すスラムの欠食児童だのと変わり種もチラホラいたのが特長といえば特長の、大規模パーティーでもあったんだよね。
そしてパトロンとして金銭的支援を行っていたエウリデ連合王国からも、先代の騎士団長と当時期待の次期幹部候補と言われていたシミラ卿が参加していたんだ。
そんな彼女の強さは、最初こそそこらの冒険者よりは強いかな? 程度だったけど最終的には当時の騎士団長級の、Aランク冒険者にも匹敵する強さを身に着けていたはずだったように記憶している。
ただまあ、調査戦隊って上記の経緯で発足されたからか、異常なまでに層が厚いんだよねー。
残念ながら今のシミラ卿でさえ、あのパーティーの中ではトップ層はおろか、上澄みとされる上位20名の中にも入れないだろうってほどだ。
あれこれ考えつつもリリーさんに答える。
「今のあの人だったらそうだなあ、戦闘員の中で言うと50位くらいには食い込めそうかも。あの頃は解散間際でも下から数えたほうが早かったし、3年でとんでもなく強くなってるよねー」
「それでも50位って……さすが調査戦隊、層が厚すぎるわ。まあ、そのくらいじゃないとたった2年で迷宮を60階層も攻略するなんて、できなかったんでしょうけど」
「迷宮攻略法を編み出しながらの強行軍だったしねー。特に戦闘要員は結構、無茶なスケジュールで迷宮に潜ってたよー」
「ついでに受けていく依頼の数とペースも、あの頃とんでもなかったものねえ」
当時を思い出し、なんであんなに頑張ってたんだろう? と不思議にすら思う僕だ。働きすぎだよー。
みんなで迷宮に潜っていた日々は、血と生死の境に彩られていたけど楽しかったとは思う。あれはあれで一つの青春だったのかなとさえ、今の僕なら思えるほどだ。
でもまあ、どうせならやっぱり学園で恋に溢れた青春がいいよねー! 可愛い女の子達とキャッキャウフフと騒いで送る学園の日々! これですよこれー!
「はあ、それで送れそうなのかしら? その日々は」
「ああああ灰色の青春んんんん」
必死になってリリーさんに、僕の夢見る愛と幸福に満ちた青春を語ったところそんなことを言われ、僕は見事に撃沈した。
くそー! いつの日か、いつの日か僕にもアオハルがー!!
僕のアオハルについてはともかく、無事に依頼も受けたので帰ることにするー。
迷宮地下3階、自生している薬草の採取依頼だ。すっごい楽ちんというか最下層まで潜れるやつが受けるような依頼じゃないんだけど……これには事情がありまして。
実を言うと僕が8歳から10歳までお世話になったスラムの孤児院からの依頼なんだよねー。
「ほとんど無償に近い慈善事業を、一部とはいえ確実にこなしてくれるのなんてソウマくんしかいないから助かるわ」
「恩返しですからね、孤児院への。これくらいはしますともー」
リリーさんに褒めてもらってちょっと、気分を良くしながらギルドを出る。明日はサクッと薬草を取って孤児院行って、ついでに月ごとの仕送りも渡していこう。
こないだのゴールドドラゴンの依頼など、実入りのいい仕事を率先して受けている理由は前にも述べた気がするけど孤児院への援助が主な理由だ。
何せスラムの孤児院ってことで物珍しさはあるけど、実態は常に資金難で火の車の極貧児童施設だ。
僕がやって来た時にもまともにご飯にもありつけない始末で、院長先生が必死で働いてなお、どうにもならないというアレな惨状だったんだから大変だったねー。
それでも僕が冒険者として活動を初めてからは仕送りを続けているから、随分暮らし向きも変わってきたみたい。元々あった莫大な借金も返せて普通にご飯は出るし、週に一度は町の公衆浴場にだって入ることができるらしい。
一応、院長先生も冒険者だったりするんだけど……あんまり荒事に向いてない人だからね。採取系や街の掃除とかの平和な依頼だけではどうしても収支を賄えないところはあったから、そういう意味で僕からの支援は神の恵みって感じだったろうねー。
「でもソウマくん、稼ぎのほとんどを孤児院に送ってるみたいだけど大丈夫? 自分の生活をこそ第一に考えてほしいってこないだ、あそこの院長さんわざわざギルドの私のところにまで相談しに来て泣いて訴えてたわよ」
「えっ……」
まさかの指摘を受けてたじろぐ。泣いてた? 院長先生が?
たしかに稼いだお金の半分以上、孤児院や周辺のインフラ整備とかに突っ込んで少しでもあそこに住む子達が楽になれるよう、振る舞ってはいるけれど……
それはそれとして僕は僕でめちゃくちゃ稼いでるから、めちゃくちゃ貯金できてるんだよねー。なんなら孤児院への寄付金をもうちょい増やしたっていいくらいだ。まあさすがに、それをすると院長先生が畏まり過ぎちゃうからしないけどさ。
にしたって何も、リリーさんに相談を持ちかけた挙げ句そんな号泣しなくたってよくない? 何、そんなに僕貧相に見えるかな?
たしかにオシャレに気を使っているとは言えないけど、清潔感は頑張って保ってるんだけどなあ。今着けてる帽子にマントだって、昨日洗ったばっかりだし。毎日お風呂に入ったりしてるんだから案外、綺麗好きなんだよー?
「全然余裕で遊べるお金は確保してるし、それは院長先生にも言ってるんだけどなぁ……」
「本人の自己申告じゃ信じられないくらい、あなたが貢いでる額がとんでもないってことでしょう?」
「そう言われても、ほぼ毎週迷宮最深部にしか存在してない希少素材を納めてるわけだし。寄付金だってあのくらいにはなるのになー」
「そこからしてまず現実味がないのねきっと。院長さん、まだあなたのこと本当に調査戦隊メンバーだったのか半信半疑みたいだし」
「孤児院にリーダーと副リーダーまで連れて行ったのに!?」
なんでだよー!? と叫ぶとリリーさんは苦笑いして肩をすくめる。院長先生、なんのかんの根本から僕の話を話半分で聞いてたんじゃないかー! ひどいよー!
院長先生は当然、僕が大迷宮深層調査戦隊に加入していたことを聞いている。
というか当時のリーダーと副リーダーが二人がかりで僕をスカウトして、その流れで冒険者としてギルドに登録してそのままデビューしたって感じだったりするのだ。
最初は院長先生も猛反対してたんだけど、リーダーの粘り強い説得と副リーダーによる、孤児院の経済的状況を冷徹にネチネチ指摘される波状攻撃が何時間にもおよび行われ。
泣く泣く僕の調査戦隊入りを認めたという経緯があったりしたのだ。だから院長先生、僕がメンバーだったこと自体は知ってるはずなんだけどなー……
「っていうかリーダーと副リーダーまで疑ってるってこと? 逆にすごいよねそれー」
「あー、そこは疑う余地はないって言ってたわ。要はソウマくんが、あの英雄達と肩を並べて迷宮を攻略した上、国や貴族にも警戒されてしまうような超危険人物になったってところに疑いがあるみたいね」
「超危険人物って……ひどくない、リリーさん?」
「国が名指しで存在しなかったことにしようとした人間なんて長い王国歴でもあなただけよ。その時点で何も言えないわねー」
ぐえー。言われてみればそんなところもある、ぐうの音が出づらいー。
僕そのものの危険度はそんなに高くないとは思うんだけど、僕の出自とかが国の権威を貶めるとかうんたらかんたら。そんな理屈が罷り通っちゃうのが王国上層部の世界ってんだから怖いねー。
「はー、院長先生がそんな風に思ってたなんてー……」
「一回彼女連れて迷宮でも連れて行ったら? 実力を見せたら考えも変わるでしょ」
「危ないよー」
たしかに手っ取り早いかもだけど、院長先生の身に万が一があるといけない。
あの孤児院だけは、そこに住む人達だけはなるべく危険なことには手を染めてほしくないからねー。僕の数少ない、絶対的なものと定めたルールのひとつなわけだねー。
翌日、学校を恙無く終えて放課後。昨日よろしく地下道を通って冒険者"杭打ち"として参上した僕は、その足でギルドではなく迷宮都市外部へと向かった。
依頼を受けた、迷宮地下3階での薬草採取をこなすのだ。ぶっちゃけ朝飯前なんだけど、院長先生含めた孤児院のスタッフさん達にとっては内職のポーション作りに必須な重要素材なので、しっかりこなさないとね。頑張るぞー!
「おう杭打ち、今日も精が出るなあ」
「どもどもー」
いつもの門番さんと軽い挨拶を交わして外へ。今日は森の中までは行かず、近場に迷宮への入り口があるのでそこへと向かう。
各階層へ直通している穴でない、地下一階の一番最初の地点から始めるためのいわば、迷宮そのものの入口。学校で言えば正門と言ったところかな。それを使ってみようと思うのだ。
草原を少し歩くと、小高い丘に挟まれたなだらかな地面がある。そこに、大仰な装飾の施された、いかにも迷宮の入り口はここですーって感じの大穴が空いているのだ。
これこそが迷宮の正規の入り口なわけだね。最近は大体直通のルートを使うのが当たり前になってるから、わざわざ一から冒険を始めようってのは新人さんか、あるいは僕みたいに浅層に用事のある人くらいしかいない。
「ね、ねえ。あれ、あのマントの人……」
「え……あ! すご、マジ? く、杭打ちさん!?」
「…………?」
入口の近く、総じて新人さんだろうパーティーが複数いる。屯してそれぞれに準備を整えていたところ、そのうちの一組が僕に気づいて指を差してきた。
なんだろ、僕に何かあるのかな? 少なくともこれまで、何度もこんな場面に出くわしてきたけどここまで過剰な反応をされた覚えはないんだけど。
万一ということがないとも限らないし、露骨にならない程度の警戒はしつつ近づく。新米のフリしてこっちに仕掛けてくるとかマジでヤバい連中だけど、そんな悪辣さは今のところ感じられないね。
なんかみんなして僕を見ている。共通しているのは目がどこキラキラして、やけに初々しい感じなところくらいかなー?
ああ、あと何人かは昨日、騎士団騒ぎの後で見た気がするなあ。ってことはもしかしたら、この人達のこの視線って……
「あの伝説のパーティー、大迷宮深層調査戦隊の一員……! 杭打ちさんがまさか、そんなすげー人だったなんて!」
「それもただのメンバーじゃなくて、レジェンダリーセブンにも匹敵する実力を持った最強格って話よ! あまりに強すぎたから国や貴族に危険視されて、追放の憂き目に遭ってしまったっていうけど……」
「俺が聞いた話だと、調査戦隊リーダーのレイア・アールバドと冒険者性の違いを巡って対立、敗れて追放されたって聞くぜ。いつも帽子とマントで顔を見えなくしてるのも、その時の傷のついた顔を見られたくないからとか」
「あれ? たしか私が聞いたところによると、迷宮最深部で発見した未知のエネルギーをどう扱うかで揉めて調査戦隊ごと解散になったとかって」
「どの説も聞いたことあるなー。ただ、杭打ちさんの離脱こそが調査戦隊崩壊のトリガーになってるってのは共通してるみたいだけど」
「………………………………」
えぇ……なんか大事になってるー……
明らかにこれ昨日の騒ぎが引き金だけど、調子に乗ったベテランが酒に任せて出鱈目半分吹き込んだと見たよー。何してくれてんのさ一体ー。
今までは割と、事情というか経緯を知ってる冒険者達は空気を読んで黙っていてくれてたのになんで今さらペラペラと、あることないこと喋ってるんだろ?
アレかな、ペーペー騎士団員の横暴に加えてシミラ卿がストレスで大変なことになってそうなところに、僕までしゃしゃり出ちゃったもんでいろいろテンションおかしくなっちゃったのかなー。迷惑ー。
3年前から概ね"一年中ずーっと顔を隠している年齢不詳性別不明の変な人"というイメージだったのが、すっかり"大迷宮深層調査戦隊をなんかの理由で追放された変な人"になってしまったよー。
っていうかね、せめてどれか一つくらい正解が混じっててほしいんですよと僕は言いたい。貴族に金払うから出て行けって言われたから出ていっただけなのが、なんで強すぎて追放されただのリーダーと喧嘩しただの尾鰭が付きまくってるんだよー。
「伝説のパーティーの中核・レジェンダリーセブンにも肩を並べる正体不明の実力者……そんな人がずっとDランク止まりなのも、何か事情があるのか」
「まだ未成年だって噂もあるけど、まさかね」
「美少女説なんかもあるよなあ」
「子供? 美少女? 馬鹿な……5年前にはもう冒険者として活動してるんだぞ」
「! …………」
おっと言った途端にドンピシャ! そーですよ僕、実はまだ15歳なんですよー! 男だけどね! 美少女じゃないから!!
ちょっと楽しくなってきちゃった。デタラメの中に混じって真実が混じってるの、なんか嬉しいかも。
「……………………」
「迷宮に入るのかな……おい道開けろお前ら、杭打ちさんが通るぞ!」
「つーかやべぇなあの背中の鉄の塊。昨日地面に叩きつけてたけど見たか? 地面奥深くまでぶち抜いて、周囲にゃクレーターまでできてたんだぜ」
「なんでも噂じゃあ大の大人が束になっても持ち上げられないほどの重さだとか。そんなもん軽々背負ったりぶん回したり、やっぱ違うわ調査戦隊メンバーは」
最後まで聞いててむず痒くなること言ってくれちゃうなあ、この新人さん達!
正直顔がニヤけすぎて気持ち悪いことになってる。褒めてもらうのってなんであれ嬉しくなっちゃうよ、うへへへー。
これから迷宮に潜るのに、浮かれ気分になりすぎるのはまずい。
僕はまだもーちょっとだけ褒めてくれてるのを聞きたいなーという想いを圧し殺しながらも、ありがたく道を開けてくれた新人さん達を通り過ぎて迷宮へと進入していった。
迷宮の正門を入り、一番最初に見えてくるのは階段だ。仄暗い地下へと続くそれは底知れない不気味さを湛えるけれど、まあぶっちゃけ雰囲気だけのものだ。
地下10階までは別段、新米さんでもあまり梃子摺ることなく進める程度の難度でしかないからねー。
出てくるモンスターも雑魚いし、階層自体に何倍もの重力がかかってるとか、異様な寒暖の差とか異常気象とかって怪奇現象があるわけでもない。
ある意味一番、世間一般的に考える迷宮のイメージに近いのが地下10階層までなのかもしれないほどだ。
「…………」
「ぴぎ!? ぴぎ、ぴぎぎ」
「ごげ!? ご、ごげご」
「ぎゃあああああ! ぎゃぎゃああああああ!!」
「……………………」
そんな浅層部、生息しているモンスターにとっては僕こそがまさしくモンスターなのだ、ということなんだろう。
さっきから見かけるモンスターみんなして、僕を感知するなり悲鳴をあげて逃げていく。ただの一匹たりとて、僕に殴りかかるどころか近寄ることさえしないのだ。
さすが野生ってところかな、実力差を即座に理解して一目散にその場を離脱するってわけだねー。
大体地下50階層を降りたあたりから、僕に限らず大迷宮深層調査戦隊のほとんどのメンバーはこんな感じに、浅層のモンスターから避けられるようになってしまった。
おそらくはそのあたりの階層を攻略するために身に着けた迷宮攻略法・威圧を与えたり身に纏ったりする技術による副作用だろう。
アレを常時発動できるようにならないと、一歩だって前に進めない環境だったからね……迷宮内では無意識下でも威圧法を発動していられるよう訓練したのが仇になった形だ。
ちなみにこの威圧法は迷宮の外では意識しないと使えないし、そもそも人間相手にはよほど強く威圧しないと効果が薄かったりするよー。
本気でかけたら迷宮最深部の化物まで退散させられるような威圧に対して、全然感知するところのない人間の鈍感さを嘆くべきなのかな?
そんな感じに主張する仲間が昔いたけれど、僕としてはむしろ威圧や威嚇に耐性があるんだと解釈して、人間の適応力ってすごい! って内心で思っていたんだけどねー。
どちらが正しいか、それは未だに分からないことだ。
「…………」
ともあれそんな感じで、いっさいモンスターに近寄られることもなく戦闘なんて全然起きない、平和な迷宮ピクニックと化した道を僕は進んだ。
マントの上から提げた紐付きの携帯ランタンが照らすのは、狭い通路広い通路。そして小さな部屋大きな部屋。
時折分岐路もあったりするのを、迷いなく下階への最短距離で突き進む。かつての迷宮攻略にあたり、地下30階くらいまでの最短距離は頭の中に叩き込んだからね。
それ以降は地図がないと普通に迷うけど、少なくとも地下3階くらいまでなら問題ないや。
地下2階もとりたてて特筆すべきこともなくさらに地下へ。途中、入り口同様新米さんらしきパーティーと出くわしたけど僕がモンスターにさえ怯えられていることに気づき、すげーやべーの大合唱だった。
才能と意欲があればそのうち辿り着けるから今のうち、浅層のモンスターとの戦いを頭に焼き付けといたほうがいいよと内心でつぶやく。マジで相手しなくなるから、記憶も朧気になってなんか切なさがこみ上げる時があるんだよねー。
ああ、僕ってば遠くまで来ちゃったなー、みたいなー。
今でもたまに会う、元調査戦隊メンバーにそんなことを言ったら鼻で笑われたけど。ひどいよー。
かつての仲間に憤りつつさらに下階へ。はい、地下3階に到着ですー。この階層あたりからしばらく、件の薬草が自生してるねー。
「……………………」
ほうらさっそく、道端に生えてる草発見。一見なんてことのない普通の草で、ともすれば雑草と一括りに言われてしまいがちなんだけど実はこれ、薬草なんですねー。
まずは一草ゲット。この調子であちこちに生えてるからいただこう。この階層に生えてる草だけで、目標とする量は取れちゃいそうだ。
モンスターもバッチリビビって襲ってこないし、僕は余裕綽々で薬草を摘み、10本単位で束にして持参した袋に詰めていく。
これを10束。つまり100本分の薬草をゲットすればいいだけなのだ。すごい楽ー。ガンガン取るよ、サクサク摘むよー!
意気込んで僕は3階中の部屋、道、壁などに自然と生えている薬草を丁寧に摘んでいく。
途中、地中奥深くや壁の中にぎっちり根を張ってるようなものもあるけど、そんな時のための杭打ちくんだからね。問題なく杭でぶち抜いてゲットしていく。
床はともかく壁は、場所によってはぶち抜いた先に別の道なり部屋なりにつながることもあり得るから、一応ぶち抜く前に軽く叩いて、向こうにいるかもしれない人達に警告しておく。はい、コンコン。
『あら? …………えっ? あら!』
『……なんだ、今の音?』
『そこの壁からだな。調べてみるか?』
おっとまさかのドンピシャリー。向こうの空間に誰かいて、今僕の起こした音に反応してるね。
男の声と女の声。二人組? さすがに壁を隔てた空間の気配までは読み取れないねー。
壁を調べようとしているみたいだけど、むしろ離れてもらえると助かるんだけどね。声掛けでもしようかな?
そう思って口を開こうとした瞬間、別の女の人っぽい声が聞こえてきた。
『……いえ。むしろ離れたほうが良いでしょう』
『何? なんかあんのかよ』
『ええ、私の推測が正しければ──距離は取りました! どうぞ遠慮なく来てください!』
「!? …………!!」
え。何? もしかして僕だと気づいてる!?
まさかの呼び声に一瞬、僕は目を見開いた。
若い女の人が、明らかにこちらに向けて壁越しに声をかけてきている。ちょっとこれは想定外だ、なんだ、誰だろ? 知り合い? こんなところで?
『き、急になんだよ! 何がいるのか? モンスターか!?』
『ふふ、今にわかります』
『か、かいちょ〜……?』
『ふふふふふふ!』
何やら向こうが騒がしい。最初二人だけかと思ってたけど最低四人はいるみたいだ。
新人さんパーティーかな? というかどうであれ、壁からコンコン音が聞こえただけで僕だって気付けるようなものなんだろうか? なんか不気味ー。
「……………………」
とはいえせっかく言ってもらったんだし、気にもなるしとりあえず杭打機を振りかぶる。
ここの迷宮はちょっとそっと壁や床を壊した程度なら、時間経過で修復される不思議な仕組みをしてるからどこをどうぶっ壊しても遺恨が発生しないのが最高だよねー!
遠慮なしに壁を、一息にぶち抜く!!
「────!!」
「うおおおおっ!? な、なんだ!?」
「か、壁が!?」
「ふふ……さすがですね」
スドォォォォォォン! と轟音を立てて壁が崩れる。鉄の塊がまずヒットして、矢継ぎ早に飛び出た杭が直後にヒット。
多段式の衝撃と破壊力は折り紙付きだ。迷宮の壁程度なら全然余裕でぶち抜ける。こんな風にねー。
瓦礫と砂埃舞う中、壁に埋まった薬草を取り出してはい、収穫完了! これで概ね10束だから、後は帰って孤児院に届けに行くだけだねー。
と、その前に例のパーティーさん達にお騒がせしたことを謝罪しないとね。普通、迷宮の壁がぶっ壊れてそこから人がぬっと出てくるなんて考えにくいもんねー。
「……おさわが──」
「杭打ち!? なんでこんなところに!?」
「!?」
お騒がせしてごめーんね! みたいなことを言おうと思った矢先、聞き覚えのある声が聞こえて僕は帽子とマントの奥で密やかに目を剥き口を噤んだ。
この声……! まさか、このパーティーって!?
愕然とする思いで、僕は声の方を振り向く。そこには。
「貴様……野良犬め、また冒険者気取りで……!!」
「か、会長。杭打ちさんだってもしかして知ってたんですか!?」
「うふふ。どうかしら」
「………………………………っ!?」
ああああ脳破壊パーティー再びいいいい!!
視界に入る見覚えのあるハーレムパーティーに、僕の情緒はあえなくグチャグチャになってしまった。
思わず叫び声をあげなかっただけでも褒めてほしいくらいだ。"杭打ち"状態だとあんまり声を出さなくなるってのが習慣づいていてよかった、本当に良かったよー!
そう、僕が遭遇した壁の向かい側のパーティーってのが、まさかのゆかりの人達!
僕の一度目の初恋のシアン生徒会長様! 3度目の初恋のリンダ剣術部長様! あと生徒会長副会長と会計の子。見たことない美人さんもいるね。
そしてにっくきあんちくしょう! 僕の宿敵、10人いた初恋の子の実に8人も落としていったやべースケコマシ!!
なんちゃってAランク冒険者、オーランド・グレイタスその人が自慢気に女の子達を侍らせちゃったりなんかしちゃってるのだー!!
ああああ出会いたくなかったいろんな意味でええええ!!
「…………」
「お前……なんのつもりだこんな浅い階層をうろつきやがって。仮にも元・調査戦隊メンバーなのに何やってんだこんなところで!」
早速噛み付いてきたよーやだよー怖いよー。
調査戦隊メンバーだったことを当て擦った物言いをしてくるけど、彼の場合前から知ってたんだろうなって思う。だってオーランドくんの両親のグレイタス夫妻も元調査戦隊メンバーだったからねー。
夫婦揃ってレジェンダリーセブン──すっかり当たり前みたいに使ってるけど本当に笑えるネーミングだ──ではないものの、戦闘要員の中でも上位30名くらいの中には入ってる程度にはお強い人達だ。今のシミラ卿くらいかな?
気のいい夫妻なんだけど度を超えた親バカなのが珠の傷だって、他のメンバーにもからかわれてたんだけどねー。今となっては本当に珠の傷だから笑えないよー。
息子の教育ちゃんとしてほしかった、切に。コネ使ってインチキAランクになんてしてちゃ駄目だよってほんと、今度出くわしたら説教しちゃうかもしれないねー。
と、そんなことを考えてると前と同じでリンダ先輩が、オーランドくんに話しかけている。あっ、やな予感。
「オーランド、お前まであのような下らぬ噂を信じているのか? 調査戦隊メンバーなどと……スラムの野良犬が冒険者を騙っているだけでも腹立たしいというのに、よくもまあそんな嘘八百を並べたものだ」
「……………………」
「いや……そこは前からうちの親が、杭打ちとは同じパーティーだったって話してたからな。調査戦隊以前の話だと思ってたが……まさかマジに元メンバーなんてな。公的にはメンバー扱いされてないって話だが」
「当たり前だ。世界中の腕利きが結集した現代の神話集団・大迷宮深層調査戦隊。栄光に満ちた彼らとその道程に、スラムの犬が紛れ込んでいたなどと後世には残せるはずもない。国は正しい選択をしたよ」
「………………………………」
ああああ的中したああああ!!
どーしてそんな僕のこと毛嫌いするのおおおお!?
相変わらずの心なさすぎる発言の数々に膝をつきそうになる。なんで? 僕なんかした? それなりに弁えて静かに生きてるのにー。
うう、厄日だよー。っていうか昨日からなんか、厄日だよー。
内心すっごいブロークンハート。僕の三度目の初恋は何度失恋したら終わりを迎えられるのかしら。え、もう死んでる? うっさいよー。
なんてことを涙を呑んで思いつつ彼らを眺めてどんよりしていると、不意にそんな二人に声が投げかけられた。
「────いい加減にしてもらえますか? グレイタスくん、リンダ」
「あの……そんな言い方、そちらの方に失礼すぎると思いますが」
「!?」
まさかの援軍。
それは彼らの側にいる、美少女二人からの実績だった。
まさかの僕への擁護。それもオーランドくんのパーティーメンバーの女性達、すなわちハーレムメンバーの中からときた。
えっ、何? もしかして僕きっかけに修羅場りそうなの? これ僕にとばっちりくるやつじゃない? 大丈夫?
「し、シアン会長……それに、マーテル?」
「……何を言う、生徒会長。急にどうした」
「…………」
我らが第一総合学園生徒会長シアン・フォン・エーデルライト様。僕の初めての初恋であり、秒で失恋を経験させてもくれたスピードスターその人と。
金髪をやたら長く伸ばし、どこかヤミくんヒカリちゃんの着ているのと似た意匠の服を着ているマーテルというらしい美女さんと。
どちらも絶世と言うにふさわしい壮絶な美人さんが、なんとオーランドくんとリンダ先輩に真っ向から否やを唱えたのである。
戸惑うオーランドくんと呆気に取られた様子で尋ねるリンダ先輩。二人からしてもこれは意外だったんだね。
取り巻きの生徒会副会長と会計と、あとついでに僕も内心でオロオロする中。シアン会長とマーテルさんとやらはそんな二人に毅然とした態度で反論した。
「前々から思っていましたが、あなた達の杭打ちさんへの態度は目に余るものがあります……サクラ・ジンダイ先生にあれだけ叱られてなお、それを改めないことへの嫌悪と軽蔑も。あなた達はあれから何も学ばなかったのですか」
「なんだと……? おい、一体どうしたと言うんだ。まさかあの偉そうなヒノモト人の物言いに、本気で感銘を受けたとでも言うのか」
「先生に何か言われるまでもなく、不満に思っていましたよ。冒険者とも思えない姿を晒しているのは、あなたのほうですリンダ・ガル。頭を冷やしなさい」
「貴様、ふざけたことを……!!」
ひえー、女の戦いだよー! なんか目線がバチバチぶつかってるよー。
サクラ先生にすいぶん説教されたはずなのに、全然堪えてない感じのリンダ先輩はすごく悲しい。でもシアン会長が真面目に僕のこと庇ってくれて、それ以上に嬉しい! わーい!
喜びつつ悲しみつつ怖がりつつ忙しいよー。情緒不安定になりかける複雑な心境で今度はオーランドくんのほうを見る。
生徒会長と剣術部部長の、視線でやり合う苛烈なバトルと異なりマーテルさんとやらは、ただひたすらに哀しみを宿した目で彼を見、訴えかけていた。
「ずっと前から、さっきのような酷いことを言い続けていたんですか? ……どうして」
「マ、マーテル。たしかにその、俺はこないだ杭打ちに嫌味言って先生に愛想尽かされちまったよ。だけど今回はそんなに──」
「ですが、リンダの物言いを咎めたりはしてませんよね……? いつも自分はAランクだ、誇り高い冒険者なんだと言ってますけど、そんな人が今の言い分を何一つ否定しないものなのですか……? その、当世の倫理というものは分かりかねますが、おかしいと思います、オーランドさん」
「な、あ。う……それ、は」
「………………………………」
ありゃ、さしものオーランドくんも絶句しちゃってる。マーテルさんの正論? というか理屈に彼自身、思うところがあるのか普通に論破されちゃってるみたいだ。
でもたしかに、こないだに比べてずいぶん敵意は薄くなってるとは思うよね。サクラさんも彼は反省したって言ってたし、こっぴどく叱られたらしいのが相当堪えたみたいだ。
僕としては揉め事がとにかく嫌なので助かるよー。
ただまあ、彼はともかく問題は……
「野良犬を庇うなど博愛精神も大概にしておけよ、偽善者ども……!」
「ま、マーテル、俺は、その」
「…………」
あーあ、一触即発。ショックを受けて項垂れるオーランドくんはともかくリンダ先輩、キレて剣を抜いちゃった。
それは駄目だよー。僕はすぐさま彼女の近くに移動して、手にした剣の刃の部分を掴み、思い切り握りしめた。
「!? い、いつの間に、は、離せっ!!」
「…………!」
いくら喧嘩しててもね、友達だかハーレム要員だかの間で刃傷沙汰は駄目だよー!
軽々しくラインを超えかけたリンダ先輩の剣を完全に拘束する。刃を握り締めているため、常人なら血が出るしこの状態で刃を引きでもしたら指とおさらばしなくちゃいけないかもだ。
でも僕は常人じゃないからねー。これこのとおり、逆にリンダ先輩が一つも動けないくらいガッツリ掴んでるよー。
持っててよかった迷宮攻略法。改めて入ってよかった調査戦隊。いやまあ、一般には影も形もない存在だけどね、ぼくは。
とにかくリンダ先輩の凶行は未然に防いだ。これ以上何かする気なら、悪いけどこの剣へし折ってから意識を刈り取るよ。
「……………………!」
「っ!? あ、ぁぅ……っ!?」
今ここにいる僕は学生ソウマ・グンダリでなく冒険者"杭打ち"だからねー。やらかしてる冒険者が目の前にいるなら、多少の実力行使も辞さないよー?
少しの威圧を込めてリンダ先輩を睨みつけると、それだけで彼女は意気を削がれたらしかった。息を呑み、へなへなとその場に崩れ落ちる。
あれ、もしかして耐性ないのか。ってことは地下20階層には到達してないんだな、この人達。
威圧を与えるほうはともかく、威圧を受けてなお平常でいるための迷宮攻略法は割と早期で身につける必要に迫られる技術だ。
地下20階層を過ぎたあたりから、意識的に威圧してくるモンスターが増えるからね。そいつらに気圧されないために、そこまで到達した冒険者は迷宮攻略法・威圧耐性の獲得のために今一度の訓練を強いられるんだ。
その耐性がなさそうってことはずばり、オーランドくん達は実はまだ、地下20階層まで到達してないってことになる。
さっき僕を揶揄ってたけどAランクのくせにこんな浅層をうろついてるとか、君こそどーなってるんだと思ったけど納得だ。下手するとこの辺が実力相応なのかもしれないわけだねー。
うーん名ありて実なし。とは言いつつ彼の場合、評判もあまりよろしくはないんだけどさ。
ちょっといくらなんでもお粗末すぎないだろうか? グレイタス夫妻、さすがにこれは真面目にお話しなきゃいけないかもねー。