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 アルマは、ゆったりとした歩調で廊下を行っていた。二歩ほど後ろに位置する桐畑は意味もわからず、きょろきょろと周囲に目を配る。
 建物は、外観に違わず内部も西洋を感じさせる作りだった。アーチ状でクリーム色の天井は高く、施されている彫刻は緻密である。壁は、茶色や焦げ茶色のレンガでできており、爽やかな光が大きな窓から射し込んでいた。
 前方から、一、二歳年上と思われる二人の西洋人の女子生徒が、親しげな雰囲気で話しながら歩いてくる。二人の着るブレザーは群青色だが、胸元のエンブレムは桐畑たちと同じものだった。
 戸惑いの収まらない桐畑は、擦れ違ってからも二人に視線を遣り続けていた。が、しばらくして向き直り、大人しくアルマに従いていく。
 その後もアルマと桐畑は言葉を交わさずに歩き続け、廊下の角を曲がった。
 すると、RPGゲームに出てきそうな、背丈の高さのシンプルな木の扉が、桐畑の視界に飛び込んできた。
「あのさあのさ、俺らってどこに向かってるわけ? もうちょい説明してくんねえと、状況が把握できねえって」
 耐え兼ねた桐畑は、軽い声で囁いた。
 円形の金属製の取っ手を掴んでいたアルマだったが、やがてそろそろと腕を下ろした。すっと身体の向きを変え、桐畑と向き合う。細く形の良い眉毛は、わずかに不審げに顰められている。
「なんか、さっきから当たり前の質問ばっかりするよね。ねえ、どうしたの? 良くないものでも食べた?」
 不審げな声音にややむっとした桐畑は、控えめに言い返す。
「そりゃあ言い過ぎじゃねえ? こちとら、訳のわからない出来事続きで、理解が周回遅れしてんだよ。もうちょい協力してくれても、罰は当たらんだろ」
「……訳のわからない出来事? 説明してくれる? できるだけ詳しくお願い」
 アルマの語調が訝しさを増す。
「おう、了解」と、桐畑は即答した。
「まず初めに、急に空から降って来たボールに、頭をかち割られそうになったな。で、数秒後に、どっかから湧いて出た妙な奴らが、凄い勢いで迫ってきたよ。そいつらにぶつかったと思ったら気を失って、そんでここで目を覚ましたっつー訳だ。踏んだり蹴ったりたぁ、まさに今の俺の状況だわな」
 桐畑は、一定の冷静さを保ちながら毒突いた。
「……、空からボール、ね。そのボールって、すごい古かったりしなかった?」
「ああ。サッカーが生まれてすぐの、イギリスのボールっぽかったな」
 何気ない返答を聞いたアルマは、何かを決心したような真顔になった。少しの溜めの後に、再び口が開かれる。
「それじゃあ、単刀直入に訊くね。あなた、名前は?」
「龍神高校一年の桐畑瑛士……ってそういやあんたは最初、俺をケントって呼んでたよな。ありゃあ、どうゆう冗談? まあ、まったく笑えやしねえけど」
 純粋に疑問を口にする桐畑に、アルマは口を引き結び、難しい表情になる。
 胸元に手を遣ると、年季の入った円形の鏡を取り出して、桐畑の顔の前にすっと差し出した。
 軽く身を躱した桐畑は、しぶしぶ鏡を手に取り、覗き込んだ。
「……いやいや、おふざけもほどほどにしとけよ。なんなんだよ、これは」
 桐畑の口から、呆れと驚きの混じった声が漏れる。鏡の向こうでは、茶髪で碧眼の西洋人が、揺れない瞳で桐畑を見返していた。