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早朝練習の最後には、ダンも含めた全員で肩を組み、スクワットを行った。ダンの低い大声に合わせて、皆でカウントをしながらだった。
短くぴしりと揃った声に桐畑は、日本の高校サッカー部にはない統制を感じた。
練習を終えた桐畑は着替えを済ませ、エド、ブラムとともに朝食の席に着いた。場所は、昨日と同じ建物だった。
椅子に座ると間もなく、給仕が料理を運んできた。
「なーんだ、ベーコンか。同じ肉だったら、ソーセージのが良いんだけどな。相変わらず量は少ないしさ。なーんか今日一日、先が思い遣られちゃうぜ」
だらしなく座るエドは、顔、声ともにがっかりといった風である。
正面から渋い顔をエドの食事に向けるブラムは、「エド」と、低くゆっくりとした声で諫め始める。
「ローマ帝国の祝宴じゃ、何度も味覚を楽しむために食った物をわざわざ吐いた、って話は知ってるよな。選り好みと飽食は、知性の欠如の証だよ。ホワイトフォードの食事は開校からずっと質素だけど、健康を害した奴はいない。俺たちにだって、耐えられる」
「うーん。ローマの宴会の件はごもっともだけどさ。物には、限度があると思わない? ってか今、耐えるっつったよね? やっぱブラムも、我慢してんだ」
面白がるようなエドの突っ込みに、ブラムの険しい面持ちがわずかに緩んだ。
「いや。そりゃあ、俺も食べ盛りの男だからな。本音は、好きな物を腹いっぱい思いっきり食いたい、だよ。けど、そこを頑張って乗り越えてこそ、人間としての成長があるってもん……」
難しい調子で返すブラムの視線が、入口へと向かう。釣られた桐畑は、同じ方向を向いた。
木製の松葉杖を突く遥香が、テーブルの間を近づいてきていた。表情には穏やかな笑みこそあるが、左足に太く巻かれた白いギプスがなんとも痛々しかった。
「アルマ! 良かった! 学校には来られるんだな!」
珍しく喜色を湛えたブラムが、叫ぶように尋ねた。
「心配を掛けてごめんね。できるだけ早く治して練習に復帰するよ」
優しげな小声で返事した遥香は、ブラムの二つ隣の席まで達した。気付いたブラムは隣席を引いて、遥香が楽に座れるように気を遣った。
「ありがとう」穏やかな語調の遥香は、特にブラムが不安げに見守る中、松葉杖を使って慎重に着席した。
「復帰ねー。でも、びっくり仰天だよな。アルマも他の女子みたいに、半分マネージャー状態だったのにさ。急にすっごい上手くなって、男に混じって試合に出始めちゃうんだもんな」
呆れているとしか取れないエドの感慨に、遥香は、「そうかな」と曖昧に笑っている。
「ってか、ずっと気になってたんだけど。女子ってさ、胸でボールを受けて、痛くねーの? ──って、アルマにする質問じゃあなかったか。ごめんごめん」
ベーコンをもちゃもちゃ噛みながら、エドは悪気がない口振りで言い捨てた。どうでも良さそうな視線は、遥香の胸元に向いていた。
桐畑は、そろそろと目だけを動かして遥香の顔を見る。依然として笑顔は柔らかいが、微かなしこりが感じられた。
(そういや元の朝波も、客観的に見ても、胸元を含めて色気はないよな。すらっとした美人ではあるんだけど。ってか大丈夫なのか? 今のエドの台詞は、俺的には場外ホームラン級のアウト発言だぞ?)
冷静に思考を巡らす桐畑は、気まずい空気を変えるべく、明るさを意識して話し始める。
「まあでも、さっきの練習、すっごい良い雰囲気だったじゃねえか。俺ら、相当良いとこまで行けるって」
「ああ、当然だよ。アルマは復帰しなくても、俺たちだけで何とかなる。いや、絶対に何とかしてやる」
ブラムの宣言に、異常なまでの熱を感じた桐畑は、黙り込んだ。周囲の楽しげな談笑が、急に耳に届き始めていた。
早朝練習の最後には、ダンも含めた全員で肩を組み、スクワットを行った。ダンの低い大声に合わせて、皆でカウントをしながらだった。
短くぴしりと揃った声に桐畑は、日本の高校サッカー部にはない統制を感じた。
練習を終えた桐畑は着替えを済ませ、エド、ブラムとともに朝食の席に着いた。場所は、昨日と同じ建物だった。
椅子に座ると間もなく、給仕が料理を運んできた。
「なーんだ、ベーコンか。同じ肉だったら、ソーセージのが良いんだけどな。相変わらず量は少ないしさ。なーんか今日一日、先が思い遣られちゃうぜ」
だらしなく座るエドは、顔、声ともにがっかりといった風である。
正面から渋い顔をエドの食事に向けるブラムは、「エド」と、低くゆっくりとした声で諫め始める。
「ローマ帝国の祝宴じゃ、何度も味覚を楽しむために食った物をわざわざ吐いた、って話は知ってるよな。選り好みと飽食は、知性の欠如の証だよ。ホワイトフォードの食事は開校からずっと質素だけど、健康を害した奴はいない。俺たちにだって、耐えられる」
「うーん。ローマの宴会の件はごもっともだけどさ。物には、限度があると思わない? ってか今、耐えるっつったよね? やっぱブラムも、我慢してんだ」
面白がるようなエドの突っ込みに、ブラムの険しい面持ちがわずかに緩んだ。
「いや。そりゃあ、俺も食べ盛りの男だからな。本音は、好きな物を腹いっぱい思いっきり食いたい、だよ。けど、そこを頑張って乗り越えてこそ、人間としての成長があるってもん……」
難しい調子で返すブラムの視線が、入口へと向かう。釣られた桐畑は、同じ方向を向いた。
木製の松葉杖を突く遥香が、テーブルの間を近づいてきていた。表情には穏やかな笑みこそあるが、左足に太く巻かれた白いギプスがなんとも痛々しかった。
「アルマ! 良かった! 学校には来られるんだな!」
珍しく喜色を湛えたブラムが、叫ぶように尋ねた。
「心配を掛けてごめんね。できるだけ早く治して練習に復帰するよ」
優しげな小声で返事した遥香は、ブラムの二つ隣の席まで達した。気付いたブラムは隣席を引いて、遥香が楽に座れるように気を遣った。
「ありがとう」穏やかな語調の遥香は、特にブラムが不安げに見守る中、松葉杖を使って慎重に着席した。
「復帰ねー。でも、びっくり仰天だよな。アルマも他の女子みたいに、半分マネージャー状態だったのにさ。急にすっごい上手くなって、男に混じって試合に出始めちゃうんだもんな」
呆れているとしか取れないエドの感慨に、遥香は、「そうかな」と曖昧に笑っている。
「ってか、ずっと気になってたんだけど。女子ってさ、胸でボールを受けて、痛くねーの? ──って、アルマにする質問じゃあなかったか。ごめんごめん」
ベーコンをもちゃもちゃ噛みながら、エドは悪気がない口振りで言い捨てた。どうでも良さそうな視線は、遥香の胸元に向いていた。
桐畑は、そろそろと目だけを動かして遥香の顔を見る。依然として笑顔は柔らかいが、微かなしこりが感じられた。
(そういや元の朝波も、客観的に見ても、胸元を含めて色気はないよな。すらっとした美人ではあるんだけど。ってか大丈夫なのか? 今のエドの台詞は、俺的には場外ホームラン級のアウト発言だぞ?)
冷静に思考を巡らす桐畑は、気まずい空気を変えるべく、明るさを意識して話し始める。
「まあでも、さっきの練習、すっごい良い雰囲気だったじゃねえか。俺ら、相当良いとこまで行けるって」
「ああ、当然だよ。アルマは復帰しなくても、俺たちだけで何とかなる。いや、絶対に何とかしてやる」
ブラムの宣言に、異常なまでの熱を感じた桐畑は、黙り込んだ。周囲の楽しげな談笑が、急に耳に届き始めていた。