【鳴海千尋 視点】
 姫川さんが部室に村雨さんを連れてきたときわたしこと鳴海千尋は目を丸くした。

 彼女は天文部に入部するという。
 どんな魔法を使ったのか?

「お姉さまがわたくしを助けてくださったんです」
「それ、本当に姫川さん? ドッペルゲンガ―じゃないの」
「失礼だな」

 わたしが問いただすと横から当人の声が飛んできた。
 ひとつだけ確かなことはわたしが姫川さんたちに困っているクラスメートがいると話した数日後に問題が解決していたことだ。

「一年B組、村雨初音と申します。二月二二日生まれのうお座O型です。尊敬している人はナイチンゲールです。嫌いなものは暴力的な人とイヌ。趣味は小説を書くことです」

「小説を書くのが趣味ってすごいね」

 姫川さんはいつもの調子で小さなロリポップキャンディを咥えた。

「はい。お姉さま。小説家のヤロウとナクヨムに投稿してます」
「ガチ勢だ」姫川さんが村雨さんに微笑みかける。

「そんなことないです」
「文芸部に行かなくてよかったの?」

「部活見学には行ったんですけど、なんか違うなって。文芸部がいままでに作った文芸誌が置いてあったんですけど、高校生が書いたようなつたないものばかりで」

「あなたも高校生だけどね」

「プロ意識がないんです。文学性の違いでやめました」
「バンドみたいだね」

「文芸部を諦めてバスケ部に入部したのが間違いのはじまりでした」
「終わった話はいいじゃん。で、どんな話書くの?」

「『セカイの終わりには黄昏こそが相応しい』というタイトルで探偵小説です。クトゥルー神話がモチーフです」

「面白そう」
「やだ、恥ずかしい! 人前で作品の内容を語ったのはお姉さまがはじめてです。お姉さまがわたくしのはじめての人です」

「誤解を招く言い方ね」折笠さんが横から口をだす。

「ペンネームは?」
「うお座の運命にあらがう女です」

「まじか。ところでまだ話してないことがあってさ。天文部はあと一年で廃部します」

「ええっ、そうなのですか?」

 村雨さんは姫川さんの衝撃の告白に綺麗な声を響かせた。

「この部は去年の活動実績が少ないことを生徒会に睨まれてね。今年一年で目覚ましい実勢がなければ廃部です」折笠さんが補足説明した。

「生徒会と対立……! すごい! 漫画みたい! 子どものころから憧れていました! 夢のようです!」

 村雨さんはぴょんぴょん飛び跳ねる。一生の夢が叶ったときのよう。

「村雨さん感性がおかしい!」
 たまらずわたしが村雨さんに指摘する。

「小説家として貴重な体験になりそうです」

「ヒメ、これで部員が四人になったわ。こんな回りくどいことしなくても勧誘に力を入れたほうが早かったと思うけど」
 折笠さんが髪の房をもてあそぶ。

「そのことはいうなし! ラ・フランス。eスポーツ部発足まであとひとり!」

「いうなしと洋梨をかけているのですね。お姉さまの知性の高さが垣間見えるジョークです」村雨さんは姫川さんを褒め称えた。

「解説しないで!」
「ところでeスポーツ部ってなんのことですか?」

 村雨さんはきょとんとしている。そりゃそうだよ。村雨さんはこの部を天文部だと思っているんだから。