目が覚めた。

 「っ……?」

 ここは、一体。何もかもが、分からない。目だけを器用に動かし、辺りを探る。それでも、これと言った収穫は何も無かった。
 この場所の情報も。──自分自身の情報でさえ、何も分からなかった。

 「これ(・・)が、そうなのか?──少し幼く見えるが」

 誰かの声がした。これ?これとは何だ?

 「あぁ。確かお前はこれ(・・)を見るのは初めてだったな。まぁ、多少の問題はあるように見えるが──成功のようだな。今目が覚めたらしい」

 あぁ、そうか。これとは、私のことか。人に対してこれとは、随分と非礼な物言いだな。

 それにしても、成功──何なんだ一体。今目覚めたばかりの者に対する言葉だとはとても思えない。
 成功。それが人に対して使われる状況とは。
 大方、実験だろうか。そう当たりを付けた。

 そしたら、そんな実験の被験体となっている私は、一体。

 ──一人で想像を広げても、何も解決しない。

 私は、身体を起こす。それは想定よりも軽く、おそらく私は先ほどの男達の会話も含めて考えて、通常よりも幼い身体なのだろうな、と思った。

 「──あの。……ここは一体──私は一体、何なんですか?」

 そして、私はそう、男達に向けて、警戒をたっぷりと含んだ言葉を口にした。

 「ここ、か?唯の実験所だよ。使い捨ての道具を生み出すための、な」

 答えたのは、この実験を見るのが初めてではないらしい方の──私が何なのか、知っているだろう男だった。
 男は、薄っぺらい笑みを顔に貼り付けて答えた。どこか、私を嘲笑うかのように。

 「実験所?使い捨ての道具?何を言ってるんですか?」

 私は男に胡乱な視線を向ける。

 「お前が知る必要はない。お前はただ、こちらの指示に従っていれば良いだけだ。──だが、そうだな。お前の『正体』だけ、教えてやろう」

 「私の?何ですか、それは。私はここで行われている実験の被験体だ、とかです?そんな程度なら既に察してますよ、私別に馬鹿じゃないんで」

 だからあまり舐めんな、と心の中で悪態を吐く。

 「そんな口が聞けるのも、何も知らない今のうちだけだ」

 男は嘲笑ってそう続ける。何だその言い方は。気持ち悪いんだよ。

 しかし私のそんな全ての考えは、次の瞬間、全て吹き飛ぶ。真っ白になる。
 それほど、私が思考停止するほどの、衝撃を、事実を男は口にする。

 「お前は、『人間』じゃないんだよ。人の形をした、怪物だ。こちらの都合で生み出した、道具なんだよ」

 何を、言っているんだ。人間じゃない?この男は虚言を吐いているのか?
 いや、こいつは嘘を言っていない。目を見れば分かる、それくらい。何で分かるかは分からないけど、分かるんだ。おそらく、私は人の感情を読むのが得意なんだろう。根拠なんて一切ないが、何故かそう確信できた。

 しかし、それが嘘じゃないと──私が『人間』では、ないとして。

 ──じゃあ、私は何なんだ?
 私の『正体』を教えてくれるんだろう?じゃあ言えよ。
 私が『人間』じゃない?それは答えになってないだろうが。
 怪物?じゃあ具体的にどんな怪物なのか説明しろよ。
 それが出来ないのなら最初から私の『正体』を教えてやるなんて口にするな。

 「『人間』、じゃない?じゃあ何なんですか、私は。怪物?それだけでわかるわけないじゃないですか。ちゃんと、説明してくださいよ」

 「そうだな。まあ、いい。お前が自分の『正体』を理解していた、こっちにとっても好都合だからな」

 男は勿体ぶるように、言葉を止める。
 その表情が、態度が、私にとってとてつもなく不快で、鬱陶しかった。

 「お前は──『花咲き』だ。『人間』によって生み出された、人のようで、人ならざる者。植物を操る異能を持った──戦争のために作られた、怪物。それが、お前だ」

 「『花咲き』……」

 聞きなれない単語。しかしきっと、この先嫌というほど聞くことになるのだろう。何故かそう確信できた。
 それほど、その単語は、私の心にすっと馴染んだ。気持ち悪いくらいに、心地良く。

 「お前は、『菖蒲(あやめ)』から作られた『花咲き』だ。名前は──思い当たるものはあるか?」

 何言ってるんだこいつは。自分の名前なんて、分からない。何もかも分からなかったからこそ、私はお前らに、自分の存在について聞いたんだろ。

 ──しかし。そう思っていた筈だった私の口から、無意識に、

 「──『純凛(すみり)』」

 その名前が溢れた。意図せず、まるで元々私の中にあったのかというように、ごく自然に。

 「ぇ、何で──」

 何故私は、私の名前を知っているのだろう。

 本当は、私は今誕生した存在ではなく、記憶を失っているだけなのか?……いや、それは、ない。何となくだけど、分かる。

 ──きっとこの名前は、元々私の中に存在していたものなんだ。

 「純凛、か。花咲きらしい名前だな」

 男は嘲るように言う。
 『花咲き』らしい名前。その言葉の意味は、おそらく、『人間』らしくない、特異である、『純凛』という名を嘲笑したものだろう。

 そんな程度のことで相手を嘲り、優越感を得る。
 愚かだな。そう思った。

 「先輩。連絡が入りました。敵軍が、乗り込んできたみたいです」

 すると、ずっと黙っていたもう一人の男がそう報告した。その手には電話が握られていた。どうやら、その先輩とやらと私が話している間に外部と連絡を取っていたようだ。

 「そうか。じゃあ、お前の初めての戦闘となるのか。せいぜいその花咲きの力、見せてみるんだな」

 どうやら、私は戦争に駆り出されるらしい。

 「戦い方とか、分からないんですが?」

 最後の抵抗として、私は男にそう言ってやった。

 「安心しろ。お前は花咲きなんだから、誰に教わらなくても闘える。そう作られているからな」

 ちっ、と。こことの中で舌打ちをした。多分こいつらは、私がここで死のうと関係ない。使い捨ての道具しか見てない。だから、私が実際に闘えるかどうかなんて関係ない。改めて実感した。

 でも。こいつらに舐められたまま、無様に死ぬのはごめんだ。

 精々、足掻いてやるよ。