レベッカちゃんは、もう魔剣レーヴァテインと呼べないくらい、歪な存在になってしまった。

 彼女は彼女で、独自の強さを手に入れている。

「バケモノめ。同じ魔の存在であるレーヴァテインなら、御せたものを! 不純物まみれの、ガラクタが!」

 妖刀で、わたしの腕に切りかかった。

『ガラクタ、上等だよ!』

 レベッカちゃんが、打ち返す。

『あんたら剣どもに、アタシ様の思想は理解できないだろうね!』

 魔剣レベッカちゃんがこうなったのは、きっとわたしのせいだ。わたしが低レベルなうちから、錬成でムリヤリ【原始の炎】と錬成したから。

 それが正しいのか悪いことなのか、使い続けていかないとわからない。

 けど、レベッカちゃんはレーヴァテインという『縛り』からは開放された。

『キャルが気にすることじゃ、ないんだよ。たしかにあんたのせいで、アタシ様はレーヴァテインとは別物になったけどさ。今は感謝ているくらいさ』

「レベッカちゃん」

 わたしはレベッカちゃんを、ヤトに向けて構える。

「【属性貫通】など、邪道もいいところだ! 属性剣の誇りを失いおって!」

『あんたこそ、【原始の氷】なんて持っているじゃないか!』

「あれは、魔王カリュブディスのスキルだ! 勝手に取り込んでしまったのだ!」

『ほざいてな! あんたみたいなのを、ダブスタってんだよ!』

 ヤトの妖刀による攻撃を、レベッカちゃんがカウンターで弾き飛ばした。

『おかげで、高純度のオリジナル魔剣に生まれ変わったのさ。いいかい? キャルの錬成はすごいよ。あんたもやられてみなよ!』

「ほざけ! そんな奇術師の手に、改造されたくないわい!」

 ヤトが、妖刀を振り回す。

『頼む、クレア!』

「はい!」

 クレアさんが、釣り竿の針を投げた。

 死神の鎌を思わせる巨大な針と、水氷の糸が、ヤトに巻き付かんとする。

 妖刀で、ヤトが鎌を弾こうとした。

『どらあ!』

 レベッカちゃんが、ヤトに斬りかかる。

 ヤトは、魔剣に対処せざるを得ない。魔法で、釣り糸を破壊した。

 こちらの攻撃は、受け流されてしまう。

 だが、ヤトの動きが一瞬止まった。

「やっぱり!」

 ヤトは魔法を使う時に、洗脳が和らぐ。少しだけ、正気に戻るのだ。身体強化は、妖刀が勝手に作動している。しかし魔法を使うのは、苦手なようだ。

 どおりで、魔法に頼る攻撃をしてこないと思っていたが。

 さすがの妖刀も、マルチタスクに割く魔力はないか。

 妖刀がヤトを洗脳しきれていないというわたしの予想は、間違っていなかったんだ。

 生まれたスキを、わたしは見逃さない。

「今だよ、リンタロー!」

「はいでヤンス!」

 わたしとヤトの間に割って入り、リンタローがヤトの手を折った。

 ヤトの手から、妖刀が離れる。さすがに手の甲が折れたら、妖刀を手放すか。

 カラン、と妖刀が地面に落ちた。

 リンタローはヤトを抱える。すぐさま風属性魔法で竜巻を起こし、妖刀から距離を取った。

「しっかりするでヤンス。ヤト」

 わたしが錬成した特製ポーションを、リンタローがヤトに少しずつ飲ませる。

 折れたヤトの腕が、徐々に再生していった。

「ん?」

 ようやく、ヤトが正気に戻ったらしい。

「無事でヤンスか、ヤト?」

「私は、なんてことを」

 今までのことを思い出してしまったのか、ヤトが顔を覆う。

「いいんでヤンス。お前さんが無事なら、ソレガシはそれで十分でヤンスよ」

「でも、傷だらけ」

「これくらい、ツバをつけていれば治るでヤンス」

 さすがに力を使いすぎたのか、リンタローがあぐらをかいて動けなくなる。

「ば、バカな。洗脳が、こうもあっさりと」

 妖刀を手放せれば、開放できるだろうと思っていたが。

「本来なら、ヤトの腕を切り落とすところでした」

 どうにか最小限のダメージを与えて、ヤトから妖刀を手放せればよかった。

 しかしヤトが強すぎて、付け入るスキがない。

 なのでクレアさんとリンタローをぶつけて、ヤトの戦闘スタイルを把握する必要があった。

 結果、魔法を使うと一瞬の洗脳が微量ながら解除されると判明。

 レベッカちゃんと話し合い、策を立てたのだ。

「錬成で、貴様が作っていたのは?」

「ポーションです。エリクサーっていえば、いいですかね?」

 もしヤトの腕や指を切り離さなければならなくなったとき、このポーションで身体を繋げる予定だったのだ。

「なんと。怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)に細工をしたのでは?」

「何もしていません」

 錬成台で釣り竿を分析して、わかった。

 結局どうやっても、ヤトの武器である釣り竿型杖は、錬成できないと。

 完成しすぎていて、わたしの技術を入れ込む余地はない。

 さすが異国の巫女たちが作った、伝説の妖刀である。気軽にわたしが、変化させていいものではない。

「この釣り竿は、これだけで十分に強いので」

 わたしは、釣り竿をヤトに返す。

「本当に、なんの錬成もしていない」

 ヤトが釣り竿の状況を、確認した。

「はい。東洋の武器は、専門外なので」

 ヘタにわたしが釣り竿を細工をすれば、どんなクリーチャー武器になるかわからない。
 人語を解するくらいなら、大丈夫だろう。
 だが魔法使いにとって扱いづらい武器になってしまえば、目も当てられない。

 ましてやわたしは、炎属性の魔法使いだ。
 氷属性の武器を、開発できるかも謎だったし。

「どうもおかしいなと思ったのは、あなたが釣り竿型の妖刀を捨てたときでした」

 ヤトはいわゆる純魔……純粋な魔法使いだ。

 なのに、アイデンティティである釣り竿型の妖刀を使わないのはおかしい。

 これと妖刀ヨグルトノカミで二刀流されていたら、わたしも結構あぶなかったはず。

「これで、わたしは確信したんです。あなたは、魔法を使いたくないのかなって」

 わたしたちは、妖刀に迫る。

「さて、講釈は終わりです。お覚悟を」

「フフ。いくら弁舌を並べ立てたところで、余を手に取る者はまた新たなエサとなるだけ。さあ、どちらの女が余を手に取るのか?」

 未だコイツは、自分に武器としての勝ちがあると思いこんでいるらしい。 

「トート、五番を」

 クレアさんがトートに命じて、『魔剣を破壊する棍棒』を用意させた。ブンと、スイカ割りのようなフォームをしてみせる。

「ヤトさん。どうぞ。これは、『魔剣を壊すために作られた魔剣』ですわ」

 持ち手の方を上にして、クレアさんがヤトに棍棒を差し出す。

 ヤトが、棍棒を受け取った。

「待て! こんな純度の高い妖刀、そのままで活用せねばどうなるか! 元に戻すのに、一〇〇年以上はかかるぞ!」

「私たち一族は、一〇〇〇年以上も苦しめられた」

 棍棒を、ヤトが振りかぶる。

「待て!」

「妖刀としてではなく、単なるガラクタとして死ね」

 断末魔を妖刀が上げることすら許さず、ヤトは妖刀を叩き壊した。


 見事、妖刀は粉々になっている。

「いいの? 報告しなきゃでしょ?」

「大丈夫でヤンス。ほら」

[妖刀【夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)】を討伐しました。ギルドに報告をします]

 わたしたちの手の甲にある端末から、アナウンスが。

 ちゃんと、母国のギルドに伝わるのか。

「さて、素材素材を、と」

 妖刀の破片にしゃがみこんで、素材を取っていく。

 東洋の素材って、不思議なものが多い。見たことない金属を扱っている。

「見て。レベッカちゃん。こんな色した金属なんて、見たことないよ」

『こいつは【ヤミハガネ】だね。邪悪な魔力をインゴットの段階で込めているのさ。アタシ様の一部にも、使われているよ』

「じゃあ、錬成してOK?」

『もちろんさ。大好物だよ』

 わたしは早速、錬成を試す。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ」

 後ろから、ヤトが声をかけてきた。

「あなた、【原始の氷】はいらないの?」

 黒い氷を、ヤトがわたしに差し出してくる。お礼のつもりなんだろう。

「うーん。いらないかな。わたしたちには、【原始の炎】があるから」

 炎属性なのに、氷の属性貫通なんてもらったら、相殺されちゃいそうだ。

「でも」

「代わりに、いいものをもらうからね」

 わたしは海底神殿の壁に、レベッカちゃんを突き刺す。

「さあ、食事の時間だよ」