***


その週末は大型連休の始まりだった。ショッピングモール自体もかなり混雑していて、そのせいかライブ告知の看板を見て足を止め、当日券を買いに来てくれる人も少なくなかった。

「開演40分前で、客席の埋まり具合は8割ってとこね」

控室にやってきたマネージャーが淡々と報告した。観客席はチケット制だが、オープンな屋外ステージなので、モール内のテラスからでも様子を観ることはできるようになっている。

「改めてこのあとの流れを確認するよ。14時半にライブが終わったら、そのままステージ上に握手会レーンの準備をする。その間に着替えと化粧直しを済ませておいて。15時から握手会開始で、様子を見ながらだけど遅くても18時には閉会予定ね」
「握手会も当日券があるんですよね」
「そう。前売り券を買っている人はもう並ぶ列を申告してもらってるけど、当日券はフリーだから。前売り券を持っている人も追加で購入してくれるかもね」

事前に聞いた話では、前売り券分の人気はさやかが一番だという話だった。明確に告げられたわけではなく、スタッフが話しているところを盗み聞きしただけだが。
濁してはいたが、最下位のメンバーとは倍近い差があるとも言っていた。

悔しい。15時になったら、この場にいる全員に可視化された人気ランキングが公開されるのと同義だ。情けないとも思うけれど、――もう、下を向かないと決めた。
瑞樹と話した時のことを思い出す。

頑張りたい。まだ、アイドルを辞めたくない。

それを叶えられるか否かは、全て自分次第だ。

「美月」

マネージャーが出ていった後にSNSをチェックしていると、亜衣子が声をかけてきた。

「ここ最近、調子が上がってきてるよね。うまくいってなかったところ、ちゃんと形になってきたし」
「ありがと。いろいろあって、ちょっと吹っ切れたっていうか……心配かけてごめん」
「いいの。わたしも、この前はきつく言っちゃったなと思ってたし」
「ううん。言ってくれてありがとう。今日も頑張るから」

うん、と笑って、亜衣子は髪型の微調整に戻っていった。再びSNSを確認する。今日のライブに期待してくれている声がたくさん見られる。
その中で、ふと目にとまった投稿があった。

《久しぶりに、〈おかえりスノーホワイト〉が聴きたい。今日のライブでやってくれないかな?》

〈おかえりスノーホワイト〉――略称〈おかスノ〉は、美月たちのファーストシングルのカップリング曲だ。王道アイドルソングの表題曲と異なり、この街の情景を丁寧に描写した歌詞と、ノスタルジーを感じさせるメロディーで、初期から応援してくれているファンの中には一番好きだと言ってくれる人も多い。しかし、リリースする曲が増え、他の曲に人気が移っていくと自然にライブで披露する機会は少なくなり、最近は外のイベントやライブではほとんどやっていない。
今日のセットリストにも入っていなかった。

「……ねえ、みんな。ちょっと相談があるんだけど」
「ん?」

今からライブのメインを変更することはきっと難しい。だけど、アンコールなら。
言っても賛同を得られないかもしれないとも思った。けれど、口にしてみなければ結果はわからないのだ。

「アンコールがもらえた時用に3曲準備してるでしょ。最後の曲、〈おかスノ〉に変えられないかな」
「え? なんで急に……」

困惑を見せた穂花に、スマホの画面を向ける。初期から応援してくれているそのSNSアカウントの投稿には、同じく古参ファンたちが〈おかスノ〉をライブで聴きたいとコメントしていた。どのアカウントもステージ付近の写真を投稿していて、この場所に集まってくれていることがわかる。

「ここしばらく、ライブでやってない曲でしょ。だけど、あの曲をわたしたちの活動の原点だと思って大事にしてくれている人が、たくさん集まってくれているみたいなの。今のセットリストも悪くないけど、せっかくなら――」
「マネージャーさんに訊いてくる」
「さやか?」
「そういうことなら、やったほうがいいでしょ。準備してもらうなら早くしなきゃ」

もし音源が今手元になくても、ライブ中に事務所へ取りに行ってもらうことができるはずだからと言って、さやかは綺麗に巻いた髪を揺らして楽屋を飛び出していった。ここから事務所はすぐ近くだ。

「わたしたちも行こう」
「そうだね」

美月、さすがだね。
絵里奈の優しい声に、胸がふわりとあたたかくなった。ヒールの音を響かせて、スタッフ用の控室に向かうと、さやかが既にマネージャーに頭を下げていた。

「お願いします。ファンの方の声なんです」
「わ、わたしたちからもお願いします」

さやかの隣に並んで、同じように体を腰から折った。渋い顔をしていたマネージャーが、美月に視線を向ける。その視線を真正面から受け止めて、口を開いた。

「一番最初の頃の、まだ何もかも不慣れなわたしたちを見つけて応援し続けてくれている方たちの気持ちに応えたいんです。新しく来てくれた人にも知ってもらいたい、この街のための……わたしたちの原点の曲なので」
「……今からセトリを変えるのって、大変なのわかってる?」
「そ、それは」

手間がかかるのはわかってはいる――そう言い返そうとした美月を、マネージャーは手のひらで制した。左手ではスマホを構えている。

「もしもし、森ちゃん? 急で悪いんだけど、事務所から〈おかスノ〉の音源持ってこれる? アンコールまでに間に合えばいいから……うん、うん、了解。じゃあよろしく。ありがとね」

電話を切ったマネージャーは、呆れたように微笑んだ。

「まずは本編のステージ、ちゃんとやり遂げなさい。アンコールもらえなかったら承知しないよ。ほら、もうすぐ始まるから支度して」
「あ……ありがとうございます!」

美月たちはもう一度深くお辞儀をして、控室を飛び出した。開演まであといくらもない。慌てて自分たちの控室に戻り、身支度を整えて、ステージ裏へ向かった。

「やるじゃない、美月」
「うん。間に合うといいな」

ステージ裏で、5人で円陣を組む。オープニングの音楽が流れる中で、互いに顔を見合わせる。今の自分はどんな表情だろうかと、美月はふと考えた。
心の中に、迷いはもうなかった。

「今日も精一杯のわたしたちを! いくよ!」

おー! と全員で声を上げて、ステージへ飛び出す。爽やかに晴れた青空の下で、わあっと歓声が上がった。


***


ライブは順調に進行していた。本編の中盤で初披露した新曲の反応も上々で、散々苦労したダンスも危なげなくやり切ることができた。最後の曲を披露してステージからいったん捌けると、観客席からアンコールの声が聞こえてきた。

「あ……」

よかった、と思わず呟くと、穂花が背中をそっと叩いてくれた。アンコールの準備をしていると、マネージャーが近寄ってきた。

「なんとか音源は用意できた。音響テストができてないのが不安だけど、おそらく大丈夫なはず。1、2曲めは予定通りで、3曲めは〈おかスノ〉に変更でやるからね。さ、行っておいで」

アンコールの声に呼応するように、1曲めのイントロが流れ出す。その声が歓声に変わったところで、美月たちは再びステージへ上がる。屋外で1時間近く続いているライブで、ファンも疲れているはずなのに、コールのボリュームはどんどん上がり続けている。

熱が伝播している、と肌で感じた。自分たちがステージから放つエネルギーを、観客席のファンたちが何倍にも大きくして跳ね返してくれる。お互いに力を送り合って、どんどん高まっていく。
たまらない感覚だ。

アンコールの2曲めが終わり、最後のMCでステージの真ん中に集まる。仕切りはいつもさやかだ。

「ここまで聴いてくださってありがとうございます。あっという間ですが、次が最後の曲です。――実は、最後の曲は美月が選んでくれました。ね、美月?」
「えっ、わ、わたし?」

振られるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声を上げてしまう。観客席から聞こえたわずかな笑いに、羞恥心が顔を出した。

「そうだよ。あなたしかいないでしょ。というわけで、最後の曲振りは美月にやってもらおうかな」
「そんな急に!」

ほかの3人も、にやにやしながら美月を見つめていた。観客の目線が自分に向けられる。唐突に浴びた注目に戸惑いつつ、観客席全体をぐるりと見渡す。――その中に、瑞樹の顔を見つけた。帽子や眼鏡でわかりにくくしているけれど、間違いない。顔を覚えるのには自信がある。
破裂しそうな心臓を抑えて、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「最後の曲は、わたしたちのファーストシングルのカップリング曲です。この街を応援したい、盛り上げたい、この街が大好き……そんな気持ちが込められた、わたしたちの原点を示す曲。聴いてください――〈おかえりスノーホワイト〉」

軽やかなアコースティックギターから始まり、徐々に盛り上がるイントロで、ファンたちのコールが始まった。その声に応えるように、丁寧に歌い、ステップを踏む。

デビュー当時に書かれたネット記事を思い出す。表題曲の王道アイドルな曲とは裏腹に、穏やかで、優しくて、聴いた誰もがそれぞれの故郷を思い出すような楽曲だという講評だった。爆発的なパワーはないけれど、きっと長く愛されるだろう、と――同じようにこのグループも、きっと地元の人々に愛されて大きくなるだろう、と。

最後のサビを目前にして、観客席のコールが一段と強くなった。この街を盛り上げて、たくさんの人から愛されて、同じように――いやそれ以上に、多くの人に元気を与えられるアイドルとして、今輝けている。肌でそう感じた。
その瞬間だった。

ぶつり、とスピーカーの音が嫌な音を立てて途切れた。

ちょうどソロのパートを歌っていた穂花が、戸惑ったように振り向いた。歌声も小さくなったので、マイクの音声も入らなくなったようだ。なんとかパートを歌い切ったものの、ファンのコールも止まって、その代わりに不穏なざわつきがじわじわと広がっていくのがわかった。

(最後の曲なのに)

穂花のソロの後は、美月のソロパートだった。困惑して引き攣った笑顔の彼女と目が合った。ステージ裏では、かすかにスタッフたちのばたつく足音が聞こえる。

(――やるしかない。原因はわからないけど、もし音源を急遽入れ替えたことで起こったことなら、わたしのせいだ。テストできないのだから、リスクがあることなんて考えればわかったはずなのに)

リハーサルは問題なかった。さっきまでだって、順調だったのだ。
それなら、責任は自分がとる。
美月は持っていても意味のなくなったマイクを置いて、ステージの真ん中に躍り出た。腹の底まで息を吸い込んで、自分のソロパートの歌詞を紡ぐ。マイクがないので、両手を大きく広げながら踊った。

「……美月」

その後は絵里奈のソロだ。アイコンタクトを送ると、彼女は強く顎を引いた。
ステージの真ん中へ向けてにステップを踏んだ絵里奈に替わって、ポジションを少し移動する。手拍子を打って、観客席を扇動しながら。
戸惑いを振り切って本来の立ち位置に移動した穂花たちも、同じように手拍子を打ち始めた。亜衣子とさやかもこの後にソロパートを控えている。最後のサビまでに、もう一度盛り上がりを取り戻したい。

きっと、もうライブ中に音声は戻らない。それならばあとわずか、この曲を最後までなんとかしてやり遂げることしか考えられなかった。

――観客席から、手のひらを打つ音が聞こえ始めた。さっき見えた、左の奥のほうから。
真っ先に応えてくれたのは瑞樹だった。
彼を震源にして、手拍子が伝播していく。

再び盛り上がりを取り戻した頃に、最後のサビに入った。ファンからのコールも復活して、気がつけば普段のライブと変わらないくらいの熱さが戻っていた。

最後に5人集まってポーズを取ると、手拍子が拍手に変わった。鳴り止まない拍手の中で、一列に並んでお辞儀をする。
さやかが声を張り上げた。

「途中、音声トラブルになってしまって申し訳ありませんでした。でも、最後までたくさん盛り上げてくれて嬉しかったです! これからもこの街のために、たくさん頑張っていきますので、ぜひ応援よろしくお願いします。本日はありがとうございました!」

ありがとうございました、と、4人も揃って挨拶をする。もう一度深くお辞儀をして、ステージを後にした。

「みんな! 本当に申し訳ない。よくやってくれたね」

真っ先に迎えてくれたのは音響スタッフとマネージャーだった。施設側からレンタルしていた機材の一部が劣化していたせいで途中で破損し、音声が途切れてしまったということだった。

「俺たちの確認不足だった。本当に申し訳ない。大事なステージなのに」
「いえ。起こってしまったことは仕方ないです。テストの時は何も問題なかったわけですし、あそこまではちゃんと音が出ていたわけですから。結果的にファンの方たちも盛り上がってくれましたしね」

半泣きの音響スタッフを労いながら控室に戻る。慌ただしいが、握手会のために衣装を着替えなければならない。
それでもどっと襲ってきた疲労感には抗えなかった。5人は椅子に座り込んで、しばらく呆然としていた。

「……美月、ありがとね」
「え? 何が?」
「真っ先に歌ってくれて」

椅子に倒れ込んだだらしない姿勢から顔だけを美月に向けて、さやかは微笑んだ。

「あのまま全員が戸惑ってばかりだったら、間違いなくステージはだめになっていたと思う。美月が歌ってくれたから、失わずに済んだ」
「……あの時は、わたしのせいかもって思ってたから」
「どういうこと?」
「わたしが予定になかった曲をやろうって言ったから、その音源データが原因のトラブルかもしれないって思ってたの。もしそうだったら、わたしのせいだから」
「仮にそうだったとしても、わたしたちもマネージャーもそうしようって言ったんだから、美月だけのせいじゃないよ」
「それはそうかもだけど」
「美月はひとりで抱え込もうとしすぎなのよ。もう少し、わたしたちにもいろいろ話してほしい」

悩んでいたのも知ってるよ。
さやかは姿勢を起こしてそう言った。

「アイドルを辞めようかどうか迷ってたの、みんな気づいてるよ。いつ話してくれるのかずっと待ってたの」
「……そうだったの?」
「当たり前でしょ。毎日のように顔を合わせて、一緒に歌って踊って、仲間が思い悩んでることに気づかないわけないじゃない」

気づかれないように振る舞っていたつもりだったので、さやかのその言葉に動揺を隠せなかった。返す言葉に迷っていると、絵里奈たちも美月を振り向いて同調を示した。

「十中八九それで悩んでるとはわかってたけど、もし違ったら申し訳ないから、こっちから切り出すわけにもいかないしさ」
「そうそう。だけどずっと、ひとりになると思い詰めたような顔をしてたし」
「ここ最近は何か吹っ切れたような感じだったから、ちょっと安心してたんだけどね。でも今日のステージで、そんな迷いは捨ててくれたんだなって確信したよ」
「みんな……」
「わたしたち、5人でひとつでしょ。この街で一緒に頑張っていこうって決めたじゃん」

視界が滲みかけたのと同時に、控室のドアがノックされた。マネージャーの声がする。

「準備できてる?」
「あ……ごめんなさい! すぐに支度します!」

遅れないでねと言葉を残して、マネージャーの足音が遠ざかっていった。美月たちは顔を見合わせて、同時にふふっと笑った。

「ファンの人たちを待たせないように、早く着替えないとね」
「そうだね」


***


さっきまで歌い踊っていたステージにはパイプ机が用意され、握手会の準備が整っていた。新曲用のふわふわとしたチュールの衣装から、この街に降り積もる雪を思わせる白地のチェック柄のジャケット衣装に着替えて再び登壇する。この衣装はデビューしたとき、最初にお披露目されたものだ。
待機列のファンたちから、わあっと歓声が上がった。

アナウンスとともに、握手会が定刻通りにスタートする。案の定、美月の前にできた列は5人の中でもっとも短かった。やっぱりなという気持ちはあるが、へこむほどのショックはなかった。

先頭に並んでいたファンには見覚えがあった。

「美月ちゃん、ライブお疲れさま」
「ありがとう。最初のお披露目イベントから来てくれてますよね。いつも応援してくれてありがとうございます」
「え……覚えてくれてるの?」
「もちろんです」

タイムオーバーで名残惜しそうに去っていく彼を見送って、次のファンに挨拶をする。この人も、古参ファンの一人だ。

「今日は来てくれてありがとう」
「美月ちゃん、今日も輝いていたよ。アンコールの最後、〈おかスノ〉やってくれて嬉しかった。美月ちゃんの案なんでしょ」
「うん。SNSで、久しぶりに見たいって書いてくれてましたよね。それを見て、今日やりたくなったんです」
「見てくれてたんだ……ありがとう。本当に、今日来てよかった」

どのファンも顔を知っている。ライブハウスには毎回欠かさず来てくれる人、今日のライブが初見だがめいっぱい盛り上がってくれた人、ライブ中に目が合った人。

そして――

「ライブ、お疲れさま」
「あ……ありがとう。初めて、だよね」
「うん。すごくよかった」

瑞樹だった。サングラス越しにガラス玉のような瞳がきらきらと光っている。握った手のひらにぐっと力がこもった。

「初めてライブを観たけど、曲も良いしみんなパフォーマンスがかわいかったよ。それに最後、音が止まって驚いたけど、美月ちゃんが歌い出した時に鳥肌が立ってさ。すごくかっこいいと思った」
「ありがとう。……そうだね。諦めなければ、どんな未来だって自分の力で作れるから」

けして演技じゃない瑞樹の言葉に、彼の目を見て応える。
彼も迷って、悩んで、もがいているのを知っている。自分自身がどこにあるのかさえもわからずに。

瑞樹なら、この言葉でわかってくれるはずだ。

「――うん。俺も、頑張るよ」

時間です、というスタッフの声と同時に瑞樹は手を離して、それじゃあ、と歩き出し――途中で、いかにもといった仕草で振り返った。そして、さっきまでよりも声を張る。

「あ、そうだ。ファンのこと全部覚えてるなんて、すごいね」
「え」

言うだけ言って、彼はすぐ人混みへ紛れていった。次に来たファンから声をかけられて我に返る。そのファンは、美月たちの衣装を模した服装で何度もライブに足を運んでくれている女性だった。

「ご、ごめんなさい。いつも来てくれてありがとう。今日も新曲の衣装に合わせて来てくれたんだ、すっごく似合ってるよ」
「わ……ありがとう。美月ちゃん、SNSもよく見てくれてるし、ライブ中もたくさんレスしてくれるよね。わたし、ずっとずっと美月ちゃんのことを応援するから」

両手で握りしめた美月の手をぶんぶんと振りながら、彼女は頬を紅く染めた。胸の奥にぶわっと熱い気持ちが広がって、泣きそうになる。
自分が見つめているぶんだけ、見てくれている人がいる。

その次は、いつもSNSに画像とともに長文でライブの感想を投稿してくれる人。いつもグッズのうちわやタオルを持って、まさしく参戦してくれる人。髪型やメイクを真似してくれる人。イメージカラーの水色で、小物や洋服を準備してきてくれる人。

1対1でそのことを話すと、誰も彼も嬉しそうに表情が花開く。また来るね、ライブ楽しみにしているね、頑張って、という言葉の一つひとつが、宝石のようにきらきら輝く。
気づけば握手会の待機列は、途切れることなく続いていた。

しばらくして、見覚えのあるファンがおずおずと進み出てきた。

「こんにちは。――わたしのところに来てくれて嬉しいです」
「あ……」

そのファンは、少し前のライブまで水色のペンライトを振ってくれていた人だった。だが今はピンクのグッズを身につけていて、バッグにつけられたチャームにも穂花の名前が入っている。今日もずっと、ピンクのペンライトを振っていた。

「ごめんね。推し変したのに並ぶのは良くないかもって思ったけど……でも、今日のステージを見て、また美月ちゃんを応援したいって思ったんだ。おこがましいけど、まだ覚えていてくれたらいいな、って……」
「もちろん覚えてます! そう思ってもらえたなら、今日のライブを頑張ったかいがありました。あ、でも、穂花のことも、みんなのこともたくさん応援してくださいね。目移りしちゃっても最後には戻ってきたくなるくらい、最高のアイドルになりますから。だから――ごめんなんて言わないで」

次は水色も一緒に灯してくださいね。
下瞼にめいっぱい涙を浮かべたそのファンを、美月は最大級の笑顔で見送った。