那留が芹野と出会ったのは一年前、この日もやけに暑い夏の日だった。
学校は長期休みだというのに、那留はいつものように屋上にいた。誰もいないからこそ、好機だと思った。
同じようにフェンスを掴んでよじ登りきると、目を伏せて体重を前にかける。
(これで、終わり。全部終わるんだ!)
フェンスから手を離した――次の瞬間。
突然後ろから背中を掴まれ、引き戻される。目を開けば、今まで関わったことのない優等生が慌てた様子で那留を引きずり降ろした。
足が地に着いて顔を上げると、芹野はふう、と安堵したように息をついた。それでもなお、那留の腕を離そうとはしない。
名前だけは知っていた。整った容姿も見たことがある。でも接点なんてない。
だから余計にわからなかった。どうして芹野が自分なんかを引き留めるのか。
どうして、今にも泣きそうな顔で見つめてくるのか。
『……離して』
『嫌だ。離したら、飛び降りるんだろう?』
『わかっているなら離してよ! 私なんていなくなって君は困らないでしょ!』
『困らないね。でも無理』
いくら那留が言っても、芹野は一向に聞く耳を持たない。埒が明かないと思った那留は振り払おうと、掴まれている腕に力を込めて強引に揺する。
それでも芹野は離さなかった。
『お前がいなくなっても世界は変わらないし、たったひとり死んだところで世界から殺人も戦争も災害もなくならない。だったら、命を落とすだけ無駄だと思わないか』
芹野の口から出てきた言葉に、那留は目を疑った。まるで頭の中を覗かれたような、違和感を覚える。今まで口に出せなかった自分の言葉を、芹野に言われてしまった。見透かされたように、自分の弱さを代弁されたのだ。
那留は大きく溜息をついた。強引に飛び降りようとすればできたはずなのに、悲しそうに笑う芹野の顔が離れなかった。
その日以来、芹野は那留がいる屋上へ顔を出すことが多くなった。
校内ならどこでも見かけるのに、なぜか芹野が声をかけてくるのは屋上だけ。周囲の目を気にしているようで、「そんなに気になるなら来なければいいのに」と言ったら、芹野は小さく微笑むだけで何も言わなかった。