――月日は流れ、冬の寒空が広がるある日のこと。
 芹野が珍しく屋上でひとり、グラウンドに向かってぼーっと眺めていると、やけに騒がしい足音が近づいてくるのに気付いた。
 校内へ繋がる扉が力いっぱい開かれたのと同時に振り向くと、「芹野!」と慌てた表情の那留が芹野に向かって飛びついた。

「うわっ!?」

 慌てて抱き留めるも、バランスを崩して那留ともども後ろに倒れて尻もちをついてしまった。こんなにも意気揚々とした那留の表情を見るのは初めてで、困惑しながらも身体を支えていると、視界に何かが揺れたのが見えた。
 それが那留の履いているスカートだったことに気付いたのは、立ち上がってからだった。

「卒業が決まったんだ! 被験者のみんなが、ちゃんと卒業できるって!」

 断片的な単語しか出てこないが、芹野には充分伝わる。
 全員が卒業――それはもちろん那留も、芹野自身も含まれている。これが喜ばずにいられるだろうか。

「芹野の大学進学も、大学側は問題ないって言ってくれたんでしょ? 成績も問題ないし、あとはちゃんと学校にきて授業に出れば大丈夫だって!」
「それは、そうだけど……那留も、だよな?」
「じゃなきゃ、走ってこないって!」

 両手を広げながら、高ぶっている想いが抑えきれない那留は、いつになく活き活きとした表情をしていた。
『みらい成長プロジェクト』が廃止されてから数ヶ月、ヘアピンで耳をかき上げるように付けたショートカットの黒髪は、少しずつ伸ばしてもう少しで肩まで着きそうだ。ブレザーに赤チェックのスカートに併せてさらりと揺れる。

(隕石、本当に降ってきたな)

 芹野は空を見上げ、自由に羽ばたく鳥を見て思う。
 その日、突然現れた隕石は頑丈な鳥籠の網を破った。隕石はそのまま地面に埋まり、次第に整地され、地層の一部になるのかもしれない。
 もう隕石のことをこの先もずっと覚えているのは、きっと芹野と那留だけだろう。
 なんせ世界を変えたのだから。

「那留」
「ん?」
「お前、そのほうが似合ってるよ」

 照れくさそうに言う芹野に、那留は満面の笑みを浮かべた。

【転校生が釘バット片手に世界を壊しに来た話。 完】