ふいに声をかけられ、振り返るとそこには学校長の姿があった。
 プロジェクトが運用されていた間、学校行事以外で表に出ることはほとんどなかったからか、久しぶりに対面した学校長はやせ細っていた。あの騒動の収集が大変なのがわかる。
 そのまま中庭に連れていかれると、学校長は深く頭を下げた。

「君たちには、大変辛い思いをさせてしまいました。申し訳ございません」
「……俺は、学校長は本当に気付いていないか、気付いたうえで見て見ぬふりをしていたんだと思っていました。でも、ずっと訴えてくれていたんですね」

 これは芹野が自分の父親である大臣から直接聞いた話だが、校則が厳しくなっていることに学校長はずっと反論していたそうだ。しかし、多くの教師を味方につけていた試験官には力の差で逆らえず、保留に留めていたが知らぬ間に実装されており、学校長は芹野大臣と内密に打合せ、一網打尽の時期を伺っていたという。

「慎重に調査を進めていたとはいえ、時間がかかりすぎてしまいました。もっと早く、私が掛け合っていれば君たちが唇を噛みしめこらえることも、苦しい表情で学校生活を送ることもなかった……悔やんでも悔やみきれません」
「……ネットニュースにあった『匿名のリーク』って、浦辺からだったんじゃないんですか?」
「え?」

 突然、芹野の口から浦辺の名前が出てくると、那留は思わず芹野と学校長を交互に見た。
 特別室が荒らされた翌日から、あんなにしつこかった浦辺が学校に来なくなった。短い仲ではあるが、お人好しでぶっ飛んだ問題児が急にいなくなると、妙にそわそわしてしまう。それは芹野も同じだったらしい。
 学校長は顔を上げ、小さく頷いた。

「彼はこの状況を打破するために大臣が送り込んだんです。私も詳細は極秘とのことで聞かされていませんが、なんでもプロジェクトの被験者だった生徒の関係者らしいと。年齢もわからず、真意もわからず、私とは出会うことなく去っていきました」
「被験者の……」
「田畑が改ざんした生徒を調べれば済むことですが、彼はもうこの学校の生徒ではありません。それにプロジェクト被験者の資料は先日、すべての媒体から削除されました。もう、『浦辺遼』という人物を探す術はないでしょう」
「それで、いいんですか?」
「彼の望んだことです。……もしかしたら、復讐をしたかったのかもしれませんね」

 ふと、那留の脳裏に飄々としている浦辺の顔が浮かんだ。唐突に現れ、ひとりで現状を変えてしまった隕石――もう会えないと思うと、少しだけ寂しく思う。

「我々大人は、概念というものにこだわりすぎています。子どもにレールを敷くのではなく、我々大人の概念を改めるプログラムを制定するほうが得策かと思ってしまうほどに」
「概念って、そんな簡単に変えられませんよ」
「承知のうえです。大人はどんどん頑固になっていく。プライドみたいなものかもしれませんね。……だから私も、君たちの状況をすぐに助けることができなかった」