秘書への夢は途絶えるところか、この場にいられなくなるだろう。
 そうなる前に手を打たなければ。
 資料に虚偽の報告を書き加えようとしたところで、ふと、机の上から一枚の紙が落ちていった。顔写真がついているから、同じ被験者の資料だろう。
 誰もいない真夜中の特別室だが、さすがに放置するのも気が引けて、田畑は立ち上がってその資料を拾う。

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【〇〇八番】浦辺遼
・素行不良にて二学期に転校。
・服装や言動に多少問題はあるものの、三六四番の一件では大事にならず。経過観察。
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「……浦辺、か」

 ふと、浦辺と初めて会ったときのことを思い出す。
 問題を起こして転校してくる生徒はこれまでもいたが、彼だけは異質だった。それこそ、身なりは奇抜だが、受け答えも平凡で特に問題もない。普通なら『要注意人物』程度で済んだ。しかし、大臣のお達しで服装や身だしなみの点で半ば強引に被験者にしたのだ。
 加えてある噂によると、このプロジェクトでは将来の政治家候補を見出すことも視野に入っているという。もしかしたら、大臣は浦辺を気に入っているのかもしれない。

(大臣も何を考えているのだか。将来の国を背負うのに、こんなガキに未来を託さなくても)

 浦辺の資料をぐしゃりと握り潰す。
 その瞬間、特別室の電気がパッと消えた。

「な、なんだ!?」

 真っ暗の中、慌ててポケットに入っていたスマホのライトで周囲を照らす。室内の照明をつけようにも、あろうことか電気はすべて止まっていた。
 学校内のブレーカーが落ちるなんてありえない。確かめるために特別室を出ようとすると、突然がらりと扉が開いた。カラカラカラ、と床を引きずる金属音が響くと同時に、誰かが入ってくる。

「誰だ!?」

 田畑がスマホのアプリで照らすと、そこには浦辺遼の姿があった。パーカーを深くかぶり、左手には歪な釘がいくつも打ち込まれたバットを引きずるようにして持っている。

「どうも試験官サンこんばんは。こんな夜遅くまでお仕事お疲れ様でーす」