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 ――その日の夜。田畑試験官が特別室である資料をまとめていた。
 大学進学や就職が決まった生徒の考査内容が書かれたそれは細かく書かれており、欠点が赤ペンで書きなぐられている。
 そのうち二枚――『音羽那留』と『芹野響』について書かれた資料に目を通す。

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【三七八番】音羽那留
・入学して早々に性同一性障害が発覚。
・試験官Aにより連日面談が繰り返され、指導対象に。急激なストレスにより飛び降り未遂、緊急入院。
・保護者の強い希望で休学。復学後、面談数を減らして経過観察。
・成績は平均以上、問題なし。最終考査にて欠陥あり。留年が確定。
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【三六四】芹野響
・芹野大臣のご子息
・入学時の検査で同性愛者であることが発覚。問題なし(最終考査にて再検討)
・内部事情を調査するため、被験者として入学。
・成績優秀、我が校では初の難関大学へ進学内定。
・プロジェクトの最終考査にて欠陥あり。指導対象。
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 ふたりの資料を見比べながら、田畑は赤ペンを取ると、いくつか書き足していく。
 指導対象となった芹野だが、教室の机に書かれた彼の秘密を暴露されてもあまり効果がないことが分かった。当人が開き直っていることもあるだろうが、周囲を納得させるほどのカリスマ性は、やはり父親譲りというべきか。
 しかし、彼が教室を出ていくときに連れていたふたりのうち、ひとりが音羽那留であることに田畑は苛立ちを覚える。

(面倒だ。まさかあの音羽とかかわっているなんて)

 この試験官、五年前からこの学校に派遣されたある政治家の下働きである。プロジェクトを成功させた暁には、秘書に昇格することを約束されており、学校という敷地内で生徒と話すだけの仕事を六年完遂すればいい、とてもよい条件により派遣されたのだ。
 しかし、音羽那留を自殺未遂まで追い込んでしまったのは想定外だった。大臣には「面談時に相当なストレスと抱えていた、自分が面談で話を聞いていたが助けられなかった」と報告しており、すぐさま退学処分を言い渡したかったが、自分にそこまでの権力はない。
 それだけではない。自分の犯した不祥事はすべて大臣の耳に入れないよう、こうして夜中の人目を盗んで資料を書き加えているのだ。

(もし音羽が芹野に告げ口し、大臣の耳にでも入ったら……!)