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「おかしな話だよね。ただ好きな服を着ることも、好きな人がいることも普通で当たり前のことなのに、どうして他人の当たり前をさも当然のように押し付けてくるのか。どうしてそれが、異物だと判断されてしまうのか。運が悪かったというには理不尽すぎると思うんだ」

 落ち着きを取り戻した那留は、一通り話し終えると呆れたように笑った。
 留年していた生徒のことは公になっていないこともあり、那留が次の年に一年生として入ったことは当時同じクラスだった生徒以外知らされておらず、卒業前のプロジェクトの考査で落ちたことも公にはなっていない。今回の芹野のような公の場に公開されることがなかったのは、すでに一年時の面接で自暴自棄まで追い込んだからだ。

「ただでさえ私は、両親に自分を認めてほしくて精一杯だった。でも試験官のその言葉だけで、一瞬で崩れちゃった。気持ち悪いとかの言葉よりも、ずっと重かった。……もう、消えてしまいたかった」

 ふと、視線を芹野に向ける。無意識でフェンスをよじ登り、同じように飛び降りようとしていた那留を毎度引き留めていたのは、いつも芹野だった。

「内部調査の名目で入っていたんだよね? だったら私のこと、最初から知っていたの?」
「……プロジェクトが投入された頃、屋上から飛び降りた男子生徒がいた話は聞いたことがあった。初めて屋上で那留と会ったとき、確信はなかったけど、直感でそう思った」
「きっと君がプロジェクトの考査で引っかかったのは、試験官に歯向かったことを省けば、私と関わっていたことが要因だと思う」
「それでも俺は、那留を引き留めたよ」

 芹野はそう言って那留の目をまっすぐ見る。
 いつも芹野の目に映る那留は泣きたいのをこらえているような、辛い表情を浮かべていた。同じ被験者であるなら、少しでも近くに居たいと思ったのはただの親切心か。偽善だったかも今となってはわからない。
 でも、これだけは言える。

「那留に死んでほしくなかった。こんなことで屈しないでほしかった」
「……っ、ばかだな、本当に」

 那留は手で顔を隠すと、すすり泣いた。今まで我慢していたものがどっと溢れていく。

「悔しいよ。自分が自分として認められないなら、生きている理由ってなに?」

 那留の悲痛な叫びに、芹野はただ背中を擦ることしかできなかった。
 ふたりの様子を一歩後ろに下がって静観していた浦辺はそっと立ち上がると、屋上から静かに出て行く。
 背負っていたバッグを降ろしながら、薄暗く長い階段を降りていった。