音羽那留が学校見学に訪れたころの高校は、今と真逆の校風だった。
「生徒の個性を生かし、健やかな人間へ」というスローガンを掲げた高校の生徒は皆、それぞれどこか個性に溢れており、それこそ、左利きでも地毛の色が黒以外でも、人とは異なる個性を快く受け入れてくれたのだ。
 性別上は男でも、精神は女であることを両親にひた隠し続けてきた那留だったが、その中でも接してくれた女子生徒は、腰まで伸びた那留の髪を見て「綺麗」だとほめてくれた。自分の個性について話しても、「関係ない」と言ってくれたのだ。

 そんな校風に惹かれて入学したはずだったのに、一年後の世界は一変していた。

 入学説明会で案内してくれた女子生徒は、生まれつき金髪の持ち主で揺れるたびに輝く髪が綺麗だったのに、久しぶりに会ったら根本まで真っ黒に染まっていた。

 入学してすぐに『みらい成長プロジェクト』に乗っ取った検査が行われることになり、那留は中学から伸ばしてきた髪をショートカットのカツラで隠すことにした。しかし、検査は念入りに行われ、すぐにカツラだとバレると、被験者の登録番号である『三七八番』を通達された。
 何も知らなかった両親は憤慨し、頬をぶった。

『どうして男の子らしく生きてくれないの! 私たちはね、あなたには一流の大学へ行って、大手企業に就職して安定な役職に就いてほしいだけなのよ? 幼少期にお人形さんなんて可愛いもの、持たせるべきじゃなかったわ!』
『那留、どうか普通の男の子に戻ってくれ。父さんと一緒に野球でもしよう』
『その鬱陶しい髪ももう限界! 今この場で切りましょう!』
『そうだな、男の子らしくなるぞ!』

 父親が抑えつけながら、母親が綺麗に整えていた長い髪を切り落としてく。床に無残に落ちていくそれを見つめる中、両親はひたすら小言のように呟いた。
『欠陥品を世の中に出すわけにはいかない』と。