夏の暑さが残る九月。未だ寝苦しい夜が続く中でも、夏休みが明けたある高校では、以前と変わらない活気を取り戻していた。
 約一ヵ月の夏季休暇中でも校庭のグラウンドは野球部の掛け声で賑やかだったなと、(おと)()()()は校舎の屋上から見下ろしながら思い出す。
 ショートカットの黒髪を耳にかけながら、フェンスをぎゅっと握る。視線の先には、授業が始まるからと校舎にいそいそと戻っていく生徒たちがいた。列を乱さずに歩くその姿は、綺麗に揃いすぎて気味が悪い。

(教師がいないのによくやるよね)

 那留は大きく溜息をつく。
 この高校はある理由により校則が厳しい。そのため、必然的に規則を忠実に守ろうとする生徒が多くなり、結果一ミリも列の乱れがない歩く野球部の姿が見られるのだ。
 五年前くらいまでは甲子園に出場するほどの実力校だったが、最近はめっきり地区予選止まりとなっている。もはや県代表も難しい。しかし、悔しさからにじみ出る熱量は彼らにはなく、部活動の時間、運動量、行動を規定通りに行っている。気怠さを見せることなく、思い切り声を出すこともない。他校と比べるととても静かな野球部かもしれない。
 それが当たり前になった日常は、どこか気味が悪い。慣れてしまった自分にも呆れてしまっているのかもしれない。
 グラウンドに誰もいなくなったことを確認すると、那留は掴んでいたフェンスを両手でしっかりと掴んで片足をひっかけた。
 自分の身長の倍もある高さだが、高校生ひとり分の体重で登るくらいには十分耐えきれるはずだ。

(よし。誰もいない今なら……!)

 よじ登ろうと手に力を込める――その瞬間、後ろから肩をぽんと叩かれた。

「――っ⁉」
「またそんなことしてるの?」

 那留に覆いかぶさるようにして立つ少年――(せり)()(きょう)は呆れたように眉を下げた。
 長身で整った容姿、校則通りの黒髪できちっと着こなした制服姿の芹野はいわゆるエリートだ。クラスどころか学校中の人気者で、教師陣も一目置いている存在であることは周知の事実である。
 また噂では先日、難関といわれている国立大学の推薦で合格したと聞く。那留とは正反対な学生生活を送っており、今後も関わることはないと思っていた。
 釣り目の瞳が那留を捉えると、覗き込むようにして言う。