そう言って芹野は空を見上げた。それにつられて那留も見ると、真上に広がる快晴の空は、今日も名も知らない鳥が自由に飛び交っている。

(当然の処置、というべきだろうか。残念だけど)

 ただでさえ平等でいなければならない試験官だ。脅さなければ芹野は堕ちないとでも思ったのだろう。生徒の更生は国が定めた「清く正しい大人」に必要なこと。そのための手段は選ばないことを、那留は知っている。

(これから芹野は、後ろ指をさされながら卒業まで過ごすんだろうな。元々ひとりでいることが多かったから、友達付き合いは問題なさそうだけど、問題は家庭のほう。マスコミに流されたら、カメラの前で第三者の口から恥をさらされることになる。それは政治家の父親も同じ。世間の注目の的だ)

 芹野を救う手立てはない。これ以上周囲が騒ぎ立てたところで、芹野の欠点が校外にまで広まっていくだけ。他人である那留にできることは、同情するだけなのだ。
 すると、芹野の視界を遮るように浦辺が顔を覗かせた。なぜかニッと口元を緩め、満足そうに笑っている。

「やるじゃん芹野。やっぱり俺の睨んだ通りの人間だ」
「……は?」
「別に誰が誰を好きなんて、他人にはどうでもよくない? そもそも、俺たちの先祖が同じ生き物で、たまたま異なる性質を持った人物を、たまたま好きになっただけの話じゃん。人間は進化する生き物だ。魚が陸に上がろうとしたのと同じように、生きるために進化を環境に合わせて変えてきたことと同じだろ。それを否定しなかったからこそ、人は服を着るようになって、料理したものを食べるようになって、いろんな仕事が増えていったんだ。何年も生きるために必要なことだった。一体それの何が悪いって?」
「いや、それとこれとは別の話じゃ……」
「別に恋愛しなくても生きてはいけるけどさ? アンチが人の性格に文句言ったところで変わるわけねぇじゃん。『清く正しい生徒の育成』? ふざけんな、これは教育指導者の立場を利用した恐喝で身勝手なエゴだ。プロジェクトうんぬんの話じゃねぇんだよ」

 笑みを崩さず淡々と話を続ける浦辺の言葉は、どこか怒りが入り混じっているように思える。ぽかんとした様子で聞いている芹野の横で、那留は呆れた顔をする。