あやかしとシャチとお嬢様の美味しいご飯日和

 もう年末が近づいてきている。別荘の掃除と片付けが始まりつつある。
 とはいってもモノはそこまで多く置いてはいないので、そこまで手間取る事は無い。

「とりあえず庭の木の剪定してくるわね」

 母親は相変わらず庭の草木の整備・剪定をしている。なので家の中は私と沼霧さんが主に、掃除をしていく事になる。

「そこまで汚れてないですね」
「そうだねえ」

 あやかし達も手伝ってくれるのはありがたい。とはいえ皆小さいのであまり高い所は届かなかったりするのが玉に瑕だ。無理しない程度に頑張ってほしい。

「△×##!」

 そうこうしているとやはり、小さな白い丸いあやかしが天井から落ちて来た。私はそのあやかしを両手で受け止める。

「大丈夫?」
「×□○……」
「気を付けてね。無理はしちゃだめだから」

 彼(彼女)を床に置いて、掃除に戻る。

「あとは水回りかな」
「そうですねえ。思ったよりかは汚れてはいないので、早く済みそうですね」
「お昼どうしようかなあ」

 そう言葉にするとなんだかお腹が減ってきた。こういう時は簡単に手早く作れるものが良い。

「また……焼きおにぎりにする?」
「そうですね、みそ汁もちゃちゃっとご用意します」

 昼食は味噌を塗った焼きおにぎりと、にんじんと切り干し大根の入ったみそ汁。庭から戻ってきた母親も一緒に食卓を囲む。

「いただきます」

 焼きおにぎりはやはりいつ食べても美味しい。味噌もしっかりと濃厚でしょっぱい味が出て、その塩気と麦ごはんの甘味が合わさっていて美味しい。
 みそ汁もみそは控えめにしたが、野菜からしっかりだしが出ている。

「美味しい!」

 これならさくさくと食べられる。食欲が無くても胃に入りそうだ。

「沼霧さん、午後も掃除しといた方が良いのかな」
「もうあらかた終わりましたし、お昼はゆっくりしましょうか」
「そうねえ、もう疲れちゃった。部屋も綺麗だし焦らなくていいわよ」

 あやかしもゆっくり足を広げたり、ごろんと畳の上に事がったりして各々休憩している。

(お昼はゆっくりしようかな)

 昼食を食べた後は、部屋で小説でも読もう。

「ごちそうさまでした」


 今日は大晦日。12月31日である。もう、明日からは昭和18年。時間が経つのは早いものだ。私はいつものように布団からゆっくりと起き上がり、1階の居間にある食卓に置いてあったお白湯を飲む。

「おはようございます」
「おはよう千恵子。今日は大晦日ね」
「そうだねえ、お母さん」
「煮しめは夕方から作りましょうか。沼霧さん、そば粉ってあったかしら」
「ありますよ!」
 
 今日の夕食は煮しめと年越しそばだ。これは楽しみである。

「せっかくだし、明日の分も合わせて天ぷら作らない?」

 と、いきなり母親が提案してきた。

「天ぷらですか?」
「お母さん、あんまりそういうのは……よくないんじゃ」
「ここからお隣さんまで結構離れてるじゃない。匂いは届かないでしょ」
「まあ、そうだけど……」

 今、この日本と言う国は米英と戦っている最中である。「ぜいたくは敵だ」という呼びかけの下、人々は質素な生活を心がけている。
 天ぷらは……ぜいたくになるんではないだろうか。脂ものだし。

「さつまいもとか野菜なら大丈夫じゃないの?大晦日と正月くらい、ぜいたくしちゃっていいでしょ?」

 結局華族出身の母親からの圧と自身の欲に負け、ちょっとくらいはぜいたくを満喫する事が決まったのだった。
 ちなみに当の母親はうきうきしながら正月用のお餅を貰いに行ったのだった。

(どうせお父さんと弟達は豪勢な料理食べてるだろうし)

 煮しめの準備が始まったのは、15時過ぎ。煮しめに入れるのはニンジンと里芋と大根と厚揚げ。

「まずは野菜から切っていきましょうか」

 にんじんと里芋、大根を洗って皮を剥いてからざくざくと一口くらいの大きさに切っていく。
 次に厚揚げも一口くらいの大きさかつ長方形に切る。これで具材の準備は終わりだ。

「これで煮ていくんだっけ」

 私は流しの下にある棚から、大鍋を取り出す。この大鍋を水で洗ってから、具材を入れて醤油を入れて煮込む。

「これ、入れます?」

 沼霧さんが用意してきたのは、父親が仕送りで送ってくれた珍しい砂糖。若干茶色い色をしている。

「入れようかな」
「そうですね」

 砂糖も少し入れて、水もちゃんと足してからことこと煮込んでいく。

「楽しみだね」

 あやかしと沼霧さんと共に、出来上がりを楽しみに待つ。




 
「あけましておめでとうございます」

 今日はこの挨拶から始まる。そして沼霧さんが作ったお雑煮を頂くのだ。

「どうぞ、おあがりください」

 ちなみに私も母親も今は着物を着ている。いつもよりちょっと気分が上がっている気がした。

「頂きます」

 お雑煮はお吸い物にお餅と大根、にんじんが入っている。

「美味しい……」

 お吸い物の昆布を下地にしただしに醤油が上手く合わさり美味しい。お餅も野菜もするすると頂く事が出来た。
 昨日作った煮しめも、味がしっかりかつ濃くならない程度に具材に染み込んでいた。それに柔らかく炊けている。

「どれも美味しかった」

 こうして、年が明けて最初の食事は終わったのだった。

「ごちそうさま」

 朝食後は、島にある神社に詣でに向かう。神社には既に多くの島民が駆けつけていた。

「あら、川上さん。あけましておめでとうございます」

 3人で参道を歩いていると、入口のにあはり鳥居の左ふもとから神社の神職さんから声をかけられた。

「あけましておめでとうございます」

 と、私達も挨拶を返すと神職さんからは奥の建物で甘酒を配っているので、川上さんもどうぞ。と誘われた。

「甘酒頂いていきます? 甘酒は身体にとても良いですし」

 沼霧さんの問いに私と母親は頷き、神社への参拝を済ませてから甘酒を頂く事にした。
 甘酒を頂き、帰り道を歩く。すると桟橋の向こうには光さんらしき背びれが見えた。

「光さーーん!」

 名前を呼ぶと近づいてきた。やはり光さんだ。

「おう、あけましておめでとう」
「光さんあけましておめでとうございます」

 沼霧さんと母親も、光さんと挨拶を交わした。

「いやあ、正月かあ。時間が経つのは早いよなあ」
「光さん今年もよろしくね」
「ああ、という訳で早速良いもんやろうか?」

 光さんが網をよっと桟橋の上に置く。光さんの自前の網の中に入っていたのは、1頭の巨大な魚だった。

「マグロ?」
「そうそう。あーーでもお前らだけでは運べなさそうか」

 結局島民の方に手伝って貰って、家の中に何とかマグロを運んだのだった。

「新年からすごいね……」
「マグロが食べられるなんて……」
「考えてもいませんでした……」

 こんな巨大なマグロ、どうやって解体しようか。そしてどうやって食べようか。

(煮て……焼いて、刺し身?)

 いや、調理方法よりまずは解体だ。すると沼霧さんが解体なら任せてください。と言ってきた。

「いや、私も手伝うよ」
「私も手伝うわ。沼霧さんだけでは大変でしょこれ」

 結果、3人がかりでマグロを解体する事になった。

「甘酒飲もう」

 甘酒の温かさが、冷え切った身体全体にじんわりと染みていく。

(今年も1年、頑張ろう)

 家に帰ると、甘酒を飲み干して着物からいつもの私服に着替える。やはりこの服の方が楽だ。
 マグロは今、台所に置いてある。運び込んだ時はあやかし達も手伝ってくれた。

「さあ、マグロの解体ですね……」

 沼霧さんも割烹着を着て、準備万端だ。

「まずは頭を落としますね」

 あやかし達にも手伝って貰い、まずはざくっとマグロの頭を落とす。目はまだぎょろっとしていて角度によっては光を放っている。

「頭ってどう調理しましょうか?」
「焼く、とか?」
「さすがに焼くしか出来ないでしょう。煮るのは無理よ。鍋に入りきらない」

 確かに母親の言う通りだ。マグロの頭は後程焼く事になった。
 次は胴体。いつも魚を卸す時のようにまずはお腹を割いて内臓を取り出す。内臓を綺麗に取り終えたが、内臓を全部捨てるのもなんだか勿体無い気はしてきた。

「とりあえず、洗って煮てみましょうか」
「そうだね」

 そして内臓を取り終えて、身を5枚おろしにしていく。マグロ自体大きいので3枚おろしよりかは5枚おろしの方が良いと母親と沼霧さんの意見からそう決まったのだった。

「よいしょ……」

 沼霧さんの無駄が無くてかつ力強い包丁さばきは実に見事だ。ここまで来ると職人の領域に入っている気もする。

「これで5枚おろし、出来ました」

 マグロが見事にいくつかの塊に分かたれた。ここからさらに食べやすく切っていくのだが、中々時間がかかりそうだ。

「お昼はこのマグロの刺し身と、煮しめの残りで良いですか?」

 沼霧さんからの質問に、私と母親はそれで良いと頷いた。

「とりあえず刺し身にはこの部位を使いましょうか」

 刺し身に選んだ部位を、沼霧さんはさくさくと切ってすぐに刺し身が完成した。

「お味噌汁いります?」
「そうね、お願い」

 母親の注文によって、味噌汁も作っていく。太ネギとマグロを一口位に切り、昆布と味噌を入れて完成だ。

「どれも美味しそう……」
 
 正月のお昼ごはんが完成した。最後に麦ごはんと、温めた煮しめの残りもそれぞれお皿によそって、食卓につく。

「では、いただきます」

 
 
 まずはお刺し身から頂く。一切れお箸で取って、まずは何もつけずにそのまま頂く。

「むっ……」

 赤身のすっとした味わいがふんわりと口の中に広がっていく。生臭さもそこまで感じさせない。

「美味しい」

 次に、しょうゆをつけて頂く。しょうゆと赤身の癖のない味が合わさって、相性の良さを感じさせる。

(この赤身、しょうゆに漬けこんで鉄火丼にするのも良いかも)

 味噌汁も温かくて、刺し身同様にご飯と合う。

「どれも美味しい……!」
「千恵子さんほんとですか?!」
「うん、どれも美味しい!」

 沼霧さんは嬉しそうにぺこぺこと頭を下げながら、刺し身を頂いていく。あやかし達も美味しそうにマグロをつまんでいる。

(光さんには感謝しないと)

 新年早々マグロを食べられるとは思いもしなかっただけに、いつも以上に豪華な正月になった気がした。
 とはいってもまだ夕食があるし、マグロも身も内臓もまだまだ残っている。

「晩御飯どうする?」

 私の問いかけに、母親と沼霧さんはうーんと頭を悩ませた。

「私は鉄火丼なんてどうかなと思うんだけど」
「私もそれが良いと思いますね。あとおかずにマグロを焼いたものとか」
「分かったわ。じゃあそれで」

 夕食が決まって昼食を食べ終えた後。自室で一息ついていると、あの一つ目の黒猫のあやかしがひょっこりと部屋に入ってきた。

「なに?」

 黒猫のあやかしはそのまま畳の上にごろんと横になった。どうやら私には興味は無さそうだ。

「千恵子さーーん」

 沼霧さんが私を呼ぶ声がしたので、黒猫のあやかしを置いて一旦彼女の元へ向かう事にした。
 沼霧さんが持っていたのは、白い花だ。見た目は芍薬と似ているがちょっと違う気もする。

「それなんだろう」
「あやかしの花です。普通の植物とはちょっと違ってて、妖力の籠もった特別な花ですね」
「成程……」

 すると私の部屋にいた筈の黒猫のあやかしが、とことこと歩いてこちらへとやってきた。その花に吸い寄せられるように近づいていく。
 沼霧さんがその花で黒猫のあやかしの頭を撫でた。すると花と黒猫のあやかしの身体が一瞬だけ青白い淡い光に包まれる。

「妖力を受け取ったみたいですね」

 黒猫のあやかしは目をしゃきっとさせて、また私の部屋へと戻っていった。その足取りは先ほどよりも素早くキレがあった。

「すご……」
「これ、玄関に生けてみましょうかね」

 あやかしの花にはあやかしを元気にする力がある。




 時間が経ち夕食作りに入る。鉄火丼にマグロを焼いたもの。ちなみに身だけでなく、頭も焼いてみる事になった。
 マグロの頬肉も美味しく頂けると。沼霧さんからの話である。

「じゃあ、用意していきますね」

 居間の食卓でお茶を飲んでいた沼霧さんは、そう言ってすっと立ち上がり、台所に向かって行った。

「私も何か手伝える?」
「一応鉄火丼の盛り付けはお願いします。あとは頭を焼くところとかは危ないので、居間で待ってらしてください」
「わかった」
「あ、あの黒猫連れてきてくださいますか? 1つ目の」

 沼霧さんに頼まれて、私は私の部屋でくつろいでいるあやかしを抱きかかえて台所へと連れて行った。

「ありがとうございます。この子の力を借りてみます」

 どうやらこの黒猫のあやかしの力を借りて調理するらしい。果たしてどうなるのかかが、俄然気になってきた。

(楽しみだ)

 居間で母親とゆっくりくつろいでいると、窓の向こうの空は徐々に暗くなっていくのが分かる。

「そうだ、千恵子」

 母親が何かを思い出したかのように、口を開いた。

「お母さん?」
「春頃、体長が良かったら家に戻ってみる?」
「いいの?」
「ええ。……だけど、医者の許可が下りたらね」

 弟達や父親に久しぶりに顔を見せるのも悪くない。私はぜひ行きたい。と母親に返したのだった。
 だが、距離は遠い。ここから本土までは船で、そこから更に汽車に乗る必要がある。

(医者から許可が下りればよいけど……)

 などと考えていると、沼霧さんが私を呼ぶ声が聞こえて来た。

「盛り付けお願いします」
「はいはい」

 年代ものの丼に、麦ごはんをよそい、上にしょうゆ漬けしておいたマグロの赤身を放射線状に乗せる。
 台所の隅には、良い感じに焼けたマグロの頭があった。

「出来た……!」

 さあ、他のおかずもお皿に盛ると、いよいよ夕食の時間となる。ちなみにマグロの頭は、沼霧さん曰く黒猫のあやかしが妖力を使って焼いてくれたそうだ。

「あら、良い感じじゃなぁい」

 鉄火丼を見た母親も、気分が上がったようだ。

「頂きます」

 鉄火丼は勿論美味しい!しょうゆとマグロの赤身と麦ごはんの相性はばっちりだ。
 マグロの頭を焼いたものは、沼霧さんが細かく切り分けてくれたが、これもほろほろとしていて食べやすく、とても美味しい。

「うん、どれも美味しい!」

 あっという間に全て食べてしまったのだった。しかも鉄火丼はご飯をおかわりしてしまった。

「ごちそうさまでした」
「うぅ……」 

 この日の朝はこれまでよりも更に一段と冷えている。気づけば布団の中には、毛だらけのもふもふしたあやかしや1つ目の黒猫のあやかしが入り込んでいた。

(尻尾は燃えてるのに、他は一切燃えていない)

 そういや沼霧さん曰く、この尻尾の炎は妖力であって本物の炎では無いそうだ。だが、モノを焼く力はある。それはあのマグロの頭で証明済みだ。
 つくづくあやかしは摩訶不思議な存在である。

「あ」

 窓の向こうの空に目線がいった。空は暗く、雪が降っている。しかも風も吹いてやや吹雪気味だ。波も荒ぶっている。

(光さん今日はいなさそうだな)

 この波の状態では、桟橋でいるのは危なさそうだ。

「千恵子さーーん」
「沼霧さん、おはよう」
「千恵子さん、おはようございます」

 部屋に来た沼霧さんも、窓の向こうを見つめている。

「すごい荒れ模様ですね」
「そうだよねえ……」

 1階の居間に降り、母親にも朝の挨拶を済ませる。母親はいつも通りに新聞を読んでいる。

「朝ご飯の支度しますね」

 朝ご飯は納豆に、切り干し大根の入った味噌汁と、麦ごはんだ。

「頂きます」

 朝ご飯を食べている間も荒ぶる風の音と、叩きつけるような雪の音が絶え間なく聞こえてくる。

「これじゃあ、洗濯物は外に干せないわね……部屋に吊りましょうか」
「そうですね」
「いらない新聞紙を下に敷いたら大丈夫よね」

 からしと大根が、私の身体をじんわりと温めさせてくれている。

(今日はいつも以上に厚着をしよう)

 こういう時こそ、身体を冷やしてはいけない。しっかり外と内側から温めるのが大事だと医者が言っていたような……気がする。

「ごちそうさまでした」

 薬を飲んで食べ終えた食器を持って、流しにそれらを置き蛇口を捻る。蛇口から出る水は冷たいを通り越して痛い。

「ひい……」

 見兼ねたのか沼霧さんが、私がやりますよ。と後ろから小走りで駆けつけて来てくれた。

「ごめん……」
「いえいえ、私の仕事ですからお気になさらず」

 沼霧さんは平気な顔で、食器を洗っていった。

(すごいなあ……)
 そんな吹雪の日からしばらく経ち、少しだけ温かな日も出始めて来たような気がする。

「千恵子さん、おはようございます」

 いつものように、沼霧さんが私を起こしにやって来た。

「おはよう、沼霧さん」
「朝食はもう準備してあります。お弁当も」

 そうだ。今日は地元の漁師さんと釣りに行く日なのだ。とは言ってもこの漁師さんもあやかし……正確に言えば人間とあやかしの間に生まれた者で、沼霧さんの知り合いなのである。

「お母さん、おはよう」
「千恵子おはよう。体調はどう?」

 温かな母親の声は変わらない。私の体調も今の所特に問題は無い。
 朝食を食べ終えて、沼霧さんからお弁当を受け取る。そして沼霧さんと私は玄関で母親に挨拶してから、家を出て漁港に歩いて向かう。

「今日はそこまで冷え込まなくて、良かったですね」
「そうだねえ」
「光さんも来るらしいですよ」
「そうなんだ、楽しみ」

 漁港の入り口に到着すると、入り口の右に漁師さんが立って出迎えてくれた。彼の名前は魚道(うおみち)と言って、背が高く若い男性の姿をしている。髪型は黒い短髪。ここ最近若い男と言えば大体坊主が多い中、この髪型はどこか珍しくて爽やかに見える。

「魚道さん、今日はよろしくお願いします」

 沼霧さんに続いて、私も彼へよろしくお願いします。と頭を下げて挨拶をする。

「こちらこそよろしくね。それにしても財閥の御令嬢が僕と漁に出るなんて初めてじゃないかな」

 私は思わずそうなんですか?と彼に聞いた。

「というか、いつも1人か光さんとするかが多いからね」

 魚道さんの笑顔も爽やかだ。これは頼りがいがある。
 早速魚道さんに連れられて船に乗り込むと、船が動き出して漁が始まる。沖合まで船を飛ばしていくと、私達を待っていたかのように、黒い背びれが3つ見えた。

「光さん、今日はよろしくね」
「おう、魚道じゃねえか。妹と甥も連れて来たぞ」

 互いに挨拶を交わした後、魚道さんは等間隔ごとにえさが付いた、長いひものような網をぽいぽいと海の中に投げ入れていく。

「千恵子さん。これでしばらく待ってたら獲物が釣れるわけだよ」
「成程……」
「今、光さん達が魚を誘導してるからしばらく休んでていいよ。沼霧さんもぜひ」

 魚道さんのお言葉に甘えて、少しばかり船の上で休憩する事にした。海は日の光を浴びてきらきらと真珠のように輝いている。

「何が取れるかなあ」

 どんな魚が取れるか、俄然楽しみになってきた。
 
「よし、2人とも網を引き揚げていくから手伝って!」

 魚道さんの声かけにより、これから魚網の引き揚げが始まる。光さん達も漁船の近くに戻ってきてくれた。

「よいしょっと……」

 最初のえさははずれ。えさだけ半分ほど残して食べられていた。

「魚道。ちょいちょい食い逃げした奴いるわ。すまんな」
「大丈夫だよ光さん。向こうも賢いからね。変なのはかかってない?」
「ああ、あやかしの類はかかってないから安心しな。かかってるのは全部魚だ」
「了解!」

 光さんからの報告を受けて、私と沼霧さん、魚道さんは網を引き揚げていく。2つ目の餌には中くらいの魚がかかっていた。これはサバだろうか。

「魚道さん、これサバ?」
「そうだね。サバだよ」

 この後もサバが釣れていった……のだが、ほぼサバである。たまにブリも釣れたが、どう見てもサバばかりなのは否めない。

「これだけサバがかかったら、どうしましょうかねえ」

 と複雑な笑みで沼霧さんが呟いた。

「どうしよ、サバの味噌煮しか思いつかない」
「私も煮て焼くくらいしか思いつかないですね……」

 すると、網の重さが途端に増した。重さが増した上に海の底へと引きずり込まれるような感覚を覚える。

「っ!!」
「これは大物だ!! 千恵子さんは網から手を離して下がってて。危ないからね」
「分かった……」
「光さん!何が釣れてる?!」

 魚道さんが大きな声で、光さんにそう問いかける。

「ああ、こりゃサメだな。ホオジロザメじゃねえか?」
「え“」
「結構大物だぞ。これ」

 ホオジロザメ……って食べられるのだろうか?魚道さんも困惑しながら、最終的にはけん引器具も使って何とかホオジロザメを吊り上げる事に成功したのだった。

「どうやって……食べたらいいのこれ」
「私もサメは……そこまで調理した事無いので分からないですね……でもひれは美味しくいただけるなんて話は聞いた事がありますが」
「おーーい、いらねえならそれ俺らが貰おうか? つっても内臓しか食わねえけど」
 
 結局、ホオジロザメは今回の釣りの報酬も兼ねて光さん達にあげる事となった。
 成果はサバを中心とした青魚が主。あとはなんでかよく分からないがたこが釣れた。

「ああ、このたこは水中を泳いでたのを甥っ子が釣り針に引っ掛けたんだ」

 光さん曰く、こういう事らしい。

「大漁だね、ではこちら今回のお礼の品って事で」

 私と沼霧さんは海で昼食を食べた後、魚道さんからお礼の品……たことサバ、ブリを貰い、家に帰ったのだった。