ロストソードの使い手

「あの林原さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「その答えづらかったらいいんですけど……何があったのかなって」
「死因か」
「は、はい」

 未練について聞いた後、僕は一つ重要な事を聞き忘れていたと、その事を尋ねた。やはり聞きづらく、遠回しで言葉を選ぶも、必要ないと言わんばかりの表現で返答される。

「それはだな……」

 そうして彼が話し出したのはある未練を解決するためにアオと協力して行動したことだった。
 彼らはイシリスにいるある母親から依頼を受けた、自身の大切な人が霊になってしまったと。そして霊となった未練の相手を聞くと、それは生まれたばかりの赤ちゃんだったらしくて。

「あ、赤ちゃん……ですか? そんな事があり得るんですか?」
「そうだ、レアケースではあったがな。恐らく、自我や意識がなくとも、親を求める本能がそうさせたんだろう」
「でも、その解決って」
「色々試しはした……」

 それから林原さん達が様々な試行錯誤をしたという話を聞かせてくれた。しかし、その苦労話の結論は時間切れという残酷なもので。街の中で赤ちゃんの亡霊が暴走。依頼を受けた時点ではもう半霊状態になっていたらしく、時間も少なかったらしい。

「そこで愛理とも協力して亡霊を倒す事になった」
「そう。けれど、未練について何一つ進展しなかったからか、亡霊はとても強かったわ」
「じゃあ林原さんはそこで……」
「その通りだ。ミズアを庇ってもろに攻撃を受けたからな」
「そんな……」

 多分、いや絶対アオは自分のせいで林原さんは死んでしまったと思って苦しんでいる。今もきっと。

「だが、その結果ミズアが亡霊を倒した。街を救った。以上が、俺の話だ。」

 そして平和が訪れて終幕。でもそれには大きな爪痕を街にも人にも残した。

「あの、半年前にイシリスタワーが被害を受けた件がそれだったんですね」
「そうだ」

 アオが街の人から認知されていることの理由としてその話を聞いていた事を思い出す。あの時、悔しそうにしていたのは、未然に防げなかった事だけじゃなく、林原さんを失ったからでもあったんだ。

「あの出来事以降、ミズちゃんは街の人から大きな信頼を得るようになったわ。まるで英雄のように」

 きっとアオは複雑な気持ちにあったはずだ。そして強い責任感を背負っていたのに、あんな明るく振る舞っていた彼女を思うと胸が痛む。

「話してくれてありがとうございます」
「ああ。なら次はエルフの村でお前がやってきた事を教えてくれ」
「僕ですか? わ、わかりました」

 こちらに会話のボールが回ってくるとは思わなかった。少し動揺してしまったけど、僕はモモ先輩に聞かせた話をコノに協力して貰い伝えた。

「という事があったんです」
「やはり、大きく成長したみたいだな」
「わかっていたんですか?」
「だから未練について話したんだ。アヤメさんから置かれた状況を聞いてきっと君が飛躍する糧となると思った。そして顔を見て確信した」
「林原さん……」

 自分でも何か前進出来たような手応えはあったのだけど、林原さんからそう言ってもらえると確かなものに感じられた。嘘もお世辞も言わなそうだからだろうか。

「……ってコノ、大丈夫?」
「は、はい。少し考え過ぎちゃって」

 額を抑えてとても苦しそうにしている。彼女からすれば、未練を解決したとはいえ、何度も死というものに触れていれば強い負担になってしまうだろう。

「コノハ、長話で疲れただろうし少し休むわよ」
「え……でも」
「いいから」
「は、はい……」

 モモ先輩はコノを連れて二階へと部屋へと戻って行ってしまった。それを林原さんは少し目を細めて、しばらく見つめている。

「……」
「林原さん?」
「少しは仲良くなれたみたいだな」
「ですね。これで、僕に関する争いは無くなれば良いんですけど……」
「それは無理だろうな」

 即断言されてしまった。機械的に感情が薄い言葉だから、謎の説得力があって、落ち込んでしまう。

「だが、それでいい」
「へ? いや、僕的には困るんですけど」

 想定外な肯定をされて思わずそう言ってしまったけど、林原さんは変わらず真剣な表情のままで。

「悪い。そういう意味ではなくてだな、未練についての話だ」
「未練?」
「ああ。コノハさんとの関係はこれからどうなるかわからないが、日景くんとの関係は、俺達と大きく違うように感じている。あの、ギュララさんの一件から。何かあったのか?」
「モモ先輩が、僕を救うために好きになるって言ってくれたんです」

 彼女からはまだ聞いていなかったのか、林原さんは目を丸くした。

「……そうか。愛理は一歩、進んでいるんだな」
「かもですね」

 依存とはまた違うとは思う。それに、自分のためじゃなくて僕のためだし。

「そして、コノハさんともまたミズアと違うものを作ろうとしている」

 それがどうなるかはわからないけれど、そうなってくれると僕は嬉しい。

「多分、その二つが俺達への依存から脱却する足掛かりになるんだと思う」
「じゃあ、それが未練を……」
「だが、足りない。まだ俺は安心する事が出来ないんだ」

 流石に、そう簡単にはいかないみたいだ。でも見間違いじゃなければ、林原さんが一瞬微笑んだ気がした。

「今、愛理はミズアとの距離が離れている。そして、俺に関しては未練解決に向かおうとしている。もしかしたら、変わる大きなチャンスかもしれないな」
「林原さん……」
「日景くん。俺は暫く愛理とは距離を置こうと思う」
「え……」
「きっとそれの方が良い、依存解消するにはな。その間、愛理の事もミズアの事も頼んだぞ」

 林原さんは頭を下げてそう頼み込んできた。それに思わずあたふたしていると、ゆっくりと立ち上がって。

「もう、行ってしまうんですか?」
「ああ。いつ、暴走するかわからないからな。さっさと街の外に出る。まぁ、たまに戻って来るがな」

 彼はモモ先輩と別れの言葉を伝える気はないらしい。それはまた帰ってくるからだろう。

「……俺の料理を美味しいそうな顔で食べてくれてありがとな」

 それだけ告げて林原さんは部屋を出ていってしまう。その背中は確かな覚悟を思わせるように大きくて、確かな足取りは終わりへと向かっていくようだった。
 林原さんが出て行った後、モモ先輩が戻って来る。

「あれ、ソラくんは?」

 彼がいない事に気づいた瞬間に、不安そうにキョロキョロと辺りを見回す。

「実は……」

 僕は林原さんの言葉をそのままモモ先輩に伝える。理由を聞くと、落ち着きを取り戻した。けれど、同時に寂しそうな表情になって。

「ソラくんらしいわね」
「モモ先輩……」
「大丈夫よ。こうなる事は、ある程度わかっていたもの。……あの一歩を踏み出した時点でね」
「あの一歩?」

 彼女は一度言葉を切ると、冷蔵庫のようなマギアから冷えた水を取り出してごくごくと飲んで、またこちらに。

「ユーぽんのために、好きになるって言ったでしょ。それよ」
「そう、だったんですね」
「ずっと悩んでいたの、このままじゃ駄目なのにその先に行くのが怖くて。けど、そんな時にユーぽんに出会って……命をかけてでも解決しようとする姿を見て思ったわ。あなたをほっとけないし、あたしも同じように頑張らなきゃって」

 あの日、過去の事や僕を救うために好きになると告白されて、あまりに突然でとても驚いた。でも、それは裏ではそんな風に大きなものを背負っていたからで。なのに、僕はエルフの村での事件では結構モモ先輩の想いを無視して動いていて、罪悪感が溢れてきた。

「あのすみません。僕、ウルフェン関係で結構無茶してしまって」
「そう話していたわね。なら、もうそれが出来ないくらいの仲にならなきゃね。ソラくんの件も含めて」

 コツンと僕の胸に人差し指をぶつけられる。軽い痛みと共に温もりが全身に広がった。

「でも具体的にどうしましょうか」

 依存関係を薄れさせる、僕とモモ先輩との関係性の構築。人と人との繋がりを意図的に求めるものを作るというのは、僕にとっては高難易度だ。

「難しく考える必要はないわ。もっと仲良くなればいいだけだと思うから」
「そ、そんな単純でいいんですか?」
「他に選択肢はないでしょ。それに、ユーぽんとなら、どれだけ距離が近づいても依存しそうにないからね」
「それ、褒められてます?」
「もちろんそうよ」

 そう、にかっと笑う。すると何故だか、大丈夫な気がしてきた。先輩だからだろうか、一つ重荷がふっとなくなる。色々複雑な状況だけれど、やはり一人だったエルフの村の時とは、全然心に余裕があった。

「けど仲良くなるってどうすれば?」
 いざ仲を深めようと言われても、どうすれば良いのだろう。
「ふふん。まずは……デートよ!」
「で、で、デート!?」
 


 衝撃的で魅惑的で甘みを感じさせるような言葉に戸惑っていたまま、僕はモモ先輩に着替えさせられ無理矢理街に連れ出された。まず、訪れたのは商店街で、前に来た時と変わらず多くの人が行き交っている。

「さぁ、楽しむわよ」
「は、はい」

 モモ先輩はいつもと変わらないゴスロリ魔法使いスタイルで、対して僕は例のデフォルメモモ先輩が描かれた白のシャツと黒の長ズボンを着ていた。

「何か、本人を横にしてこれ着るの凄く気恥ずかしいんですけど。……制服に変えてもいいですか?」
「だーめ。それだとお仕事モードになっちゃうじゃない。好きなんだし、いいじゃない。それに、そっちの方があたし的にも嬉しいし」
「そ、そうですか」

 そのように言われてしまっては、もう着替えたいだなんて言えない。僕はあまり気にしないよう目の前のモモ先輩に意識を集中させる。

「そんなに熱い眼差しで見られたら照れるわ」
「い、いや。そういうあれじゃなくて」
「あ、ユーぽん。着いたわよ」
「……ここは」

 立ち止まったのは、カラフルでファンシーなデザインのお店だった。何度かここら辺を通った時に見かけて、気になってはいたのだけど、まだ入れていなかった。可愛くて良いのだけど、僕がいていい場所なのか不安になってくる。

「ユーぽん、こういう感じ好きでしょ? ここわ可愛い系の物を沢山扱っているの」
「えっと、男の人は駄目みたいな事ありません?」
「大丈夫よ。さ、行くわよ」

 左手をモモ先輩の小さな右手で掴まれて、店に入らされる。

「……す、凄い」
「ふふ。最高でしょ?」

 店内も外装と同様にパステルカラーに満たされていた。小さめな中だけど、棚に置いてある物を含めて可愛いがぎゅっと濃縮されているようで。そして、奥にいる店員のお姉さんもガーリーなオレンジ色の魔法のローブを被っている。

「ユーぽん、これ可愛くない?」
「わかります。えっと、こっちも良くないですか?」

 最初に、小物類が置かれている棚を一緒に眺める。色々なデザインのペンやちょっとした装飾具、置き物何かが売られていた。どれも、キュンとさせるような物ばかりで、つい目移りしてしまう。それはモモ先輩も同じようで、瞳を輝かせていた。

「流石、わかっているわね。これも、これも魅力的だし……」
「モモ先輩、このペンとか凄く可愛いですよ。水玉模様で綺麗で」
「こっちのハートマークのも良いわね。買っていこうかしら。ユーぽんも買っちゃえば? とっても欲しそうな顔してるから」
「そ、そんな顔してますかね……あ」

 ふと、気づく。そういえば、オボロさんから貰ったお金をアヤメさんに渡していないままだった。そしてそれは部屋の中に置いたままでいるため、現在の手持ちは相変わらずゼロだ。

「どうしたの?」
「実は……」

 無一文である事とその理由を説明すると、モモ先輩はクスクスと笑い出す。

「ユーぽんって、物欲はあるのに金銭欲はあまりないのね。それともちょっと抜けているのかしら?」
「どっちも……かもです」

 多分八割くらいは抜けているのだと思う。そう認めるとまた彼女は口元を抑えて笑顔に。

「あはは。そんな、可愛い後輩のためにあたしが買ってあげる。先輩だしね」
「でも……」
「ふーん、じゃあ欲しくないのかしら?」

 僕が持っていた水玉模様のペンを取り上げると、餌をチラつかせるように目の前で見せつけてくる。

「……ほ、欲しいです。とても」
「ふふ、わかったわ。人の善意はね、最初から遠慮する必要なんてないのよ。こういうのでも仲良くなったりするんだからね」

 こちらを見上げるモモ先輩に、そう大人のような対応で諭される。見た目は幼いけれどやっぱり、頼れる年上の人なんだと改めて気付かされた。

「じゃあ、他のも見て回るわよ。欲しいのがあれば、言ってね」
「はい」

 それから引き続き一緒に、会話に花を咲かせながら店内を歩き回った。それらはどれも僕の琴線に触れる物ばかりで、逆に欲しい物が分からなくなる状態になっている。
 そんな中、最後にぬいぐるみコーナーを見つけた。もふもふでキュートにデフォルメされた魔獣の物があって、どれも見ているだけで癒される。

「こ、これは……」

 ただ、その天国のようなラインナップの所に、異質な物が存在していた。そしてそれは僕の知っているもので、モモ先輩の好きな物で。

「いつ見ても可愛いわよね。『ギュっとウサたん』」
「……」

 狂気的な表情をしているうさぎのぬいぐるみ。全十色あるようで、棚に座らせて並べてある姿は、見るだけで呪われそうだ。でもモモ先輩は、それらを他の可愛らしいぬいぐるみと同列扱いしている。

「レベル、高いですね」
「そう? 普通に可愛いくない?」
「……」

 僕は所詮その程度の可愛いもの好きなんだ。誰もが良いとするものくらいしか、好きになれない。

「これ、ギュララさんが作ったんですよね……」
「えぇ。ギラという名前でこんな素晴らしい作品をこの世に生み出してくれたのよ。本当に惜しい人を亡くしたわ」

 モモ先輩は悲しげに瞼を閉じる。僕も同じく胸が痛むのだけど、どうしてもこのぬいぐるみだけは肯定的に捉えられない。だって、普通に恐ろしい見た目をしているから。

「感謝を込めてじゃないけど、これを二つ買わない?」
「え……」

 とんでもない提案をされてしまう。今すぐ、全力で拒否をしたいのだけど、ギュララさんを想うと、無闇に否定も出来なくて。どうしよう。

「あたしはまだ持っていなかった白色にするわ。ユーぽんはどうする?」
「買うの確定なんですか!?」
「……この子達には彼の想いが入っているのよ。彼を忘れないためにも手元に持っておくべきだと思うの」
「ひ、一つあれば……ってや、止めてください……」

 彼女は黒色のウサたんを持って、それを僕に押し付けてくる。怖い、超怖い。弾き飛ばしたいけど、それも出来なくて。

「わかり……ました。それでいいです」
「ふふん。このペンもだけど同じ物を買うのって、ちょっといいわよねー」
「はは……そうですね」

 ぬいぐるみに関しては半ば強制だったのだけど。でも、モモ先輩は嬉しそうにしていて、僕も多少は同じ感覚でいて。だからこれ以上の反発は止めた。
 それからモモ先輩は商品を持って行って、店員さんと軽く談笑しつつ支払いを済ませ、店が出してくれるパステルカラーの袋に入れて戻ってきた。

「同じ趣味の人との買い物はやっぱり楽しいわ」

 確かに近い感覚は持っているけれど、決定的な違いが浮き彫りになっている気がする。僕は無言で苦笑するしか無かった。

「それじゃあまだまだデートはこれからだから。付いて来るのよ?」
「……はい」

 僕はこの先は平和な心持ちで楽しめるよう心の中で祈りモモ先輩と店を出た。
「今度はここよ」

 次にモモ先輩に連れてこられたのは、白黒を基調とする、モダンな外観の店舗だった。窓越しには奥行きのある店内に様々な衣服が並んでいた。

「な、何だかオシャレな感じですね」
「ええ、日本にもこういう感じのお店があったし、少し安心感があるのよね」

 僕はまったく逆の感想で、今でも別世界の店に思えるし近づきがたい雰囲気をしている。

「けど、ユーぽんは苦手みたいね」
「未知場所というか、僕みたいなのが入っていいのか、みたいに考えてしまって」
「ふふん、それなら安心なさい。あたしがいるから。ユーぽんの初めては貰うわ」
「い、言い方が……」

 躊躇している僕には構わず、腕を掴んできて強制的に入店させられてしまう。そして、そこから瞳を輝かせたモモ先輩のショッピングが開始され、僕もそれに付き合わされる事に。

「これとこれ、どっちが良いと思う?」

 僕達は店内の奥の一角にある、魔法使いが着そうな服が陳列されている所にいる。そこにいたるまでも、何度かモモ先輩の足が止まり気になるものに意見を求められたりしていて、目当ての場所に来ると、さらに聞かれていた。今度は、シックなゴスロリかより子供っぽい明るい物の二択を迫られている。

「どっちも似合うと思いますけど、落ち着いた感じの方がいいのかなって」
「ユーぽんの好みはこっちなのね。あたし的には明るい感じの方が好きなんだけど……せっかくだしユーぽんセレクションの方を買うわ」
「自分の好みの方を買った方が……」
「いいのよ。別に嫌じゃないし、ユーぽんに選んでもらって嬉しかったからね」

 気を遣っているとかそういう感じではなさそうで、本当に喜んでいるようで安心する。それに、僕もそう言ってもらえて嬉しかった。

「じゃあ、次はユーぽんの番ね」
「へ?」

 そのまま会計をして出る想定が、モモ先輩の言葉で打ち砕かれる。

「ぼ、僕はいいですよ! 着れる服もありますし」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。モモ先輩セレクションでカッコよくしてあげるわ。それに、色々ユーぽんであそび……じゃなくて試したい事もあるし」
「……」

 完全に僕で遊ぶ気だ。モモ先輩は怪しげに目を光らせ、ゆっくり僕に迫ってくる。後ろに下がろうとするが、背後は商品棚で逃げ場はなかった。

「さぁ楽しむわよ」
「はい……」

 それから僕はモモ先輩の着せ替え人形となった。この店には、異世界チックな服から馴染みのある洋服や和服など様々あって、それらをモモ先輩は遠慮なく着せてきて。恥ずかしいやら疲れるやらとても大変だったのだけど、着替えた姿を見せると常に好意的な反応をしてくれて、満たされる感覚も少なからずあった。

「それじゃあ、ユーぽんが気に入ったセットを買うわ」
「良いんですか?」
「もちろんよ。じゃあ支払って来るわ」

 僕が選んだのは異世界感がゼロの洋服だった。イシリスのお金と同じようなアヤメさんの顔が描かれたシンプルな白のシャツとそれに合わせる黒のジャケット。そして下は黒の少しゆとりがある長ズボン。派手じゃなく普通な感じが僕に合っている気がしてそれらにした。モモ先輩は、金とか銀色の服が良いと言ってきたけど、それは断った。

「おまたせー」

 モモ先輩が戻って来ると、これまた店の外装に合わせるようなオシャレな紙袋を二つ持っていた。

「も、持ちましょうか?」
「無理はしないでユーぽん。さっきのを持ってくれてるんだから大丈夫よ。それにあたしのステータスは高いんだから」

 完全に忘れていた。エルフの村の一件で、自分は強くなれたという感覚があったけど、そもそもの能力は平凡以下。ロストソードの力で何とかなっていたんだ。僕は身の程を理解してモモ先輩にお願いした。

「疲れただろうし、少し休まない?」
「は、はい。助かります」
「それじゃあレッツゴー」

 助かった。正直慣れないことをしていたから、心身共に疲労感が溜まっていたんだ。力を振り絞ってそこへと歩き出した。

「着いたわ」
「……ここは」
「可愛いの宝庫で癒やされるわよ!」

 そこは一度訪れた事のあるメイド喫茶だった。僕はモモ先輩のされるがままに入り、愛嬌の塊みたいなメイドさんに案内されて四人がけの席に通される。それから、僕とモモ先輩は呪文付きのオムライスを頼んだ。その品が届くとケチャップでハートを描いてもらい、本当に美味しくなる呪文をかけてもらった。

「ごゆっくりどうぞ」
「はーい。ありがとねー」

 そう最後まで笑顔を振りまいてくれたメイドさんに返すようにモモ先輩は笑顔で手を振った。

「……じゃ食べよっか」
「はい。いただきます」

 オムライスを食べるとふんわりとした食感に噛めば噛むほど口の中に卵の美味しさが広がって、頬が溶けそうになる。

「改めて思うけど、ユーぽんのメシの顔ってメイドさんレベルで癒されるわ」
「……っ! さ、流石にそれは言い過ぎですよ」
「ううん。ユーぽんが食べてれば世界は平和になると言っても過言じゃないわ」
「過言過ぎます、それは」

 最近は、その点に関して皆からそう褒められるから否定はしづらくなっている。それに、それだけで役に立てているなら嬉しいとさえ思えた。

「……ごちそうさまでした」

 モモ先輩に見られながらも順調に箸を進めていき、あっという間に完食してしまい、満足感がしばらく残り続けた。

「ねぇユーぽん。良かったらなんだけど、ミズちゃんとあなたのお話を聞きたいのよ」
「僕とアオのですか?」
「ええ。ミズちゃん、昔の事はあまり話してくれなかったから。それに、ユーぽんと仲良くなるためにあなたの事も知りたいし」

 モモ先輩は一変して真剣な顔つきに。それは面白半分じゃないと教えてくれるようで。

「わかりました。ちょっと長くなるかもですけど」
「問題ないわ、お願い」

 それからモモ先輩に、僕とアオとの関係を出会いから説明した。ちょうどこの世界に来てアオとの思い出を夢に見ていたおかけで、スラスラと言葉にする事が出来て。さらにモモ先輩も聞くのが上手なおかげもあり、過不足なく話せた。

「という感じで、最終的に飛び降りました」
「……ありがとうユーぽん。辛い事もあったのに話してくれて」
「いえ。こういう話、あまり人にした事が無かったんですけど、話したら少し楽になりました」

 何か現状が変わった訳じゃないのに、口に出しただけで、少しスッキリとした感覚が得られて。そして、喋り過ぎて乾いた喉に水を流し込むとさらに爽快感が溢れた。

「それに、先にモモ先輩が教えてくれましたから」
「ふふっそうだったわね。あたしも聞いて貰えて同じ気持ちになったわ」

 重い話をするのは気が引けるし、カロリーが高い事だけど、互いのそれを知っていると思うと、心を許し許せているような気がして、心の距離も一気に近づけたような手応えを感じた。

「あたし、改めてミズちゃんの事全然知らなかったんだって思い知らされたわ」
「モモ先輩……」
「もっと向き合わなきゃね、依存せず対等な関係で」
「……僕も過去から逃げないよう頑張ります、アオのためにも」

 話していく中で、自分の頭が整理されて再度アオを助けたいという想いを認識出来た。

「一緒にミズちゃんのため協力して助けましょうね」
「はい!」
「そのためにも、さらに仲良くなるわよ! えいえいおー!」
「は、はい……えいえいおー!」

 モモ先輩に促されて共に右腕を上げた。とても恥ずかしいけれど、不思議な一体感があって、また一つ背中を押された、そんな気がした。

「……」

 でも、すぐにメイド喫茶にいた事を思い出して腕は下げた。
 僕達はメイド喫茶でしばらく時間を潰して、疲れが和らいだくらいで店を出た。

「……お昼の後のオムライスはちょっと罪悪感があるわね」 
「今感じるんですね」
「だってメイドさんがいると、テンション上がって頼みたくなっちゃうんだもん。ユーぽんは感じない?」
「少しわかりますけど、僕は色々あって疲れていたので回復して良かったです」

 やっぱり僕は食べる事がとても好きなのかもしれない。皆にも美味しそうにしていると言われているし。
 充足感のに満たされた僕に対してモモ先輩はどこかぱっとしないようで。お腹辺りをさすっている。

「ユーぽんってスラッとしてて羨ましいわ。ミズちゃんもそうだけど、何かコツとかあれば教えて欲しいのだけど」
「特に何もしていませんけど。でも、僕から見たら全然気にしなくてもいいと思います」

 眉をひそめていたモモ先輩はパァッと晴れやかになる。

「そ、そう? じゃあ、気にしないようにするわ。ありがとねユーぽん」
「僕はただ思った事を言っただけなので……」
「ううん、それだけで救われる子もいるの。これからは気にしないでいつも通り食べるわ」
「減らしていたわけじゃないんですね」

 思い返せばカレーだって減らしていたわけじゃなかった。でも、心の安定をもたらせたなら何よりだ。

「食べたからってわけじゃないけれど、少し遊びたい所があるの。こっちに来て」
「は、はい」

 メイド喫茶からさらに奥の方へと商店街を進み、途中右手の細い道を通った先に大通りが出て、すぐ左手の店をモモ先輩が指差した。そこは横に広く木製の紫の屋根に体部分は木目のある外観をしている。どこか魔術的な怪しい雰囲気を漂わせていた。上の方に看板があり『魔法射撃』と書かれている。

「モモ先輩、ここは?」
「簡単に言えば魔法の射撃場よ。ささ、入りましょ」

 もしかしたら恐ろしい場所なのかと思い、モモ先輩の近くに寄って店内に入っていく。するとすぐに店の形の理由が見えてくる。受付の奥には、ドラマやアニメ見るような射撃スペースがいくつもあり、目標物として最奥の壁に白黒の縞模様の丸い的があった。そこに数字が書かれていて中心に向かって点数が高くなり、真ん中は百点だ。

「いらっしゃい」
「二人で一時間コースお願い」
「はいよ」

 若い感じのお兄さんの店員さんにモモ先輩がお金を払い、僕達は一番近場のスペースを使う事に。台の上には真紅のピストルが一丁置いてあって、左隣のモモ先輩の方を見ても同様のものだった。

「これは魔法が撃てる銃よ。ここの安全装置を外して引き金を引けばフレイムっていう魔法が出るの。見ていて」

 モモ先輩はお手本を見せるように操作をゆっくりと見せてくれる。そして魔法銃を両手で構えて的を目掛け、引き金を引いた。すると、銃口部分から赤い魔法が出現して、そこの穴を通るように小さな炎が放たれる。火の玉は的へと真っ直ぐ進み、真ん中から少しズレた八十点辺りにその跡がついた。

「おおー」
「こんな感じで中心に当たるように撃つの。普通に上手くなるように練習するのもよし。ゲーム形式にして競うのもよし。ま、そんな感じで自由に遊べるわ」
「撃てる回数は決まっているんですか?」
「気にしないで大丈夫よ。結構な数を使えるから」

 チュートリアルはこれで終了といった感じで、どうぞと手で促される。僕は彼女のやり方を真似て、安全装置を外し的へと銃口を向けた。左目を瞑り右目で狙いを定めて、右の人差し指に力を入れた。瞬間、魔法陣が生まれ火球が発射された。
「……あれ」

 でもそれは的に当たる事なく下の方の壁に当たっていた。もう一度やってみても的から逸れてしまう。五発くるい撃っていると内一つは当たったのだけどそれも隅で。まともに当たらない。
 モモ先輩の方は、百点こそないけれどほとんどが真ん中付近に跡が集中していた。

「才能ないのかな……」
「そんな事はないわ、初心者なんだし。それにユーぽんの課題は明確だから」

 モモ先輩はこっちに来てくれてアドバイスをしてくれる。

「まず撃つ時に目を閉じたら駄目。反動は無いから怖がらなくて大丈夫よ。それと、最後まで腕を動かさない事も意識して。そうすれば狙った方向に当てられるから」

 指摘されて自分の問題に気づかされる。どちらも無意識にやっていた。

「それじゃあたしがサポートするからやってみよ」
「……え」

 そう言うとモモ先輩は僕の横について、身体を密着させてきて両腕を支えてきた。突然女の子の温もりに包まれ、心臓の拍動が加速してしまう。

「さ、目を開けることを意識してやってみて」
「は、はい」

 真剣に教わっているんだ、変な意識は横に置いて目の前の事に集中する。教わった通り僕は的に銃を構え、右目に力を入れ続けて魔法銃を放った。動きそうになる身体はモモ先輩によって抑えられ、火球はストーレートに放たれる。
 残念ながら中心にはいかなかったけれど、的には当たった。それも六十点くらいの位置に。

「やった!」
「感覚を忘れない内にもう一回よ」
「はい!」

 それから八発ほど撃った。それらは精度にばらつきがあったけれど、全て的に当たっていて。少なからず手応えも得ていた。

「それじゃあたしなしでやってみて」

 モモ先輩は身体を離して少し距離を取った。外側からの圧力と熱がなくなり心細さを感じてしまう。でも、まだ微かに残っているその感覚とコツを意識して再度引き金を引いた。

「あ、当たりました!」
「おめでとう! いぇーい!」
「い、いぇーい」

 自分のように喜んでくれて、さらにハイタッチを求められ、してみると気恥ずかしさが嬉しさより勝ってしまった。けれど、心が温かくなった。
 それからモモ先輩無しで撃つと、二十点や三十点くらいの精度しかないけれど確実にヒットさせられるように。

「よし……!」
「ふふっ、楽しんでくれて良かったわ」

 一つ一つ上手くなっていく感覚が得られて思わず夢中になってしまう。たまに実力以上を出せると、もっと出来る気がしてさらに成長しようと突き動かされた。
 そうしているとついエルフ村の思い出が蘇る。丸太に向かってこんな感じの的にコノとホノカが魔法を当てていた。やってみると改めて凄さが分かる。

「ユーぽん、後二十分よ」
「え……もうですか?」

 一時間コースは長いと思ったのだけど、想像以上に短かった。平均では三十くらいだけど、たまに五十を出せていて、目標はサポートされて出せた六十だ。

「せっかくだし勝負してみない?」

 隣のスペースにいるモモ先輩は銃を片手にそう問いかけてきた。

「いやいや、流石に実力差がありますから」

言いながらふとロストソードの力を思い出す。ホノカの力を使えば互角に戦えるかも。……けれど、遊びに使って良いものとは思えず、その考えはしまった。

「あたしが五回やって、ユーぽんは十回の合計点でどう?」
「……少しは可能性は出てきましたけど」
「なら決まりね。交互に撃っていく形にして、それと負けた方は一つ言う事を聞くってルールにするわ」

 少し乗り気になったところで途端にルールが追加されてしまう。

「そ、それいります?」
「賭けた方が緊張感出るでしょ。それじゃあたしから撃つわ」
「ご、強引過ぎる……」

 半強制的に僕はゲームに参加させられる。子供っぽくはしゃぐモモ先輩を止められる訳もなく、さっきまで練習した成果の結晶を作るべく、僕は銃口を的に向け、そしてモモ先輩と僕の戦いの火蓋が切って落とされた。
 モモ先輩とのデートが終わり、僕は自分の部屋に入るとすぐにベッドに倒れ込んだ。

「疲れたぁ」

 ほとんど立っていて遊んでいたから疲労感に身体が覆われているけど、それには充実感も内包されていた。今日を振り返ると、つい口元が緩んでポワポワとした心地よさに満たされる。遊ぶためだけにこの街を歩いたのは初めてだったけど、モモ先輩が先導してくれたおかげで不安はなく、純粋に楽しかった。ただ、勝負の結果は僕が負けたから、一体どんな事をお願いされるのかが気がかりだ。
 壁の方にゴロンと転がり背中をピタリと合わせる。そして、僕はその硬い感触の向こうにいるアオを想像してしまう。
 当然壁は厚くて魔法的な力も働いているのか、物音一つ聞こえない。それは今の僕とアオの距離を表しているようだった。

「アオ……」

 どんな言葉をかければ彼女を笑顔に出来るのだろう。何度も考えてはそれを捨てた。現状は僕という存在そのものが傷つけて苦しませている。でも、そんな僕が何とかしないといけない、矛盾めいた状況。アオに刺激を与えず優しく心の氷を溶かしてあげるなんて事は可能なのだろうか。
 無理じゃないか、そう思ってしまう思考を振り払い、僕は何となく壁を軽く二回ノックした。息を殺してリアクションがあるかと少し期待するも、やっぱり何も無くて。多分聞こえていないだけだろうけど。

「とりあえず……」

 身体が休まったので起き上がり、今日買ってきた服はクローゼットに入れて、ペンは机の上に置いた。そして黒色のウサたんは、前のウサたんと同じように仕舞おうかと考えたけど、色々な思い出があり触り心地も良いから、やっぱりベッドの上に前の物と一緒に置いた。見た目怖いしこれのせいで悪夢を見て、二つもあれば二倍になりそうだけど、周りにいるぬいぐるみ達の癒し効果で相殺出来るはず。それを願って一応手を合わせておいた。

「ユーぽん、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう――ってうわぁ!」

 壁からではなくドアの方からノックとモモ先輩の声が聞こえてきて、開けるとモモ先輩じゃなくコノが飛び込んで来た。奥の方に苦笑しているモモ先輩がいるが、息がかかりそうな距離感のコノにすぐ遮られる。

「ずるいです!」
「な、何が?」
「コノに黙って、モモナさんとデートした事ですよ!」

 僕は後に後ずさると、逃がすまいとぷんぷんとしながら詰め寄ってくる。だから立ち止まると、コノも動きを止めてむっとさせながら僕を見上げた。

「ええと、色々と理由があるんだ。言わなかったのはごめんだけど、必要な事だったし」
「それは聞きました。でもぉ、ずるいものはずるいです……」
「……も、モモ先輩」

 助けを求めると肩を竦めてコノに歩み寄り、後ろから頭を優しく撫でる。

「なら明日、一緒に行く? まだ行きたい所があってユーぽんを誘おうと思っていたの」
「行きます! 行かせてください! ユウワさんも来ますよね!」
「う、うん。行くから……お、落ち着いて?」

 凄くグイグイ来られる。よっぽど行きたいみたいで、モモ先輩の事もあるのか今まで以上に圧が強い。

「やった! 明日、楽しみにしてます!」
「決まりね」

 コノはぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。その様子にモモ先輩はお姉さんのような優しい瞳で見つめていた。

「じゃあ、明日のために早く寝ないとですね! では!」
「ちょっと、まだ夕食前よ!」
「そ、そうでしたー!」

 意気揚々と部屋を出ていくも、モモ先輩に指摘される。返事をするがそのまま廊下を軽やかな足音を立てて走って行ってしまった。

「まったく……落ち着きないわね」
「何だか仲良くなれたみたいで嬉しいです」
「そ、そんなのじゃ……。ただあの子が子供っぽすぎているから、大人な対応を取るしかないだけ」

 照れるようにぷいっと顔を背けてしまう。その態度もどこか幼さを感じ、その見た目も相まって二人は、お似合いな気がした。

「でも……羨ましくも思うわ」
「羨ましい……ですか?」
「ええ。あんな風に無邪気に自然体でいて、色んな人から好かれそうな愛嬌があるわ。きっと、普通にしているだけで愛されて守られる。それに、良い家庭環境で育ったみたいだし……あたしとは大違い」

 そう自嘲気味に口元を歪めた。遠くを見つめる瞳には寂しさがあって、その先には過去があるのだと推察出来る。

「モモ先輩……」
「ごめん、変な話をしちゃったわね」
「い、いえ」

 何か言えれば良いのだけど、モモ先輩の過去を深くは知らない僕には、適切な言葉は見当たらなかった。アオと同じように。

「それよりもユーぽん。突然だけど、約束のあたしの言う事を一つ聞いてもらえないかしら」
「は、はい。何でしょう……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。とっても簡単な事だから」

 僕を安心させてくれるような微笑みを浮かべる。それに胸を撫でおろす。変なお願いはされなそうだ。

「それなら……どんな事をすれば?」
「今日の夜、あたしと添い寝して」
「……え?」
「添い寝よ。一緒にこの部屋で寝るの」


 
 寝る時間となると、約束した通りモモ先輩は僕の部屋にやってきた。お姫様風な可愛らしいピンクのパジャマを着ていて、改めてこれから一緒に寝るんだと再認識させられてしまう。

「あの……本当にここで寝るんですか?」
「もちろんよ。さ、もう遅いしベッドに入るわよ」

 モモ先輩はベッドの端に腰掛けるとポンポンとそこに来るよう促してくる。

「ええと……でもどうして?」
「だって、あの子とは沢山添い寝をしてんでしょ。それならあたしもしなきゃ駄目なの」
「で、ですが……色々とまずいような」
「いいから。……それともあたしの事が嫌い?」

 その質問はずるい。当然否定は出来なくて、僕はどうしようもない事を悟り、諦めベッドへ向かった。

「じゃあ……僕は奥を使いますね」
「わかったわ」

 壁の方に顔を向け横になる。するとその後にモモ先輩が入ってきて、一人用のため少し狭く、身体が触れ柔らかな感触と体温が伝わって、心臓の鼓動が加速してしまう。

「ふふっ、隣に人がいると温かいわね」
「そう……ですね」
「それにぬいぐるみも沢山あって癒されるし。抱き心地も最高ね」

 背中側から声を潜めて話すモモ先輩の声。その感じが、より添い寝を意識させてくる。僕は、間違いが無いように、フルパワーの理性を持った。

「身体に力入っているわよ」
「……!」

 モモ先輩の小さな手が肩に触れられて、感覚が研ぎ澄まされているせいで身体が少し震えてしまう。

「そんなに緊張せず、リラックスして。これも仲良し作戦の一つなのだから」
「作戦……ですか?」
「ええ。だって隣り合って眠って一夜を過ごすのよ? もっと仲良くなれると思わない?」
「……まぁ、そうですね」

 その人と一緒に寝たという事実があると、確かに関係が進展しているのだとはっきりと実感出来る。コノとすぐに打ち解けたのもそれが一つの理由だろうし。

「でも……色々リスクとかあるじゃないですか。僕、男ですし」
「ユーぽんはそういう事はしないって信頼の上でやってるのよ。添い寝は信頼の証でもある。あ、一応言っておくけどあたしも何もしないからね? もしかしたらちょっといたずらしちゃうかもだけど」
「え」
「ふふっ、冗談よ。怖がらなくて大丈夫」

 クスクスとモモ先輩は笑う。変な冗談のせいで何だか力が抜けてしまって、緊張も少しほぐれた。

「はぁ……それにしても結構強引なやり方じゃないですか? 仲を深めるならもっと今日みたいにゆっくりとした方が良いと想いますけど。傷つける可能性もゼロじゃないですし」
「そうね。けれど、時には強引さも必要だと思うわ。そうでもしないと変わらない事だってある」
「変わらない……」

 目の前の壁はとても冷たかった。無機質でざらついていて、向こう側を考えるとどこか寂寥感もあって。でもその反対側はモモ先輩がいて、ドキドキしてしまうけれど夜の寂しさはなく温もりと安心感が確かにあった。

「ミズちゃんの事だってそう。きっと、無理やりでも外に連れ出す必要があるの。そして、それをする資格があるのはあなただけ」
「でも僕は傷つけたくない」
「……ユーぽんだって強引に解決した事あるでしょう? 命をかけてでもクママさんの件を解決しようとしたわ」
「あれは僕だけが傷ついただけで……」
「それを見て悲しむ人がいる事くらい、わかるでしょう?」
「……」

 あの時は無我夢中だった。それに僕みたいな存在がどうなろうと良いとさえ思っていて。けれど、悲しませてしまうとはわかってもいた。それでもと戦いを挑んだ。

「あたし、あなたを守るために好きになるって言ったけど、それだけじゃないの。自己を犠牲にしてでも誰かのために頑張る姿はカッコ良いなって思って。ユーぽんは素敵な人だなって好きになったの」
「……」
「あなたの傷つけないようにする優しさも一つの魅力よ。けれど、相手を傷つけてでもたすけようとするのも一つの優しさだと思うわ。それを覚えておいて」
「……はい、わかりました」

 今度は後頭部に触れられて上下に撫でられる、まるでその言葉を刻み込むように。そうされるのは物理的にも精神的にもくすぐったかった。

「ねぇユーぽん。今日、楽しかった?」
「楽しかったです。モモ先輩のおかげで、素敵な場所を知れて、好きな物も買えて、一緒に遊べて。色々ありますけど、リフレッシュ出来ました」
「あたしも同じよ。一趣味が合うし、お買い物にも付き合ってくれるし、遊ぶ時は全力だし。ユーぽんの事を色々知れて、もっと好きになったわ」
「……」

 全身が熱くなって汗ばんでくる。心臓の音とモモ先輩の甘い言葉が脳にうるさく響いていた。

「少しだけこっちを見て。大事な話があるの」
「……っ」

 ゆっくりと反対に身体を向けると、モモ先輩の顔が目の前に。可愛らしい童顔にタレ目で桃色のクリクリな瞳、きめ細やかな肌、そして血色の良い唇。吐息がかかる距離にそれらがあって、僕は目のやり場を失い、視線が定まらない。それに呼応するように、心も激しく乱れる。
 ただそれは僕だけじゃないようで、モモ先輩も顔を赤くさせて照れくさそうに口元が緩んでいた。

「あの……ね」
「え……あ」

 この流れでこの状況で大事な話。妄想が駆け巡って頭が熱暴走を起こしてしまう。

「もし今の問題が解決して、気持ちの整理が終わっても今と変わらなかったら、伝えたい事があるの。だから……その時まで待っていて欲しいわ」
「わ……わかりました」

 想像とは違って少しほっとする。モモ先輩は仰向けになって息を大きく吐いた。僕も同じように、天井に顔を向ける。

「ありがとユーぽん。それまでは、このままの関係でいてね」
「も、モモ先輩?」

 僕の右手に彼女の左手に包みこまれた。それは僕のよりも小さく滑らかで、何より優しい熱があって。

「悪夢を見ないようにあたしが守ってあげる。だから、安心して眠って」
「……ありがとうございます」

 そう言ってモモ先輩は、目を瞑ってしまう。それに倣って僕も瞼を閉じた。それによって、繋がれた手に意識が集中して、心はその温もりに寄りかかり、次第に心地の良い眠りに誘われて。

「僕も……モモ先輩が良い夢を見られるよう……祈っています」
「うふふ、おやすみユーぽん」
「おやすみなさい、モモ先輩」

 僕とモモ先輩は互いの手を繋いだままで、意識を手放した。共に良い夢を見れるように。
「う……ん……」 
「すぅ……すぅ……」

 自然と心地の良い微睡みから引き上げられて、意識が覚醒する。身体の感覚も戻ってきて、同時に右手に繋がれた人の手の温もりも感じてきて。ぼーっとしていた頭の中に、モモ先輩との添い寝をしているという記憶が蘇ってきた。

「あ……うわぁ! って痛っ!」

 目を開けると、すぐそこにモモ先輩の寝顔があった。それに思わず首を後に仰け反らせてしまい、壁に後頭部がぶつかってしまい衝撃が走る。ジンジンと痛む部分を左手で押さえた。

「ユー……ぽん?」

 そのせいで穏やかな表情で眠っていたモモ先輩の瞼がゆっくりと開いてしまう。桃色の瞳はとろんとしていて、いつもよりもさらに幼く見えた。

「も、モモ先輩……おはようございます」
「おはよ……えっと、どうかしたの?」
「いや、ちょっと頭ぶつけちゃって」
「うふふ、おっちょこちょいね。ふわぁ……そろそろ起きなきゃよね」

 微笑んでから、可愛らしく欠伸をして身体を起き上がらせた。それによって僕の右手が少し引っ張られ、同じく上体を起こす。

「あ……ふふっ。ずっと繋いでいたのね。ちょっと恥ずかしいわ」
「……ですね」
「でもおかげで安眠出来たわ」

 まるで恋人みたいだ。そう意識すると、変な気持ちになりそうで、僕はすぐに思考を止めた。モモ先輩もはにかんで、するりと手を離す。手のひらが少し涼やかになるけれど、どこか心許なさがあった。

「もう少しこのままでいたいけれど、朝ご飯もあるし、もう行くわね」
「は、はい」
「ねぇユーぽん。良く眠れた?」

 モモ先輩はベッドから出て、こちらを振り返ってそう尋ねてきた。

「眠れ……ました」

 コノと何度も添い寝をしたからか、過剰な緊張はなくリラックスした心持ちで睡眠に入れた。

「ふふふ、それなら良かったわ。それじゃまた後でね」

 モモ先輩はにこりと笑ってから、部屋から出ていく。ベッドの隣を見ると、さっきまでそこに人が寝ていたシワと温もりが残っている。僕は意識が冴えるまで、しばらく温かさに包まれ続けた。



 アヤメさんが作ってくれた普通の朝食をモモ先輩とコノと一緒に食べて、完食してからしばらく今日何をするかを二人と会話していると、アヤメさんが僕達に話しかけてきた。

「遊ぶ予定を立ててるところ悪いんだけどさー。それは今度にして、今日にちょっとやって欲しい事があるんだー」
「な、何だか嫌な予感がするのだけど」
「だいじょーぶ。そんなに難しいものじゃないし、君達のデートの代わりにもなると思うから」

 いつものような軽い調子でそう説明してくる。モモ先輩経験からなのか少し、疑惑の視線を送っていた。

「うーん、ユーぽんはどう思う?」
「僕はそれでも大丈夫です。コノはどう?」
「コノはユウワさんとデートが出来れば何でも良いです!」
「二人がそう言うなら……わかったわ。それであたし達は何をすればいいの?」

 話がまとまり、僕達はアヤメさんの方を見てその先を促した。彼女は嬉しそうに頷くと、説明を始める。

「やって欲しいのは、ウルブの島にいるボアホーンの捕獲に森の調査だよ。最近、あそこの森のボアホーンの気性が荒くなってて、動きも活発になっているみたいなんだー。そのせいで村に行き来する人や狩りをする人達が困ってる。そこでその原因解明と狩りをして欲しいんだよー」
「内容は理解したけど……どうしてそれをあたし達に?」
「並の狩人よりロストソードの使い手の方が強いし、何よりその原因が霊の可能性があるみたいでさー。正直、今はミズアも空も動けないから心配ではあるんだけど、頼めるのは君達しかいないから」
「……霊絡みね。心配いらないわ、あたしがいるしユーぽんも強くなっているし。ね、ユーぽん!」
「は、はい。ロストソードの力を借りれば、戦えるので」

 僕にはギュララさんとホノカの力がある。能力は低くてもボアホーンとは渡り合えるはず。

「コノも戦闘力はあんまりですけど、お手伝いくらいは出来ると思います!」
「ありがとねー。頼りにしてるよ!」

 アヤメさんやモモ先輩からコノへと視線を送ってから、最後に僕を見てくる。

「ニヒヒっそれにしても優羽くん、成長したねー」
「そ、そうですか?」
「うん! 初めて会った時は、ミズアから聞いていた感じの優しそうだけど、弱々しくて危うさがある子って印象だったけど。今は、優しさはそのままに確かな強さと少しの自信がある。まぁ危うさはまだ感じるけれど、ある意味では、もうミズアよりも強くなっているのかもねー」

 片目を瞑って意味ありげな微笑みを浮かべる。

「さ、流石にアオよりは言い過ぎじゃ?」
「そうでもないよー? すごーく成長しているし、しかもその速度も驚いちゃうくらい。一連の二つの霊の問題がそうさせたのかな。それとコノハちゃんの存在も大きそうだね」
「……かもですね」
「コノにとっては、ユウワさんは初めから勇者様です。そしてこれからも!」
「……」

 コノは僕に純粋な笑顔と信頼を向けてくれる。この感覚はとても久しぶりで、ほとんど忘れていたもので。子供の頃のアオ以来だった。
 アヤメさんが言うように、大きく変われたのはそのおかげなんだと思う。守るものがある、そんな状態が強く背中を押してくれた。

「今の優羽くんならミズアを……速水葵を救えるかもね」
「……!」
「期待、してるよ」
「は、はい!」

 やっぱりまだアオの事を助けられるのか自信はない。けれど、そう言われてまた一つ背中を押してもらえた。僕は胸に手を当てて、その期待を刻んだ。
 僕は身支度を整えるために一度部屋に戻った。今回はどこかに宿泊するわけではないので、大きな荷物は必要ないと思い、リュックは置いておく。制服に瞬間的に着替えて、僕はクローゼットからオボロさんから貰ったこげ茶色のグローブを取り出して手に着けた。本当は大切なものだし大事にしたいけれど、使わないとホノカに怒られそうで、力を借りる事にする。
 準備が終わり部屋を出て、下の階に降りるとすでに二人がいてアヤメさんと話していた。モモ先輩は、いつも通りのゴスロリスタイルで、コノは村を出る時に貰っていた黄緑と赤色のスカート巫女服を着ている。

「ユーぽん、準備出来た?」
「はい。戦闘出来る状態です」
「そう。コノハも本当に大丈夫?」
「問題ないと思います」

 モモ先輩はまさしく先輩としての責任感からか、僕達を気にかけてくれる。その姿を見ると安心させられて緊張も緩和した。

「行く前にこれを持っていって」
「こ、これって……」

 アヤメさんが手にしていたそれは、白色で上下に画面ある携帯ゲーム機のような形をしていた。

「凄い既視感のあるマギアね」
「何だか懐かしくなります」

 昔はこのゲーム機で沢山遊んだ。一人だけでなく、クラスの友達やもちろんアオとも一緒に。僕の人生でもっとも輝いていた時を思い出してしまう。ちなみにアオはゲームがとても上手くて、僕なんかよりも圧倒的だった。

「作る前に、デザインをミズアに考えて貰ったんだー。これはね、上画面にはマジックロープの残弾数と搭載されているカメラからの映像が表示されて、下画面では地図と今いる地点が表示されるんだ」

 見せてもらうと、言われた通りの画面になっていた。カメラ映像も綺麗で真ん中には照準マークがある。地図もこの街のものでちゃんと僕達の位置も赤い丸で示されていて、向こうの世界のものと遜色ない。

「このカメラで狙いをつけてこのAボタンを押すと、マジックロープを撃てるんだー。弱らせてからそれでボアホーンを捕まえて。後で狩人の人達に処理してもらうからさ」
「捕まえたのはそのままでいいの?」
「だいじょーぶ。君達が行ったすぐ後に付いて行ってもらうし、マジックロープがある位置はわかるようにしてあるから」
「凄く便利ですね」
「ふふん。威力も凄いんだよ? 多分半亡霊にも効くし」

 アヤメさんは誇るように胸をそらす。それに、コノは瞳をキラキラさせていて。

「わぁ! こういう物を作れるなんてカッコいいです!」
「ニヒヒっ、それじゃあ君にこれを預けるよ」
「い、いいんですか?」
「うん。どーぞ」

 コノはそのマギアを受け取ると、まるで高級品のように震える手で乗せる。

「使わない時は閉じてね」
「と、閉じる? どうやって……」
「こういう風にするのよ」

 モモ先輩はコノの手を動かしてあげてやり方を教える。それは元になったゲーム機のようにカチャッと閉じた。

「閉じました……じゃあこうすれば……開きました。そしてもう一度……閉じました!」
「楽しそうだね」
「はい! 新感覚です!」

 よっぽど琴線に触れたらしく、何度も開いたり閉じたりしている。子供みたくはしゃいでいて、可愛らしくもあり少し羨ましくもあった。

「そんなに喜んでくれると嬉しいよー。最近はミズアに見せられてないからそんな反応貰えなかったからさー。今度、コノハちゃんにマギアを作ってあげるね」
「いいんですか! ありがとうございます! えへへ、どうしようかな……」
「……楽しそうにしているところ悪いけど、そろそろ行くわよ」

 盛り上がっているコノにモモ先輩は姉のような面持ちで苦笑している。

「わかりましたっ。マギアはコノに任せてください!」
「ええ。それじゃ」
「「「いってきます」」」
「いってらっしゃーい!」

 僕達はアヤメさんに送られて店を出てウルブの森へと向かった。



「……」
「ユーぽん、心配いらないわ。前みたいにはならないから。それに、これもデートなんだから気楽にね」
「は、はい」

 三人で森の中に入る。木々の隙間はエルフの森よりも広くて、陽の光が差し込んでいる。けれど、思い出してしまうのは、魔獣達に襲われた記憶。前よりも強くはなっているけれど、やはり不安が押し寄せていた。

「コノもいますからだいじょーぶ、です」
「あ、ありがとう。勇者なのにこんなのでごめんね」
「いいえ。そういう部分も含めて勇者様なので。それに、ユウワさんとは頼って頼られの関係になりたいですから!」

 顔に出ていたらしく、二人に元気づけられる。恥ずかしくなるが、嬉しくもあり守られているような感覚が心を前向かせてくれた。

「……あれは」

 森の奥へと進んでいれば、ある魔獣が姿を現した。

「キユラシカね」
「温厚な魔獣さんですよね。あまり外を知らないコノも知っている子です……ってユウワさん?」

 僕はコノの後に身体を縮めて隠れる。勇気を貰って早速だけど、思わずそうしていた。

「あはは……ユーぽん、何故かキユラシカに狙われるものね」
「見つかったら、また襲われるかも」
「……不思議です。あんなに穏やかそうなのに」
「人も魔獣も見かけによらないんだよ、きっと」
「いえ、ユーぽん以外には穏やかよ?」

 キユラシカは、名前の通り大きな二つの角で木を挟んで揺らして落ちてくる果物を食べている。話の通りなら、あんな感じで彼らはこちらが何もしなければ敵対してこないはずなんだ。

「もしかしたら、今回なら襲われないかも? ユーぽん、強くなったし」
「そ、そうですかね……」
「今こそトラウマ克服のチャンスよ。万が一があってもあたし達が助けるわ」
「マジックロープの残弾数も沢山ありますし、コノがマギアで捕まえちゃいます」

 二人に背中を押されて前に出されてしまい、僕は姿を晒した。すると、食べる途中のキユラシカがこちらを見てきて。

「え……うわぁぁぁ!」

 威嚇するように、獲物を見つけたように、二本の角をガシガシとしてから、こちらに飛びかかってきた。

「あちゃー。やっぱり駄目だったわね」
「ゆ、ゆ、ユウワさん!」
「なんでぇぇぇ!」

 案の定キユラシカに追われることとなり、逃げるはめに。全力で走りつつ、モモ先輩達が見える範囲で逃げ回る。木を使いながら攻撃を避け、小回りに動き続けた。

「はぁ……はぁ……」
「ユーぽん、あたしが魔法で倒すから、もう少し遠くにお願い!」
「わ、わかりました!」

 僕はモモ先輩達から離れるため、引きつけて目的の位置まで誘導する。背を向いて逃げるだけでなく、後ろを確認しながらというのは、恐ろしくもあり難しい。常に凶器がこちらにあると認識させられるから。でも、恐怖を噛み殺してそれをし続けた。

「ここなら……今っ!」

 木を背にした僕にキユラシカが挟もうと迫る。そのクワガタのような角二本に挟まれるギリギリでかわす。強く木を挟んだことで動きが少し止まった。

「ナイスよユーぽん! 喰らいなさい、スパ――」
「ブモォォォォ!」
「え」

 その声と足音に、キユラシカに集中していた意識は瞬間的に反対方向に向いた。そこにはこちらに猛突進してくるボアホーンがいて。

「あっぶ!」
「ブモォォ!」
「――!」

 地面に飛び込むような形で避ける。前転で衝撃を吸収してすぐに体勢を立て直し振り返ると。すでにキユラシカは遠くにふっ飛ばされていて、すぐそこには紅の毛皮を持つイノシシみたいな魔獣のボアホーンがいた。カブトムシみたいな一本の鋭い角を僕の方に向けて、今にも再び突進しそうに足を動かしていて。

「ブモォォ」
「っ」
「ユーぽん、目を瞑って! スパーク!」

 そう言われて反射的に瞼を閉じると、一瞬目映い光を感じた。それと同時にボアホーンの弱々しい声が聞こえて、目を開けると、そいつはしびれているのか地面に倒れてピクピクとしている。

「コノハ、今よ」
「は、はい。これで狙いを定めて……えい!」

 コノがボタンを押すと、マギアのカメラ部分から白い魔法陣が出現して、そこから同色のロープが放たれる。真っ直ぐ伸びたそれはボアホーンの身体に着弾すると、勝手に巻き付いて完全に拘束した。

「や、やりました!」
「上手くいったわね。ユーぽんは、大丈夫?」
「は、はい。何とも……ってまた次が!」

 達成感に浸る間もなく、またボアホーンがこちらに向かってきていた。突撃準備をしているようで。

「ブ……モォォォォ!」
「……っ」

 僕へと直線に襲いかかってくる。それに手にロストソードを出して構えた。思い出すのはアオがボアホーンをいなした姿。引き付けてから剣で掬い上げるようにして、投げ飛ばした。今の僕なら出来る、そんな気がして。

「……」
「ブモォォ!」
「……」
「ブモォォォォ!」
「や、やっぱ無理!」

 直前で怖くなり、ギリギリのところで身体を投げ出して向かい撃つ事なくかわしてしまった。そのままボアホーンは奥の木に角を突き刺して身動きがとれなくなって。

「ナイスよユーぽん! スパーク!」

 モモ先輩の目元にあるハートマークは黄色になり、可愛らしくウインクをした瞬間に黄色の魔法陣が現れてそこから電撃がほとばしった。それをモロに受けたボアホーンは、力なく倒れる。

「今です!」

 そしてコノがマギアを使って捕まえた。これで二匹目だ。

「やったわね。この作戦でどんどん捕まえていくわよ!」
「はい! マギアはコノに任せてください!」

 強い手応えを感じたらしい二人は、盛り上がって仲良くハイタッチしていた。関係が目に見えて進展しているのは、嬉しいのだけど、僕の囮作戦の続行を止めづらい雰囲気になっていて。

「ユーぽんも、頑張って!」
「ユウワさん、一気にやっちゃいましょう!」
「……はい」

 このやり方で続ける方針に固まり、僕達は森の中を歩き周りボアホーンを捕まえていった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「ユーぽん、お疲れ様。これで八匹目ね」
「順調ですね! コノもマギアの操作にも慣れてきました!」

 結局僕の囮作戦は続けられて八匹を捕獲した。しっかりと成果も出たので止めることも出来ず、役割を遂行することに。始めてから一時間は経っただろうか、通常は能力の低い僕は、当然体力も少なく今にも横になりたかった。

「ちょっと……休憩させてください……」
「そうね。少し休まないとユーぽんが倒れちゃう」
「水飲みますか? 魔法で出せますよ」
「お……お願い」

 近場にあった木を背もたれにして地面に腰掛ける。そしてコノが片膝立ちで目の前に来て。

「お口、開けてください」
「う、うん」

 少し恥ずかしいけど、大きく開けると手のひらをこちらに向けてコノは呪文を唱える。すると、チョロチョロと水が口の中に入ってきた。カラカラだったから喉は強く喜んで、その水はとても美味しく感じる。

「どうですか?」
「た、助かったよ……ありがとう」

 身体の力が一気に抜けて生き返ったような心持ちになる。呼吸の速度も次第に落ち着いて楽になった。

「その……美味しかったですか? コノのお水は」
「え……っと……良い感じだったよ?」
「えへへ、良かったです! 欲しくなったらいつでも言ってください。コノ水、あげちゃいます!」
「う、うん……」

 役に立てたと無邪気に喜んでいるのだけど、コノの言葉が変な意味に聞こえてしまっていた。いけない、汚れた思考は捨てないと。

「ユーぽん、何か変な想像していなかった?」
「し、してないです……」

 モモ先輩からジト目でチクチクする視線を送られる。的確な指摘で心拍数がまた上昇して目も泳いでしまって。
 近づいてくるモモ先輩を見ることが出来ず、そらしたままでいると。

「……えっち」
「いや……違くてですね」

 少し不機嫌な口調でそう耳元で囁かれた。言い訳を試みるも聞いてもらえず、離れていってしまう。

「お二人共、どうしました?」
「いいえ、何でもないわ。もう少ししたら再開するわよ」
「はい!」
「了解……です」

 それから続けて僕は黙って身体を休めた。その間に二人は色々と談笑していて、チームプレイでやっていたからより距離が縮まっているようで。それに嬉しさを感じると共に、二人だけの空間が作られたような気がして微かな寂しさもあった。

「そろそろ行きますか?」
「ユーぽん、もう大丈夫なの?」
「問題ないです」
「わかったわ。それじゃ行くわよ」

 僕達は再び行動を開始する。再開から少しして、一体のボアホーンと遭遇して、危なげなく捕獲した。

「残りは一匹ね。ノルマの達成は楽勝ね」
「けど、原因はまだ良くわからないですよね」
「……そうね」

 歩き回っていても、何か特別な事が起きているかは分からずじまいで。普通ののどかな森って感じだ。魔獣はいるのだけど。
 それから僕達は周囲を注意深く見ながら森の中を進んでいく。

「ねぇ、コノハ。森と親密なエルフ的に、何か感じることはある?」
「……ごめんなさい、あんまりわからなくて。コノ、お外には出てなかったので」
「謝らなくていいわ。ありがとう」

 目の前に開けた空間が見えてくる。それはとても既視感のあるもので。

「……そんな前じゃないのに、少し懐かしい感じしちゃいます」
「そう感じるくらい、濃い時間を過ごしたからじゃない?」
「ですね。……ここに寄っていきますか?」

 隣にいるコノの様子を見ると、行きたそうに瞳を輝かせていた。新しいものには目がない。

「まずは、ノルマを終えてからね。それから、ちょっと寄る感じでいいんじゃない。コノハも行きたいみたいだし」
「モモナさん……ありがとうございます!」
「ちょっ……くっつかないで……わ、わかったから!」

 コノにぎゅっとされてモモ先輩が困ったような声を出す。何だか懐いた犬のような感じだ。微笑ましくもあり、妙なざわつきもあって。僕はそれをすぐに振るい落とした。

「二人共そろそろ……っ!」

 北の方から大きな雄叫びが聞こえた。心なしかそれに驚くように木々も揺れている。

「な、何の声でしょうか……」

 それに怯えた様子のコノは自然と僕の傍に寄ってくる。

「……モモ先輩、この声ってもしかして」
「ええ……ちょっと様子を見に行くわよ」

 その凶暴そうな雄叫びの声の中には、どこか聞き覚えのある声音が混ざっていて。僕達はその音の元へと進んだ。

「あのあの、危なくないですか?」
「多分大丈夫だよ。知り合いかもしれないんだ」
「お、お知り合い……?」

 怖がる彼女の手を繋いで奥へと歩む。すると眼前に、少し木々が少ない日当たりの良い場所が広がった。そしてそこには二つの大きな姿がいて。

「……」
「ブグモォ」

 僕達に背を向けているのは、藍色の毛皮を持つ二足歩行の巨体。二本の角や丸太のような腕、殺意が光る五本の爪を持っている。デスベアーだ。対峙しているのは紅の毛皮を持つボアホーン。なのだけど、今までのとは二回りも大きい。さながら怪物同士の戦いで、僕達は離れた地点から見守る。

「大きい、ですね」

 コノは僕の後に隠れて、顔を少し出してその光景を眺める。

「そうね。あの大きさのは初めて見たわ」
「もしかしてあれが原因だったり?」
「どうかしら。ただ大きい個体って可能性もあるわ」
「あのボアホーンさんは、これで捕まえられるでしょうか……」
「まぁ、多分いけるんじゃない? 霊もいけるって言ってたし」

 そんな風に会話していると、ついに睨み合いが終わりを迎えて動きが出てきた。

「ブグ……モォォォォ!」
「……」

 重低音を響かせながらボアホーンはその体躯で突進。普通の個体よりもスピードはないが、確かな圧力とパワーがそこにあった。それに対して、デスベアーは左の爪を血の色に輝かせていて。

「デスクロー……!」
「ブモ……!?」

 その爪の間合いまで引きつけると、身体を貫かんとするボアホーンの一本角を掬い上げるようにデスクローを放った。

「ブグゥ……」

 それは僕が理想としたやり方であり、ボアホーンはその身体に似つかわしくないほど、軽々宙を舞い後方に飛ばされた。
 もろに地面を揺らしながら衝突し横たわる。だが、すぐに立ち上がると、背中を向けて奥へと猛スピードで逃げてしまった。

「……ふぅ」

 デスベアーは息をつくと、変身を解除。そこに巨体はなく、痩身で長身の猫背の男が立っていた。

「クママさん」
「あ……ヒカゲさん! それにモモナさんも!」

 僕は彼の名前を呼びかけながら、さっきまで戦いの場だったそこに。陽の光を直接受けられてとても温かった。
 クママさんは僕達だと気づくと嬉しそうに微笑んだ。

「その……見てましたか、今の」
「ええ。勇敢に戦っていたわ。もう戦うことには慣れた?」
「……まだ少し怖いですけど、ギュララのことを思い出して背中を押してもらっています」
「クママさん……」

 遠くを見るその瞳はどこか寂しそうだけれど、強い光をたたえて前を向いていた。

「そういえば……そちらの方は……エルフ?」
「あ……えっと……こ、こんにちは。コノハです……」

 怖ず怖ずと僕の背から離れて、コノはクママさんに挨拶する。

「コノハさん……ですね。僕はクママって言います。前にお二人には亡霊の件でお世話になりまして。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそっ」

 種族も背丈も全然違う二人が緊張した感じで頭をペコペコしあっているのは、少し微笑ましかった。

「コノも実は、同じく亡霊の事でユウワさんに助けてもらっていて」
「そうなんですね……では僕達は同じですね」
「はい、同じです」

 互いに深くは語らなかった。けれど、二人はしっかりと目を合わせて、心を通わせているようでもあった。もうコノから怯えは無くなっていた。

「そういえば、どうして森に? もしかしてボアホーンの件かしら?」

 自己紹介が終わると、モモ先輩からそう切り出した。

「そうなんです。最近彼らの気性が荒くなっていて、気になって調べていたんです」
「実はあたし達もそうなの。依頼を受けててね。それと、ボアホーンの捕獲もついでにやっていたの」
「そ、そうだったんですね。すみません、逃がしてしまいました」

 クママさんは申し訳ないといった感じで目を伏せる。

「き、気にしないでください。また探せばいので」
「……まだ調査するんですよね。では、僕もお供してもいいでしょうか? 同じく原因は調べているので」
「もちろん大歓迎よ。一緒にいてくれると心強いわ」

 偶然にも良い出会いがあった。クママさんが仲間になれば安心だ。

「では少しの間ですが、よろしくお願いします」
「はい、お願いします」
「よろしくです!」

 そうして僕達は、クママさんを加えてあの大きなボアホーンが逃げ出した方へとさらに進んだ。
 森の中の景色は基本的に同じような感じで、たまに、同じところをぐるぐるしているのではと不安になってしまう。けれど、コノが持っているゲーム機の形をしてるマギアの地図機能のおかげで、確実に前進してるのだと安心出来た。
 大きなボアホーンの足取りを追っていく中、ある場所を境に周囲に少し変化が起きる。木の足元によく果物が落ちていたり、食べかけのものが道端にそのままにされていたり。魔獣が多いのだろうか、より警戒感を強める。

「……そういえばハヤシバラさんはどうしていますか?」
「ソラくんは……一応元気、かな」
「そうですか。安心しました」

 クママさんは林原さんが霊になっている事は知っているのだろうか。ギュララさんの事で、ある程度一緒にはいたはずで。気になるけど、質問する事は出来なかった。

「あの、コノハさんが持っているそれって何ですか?」
「これは何か凄いマギアです!」
「ええと……そうですか」
「いや、説明不足過ぎるでしょ」
「そ、そうですよね……あはは……」

 流石にアバウト過ぎてモモ先輩からツッコミが入った。クママさんもコノの説明に目をパチクリさせていて、困ったように微笑んでいて。

「それには、地図が見れたり魔獣を捕まえられる魔法のロープを出せる機能があるの」
「へー! 凄いマギアですね! イシリスの街にはそういうのも売ってるんですね」
「びっくりですよ! アヤメさんの魔道具店なんて店いっぱいにマギアが置いてあって、凄いんですよ!」

 テンションが上がったクママさんに同調するようにコノも興奮気味に話す。

「今度、行ってみようかな……」
「それなら是非家に来てね。品揃えは街一番だし、オーダーメイドもあるから!」

 そうモモ先輩はちゃっかり販売員のように、アヤメさんのお店を紹介した。

「……あれ」

 そんな風に談笑していると、また景色が変化した。この地点は少し森が深くて薄緑の陽光が差し込んでいる。そして食べ物が点々と落ちていて、何より魔獣が何匹も横たわっていた。一番多いのはボアホーンで。

「し、死んで……」
「いえ、倒れているだけみたい。何かにやられたのかしら」
「ぶ、不気味ですね。えと、一応捕まえておきますか?」
「そうね。後一匹だし……そこのをやっておいて」
「わかりました」

 近くに倒れていたボアホーンにマギアを向けて、魔法のロープを発射。難なく捕まえられる。

「何だか嫌な感じですね。この森で一体何がおきているのか」

 クママさんは深刻そうに顔を顰めて、倒れている魔獣達を見回す。

「奥に行けばわかるかもね。もしかしたら異常の原因も」
「行くならもっと警戒しなきゃ、ですよね」
「そうね。固まって動くわよ」

 そうして僕達はより身体を寄せる事に。その際、モモ先輩とコノは僕の方に結構密着させてきて。二人の体温がダイレクトに伝わって、別の意味でも緊張してきた。状況も状況で、離れるよう言いづらくて、我慢しながら進んだ。

「その、皆様はとても仲良しなのですね」
「まぁね。特にユーポンとは」
「コノもですよ!」
「そ、そうなんですね……」

 二人の様子にクママさんは苦笑する。僕も同じくそうするしかなくて。嬉しいは嬉しいけれど少し困ってしまう。
 そこから一旦会話が止まる。すると、少し冷えた風が通り、葉達が大きく揺れてざわざわとして。それに何故だか不安感を煽られる。

「え」
「ブグモォォ!?」
「皆、止まって!」

 僕達の十五メートルくらい先、そこに空からあの大きなボアホーンが降ってきた。大きく重い音を立てて地面に衝突。少しの間、倒れたままうめき声を出して痛みに悶えるように足を動かしていてた。

「一体何が……」

 ボアホーンはそれからすぐに起き上がり、辺りを見回し、僕達の方をギョロッと見ると。

「ブグモォォ!」
「き、来ますっ!」

 僕達めがけて重量のある身体で突進してくる。ダメージのせいかスピードはゆっくりだけど、巨体が迫る圧力は、尋常ではなく足の動きを鈍くさせてくる。

「この距離だと変身が間に合わない……」

 そのクママさんの言葉を耳にした瞬間、僕は反射的に皆の前へと身体が一人で動いた。

「ゆ、ユーポン?」
「ここは僕がいきます……」
「ヒカゲさん、危険ですよ」
「大丈夫です、任せてください」
「ユウワさん、頑張ってくださいね!」

 僕はロストソードを握り、ギュララさんの事を想う。刀身は藍色に輝き、そして意志を持つように動き出して、切腹するように僕の腹へと突き刺した。痛みはなくそのまま身体の中に入っていく。

「ひ、ヒカゲ……さん?」
「話には聞いていたけど、中々の光景ね」

 そして尋常じゃない力がみなぎると共に、身体が大きく変化。デスベアーのような腕や爪、頭にはギュララさんと同じ角、瞳も紅に染まる。

「その姿は……まるでギュララを纏ったみたいな……」
「想像はしていたけど……凄い姿ね。それにとても力強さを感じるわ」
「ふふん、そうなんです!」

 驚く二人に何故かコノが自慢気にしているが気にせず、迫りくる巨体と一本の角に意識を集中させる。
 今度こそアオやクママさんがやったように、カウンターを決めるんだ。後ろには仲間がいて、さっきみたいに逃げる事は出ない。やるしかない。

「デス――」

 右手の爪が赤黒く染まり、ビリビリとその力が溢れ出す。ボアホーンの角は、三メートル、二メートルと接近。
 そしてついに攻撃の射程圏内入った。

「クロォォォォー!」
「ブグゥ!?」

 瞬間、突き上げるように爪を振り上げる。僕の身体に届く前に確かに角を捉え、そのままひっくり返すように全力で振り抜く。

「モォォォォ……」

 力を出し切れば、巨体は宙に投げ飛ばされていて、無防備に落下。顔を下にしたまま落ちた事で、その角が地面に刺さって。動けなくなっていた。

「はぁ……はぁ」

 一気に疲労感が襲いかかってきて、僕はすぐに変身を解いた。
 それからモモ先輩が魔法で弱らせてから、コノがマギアで捕獲。完全に身動き取れなくなった。

「……ヒカゲさん、今のって」
「はい。どうやら、僕は霊の力を身体に宿せるみたいなんです」
「そうなんですね……何だかギュララを見たような感覚になって、少し……嬉しくなりました」

 クママさんは、嬉しさや懐かしさ、そして少しの寂しさを含んだ微笑みを浮かべていた。

「……凄いパワーだったわ。まさかあんな大きな魔獣を吹き飛ばすなんて」
「ふふん、コノは驚きませんよ。知ってましたからっ」
「別に驚いてはないわ。出来るって信じていたもの」
「あ、あはは……」

 信頼してくれるのはありがたいのだけど、謎のマウントの取り合いが発生してしまう。

「勇気を持って引き付けてカウンター。ミズちゃんみたいでカッコよかったわ」
「あ、ありがとうございます……!」

 意識していたからそう褒められて、素直に嬉しかった。大きな魔獣を倒せた事の達成感もあって、心も頬も緩んでしまう。

「それにしても、一体何があったんでしょうか。あのボアホーンが飛ばされるなんて」
「あっ……それもそうですよね」

 浮足立っていた気持ちがすーっと引いて、冷静に地に足がついてくる。

「もしかしたら、あの先に何かあるのかもしれないわね」
「お、恐ろしいですね……」
「けど、行かなきゃ」

 僕達は少し息を整えてから、捕まったままのボアホーンを横目にさらに奥へと進んだ。フォーメーションはさっきと同じく固まって。

「……」

 緊張感に包まれ、さっきまでの余裕はなく無言のまま歩んでいく。辺りには果物や倒れている魔獣達がいて、危険な香りはずっと漂ったままだ。

「……止まって。何かいるわ」

 張り詰めた声で、ピタリと全員が止まる。少し開けた空間だった。モモ先輩の視線先を追っていく。木々に遮られていなくて、その姿はすぐに見つけられた。

「……まさか」
「霊……ね。それも暴走している」

 それは人の姿をしていて、身体からは紫の瘴気が出ていて、手には同色の剣を持っていた。僕達からは背を向けていて、森の中で無防備に突っ立っている。
 顔は見えない。けれどその身体の感じや剣の形は、見覚えがあって。すぐにその正体に気づいてしまう。

「ソラ……くん」