「そういや、コノハが買ったものってなんだったんだ?」
「『勇者アカツキユウゴ』シリーズの特別編をまだ買ってなかったから、それを」
コノは、バッグからその本を取り出して見せてくれる。
「特別編って?」
「普段は冒険であったり、追手から逃げたりしてるんだけど、この本は日常を描いてるんだ。特に、勇者とお姫様の恋愛要素もいっぱいあるらしくて、我ながら買い忘れてたのがびっくり」
「恋愛……ね」
そう話しながら村の北側、村長の家の前にまで戻ってきた。
「あはは、ホノカはそういうのは興味ないもんね」
「興味はな……くはないぞ?」
「え、そうなの?」
目を丸くしてホノカを見つめる。相当意外な反応だったようで本を落としかけた。
「ずっと、どうでもいいみたいな感じじゃなかったっけ?」
「それは……何か言いづらかったというか、あんまキャラじゃない気がしたし」
ホノカは新しい一面を出そうと、照れながらも頑張っている。それを見せられると、僕は心の中で応援した。
「じゃ、じゃあさ、好きな人とかいるの?」
「いや! いな……いけど?」
好奇心に瞳を輝かせるコノに迫られ、わかりやすく動揺した声で返答する。
「何かすごーく怪しいんですけど」
「き、気のせい気のせい」
「本当かなー? 正直にコノに話してよー力になるからさー」
コノは興味津々といった感じで色々と聞き出そうとして、対するホノカはタジタジになっていて、その構図は捕食者と襲われている獲物だ。
「三人共、少しよいか?」
「じ、じいちゃん? た、助かった……」
「むー、後で教えてもらうんだから」
オボロさんが三階から魔法で降りてきた。それでコノからの質問責めが中断されて、ホノカはほっと息を吐いた。コノの方は結局聞き出せず口を尖らせている。
「何だ、悪いタイミングだったか?」
「いいやグッドタイミングだ、じいちゃん。それで何の用?」
「うむ。少し下見のため儀式の場を案内しようと思ってな。ちょうどこの時間に行われるのだ」
あらかじめ言われていたわけでもなく、僕達は顔を見合わせた。
「あそこって何もない時に行ってもいいのか? 立ち入り禁止になってるだろ」
「儀式の日意外はそうだが、村長である我の許可があれば当然オーケーだ」
「えっと僕は……」
「おぬしも来てくれ。儀式中は入れぬが、何があるかわからないから一応見ておいてくれ」
全員行くこととなり、荷物はそのままにその儀式の場所に向かうこととなった。
オボロさんを先頭に僕達は後ろを付いて歩く。家の壁沿いを進んで裏手に出ると、木々に挟まれて真っ直ぐに伸びた道があった。その前には扉があり、その前に警備をしている人がいて。
「あら、コノハじゃない。それに、ホノカちゃんにヒカゲくんも」
「お母さん!」
その人はイチョウさんで、柔らかく微笑むと手を振ってくる。
「いつもありがとうイチョウさん。儀式の場の下見をしに行こうと思ってな」
「そうだったんですね、ではどうぞお通りくださいな」
イチョウさんは、手にしていた扉の鍵を用いて開けてくれた。
「お母さん、ありがとう」
「本番に慌てないように、しっかりと見てきてね。それと、道は真っ直ぐ進んで変な方向に行かないようにね」
「し、心配し過ぎだって。子供じゃないんだから」
心配性な母親の言葉にコノは顔を赤くして抗議する。
「二人共、コノの事をよろしくね」
「はい」
「オレ達がちゃんと見てるんで、安心してください。」
「ちょっとホノカまで〜!」
そんなコノの声を最後に、僕達はイチョウさんに見送られて扉の向こうに踏み入れた。
道は言われていた通り直線で、幅は細くて二人分くらいになっている。両端のすぐそこには木々が林立しており、その先にはちょっとした柵が設置されて、奥はさらに深い森となっていた。
「ここらの奥の森には、恐ろしい魔獣がうじゃうじゃいるのだ。だから柵は越えてはならぬぞ。頑張れば乗り越えてしまうからな」
「あの、魔獣があれを飛び越えてくることってないんですか?」
高さとしては僕の背丈くらいで、高い身体能力のある魔獣には超えられそうだった。
「問題ない。村を囲う柵には魔法がかけられ結界として機能している。それによって魔獣は寄り付かない。だが、それ以外にはただの柵。当然、マギア解放隊には効果はなしだ」
「……じゃあもしかしたら儀式の当日に乗り込んでくるかも」
「可能性はあるが、付近に住まう魔獣は桁違いの強さを持っていてな、仮にここにたどり着いていても奴らでも無事に済まないだろう。己の身を顧みぬ愚か者でもない限りそのような事はしないだろう、安心しなさい」
オボロさんはそう言うが、僕は楽観視できそうになかった。前回だって彼らは危険な森を越えて村に侵入し、目的を果たそうとしていて。それに、あの必死さを見ると特攻してこない方が違和感だ。
「……でも万が一の事を考えるとコノ達が心配です」
「ふむ、おぬしの言いたいこともわかる。しかし……中に入れるには……」
「ユウワさん、大丈夫ですよ」
前を歩いていたコノが振り返ってきて、不安を感じさせない光をエメラルドの瞳に宿して、そう言ってのける。
「もしもの事があればユウワさんに大声で助けを求めますから。ホノカもいますし、すぐにやられたりもしません」
「そうだな。どんな事があってもオレがコノハを守って時間を稼ぐさ」
「……けどコノは怖くないの?」
例え助けが来ることが分かっても、命を奪いに来る存在に襲われるのは恐ろしいし、間に合う保証もない。
「怖くない、わけじゃないですけど、信じてますから。ユウワさんっていうコノの……あっ」
「コノ?」
言葉の途中で何かに気づいたように立ち止まり、口を半開きのまま僕を見つめて。
「これ……かも」
「どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです。ごめんなさい、行きましょうっ」
小声で呟いた後、我に返ったようにコノは歩き出す。僕を追い越した彼女の表情はどこか晴れやかだった。
「着いたぞ」
「うわぁすごーい」
「でけぇな」
儀式の場に到着すると、各々にそこにあった光景に感想を口にする。
「……あれって」
そこは細い道から解放されたように広々とした空間になっていて、地面は緑の絨毯で覆われている。外周には円を作るように木々が立ち並んでおり、内側にはそれらの姿はない。中心には円を描く泉があり、その中に天を突く巨木が身体を浸している。泉からは水が森の方へと流れ出ていて、静寂な空間には水音が良く聞こえた。
「分かると思うが、あの木に祈りを捧げるのだ」
あの木にこの空間はひどく既視感があった。それは、僕がこの世界に呼ばれて始めて目を覚ましたあの場所ととても似ていて。
「そういやずっと気になってたんだが、どうして村のご神木じゃなくてあの木に祈るんだ?」
「まだ言っていなかったな。実はあれはご神木の一部でな、本体はあの巨木なのだ。あのご神木こそ神に最も近い存在」
「……でもどうして一部があそこに?」
「あれは、イリス神がこの村の者に管理を託した証。我々の自然を愛する心が相応しいと選んでくれたのだ。だからこそ、島の代表であり簡単にマギアを入れる事ができない」
あの木がそうなら、あの島にあったのもご神木なのだろうか。
「あのオボロさん。あのご神木って他にもあるんですか?」
「うむ。様々な島にあるぞ、必ずあるわけではないが。自然が多い島にはだいたいある。そうそう、ロストソードの使い手にも関係もあるのだぞ」
「それって……」
「ロストソードの使い手に選ばれた人は、ご神木の元で目覚めるとな」
あそこで目が覚めたのもたまたまじゃなかったんだ。神に近い存在とも言っていたから、そういう理由で目覚めるのかも。
「そういえば、少し前にこのご神木の元で一人の使い手が目覚めたりもしたな」
「え? コノ初耳なんですけど。もしかして、それがユウワさんだったり? もしくはミズアさんとか?」
「いや違うぞ。確か、モモナアイリという名前だったか。何せアヤメさんがすぐに保護して行ってしまったからな」
僕は泉の側まで近づく。暗くなっているからあの時と違って幻想的な雰囲気はないものの、やっぱりそっくりだ。この辺りにモモ先輩が倒れていたのだろう。
「そうだ二人共。明日から少し祈りの練習をしてもらいたいのだ」
「やっとか。簡単って聞いてたけど、こんな短い期間でもできるのか、じいちゃん」
「ああ。祈り方を覚えてそれを繰り返すだけだからな。安心してくれ」
オボロさんとホノカが真面目な話を展開している中、コノは僕の隣に寄ってくる。
「ユウワさんが目覚めた場所ってどんな所だったんですか?」
「ここと変わらないかな。泉も木もこの広い感じも一緒」
「そうなんですね……でもユウワさんが見ていた景色、コノも見てみたいな……。ユウワさんをもっと知るために」
コノは淡く微笑んだ。それにまたしても心に揺さぶられる。好意をぶつけられるのに慣れるかなと期待していたが、もう無理そうだ。
「その前に儀式を終わらせて、オレ達の未練を解決してから、だろ」
「えへへ、まずは目の前の事から考えないとだね」
「そうそう。いくら簡単でもコノハがちゃんと覚えられるか怪しいしな」
「もう、馬鹿にしてくれちゃってさ。こんなコノだけど、多分……恐らく大丈夫、だよ?」
段々と語気が弱まって不安そうな表情になっていく。
「そこは断言しろよ。まぁ大丈夫だろうし、マジで駄目ならオレが手伝うよ」
「ありがとう、ホノカ! やっぱり頼りになるなー」
「そ、そうか? ま、当然だけどな!」
そう褒められてホノカは隠そうとするけど、嬉しさが顔から滲み出していた。
「……」
仲睦まじい二人の姿をオボロさんは遠くから口角を上げて眺めている。でも、見つめる瞳はどこか悲しげだった。
「そろそろ戻るぞー」
「はーい」
「んじゃ帰るか」
用も済んだことで僕達はご神木から回れ右をして家へと戻った。その前にちらりと振り返ると、葉が手を振るみたいに風に揺れていた。
「そろそろ寝るか」
もう寝るばっかりになって、僕は読んでいた本を置いて布団の上に座った。部屋にはオボロさんの魔法で明るくなっているが、彼はまだ部屋に戻っていない。
眩しいが先に寝てしまおうか、身体を横にしようと思った時に扉が開かれて。
「ユウワさん、ちょっといいですか?」
「どうしたの、コノ?」
同じく寝る準備を整え終わっているコノが、胸に本を抱えて部屋に入ってくる。
「これ、凄く面白かったのでどうぞ」
「あ、ありがとう……ってこれ今日買ったやつだよね?」
表紙に特別編と書かれている。どんだけ集中して読んだのだろう。
「はい、面白くてつい。それ、三巻と四巻の合間のお話なんです。だからこれオススメですよ」
「じゃあ借りるね」
「はい……」
言葉に甘え受け取って僕は机の上にある本の上に重ねた。
「えっと……何か他にも?」
「えへへ、ユウワさんには隠し事できませんね」
いまだ用がある感じで部屋を出る気配がなくあからさまだった。
「実は……コノ見つけちゃいました、恋人レベルの関係性を」
コノは照れ笑いをしつつもじもじとそう伝えてきて。
「ほ、本当? それって一体……?」
神木と対面する前にコノは何かに気づいたような感じだった。もしかしてその時に見つけたのだろうか。
「ごめんなさい、言いたいんですけど。コノはユウワさんに気づいてもらって、そうなりたいって思って欲しいです。じゃないときっと駄目だから」
「なら、ヒントみたいなのはないかな?」
頬に指を当てて少し思案する。
「コノとユウワさんが出会ったばかりの頃、それを思い出して欲しいです。そこに答えがあります」
「……わかった、探してみる」
「はい、お願いします。では、コノは戻りますね、おやすみなさい」
「おやすみ」
コノが部屋を出ていく。すると、すぐに入れ替わりでオボロさんが来て。
「何やら面白そうな話をしていたようだな」
「き、聞こえてましたか?」
「うむ。すまぬな、扉越しに聞こえてしまったのでな」
そこまで大きな声じゃなかった気がするけど、思った以上に通ってしまうのだろうか。ホノカに聞かれなくて助かった。
「それで、一体コノハとはどういう関係なのだ? 恋人とか言っていたが」
「いや……そのですね……」
オボロさんは結構興味津々といった様子で尋ねてくる。もう色々と聞かれてしまっているし、適当に誤魔化すこともできなさそうで。
「実は、未練に関係してですね。それが――」
僕はコノの未練についてやそれに関連してホノカの本当の未練について、現状の事を全て話した。オボロさんは、話を遮る事なく静かに頷きつつ耳を傾けてくれて。
「そういうことで、ホノカを応援しつつコノの見つけた関係性にならないといけないんです」
自分の置かれている現状を話すと、頭が整理されて何より人に聞いてもらえた事で少し心が軽くなった。どうやら、一人で抱え込んでいる状態はストレスだったみたいだ。
「ふむ。なんというか、青春って感じだな。若さに満ちておる」
「そ、そうですかね?」
「そうだとも。恋に苦悩に努力、それが合わさればだいたい青春だろう」
何だろうその大雑把な定義の仕方は。僕がその青春の中にいると思うと、むず痒くなってしまう。
「それにしても、ホノカの本音を引き出せたとはな。我の見込んだ通りの男だ」
「あ、ありがとうございます。というか、未練の事を知っていたんですか?」
「長い事あの子を見守っているからな、何となく察していたよ」
ホノカの話になると、おじいちゃんの優しい顔つきになる。声音もそれに比例していて、そこに愛が見えた。
「……しかし、いつも強くあろうとするあの子が弱い部分を見せられる相手ができるとはな。おぬし……いや、ユウワ。祖父としてホノカのために頑張ってくれて感謝する」
「そんな……僕は大した事はしていないです。本当の事を相談してくれたのも、ホノカが未練を解決したい想いで勇気を出したからですし。僕はちょっとした手伝いをしてるだけですから」
「そんな謙遜するな。素直に受け取れば良いのだ、ほれほれ」
大きな手で頭をワシャワシャと撫でられた。乱雑だけれど、そうされて褒められてほんのりと温かさが体内を満たす。
少しすると手を止めて、僕の目を見ながら話し出した。
「あの子が強がっているのはコノハへのアピールだけじゃなく、きっと幼くして両親を失ったのも一つの理由なのだ」
「両親を……」
「うむ。周りに心配かけまいとしてそう振る舞っているのだろう。霊になってもそれは変わらず、村の者にも普段通り接してくれと頼んでもいたしな。あの子が本当の事を言えた一つの要因としておぬしが外から来たというのもあるのだろうな」
この家に来てオボロさんしかいなくて、何となくそういう可能性も考えていて驚きはなかった。けれど、いざそうだと肯定されると早くに肉親を失うホノカを思うと胸が痛む。
「……っ」
その痛覚の先に僕の親の記憶があって、二人の顔が浮かんでしまって。僕は瞬時に振り払って無理矢理記憶に蓋をした。
「どうかしたか?」
「大丈夫です。何でもありません」
「ふむ、そうか。ならばそろそろ寝ようとするか」
部屋にあった光魔法を止めると、一気に暗闇に包まれてオボロさんの顔をその中に溶け込んでしまう。
その時、さっきホノカ達を映していた悲しげな瞳を思い出して。
「あの、オボロさんはどうなんですか。オボロさんは……子供も孫も――」
「我のことは気にするな」
感情が見えない平坦な声だった。暗くて表情も見えず、オボロさんの様子を知ることはできない。
「おぬしは二人に集中するのだ。今は何よりそれが大事。そうだろう?」
「は、はい……でも僕は」
「心配してくれてありがとうな。だが、我は大丈夫だ。……ではおやすみ」
「お、おやすみなさい」
布団に潜ってから部屋は静かになる。しばらくすると、オボロさんの寝息が聞こえてきた。
「……」
僕は余計な事を考えないようにしながら目を閉じて、意識がなくなることを願った。
翌日から、コノが求める関係性探しやホノカの告白の手伝い、そしてぬいぐるみ作りの協力など儀式の日までそんな日々を駆け抜けた。
「そんじゃ今日の授業は魔法の詠唱の速度の上げ方だ。よしヒカゲくんに魔法をぶつける想定でやるか」
「へ? 何故僕を……めちゃめちゃ怖いんですけど」
「暇してそうだからいいだろ。それに、もし俺にやらかしたら教える奴がいなくなるからな」
「待ってください、僕にも命があるんですけど……」
「冗談だよ、そんな事起きるはずないだろ。安心して実験台になってくれ」
もちろん普段通りに学び舎にも付いていって授業を聞いたり、たまにサグルさんに頼まれて協力して、実験台にされたりもした。定期的に恐ろしい気持ちにさせられるけど、毎日通っていると室内にも愛着が湧いてくるし、サグルさんにホノカ、コノがいるこの空間ちも長くいたくなってしまう。
放課後での特訓も短縮をしているけれど、欠かさず行っていた。
「よし、また勝てた」
「……はぁ、まさかここまでやるようになるとはなー」
「凄いです、ユウワさん! ほとんど勝ってます!」
先に棒を当てるちょっとした戦いのゲームではあるものの、九割の確率で僕の勝利になっていた。理由は、何度も戦って慣れていったのが一つ。もう一つは、ギュララさんの能力を身にまとった時戦闘の感覚が高まっていて、それを思い出しながら身体を動かせているから。ある種、自分の中に戦いを指南してくれる師匠がいるみたいだ。
「……ユウワ、強くなってるのはオレも嬉しいんだけどよ、少しはいい格好もさせてくれないか」
「そ、そうだったね。ごめん気が回らなくて」
「いや、いいんだけどな。そうだ、おばさんがぬいぐるみ作りの件でオレと一緒に来てくれって言ってたぞ」
「わかった」
短縮しているのは、ホノカのぬいぐるみ作りと僕のぬいぐるみを完成させるためお店の方に顔を出す必要があるためだ。ホノカに関してはサプライズのため秘密にして、同時にコノからも極力離れないようにするために、まずホノカのぬいぐるみ作り練習をしてもらってから、入れ替わりで僕が優羽ぬいぐるみのチェックをしていた。
「そろそろ完璧に近い出来じゃないかしら」
「そうですね。凄い似てます」
「ええ。これなら儀式に間に合うわね。ホノカももうすぐプレゼントも出来上がりそうだし良かったわ」
毎日通っていて、順調に目標達成に近づくと同時に僕は南側にいる村の人との交流も増えていて、頻繁に話しかけられるようになった。
「ヒカゲくん、余り物なんだけどちょっと食べてくかい?」
「はい、ありがとうございます。……美味しいです」
「ねぇヒカゲさん、儀式成功のために頑張ってくれてありがとうね。お礼に食材を持っていっていっぱい食べてね」
「ありがとうございます、これからも頑張ります」
そんな風に着実に前に進んでる部分もあるけれど、反対に滞っている問題もあって。それはやはりコノとの関係性の事で。
「……わからない」
もう儀式の日まで残り二日だというのに候補すら浮かんでいなかった。ただ、他にも色々考え事があり片手間ではあって。ようやくコノへ集中できるようになってもいるから、まだ絶望的という訳でもない。僕はオボロさんの部屋で一人で頭をひねっていた。
「……そういえば」
まだコノに借りた特別編は読んでいない事を思いだした。三巻はもう読み終えている。一旦頭を休める目的で本を開いて文字を追った。
話はコノに聞いていた通り勇者と姫のラブコメみたいな内容だった。頭を空っぽにして笑えて少しキュンとしたりもして、時間を忘れてページをめくった。
終盤は油断していた勇者が姫を連れ去られるというシリアスなムードとなり、結局助け出すのだがその失敗に反省した勇者は改めて姫を守るという決意持ち、神の像の前で約束をして物語が締めくくられた。
「勇者……勇者……か」
何か引っかかりを覚えて、勇者という単語を元に記憶を遡った。そして一番奥であり、最初のその言葉を聞いた時の思い出が蘇って。
「ま、まさかこれ……?」
確かな手応えがそこにはあった。何度別の可能性を模索しても、それが解答だと言わんばかりにそれしか考えられなくて。
「……」
それはあまりに重く、ハードルが高くて簡単に決断できるものじゃなかった。
――僕はコノの勇者になんてなれるのだろうか。
現れた一択の選択肢の先はすぐには選べそうになかった。
コノが求める関係性を見つけてから翌日。儀式の前日ということで学び舎は休みとなり、僕はいつもよりはゆっくりと起床した。しかし、祈り手の二人は練習のため早めに起きていたらしく、食事のために部屋へ行くともう二人は食べ終わっていて、机には僕の分だけ置いてある。部屋にはコノとホノカだけで、オボロさんの姿はなかった。
「おはようございます、ユウワさん」
「遅ようだな」
「おはよう二人共」
彼女達は祈り手の服を着用して、隣り合って座っている。二人は奥の方にいて、食事は机の手前にあった。まだ温かさもあり早速食べることにする。
「もう練習は終わったの?」
「いや、あと少しある。ちょっとした確認が残っててな」
「お昼頃には終わる感じです」
いつもの朝食で、僕は二人と話しながら箸を進める。
「そんでさ、練習終わったら三人で村を回りたいって話をしてたんだ」
「明日は忙しいので、ゆっくり村を皆で見たいなって。どうですか、ユウワさん」
「いいけど……僕もいていいの?」
二人きりの方が思い出作りとしてもいいのではないだろうか。ノイズにはなりたくない。
「問題ない。練習で結構一緒にいたし、コノの安全性もあるしな」
「コノも三人がいいです。ユウワさん、お願いできますか?」
「二人がそう言うなら……わかったよ」
しかし、ゆっくりと歩いて村を回るというのは初日ぶりだ。二週間前の事だけど、凄く前のような気がする。
「やった! ありがとうございます」
コノは弾けるような笑顔を見せた。
「そ、そんなに……?」
「コノ的にはホノカとユウワさん、好きと好きが組み合わさって最高なんです!」
「す、好き……」
ホノカは何気なく発したその言葉に反応するも、多分深い意味はないのだろう。
「ホノカ、どうかした?」
「へ? な、何でもない」
「何か顔赤いけど」
小首をかしげて、気になったのかコノはホノカの顔を覗き込む。
「き、気のせいだ気のせい」
「何か最近様子がおかしくない? 何か悩みがあるなら聞くよ?」
流石に、幼馴染の変化には薄々気づいているようで、訝しげな視線をホノカに送る。至近距離でそうされた彼女はたじろいで、さらに怪しさが倍増していた。
「て、てかそろそろ時間だろ。もう行かなきゃな」
「あ、逃げた」
わかりやすく話を強引に変えて立ち上がると、コノから離れドアの方に。
「早く来いよー」
「ふふっ相変わらずだなー」
そう言い残して部屋から出る彼女をコノは微笑ましく見送った。
「ねぇユウワさん。わかりましたか?」
ホノカが遠くに行った足音を聞き届けてからコノは何を指すのか曖昧な質問をしてくる。でも、言葉にせずとも理解できて。
「まぁ……ね」
「流石、ユウワさんです。えへへ、気づいてくれるって信じてました」
「それで答えなんだけど――」
「待ってください、それは儀式後に聞かせて欲しいです」
まだ決まりきっていない、そう言おうとするもその前にコノの頼み事が差し込まれる。
「後って……もし駄目だったら」
「それなら仕方ないです。未練を断ち切る関係性にこれ以上はないので」
「……そっか」
不安そうな様子は微塵も感じさせず、覚悟が決まりきっている。そのエメラルドの瞳には、さっきのホノカとは真反対の現実が明瞭に映されていた。
「それじゃ行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
「はい!」
話が終わり、再び無邪気な顔つきに戻るとコノはまた練習のために部屋を出ていってしまう。一気に静寂に包まれ、それに心の適応にできないまま、一人残された僕は朝食を黙々と胃へと入れていった。
「ごちそうさまでした」
食べ終わりそう言葉を発するも返ってくる声も同じようにごちそうさまを言う声もない。少し前ならそれが当たり前だった。それからこっちに来てそうじゃなくなって。そして最近になってそこにはいつもコノの声があった。
「……」
コノの勇者となる、それはつまり今までの日々のように常に近くに彼女がいるということで。そんな日常は悪くないと思っている自分がいた。
僕は二人が戻ってくるまで、また勇者となるか考え続けた。
昼になるとオボロさんと共に二人が戻ってきた。その間に僕は考えるのと同時に特別編に何度か目をやって、その二人を僕とコノを少し重ねてみたり。そんな事をしていたけど進展はしなくて。二人は着実に進んでいるのに、僕一人だけが動けないでいる。それに焦りと孤独感が押し寄せできて、どんどん自分がわからなくなっていった。
「それじゃ行こうぜ」
「ユウワさんも大丈夫ですか?」
「うん」
昼ご飯を食べ終えてから、少し時間を置いて部屋で休んでいるとでそう声をかけられた。二人はもう準備万端といった感じで、僕はすぐに立ち上がり二人と共に家を出た。
「……やっぱ高いなー」
「やっぱり慣れないか?」
「うん……毎日いるのにね」
そうコノは自嘲気味に笑う。ただ、恐ろしさを感じているからか浮べる笑みは引きつらせていた。
「で、でも長く下は見れるように……うぅ」
「無理すんな。さっさと降りるぞ」
ホノカの空飛ぶ魔法でふわりと地面の上に着陸。コノは安定した大地に戻れた瞬間に腰を屈めて落ち着かせていた。
「こ、怖かった」
「無茶すんなよ」
「う、うん。ごめんなさい。だけど前よりは頑張れたよ」
顔を上げたコノは幼さが残るにへらとした朗らかな表情を見せる。それにホノカはダメージを喰らったように一歩後ずさる。
「そ、そうか……えっと良いじゃん。頑張れよ」
「うん! ありがとうホノカ」
「お、おう」
ホノカは素直に褒めた事を照れくさそうに頬をポリポリとかく。コノはお礼を言いながら立ち上がると僕の方に来て。
「お待たせしてごめんなさい。早速行きましょう!」
「え、ちょ……」
「こ、コノハ?」
彼女は僕とホノカと手を繋いで歩き出した。僕らはそれに引っ張られる形でついて行く。
「急にやるなよな。びっくりするだろ」
「えへへ、ごめん。でもいいでしょ?」
「まぁいいけどさ」
横に広がって僕達は村の中心部へと向かった。僕の左手にはコノ柔らかくて小さな手が体温を伝えてくる。その熱と少しの緊張で手汗が出ないか心配になりながら歩いた。
「二週間前ってあっという間ですね」
「そうだね」
最初に訪れたのは神木の前。虹色の葉を持つこの木はまさしく神の木というか風格がある。まぁ、これは神木の一部だと言うことが最近わかったわけだけど。
周囲を見渡すと祭りの旗や建物も完成形のものが設置されていて、もう儀式まで間もないということが肌で感じれる。
「……」
ここでホノカと知り合ったんだっけ。その前は森の中で勘違いで殺されかけたっけ。
「コノ、何だかユウワさんとホノカといるのがずっと前からいる気がしてるんです。本当は二週間も経っていないのに」
「ちょっとわかるかも。毎日一緒だったからかな」
「そうですよね! ……もっと長くいればいつしか幼馴染みたいに思えたり?」
「流石にそれは……どうだろう」
コノの向こう側から不機嫌そうな目が僕の方に矢印が向いている。肯定したら魔法が飛んできそうだ。
「ユウワには、絶対的な幼馴染がいるから無理だろ」
「そうだよね……確かにコノにもホノカがいるからそこまでは思えないかー」
「そ、そうだよな」
コノのおかげですぐに機嫌が戻った。でもホノカの言う通り、やっぱり幼馴染がいるとそういう思い込みみたいなのはできなさそうだ。
そう話していて、ふと神木が風に揺れて見上げるとそこから果物が僕の方に落ちてきた。それはまたストロングベリーで。
「おっと……」
「また貰えましたね。流石はロストソードの使い手です」
少し間を置いてからさらに神木から二個、フルーツがコノとホノカにも落ちてきた。
「オレ達も……」
「もしかしてイリス様見てくれているのかな。明日儀式があるから」
「だといいな」
皆で一緒に食べた神木の恵みからは、とろけそうな甘みとみずみずしさ、それに元気が貰えた。
次に僕たちが向かったのは村の西側だ。ここも相当馴染の場所になっている。魔法で動くシーソーも並び立つ丸太も日常の風景だ。
「コノ、ユウワさんが来なかったら、ここにあまり訪れなかったですし、トレーニングとかも頑張れませんでした」
「そっか……」
「はい! おかげでコノは沢山走れるようになりました。ホノカも少しは安心できた?」
「まぁ、逃げる力はついてるからな。多少は」
足は決して速いわけじゃないけど、長く走れるだけの持久力は手に入れている。少しでも安心してもらうために彼女は僕達のトレーニングに付き合っていたんだ。
「やった、ホノカに褒められた」
「別に、褒めるのはレアじゃないだろ」
「そうかなー? 前は現実見ろとか言ってきたし」
「それは褒められることじゃないから」
でも、ここ最近のホノカは意識的に褒めたり共感したりしていた。
「そういや、最初はユウワは弱かったのに、今じゃ全然勝てなくなったな」
「ホノカのおかげで強くなれたよ。実践では活かせるかわからないけどね」
「安心しろ。死を恐れないユウワなら、プレッシャーで駄目になることもない。自信を持てよ」
ホノカの言葉には強い説得力があって、どんどん大丈夫な気がしてくる。
「ロストソードもある。そらに、オレの力も使えるようになるんだ。めっちゃ強いよ、ユウワは」
「……ホノカの力、使ってもいいの?」
「当然だろ。お前以外いないし、オレはユウワがいい」
ホノカは八重歯をちらりと覗かせて破顔する。彼女が側にいてくれるなら心強い。それに、ロストソードの中にあれば、コノの側にいさせてあげられる。
「ありがとうホノカ」
彼女の力に見合うようにもっと強くならないといけない。ホノカやコノのためにも。
次に向かったのは村の南側だった。店が出ていた場所には、ほんどが日本でも見るような屋台に置き換えられていて、準備してあったの建物と合わさって、完全に祭りが行われる場所になっていた。皆祭り用の商品を並べていて、中には魔法の的あてみたいなものや魔法で商品を当ててゲットする射的みたいなものもある。
「ユウワさん、これってもしかして」
「……うん」
散歩の途中コノが見つけたのは、僕のぬいぐるみだった。センサーでもついているかのように一瞬でそれを発見してしまう。気づかないで欲しかったのだけど。
「いらっしゃい」
「うわぁー。とうとう出来たんですね! コノ、すっごく楽しみだったんです」
「良い出来でしょう? 彼にも協力してもらったからね」
コノは興奮して瞳にハートを宿してその商品を眺めて、今にも触りたそうに手を宙に浮かせている。
「あの、買いたいです!」
「まだ売りに出していないのだけど……そうね。祈り手として頑張ってくれるし、プレゼントするわ」
「いえ……お金を出させてください! そうじゃないとコノの気持ちが収まらないというか……」
「いや、普通に貰っておきなよ」
コノは熱烈なファンみたいな思考になっている。店主さんは苦笑していて、ホノカはジト目で僕を見ていた。
「……ユウワさんがそう言うなら」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます! うぁカッコ可愛いです!」
受け取るやいなやむぎゅっと抱きしめて、それから至近距離でまじまじとぬいぐるみを見つめる。
僕のぬいぐるみがそうされているのは、気恥ずかしさがあって。それを止めたくなるも、同じ事をしていたから、何も言えなかった。
「マジで好かれてるなー。オレのぬいぐるみには目もくれず、お前のを取るんだもんなー」
「……そっすね」
ホノカは不満たらたらにそう呟いてきた。告白を協力している身としては、非常に気まずい。
「あ、そうだ。ホノカのぬいぐるみ買いたいです」
「わかったわ。はい、大切にしてね」
「もちろんです!」
僕の思いが届いたのか、コノのファインプレーによってホノカのプレッシャーから解放される。
「お金を出してオレを買ってくれた……ユウワよりもってことだよな」
「そ、そうかもね」
「よしっ」
勝負に勝ったと言わんばかりに小さくガッツポーズを取る。コノはそんな様子に気づくことなく、満足げにぬいぐるみを二つ抱えて戻ってきた。
「何かホノカ嬉しそうだね」
「……まぁな。てかオレも買おっかな」
「ホノカがぬいぐるみを? 珍しいね」
「せっかくだしな」
そう言って彼女はコノのぬいぐるみを買ってきた。慣れない買い物なのか少し照れているような表情だ。
「もう少し見ていくか?」
「うん。ユウワさんも大丈夫ですか?」
「いいよ」
そこから僕達はぶらぶらと準備中の店を回っていった。
「おおっ村の主役達じゃないか。これ明日出すんだが、ちょっと食べないか?」
「食べます食べます!」
「美味い……」
たまに食べ物をわけてくれるおじさんに祭りに出す緑の焼きそばを渡される。味は意外にクリームパスタのような甘さのあるもので、最初は面食らうもすぐに慣れてスルスルと口の中に入れられた。
「明日は頑張れよ。コノハ、ホノカ」
「「うん」」
「ヒカゲくんも彼女達を守ってくれよな」
「頑張ります!」
それからも歩いていると、多くの村の人たちに声をかけられた。
「今年の主役達、応援しているからな!」
「三人共、無理はしないで気を付けてね」
「もしあいつらが来ても俺たちが退治してやるから安心しろよな!」
コノとホノカだけじゃなく、僕にも応援のかけ声を貰えた。ただ本当に主役のような扱いを受けるのは慣れていなくて恐れ多い。けど、背中を優しく押されてるみたいにエネルギーになるし嬉しさもあった。
「おっ……人気者たちが来たな」
「やっほーザグにぃ」
「店は出さないんだな」
「ああ。当日は村の警備が仕事さ。教え子の危険を無視するわけにもいないしな」
村の出口付近の人気の薄い所にサグルさんがいた。特に何かをしているわけじゃなく、遠くから村の様子を眺めているようだ。
「まぁ一番近くにいれるのは君だから、二人の事を頼むよ」
「は、はい! 絶対に守ります」
「うん。にしても……皆相変わらず随分仲が良いみたいだね」
サグルさんはコノやホノカが持っているぬいぐるみを指し示して微笑んだ。
「クオリティ高いでしょ。サグニィも買っちゃえば?」
「チッチッチ。もう全部買ってる。もちろんヒカゲくんのもね」
「そ、そうですか」
やっぱりどう反応して良いのかわからなかった。二人と同じように思ってくれているのかなと、じんわりとしたものが広がった。
「というか、ホノカも買うなんて珍しい」
「気まぐれだ」
「ははは、そうか」
どこか見透かしたような態度で笑う。ホノカは持っているコノを後ろに隠した。
「にしても……改めてここに来たのがヒカゲくんで良かったよな」
「だよね! コノもめっちゃそう思う!」
「そんな……」
ここに来て僕という人間を肯定されるけれど、やはりそんな大層な人とは思えなくて。でも、皆の気持ちを否定するのも憚れて、その二つにいつも挟まれて息苦しさを感じていた。
「ユウワって自分の事を低く評価し過ぎじゃないか?」
「そう……かな?」
「ああ。たまにはお礼達の言葉を信じてもいいんじゃないか」
「……」
僕は周りの人の言葉を疑って受け入れようとしていなかった。こんなにも良い人達の言葉を信じきれないなんてやっぱり僕は……。いや、止めよう。これじゃあ無限ループだ。
「が、頑張ってみる」
「コノも全力で褒めてお手伝いします」
「ありがとう、でもほどほどでお願い」
コノだと色々な補正がかかって何でも肯定されてしまいそうだ。もしかしたら矯正にはそれくらいの方がいいのかもしれないけど。
ふと空を見上げると、まだまだ日は高くて澄み渡る青で満たされている。それを見ると、少しスッキリとして何か解放されたような気持ちになった。
「そうだヒカゲくん」
「何でしょう?」
サグルさんに別れを告げて、東側へと向おうとした時、僕だけ彼に呼び止められる。二人は先にいて楽しげに話していた。
「もし万が一の事があれば、村人全員で助けに向おうと思ってるんだ」
「み、皆さんでですか」
「そうだ。だから、どんな状況になっても諦めず耐えて欲しい。必ず助けに行く」
「わかりました。その時はお願いします」
心強い言葉だった。いくらロストソードの力があっても多勢に無勢で、そこまで長く戦えるわけでもない。
「それと、決して無茶はするなよ。ヒカゲくんだって村の大事な一人でもあるんだから」
「……は、はい」
「その顔、無理しようとしてたみたいだ」
「あはは……」
表情に出ているのだろうか、彼には気づかれていたみたいだ。サグルさんは全てお見通しといった感じで瞳の中に僕を映している。ほぼ毎日会っていたからだろうか。
「仮に彼女達を守れても君がいなければ意味がない。その結果は死と同等の悲劇だ。それを忘れないでくれ」
「わかりました、自分も大切にします」
モモ先輩にもそう言われているのも改めて思い出し、そして悲しむコノの姿を想像すると無茶できそうになくて。僕の答えを聞いたサグルさんは満足そうに頷いてた。
「よし、これで話は終わりだ。じゃあまた明日」
「はい、さようならサグルさん」
僕は少し離れた所で待っている二人へと急いで走った。
「お待たせ」
「おう。何の話をしてたんだ?」
「明日の事を少し。何かあればサグルさんや村の皆が助けてくれるって」
合流して今度は村の東側、コノの家がある方に向かった。
「それは心強いです! それなら無敵ですね!」
「だな。それなら祈りに集中できそうだ」
神木をの横を通り抜け僕らはコノ東の遊具がある場所に訪れた。そこにはいつもの三人組の子達が遊んでいて。
「あっ、コノハお姉ちゃんだ!」
「やっほー」
「ホノカ姉ちゃんに、強い人もいる!」
彼らはこちらを見つけるとちょこちょこと駆け寄ってきた。
「明日、神様にお願いするだろ? すっげぇな!」
「えへへ、そうでもないよー」
「神様と話せたらどうしたら祈り手になるか聞いて欲しいです」
「話せたらな。ついで次はお前らになるよう推薦しておくぜ」
男の子二人は明日の主役達をまるでヒーローを見ているように目を輝かせて話している。それを受けている二人も満更ではない様子でいて。
「……」
ただ、コノ達には目もくれず、少しませた女の子は感情の見えづらい視線を僕に送ってくる。
「ど、どうしたの?」
「お兄さん、もしかして二人と付き合ってるの?」
「いやいやいや! 違うよ!」
突然の爆弾発言に心臓が跳ねた。無表情でとんでもない事を言ってくるなこの子は。
「そうなんだ。二人と凄く仲良さそうにしてるところ見かけてたから」
「二人とは友達だよ。というか、仮に恋人になったとしてもどちらか一人とだし」
「でも、英雄色を好むって言うよ」
「……難しい言葉知ってるね。けど、残念ながら僕は英雄じゃないからさ」
この子は色恋沙汰に興味があるのだろうか。そういう風には見えないのだけど、彼女からの質問はそれ系統のものばかりだ。
「いえ! コノはユウワさんは英雄に相応しい人だと思います」
「ちょっと待ってコノ。ややこしくなるって」
「お兄さん、もしかして二人のこと狙ってたり?」
「ち、違うからね? そんな事は一切な――」
全否定しようとすると、コノが少し切なそうに瞳を伏せてしまって。つい言い切れなかった。
「否定しないんだね、お兄さん」
「マジか。ユウワ……まさかオレの事を」
「強い兄ちゃんって英雄レベルなの!?」
「ちょ、ツッコミ切れないって!」
ヤバいもう混沌と化している。何から処理していけばいいのかわからなくなっている。
「僕は英雄じゃないし、まだ誰も狙ってないし、恋人もいないから」
「まだって事は今後はありえるんだ」
「いやそれは――」
「ユウワさん……」
「ぐぅぅぅぅ」
あらゆる方面に配慮すると、何も言えなくなってしまう。それから変な誤解が起きてしまいそうで怖い。
「ふふ」
そんな苦悩な状況を作り出した張本人は、冷えていた表情を少し溶かしていた。
「やられっぱなしだなユウワ」
「そうだね……ボロ負けだよ」
もう勘弁して欲しい。僕は白旗を上げた。
「何か私勝っちゃった」
「強い人に勝ってんじゃん!」
「そういう戦法もあるんですね!」
あまりその戦い方は真似して欲しくないのだけど。流行らせないよう何か言おうとするも、楽しそうな雰囲気を壊したくなくて口は挟まないでおく。
「あのユウワさん。コノはどんなユウワさんでも受け入れますから」
「嬉しいんだけど……今までの話は全部誤解だからね」
それが優しさなのか勘違いなのか、それはもうわからなかった。
ただ、コノが今まで一番慈しみのある微笑みを浮かべているは確かだった。
「そんじゃ、そろそろ行くか」
「そうだね。じゃあ皆コノ達は行くね」
しばらく彼らと話していて、そろそろ戻る流れになりホノカがそれを口にして、コノも同調した。
「コノハお姉ちゃん達頑張れよ!」
「応援してます!」
男の子二人から無邪気な声援を受けた二人は似たようにはにかんだ。
「お兄さんも頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「それと何か進展あったら教えて」
「……了解です」
この子は最初からぶれないな。苦笑しつつも、その芯の強さはずっと持っていて欲しいなと思う。
「「「ばいばーい」」」
僕達は彼らに手を振って東側を後にして、村長の家の帰り道に乗った。
「随分彼女に懐かれていたな」
「何でだろうね。最初からあんな感じだった気がする」
「まさか改たなライバルが……?」
コノは小声で危機感を呟くが、多分そんな感じじゃないと思う。ヒューマンドラマを観察したいのだろう。
「それよりもこの後はどうしようか?」
「やる事も終わったし、明日も早いし今日はもう家で過ごそうぜ」
「さんせーい」
ということで僕達は寄り道はせず家に戻った。
*
夕食までは家で一人で読書をしたり、二人に誘われて軽く雑談したりちょっとした遊びをしたりと、まったりとした時間を過ごした。空が藍色になる頃に僕達はオボロさんに呼ばれて大部屋で食卓を囲んだ。
「今日はホノカが好きなエルフ鍋だ」
「おおっ! サンキューじいちゃん」
「しっかり味わうのだぞ」
机の真ん中に大きな鍋があり、それぞれに掬って入れるお椀が置かれている。中身は緑色のスープで満たされていて、そこに具であるカラフルな野菜と肉が入っていた。
「うわぁ美味しそう……」
「それじゃあ手を合わせて」
「「「「いただきます」」」」
いつも通り自然の恵みに長く感謝をしてから、全員同時に鍋の中ををつついた。
「これは……」
入っている色々な具材をまとめて取って、そのまま口に入れると、濃厚なスープにスッキリとした味わいでシャキシャキした野菜達と甘みのある肉が混ざり合って、それぞれの味の悪い部分打ち消し合い、最初から最後まで美味のまま飲み込めた。そしてその温かさが身体に優しく流れてホッとする。これは長く食べても飽きがこなさそうだ。
「やっぱり最高です、エルフ鍋。ユウワさんは……って顔を見ればわかりますね」
「相変わらずおぬしは黙々と美味しそうに食べるな。作り手として嬉しい限りだ」
二人から見守られるようにまじまじと顔を見られ食べづらくなる。そんなむず痒くて和やかな雰囲気の中、肝心のホノカはぱっとしない表情でいて。
「ホノカ、もしかして口に合わなかったか?」
「いや合わないんじゃないんだけどさ……」
ホノカは頬をかきながら、気まずそうに思案した後に意を決してたのか、一度呼吸を整えると口を動かした。
「実は、亡霊になってから味覚が薄くてさ。最近になってそれがひどくなってんだよ。それに、腹も減らなくなっててるし。まぁ、食わないと魔力が回復しないから胃に入れないといけないんだけどな」
彼女はできるだけ軽い雰囲気を出そうとする口調ではあったけど、声には微細な震えがあって。
「……もう慣れてるからそんな深刻そうにしないでくれ」
「そうだったんだ。ホノカ……ごめんね気づいてあげられなくて」
「こ、コノハ……」
コノはホノカを柔らかく抱きしめた。それをされて、驚きに目を大きくしてから噛みしめるようにゆっくり瞼を閉じる。
「ありがとなコノハ。オレは大丈夫」
「ほ、本当に? 無理はしてない?」
数秒してからコノの胸から離れたホノカは雪解け水のような微笑をたたえていた。
「ああ。味覚は少しはあるし、料理に込められた想いは感じられるからな。じいちゃんありがとな、すげぇ温かかったよ」
「……そうか。良かったよ、ホノカ」
オボロさんの瞳はホノカの笑顔によってうるうるしている。
「ユウワも、そんな顔すんなよ。オレは気を遣われるのが一番嫌なんだ。それに、幸せそうにしてる奴を見るとこっちも幸せになるし美味しく感じられるんだ」
「うん……わかった。全力で味わうよ」
「ははっ、そこまでじゃなくていいけど。頼むげ」
彼女の思いを汲んで僕達はさっきと変わらず、とまではいかなかったけれど、頬が緩むような空気感で食事を続ける。ホノカとの最後の夕食を後悔しないように。