「どうして僕の名前を……?」
「いやー神様が君をこっちの世界に君のことを連れてきたって言っきたからねー」

 友達から聞いたみたいな感じで、すごいことを言ってくる。

「師匠は神様と繋がれる唯一の人なんだ。この世界に異変が起きた時に使命を授かる役目があるの」
「す、すごい……!」
「ニヒヒっ。ありがとう。だけれど、君も役割を与えられたその一人。それに今の私は、解決するための道具を作ったり、住む場所を提供したり、サポートしているだけ。大したことはしていよー」

 アヤメさんは特徴的な笑い方をしながら、くしゃっと人懐っこい笑顔を作る。しゅっとした美人で大人びた雰囲気とは打って変わって親しみやすさを感じた。それに、どことなく話し方とかアオに似ている気もする。

「とりあえず、色々あって大変だっただろうし、二階の一番奥に君の部屋があるから少し休んでいきなよー」

 カウンターの向う側にあるドアを指し示す。その時、右腕に付けている紫のブレスレットがチラリと姿を見せた。

「あ、それと少し休んだらこれを使って」
「は、はぁ……」

 手渡されたのは両手に収まるミニチュアの望遠鏡だった。覗き込む部分に魔法陣がある。

「部屋には私が案内するよっ」
「う、うん」

 ガチャリと開けた先には真っ直ぐ廊下が伸びており、その両壁にいくつか部屋に通じるドアが付いている。そして一番手前の左側に階段があった。アオから説明を受けて、階段の少し先の右側の扉には居間、さらにその向こうに左右に一つずつあり、左にはトイレ、右には洗面所と浴室。一番奥に一つ扉が佇んでいてそれがアヤメさんの部屋らしい。
 一段の幅が広い階段を上がり二階に来ると、まず少し進んだ突き当りに正面に扉があって、真中に白の薄い魔法陣がある。そこから左に通路が伸びていて、右側に等間隔に三つの部屋があるようだった。

「ユウ部屋は一番奥だよ」

 ピンクの魔法陣の部屋、オレンジ色の魔法陣の部屋、最後に黒の魔法陣が刻印された部屋の前に。

「この魔法陣は何?」

「鍵の役割だよ。色が薄いと開いていて、濃いと鍵がかかってるの」

 今は色が薄い。スライド式のようで右から左に動かすと開いた。

「中からこの部屋の鍵を閉めると、この部屋を開けられるのがユウになるから、忘れずにね」
「わ、わかった」
「私の部屋は隣だから困った事があったらいつでも来てね」

 アオとは一旦別れて、僕は部屋の中に入りドアを閉めた。言われた通り魔法陣に触れると色が濃くなる。
 部屋の内装はすごく簡素なものだった。六畳半ぐらいの広さで、僕が住んでいた部屋とほぼ変わらなかった。床は木製のしっかりとしていて、歩いても軋むことはない。入口から右側の奥にある窓際に白いベッドが置かれていて、その小窓から光が入り込んでいる。左側の奥には細長いクローゼットがあった。上に観音開きの扉があり、下に二つ引き出しがついている。天井には照明がぶぶら下がっていて、スイッチを探すと入口付近に小さなグレーの魔法陣があり、触れると黄色になったのと同時に照明から白い光が部屋を照らした。
 ベッドに座ると低反発の柔らかな感触が伝って、そのまま背中から倒れ込んだ。

「はぁ」

 自分の部屋というものを与えられるとこれからも生き続けていくのだと実感が湧いてくる。正直、目が覚めてからは非現実的なことしか起きていなくて、どこか夢の中にいるように地に足がついていなくて、色々受け入れていたけど、ここにきて思考が冷静になってしまって、現状に不安とか恐怖が形となって現れてきた。アオがいるから幾分かマシだけど、心の壁を感じてもいて心細い。

「そういえば」

 一度上体を起こして、手に持っていた望遠鏡のことを思い出す。ベッドのシーツの上に置いて、魔法陣をタップ。すると、向かいの白い壁に光が放たれて、アヤメさんの姿が投影された。それはプロジェクターみたいなアイテムだったみたいだ。

「やぁやぁ、驚いたかな? 先ほど君に渡したものは、この世界にやってきた人にいちいち説明するのがメンドイから開発したマギア。これから今何が起きていて何をするのか詳しく説明していくよー」

 どうやら録画された映像のようで、アヤメさんが身振り手振りで、落ち着きなく説明が開始される。

「この世界では今、亡霊化という異変が起きているの。生者と死者、互いの未練で死者がこの世に霊として留まり、長くいると亡霊となり人々に危害を加えてしまうね」

 ここはアオからも説明を受けているし、実際にその霊も見てわかっている。

「それは、五十年くらい前から引き起きていて、その原因は魔法にある。実は元々この世界には魔法は無くて、君が生きていた世界と似た状況にあったんだ。けど、この世界に関わる五体の神の内の一体が、魔法という神の力を持ち込んでしまった。そして、中でもある一人に強大な力が与えられ、その人間は魔王と自称して世界を滅ぼそうとした」

 魔王がいたのか。割と近代的だったので、その単語で一気に異世界という感覚が出てくる。

「それに対して、世界の均衡を保つため他の神も特別な力を与えた勇者という存在を作った。そして戦いの結果、魔王は倒せたけれど地上は汚染されて、残ったのは空へ逃れた五つの国のみ。そして現在まで続いているの。ちなみに、魔法を持ち込んだ神は追放されて、代わりに地球で人間を生み出した神が管理しているよー」

 だから向こうの世界から人が呼べているのだろうか。

「そんで話は戻るのだけど、魔法が存在することは本来想定されていなくて、世界のバランスはすごくギリギリの所で保たれているの。だからか、たまーに不具合が起きてしまう。その一つが亡霊化。なので、直接関与出来ない神の代わりに解決してもらうため、君が呼ばれることになっているんだ」

 要は世界のバグを修正するということらしい。何だかスケールが大きくて気圧される。

「以上で説明は終わりっ。君の活躍を期待しているよ!」

 最後にそう締めくくると映像が止まった。

「期待って言われてもなぁ」

 勝手に呼び出されているのにと若干苛立ちを感じた。

「ユウ〜、ちょっといいかな?」

 コンコンと扉をノックされる。僕は返事をしてスライドして開けた。

「ど、どうしたの?」

 そこにいたアオは、白の生地にミカンが描かれたTシャツにオレンジの短パンというラフな姿でいた。

「少しお話がしたくて。入ってもいい?」
「いいけど……」

 了承すると彼女はベッドに直行してそこに腰掛けた。隣に座ってと指し示され、僕は鍵をしっかりと閉めてから、ベッドに少し間を開けて座る。

「映像は見た?」
「うん。何が起きてるのとか理解出来た」

 壮大なため感覚として馴染んではいないけれど。

「この先もやっていけそう?」
「……正直自信はないよ。それにそもそも、歩くことを諦めたつもりだったからさ。先があるなんて……」

 今ははっきりと、これはリアルで地続きの世界なのだと認識出来ていた。その不安を吐露するとアオは頭をポンポンとしてきて。

「だーいじょぶだよ。私が支えてあげるから安心して。私の明るさできっとユウを笑顔にしてみせるから」

 その言葉は心強かったしとても嬉しい。でもやっぱり、その光は近づきがたい眩しさがあった。

「ユウワくん、開けるよー」
「へ?」

 アオと会話をしていると、外からアヤメさんの声がして、そのすぐ後には扉が勝手に開けられて入ってきた。

「か、鍵……は?」
「ニヒヒっ。これは私の開発したものだからねー。まぁマスターキーみたいなものだよー」

 若干セキュリティに疑惑が生じてきた。本当に大丈夫なのだろうか。

「それよりも、君に少しお願いをしたくてね」
「何ですか?」
「ロストソードの仕事は戦闘も発生するから、バトルのための服が必要なんだけど……私的にその制服を戦闘用に改良したくてねー」

 制服はあまり好きじゃないから気乗りはしなかった。

「……他のじゃ駄目ですか?」
「駄目ではないけど、その制服がいいんだよねー。これは開発する私のモチベが理由なんだけどね。それに、一回ミズアにセーラー服でお願いしたんだけど、断固拒否って感じだったからねー」
「……」

 アオは顔を背ける。やはり過去を想起させられたくないみたいだ。

「頼むよー。戦闘服にすると、ロストソードみたく君の一部になって、すぐに着替えられるようになるから、面倒くさくはないからさー」
「……わ、わかりました」
「おおっ、ありがとう! それじゃあ、そこのクローゼットに君のための服が沢山あるから、着替えてその制服を持ってきてね。絶対だよー!」

 そう念を押してからアヤメさんは部屋を出ていった。

「私も下で待ってるね」

 少し元気なく微笑むとアオも外に出た。それを見届けてから、僕はクローゼットの上の部分を開けた。するとそこには、結構な数の着替えの服やズボンがハンガーにかけられている。下の引き出しを開けてみると、そこには下着類が詰まっていた。とりあえず、白のインナーシャツを取る。それから、どの服にしようか色々見てみる。

「……これ可愛いな」

 目を引いたのは、黒の生地に、ワンポイントで熊を抱きしめているピンクの魔法使いみたいなミニキャラの少女が描かれた長袖の服だった。ズボンは同色の少しゆったりとしている長ズボンを選択。それに着替えてから、制服と望遠鏡を持ち僕は一階に降りて店の方に行った。

「ユウ……その服って」

 僕を見るなりアオは少し引きつった顔をして、アヤメさんは笑いをこらえるように手で口を抑えている。

「ぷふっ……ユウワくん、どうして、その服に?」
「いや、普通に可愛かったので。まずい感じですか?」
「い、いえ……。すごく似合っていると思う……ふふっ」

 何が面白いのだろうか。アオに助けを求めるも、苦笑いするだけだった。

「というか、ユウってぬいぐるみとか可愛いの好きだよね」
「うん。そういえば、アオはメカメカしいのが好みだったっけ」

 幼馴染で長く一緒に過ごしていたけど、嗜好に関しては影響を与えることがなかった。小さな頃、僕はぬいぐるみとかで人形遊びをして、アオは特撮おもちゃでごっこ遊びをよくしていたらしい。向こうの世界では、毎日ベッドのぬいぐるみと一緒に寝ていた。

「ふむふむ。ならこの人形を上げようかなー」

 アヤメさんは商品棚にあった、ミズアちゃん人形をくれる。アオが使ったものと同じデザインで、至近距離でみると特徴が上手く捉えられていることがすごくわかった。めっちゃ可愛い。

「ありがとうございます!」
「あっ、そういえば師匠、新開発のマギア見せてよっ」
「そうだったねー。ちょっと取ってくるよ。ユウワくん制服預からせてもらうね」

 アヤメさんに制服と望遠鏡を受け取ると、一旦奥に下がってから、少しして戻って来る。そして彼女は両手で四角い箱を持ってきた。

「これは、トビデルオモイハコ。蓋にあるピンクの魔法陣を触りながら、誰かを強く思い浮かべる。そしてその相手が開けると中にあるハートが飛び出る。思いの強さに比例してその勢いは変わるんだー」
「す、すごいっ! 試してもいい?」

 アオは好奇心で瞳を輝かせて、その箱を手に抱える。

「じゃーユウワくんのことを思い浮かべてみよっか」
「ぼ、僕のことを?」

 アヤメさんは実に愉快そうに笑っている。だが、僕としては全然飛び出さなかったらすごいショックを受けるかもしれなくて怖い。

「……じ、じゃあやってみるね」

 アオは多少照れた様子で指を蓋に触れさせた。起動したのかピンクに発光して、少しするとその光が収まった。

「ミズア、もうだーいじょぶだから彼に渡して」
「はい、どうぞ」

 箱は鉄っぽい手触りで思ったよりも重かった。

「あ、開けるね」

 おずおずと箱の蓋を開ける。全て開け終えると拳くらいの大きさのハートが見えて。

「ぐわっ!」

 その瞬間にハートがものすごい勢いで飛び出し顔面に直撃した。その衝撃で受け身を取ることもできず背中から地面に倒れて、さらに後頭部に痛みが走った。

「ご、ごめんユウ! 大丈夫⁉️」

 顔を真っ青にしたアオが駆け寄って必死に僕を呼びかけてくる。でもその声はどんどん遠くなっていって意識が朦朧としてくる。

「すみません! 妹が霊になってしまって相談……ってどうしたんですか!」

 野太い男性の声を認識したのを最後に僕の意識は途切れた。