昼食を終えてから僕とコノは部屋でたまに会話を挟みながらも各々自由に過ごしていた。
ただ、外に出ることはコノにお願いされて止められてしまっている。理由は僕から離れたくないということと、今朝の疲れでもう外出する体力がなくなったからみたいだ。
僕としてはランニングや剣の練習をしたかったのだけど、できそうにないので今朝の戦闘をトレーニングだったと思うことにした。
「……」
部屋の中に本をめくる紙のこすれる音が室内にこだましている。コノは小さなテーブルの上で本を読んでいて、笑ったり悲しそうに眉をひそめたり、真剣な顔つきになったり、コロコロと表情を変えていた。やることもなく畳の上で寝転がっていた僕は、ぼーっとそちらを眺め、次はどんな感情を見せるか予想するゲームを脳内で展開して暇つぶしをしている。
「あのぉ、ヒカゲさん?」
ふと瞳がこちらを向いてくる。流石に視線を感じ取られてしまっただろうか。
「もしかして……これ読みたいんですか?」
「えっと……うん」
コノの顔を見ていただなんて言えるはずもなく首肯する。
「一巻があるのでそれを」
色々入っている本棚から目的の本を迷わず取り出すと僕に渡してくれる。
文庫本くらいの大きさで藍色の表紙には剣のイラストと『勇者アカツキユウゴ」というタイトルが書いてあった。その下には『アイリス』と作家名が記載されている。
「このお話は神話を元に作られているんですよ。カッコいい勇者様と可愛いヒロインのお姫様がすっごく魅力的でして、さらにお話の展開も二転三転して予想がつかなくて――」
「お、落ち着いて」
コノは急にテンション高く作品について語りだす。そのエメラルドの瞳はとても輝いていて。
「はっ……ごめんなさい。あんまり物語で話せる相手がいないのでつい……」
「そっか。じゃあ僕も読むから、それから話そうね」
「はい! 約束ですからね!」
きっと同年代が少なく趣味を共有できなかったのだろう。コノは話の種を求めて本棚からそのシリーズの本を手当たり次第に出し始めて。それを横目に本を開いて読み進めた。
この本の最初は、この世界の始まりについての説明からだ。この世界には元々五人の神がいて、彼らは生物を生み出して、どれが優れているか競っていたらしい。それから神たちは長い年月見守っていたが、決着はなかなかつかず膠着状態に陥っていると、別の世界でも同じ試みが行われていて、そちらで人間という生物が覇権を握ったと伝えられる。それを聞いたある神が人に似た存在、テーリオ族やエルフを生み出したらしい。
しかし、それでも結果はでなくて痺れを切らしたエルフやテーリオを生んだ神は地球から大量に人をさらっていった。さらに人間が有利になるよう、神の力である魔法を与えるという禁忌を犯してしまう。
「……つまり、この世界の人の祖先の元々は僕と同じ地球にいたってことに」
そうして地球と同じように徐々に人間の勢力が上回り出した辺りで、とどめを刺そうとある一人の人間に強大な魔力を渡す。だけど、それは人が耐えられるものではなく暴走してしまい、その人は魔王と自称して世界を滅ぼそうとすることに。
他の神はその神を追放した後に、世界のバランスを取るためにあらゆる存在に魔法の力を分け与え、そして魔王に対抗するために、一人の人間を勇者に選んで特別な力を与えた。
そして、勇者であるアカツキユウゴは、使命を受けて魔王を倒すために旅を始める。それがこの小説の冒頭で、そこから物語がスタートとなった。
「……おおっ」
コノの言う通りこの物語は凄く引き込む力があり、つい夢中になってその世界に入り込んでしまった。読み終えた後はしばらくその物語の余韻を浸ってからは、一巻のことについて感想を言い合った。
「遊びにきたぞー」
「ホノカ!」
続きを読もうとするタイミングでホノカが遊びに来た。彼女はあまり本には興味ないらしいので、本の時間から談笑の時間にシフト。夕方までダラダラと雑談しつつ、時間を潰した。
「そこでギュララさんから貰ったのが、あの時の力がなんだ」
「なるほどな。あれはデスベアーの……どうりで強いわけだ」
ホノカにはロストソードの使い手としての話をした。その中でも特に、戦いに関して興味津々に聞いてくれて、最初に出会った時のことも教えると、納得したように頷いた。
「でも……コノはちょっと心配になります」
「確かに、心臓が痛くなったり意識が朦朧としたりするからね」
「それだけじゃなくて、何だかお話に出てくる魔王に近い感じがしちゃって。暴走はしませんけど、強大な力を急に得たという事は一緒じゃないですか」
そう言われてしまうと少し怖くなってくる。しかもロストソードは神の力でもあるし、無関係とはっきりと否定しきれなくて。
「なら、見合うように強くなればいいだけだろ。オレも協力するぞ」
「いいの?」
「ああ。お前の死にかけても戦った強さ、すげぇいいなって思ったんだ。その精神に力がつけばもっと多くの人を救えるだろ。だから、特訓に付き合う。儀式まで暇だしな」
最後は軽い調子でそう付け足した。その提案はありがたいし、ホノカともっと仲良くなるチャンスでもあって、お願いすることにした。
「コノもヒカゲさんと一緒に強くなりたいです」
「……コノハがそんな事を言うなんて意外だな」
驚いたのか一瞬リアクションが遅れた。コノには強い意志が瞳に宿っていて。
「じゃあ、明日の放課後からやるか」
「うん、コノ頑張るね!」
そう約束をしてから外を見ると日が段々と落ちていており、時間ということでホノカは家に帰っていった。
そしてまた二人きりとなって静寂が訪れる。微かに入り込む外の光に薄暗くなる部屋は、一日の終わりをひしひしと感じさせてきた。
月が空に昇り始めた頃に、イチョウさんとリーフさんが帰ってくる。家には照明がないので部屋は真っ暗になるも、イチョウさんが魔法を発動させると、机の上に置かれた魔石が黄色く輝き、イチョウさんの手から居間の天井に丸い光が宙に出現して光で部屋を満たした。
その後に夕食を全員一緒に食べてから、少ししてから一つの問題である風呂に入るということに直面する。
「コノがやります!」
「いや、リーフさんにやってもらうことになったから」
「そ、そんな……」
あり得ないといった驚愕した反応を見せてくる。こちらとしては彼女のリアクションの方が驚きだけど。
「気持ちは嬉しいけれど、流石にお風呂まではまずいかな」
「むぅ……お世話したかったのに」
「ご、ごめんね」
彼女は渋々ではあるものの引き下がってくれた。
人を好きになるとそこまでしたくなるものなのだろうか。何だかコノからは好意とはまた別の熱量があるように思えた。
「じゃあヒカゲくん、脱いだものはそこのかごに入れておいて」
二つある内の大きめのかごの方に着ていた服を置いて、もう片方の小さめのかごに着替えとタオルが用意されている。
「じゃあそこでじっとしていてね」
脱いでから僕は風呂場の方に行き桶の手前に立たされる。
「ウォッシュ!」
リーフさんは水の魔法を僕の頭上からシャワーのように降らせる。温水で勢いも良い塩梅で気持ちよく身体を洗い流してもらう。
シャワータイムが終了し、続いては大きな桶に温水を入れるとあっという間に湯船に。
「じゃあごゆっくり」
「ありがとうございます」
僕は桶の中に入り、少し腰をかがめるような形になると肩まで浸かれる。温度も絶妙でストレスなく暖かな水に包まれた。
「……ふぅ」
結構身体を動かしたからか、熱を持つ水が染みてくるような感じがして、疲労を溶かしてくれる。ぽかぽかしてくると頭もリフレッシュされ、スッキリとしてきた。
あんまり長すぎても悪いと思い、十五分くらいして僕は風呂から出た。タオルでしっかりと脱ぐって着替えを着る。もちろん、ミニモモ先輩が描かれたパジャマだ。
「上がりました」
「ヒカゲさん、どうでしたか?」
「凄く良かったよ。身体も楽になった」
僕は改めてリーフさんにお礼を言ってから、風呂上がりの身体が冷めるまで居間でくつろいだ。入浴の順番は僕、リーフさん、イチョウさん、そしてコノだった。
入浴時間は皆僕と同じくらいで、一時間も経たずに終えた。
「ヒカゲさん、そろそろお部屋に行きましょう?」
「う、うん」
風呂から出て間もないコノの全身は血色がよく赤らみ、髪にはまだ水を含んでいる。何だかそういう女子のプライベート的な姿は、何だか見てはいけない気がして、直視はできなかった。
「あら、二人ともおやすみなさい」
「しっかり寝るんだぞ」
「「おやすみなさい」」
二人でそう言ってからコノの部屋に入った。ここにも照明はないため、魔法で明かりを生み出してもらう。
「あっ、髪を乾かすのでそこでじっとしててくださいね」
「あ、ありがとう」
畳の上に座ると彼女が僕の背後に立って、呪文を唱えだした。
「ヒート!」
すると髪の毛にドライヤーの如く熱い風が送られる。割と時間も経っていたため、少しで髪は乾ききって。それから、コノは自分自身に魔法をかけて髪から水分を飛ばした。
「ふぁぁ……」
「眠そうだね」
可愛らしい欠伸をして、目もトロンとしている。やはり、今朝の事は結構心身に負担だったのだろう。
「ヒカゲさん……もう寝ましょう?」
「……わ、わかった」
コノに両手を掴まれて、畳の上で寝る選択肢を消されてしまい、一緒に仕方なく布団に横になり、光の魔法を消した。
「あの、せめて背中合せで寝ない?」
「嫌です……手を繋いでいたいので」
いくら暗闇とはいえ吐息が当たる超至近距離に女の子の顔があって、手を繋いで体温も感じるこの状況で安眠できるはずなくて。
「コノはヒカゲさんを感じていたいんです。そうじゃないと怖くて……」
そう僕に縋るように訴えかけるコノは、とても小さな女の子のように見えた。途端に庇護欲がそそられてしまい、断るということはできなくなった。
「そういうことなら仕方ないね」
「ありがとう……ございます……ヒカゲさん」
安心したからかそのまま目を瞑り、少しすると規則的な呼吸に変化する。その間にもコノの小さな手は握る力を緩めることはなかった。
「……どうしよ」
この状態で普通に寝ることは不可能だった。全身が熱くなって、布団によってそれが外に逃されず、さらに隣からの熱を伝わってきて。もう燃えそうだ。それに理性もしっかり動かさなければいけなく、休ませてる場合じゃなくて。
コノは気持ちよさそうに寝ていて安心するも、こちらはそれどころじゃないのにと感じていて。
僕はとにかく何とか寝れますように祈りながら目を閉じた。
「うぅ……」
「ヒカゲさん、起きて下さい」
身体をゆさゆさとされて、浅い所に浮かんでいた意識が浮上させられる。もう少し長く深い場所にいたくて、また戻そうと抵抗するも、何度も呼びかけられ、ついには目を開けた。
「おはようございます!」
「お、おはよう……」
朝から凄く元気でいるけど、こちらはそのテンションについていけず、少し落ち着いて欲しかった。
すでにコノは着替えていて、また祈り手の服を着用して髪もしっかり整えられている。
「眠そうですね」
「あんまり寝れなかったんだ」
コノのせいでねとここの中で付け加えておく。何だか無理矢理起こされたからか、多少苛立ってしまっていて、深呼吸して気分を落ち着かせる。
「大丈夫ですか? コノとしてももっと寝て欲しいんですけど、今日は学び舎に行かなきゃなので……」
「わかってる、すぐに準備するよ」
白い霧に包まれた頭を強引に働かせて立ち上がる。服を脱いで着るという行為は面倒なため、制服を出現させ身にまとう。
「わわっ凄いです。今のは魔法ですか?」
「どうだろう? 魔法かはわかんないけど、特殊な施しはかかってるんだ」
簡易的な支度を済ませた後に、居間に行くとすでに食事が並べられていた。
「いただきます」
四人で席についてから朝ご飯を食べる。正直、食欲はほぼないので気乗りしないが、残すわけにもいかず胃へと詰め込んだ。
「ごちそうさまでした」
食べ終えてから、コノは部屋に戻り外に出るための本格的に身支度を整え出し、押し入れから出した緑の手提げバッグに、教科書みたいな大きめの本を何冊か入れた。
「二人共お弁当作ったからね」
部屋に来たイチョウさんが風呂敷に包んだ弁当箱を渡してくれる。
「ありがとーお母さん」
「ありがとうございます」
僕はリュックにそれを入れて背負った。それと暇つぶしのために小説を借りる。これで準備は完了だ。
「じゃあ行きましょう」
僕たちは家から出て学び舎のある北側へと向かった。朝の冷たい空気に肌が触れると、ぼんやりとしていた意識が多少ましになってきた。
「今更だけど僕も行っていいのかな」
「大丈夫ですよ。祈り手の護衛以上に大切な事はないってわかっていると思うので」
神木の前に来るとそこに巫女服姿で、赤色の手さげバッグを持つホノカがいて、僕たちを見るなり駆け寄ってくる。
「おはよう! 一緒に行こうぜ」
「おはようホノカ。行こう行こうー」
そういう事でホノカも加わり三人で向かった。同じ生徒らしい人も五人くらい見かける。どの子も二人よりも一回り年下の姿をしていた。
「よし、じゃあ空飛ぶからな。コノは準備良いか?」
「い、いいよ。覚悟決めたから」
学び舎のある木のマンションの前に到着。二階に行くためにコノとホノカは呪文を唱え、空飛ぶ魔法を発動させた。
「……よ、よし! は、早く入ろう」
コノは魔法を解除すると即座に扉を開けて中へと入った。僕とホノカは顔を見合わせ苦笑する。
「あっ、強い人だ!」
「遊びに来たんですか?」
「やっぱり一緒にいる」
玄関には昨日の朝に出会った子供たちがいて、ちょうど靴を脱いでいたところだった。
「ヒカゲさんはね、コノの護衛をしてくれてるんだよ。だから遊びに来たんじゃなくてお仕事してるんだー」
「へーやっぱりすげぇ強いんだなー」
「かっこいいです」
「恋人みたい」
最後の女の子の言葉に、ホノカがビクッと反応した。さらに何か圧力のある視線を送られる。
会話はそこで途切れて、靴を玄関に揃えてから三人は慌ただしく左の部屋に入っていく。
廊下が置くまで真っ直ぐ伸びていて、その間に左に三つの部屋、反対にも同じ部屋数があった。
「オレ達の教室はここだ」
左側の一番奥の扉を開けると、そこは八人くらいの人が入れそうな広い畳の部屋だった。前方に先生用らしい机と青の座布団があり、手前の方には二人分の赤い座布団とそれぞれ二つ机が置いてある。
ホノカは左コノが右に隣り合って座った。僕も二人の後方に座ろうとすると後ろの扉から人が入ってきて。
「おーす。あっヒカゲくんこれ敷いて」
「え……サグルさん?」
「コノ達、上級クラスの先生はサグにぃなんです」
聞き覚えのある気だるげな声だと思ったらそれはサグルさんで。まさかの彼が先生だった。僕は持ってきてくれた青の座布団の上に座る。
「この学び舎は、下級、中級、上級の三つのクラスに分かれているんですよ。今年からコノ達は上級になったんです」
「あの子達は?」
「学び始めたばかりですから下級クラスですね」
前方の先生であるサグルさんは、机に本を広げる。それと同じように二人も出すと。
「そんじゃ、始めるぞー」
その彼のかけ声と共に授業が始まった。最初の科目は国語らしく、言葉を学んだり小説の長文読解なんかをしていた。コノは得意そうに発表をしているけど、ホノカは苦手そうに頭を抱えている。
何だか日本でやっていた事と似ているから、つい過去のことを思い出してしまう。それを振り払い小説を取り出してそっちに意識を向けた。
三十分くらいで国語の授業が終了して、十分の休憩を挟んで、次は数学の勉強がスタートする。
こっちでも、小難しい公式の名前が出てくるけど、聞いたこともないものばかりで、遠くから見ている立場からは何が何だかわからなかった。半分呪文のように聞こえて、眠気が復活してくる。何とかそれに耐えて本のページをめくるも、たまに同じ行を繰り返し読んでしまって進みが遅くなった
この科目に関してはホノカかが得意そうに問題を解いているけど、コノはずっと首を傾げていた。
「じゃあ、三限目は魔法についてだ」
「やったー。もう数字は見たくない」
「オレは長い文章を読みたくない」
魔法の授業になると、二人のテンションが高まった。僕もそれには興味があり、少し授業の方に聞き耳を立てる。好奇心によって眠気に対抗できそうだ。
「じゃあまずは水の上級魔法の呪文を覚えてもらう。二人共その教科書に書いてあるの読んでみてくれ」
「シ流雨ノミス激イ水ヲリウ海カ……」
「シ流雨ノミス激イ水ヲリウ海カ……」
「シ流雨ノミス激イ水ヲリウ海カ……」
やばい、やばい、やば過ぎる。二人が覚えようと意味不明な単語の羅列何度も発声するため、段々とそれによって睡眠へと誘われてしまう。
そういえば、睡眠魔法とかあるのだろうか。いや、そんな事より何とか意識を保たないと。
「……」
もう小説に何が書いてあるのかわからなくなってくる。頭もかくかくしてきて、心地の良い深い水の中に半分意識が落ちていく。
「シ流雨ノミス激イ……」
「シ流雨ノミス……」
とうとう限界がきて、僕は抵抗する力を緩めて目を瞑り遠ざかる呪文の声に誘われるように意識を手放した。
「……カゲさん。ヒカゲさん」
「……はっ!」
「やっと起きたか」
再びコノに肩を叩かれて意識が覚醒する。凄く長く寝たような感じがして、眠りの煙が少し吹き飛んでいた。
教室にはサグルさんはいなく二人だけで。
「今って……」
「授業が終わって今はお昼ですよ」
「よくその座ったままで長く寝れるよな」
二人は弁当を手に持って食事をしている。そこから部屋中に香ばしい匂いが漂っていて、僕の腹の虫が鳴き出す。
近くにあるリュックから弁当を取り出すと、エルフの米やサラダに肉が詰められていて、一緒に箸が付いている。リラックスした態勢で食べようと足を動かそうとすると。
「……足が」
ずっと正座でいたせいで足が痺れていて、下手に動かせる状態じゃなくて。ゆっくりと、伸ばせる位置にしていく。
「痺れてんのか? ちょんっと」
「いっっ! ちょ、マジで止めて」
足裏を指で触られた瞬間に、電流が流れたような痛みが走り全身がぴくっと跳ねてしまう。
「ははは、悪い悪い。ついな」
「駄目だよーホノカ。すっごい痛いんだから」
「そうそう」
本当にコノの言う通りだ。結構ビリっとくるから。何とか足を真っ直ぐにしてから、僕は食事を口に運んだ。当然冷めて入るのだけど、昨日食べた食材が多く入っていて、安心して味覚を楽しむ。
「コノハ、呪文覚えられたか?」
「うーん、まだ見ないと唱えられないかな」
「だよなー、結構長かったもんな」
「ね、もっと簡単にして欲しいよね」
それから二人は食べながら学んだことについて、色々相談したり愚痴ったりして和気あいあいと話す。その光景はまさしく学校そのもので、何だか中高時代を思い出して、食べ物味が落ちてしまった。
「そういえばヒカゲさん、マギアってどんな感じなんですか?」
「コノハはイシリスの街に行ったことないからな」
魔法を唱えるのが大変という話からマギアについての話題へとなり、こちらに振られる。
「何か魔法陣が刻印されててそれにタッチすると動くんだよね。こんな風に」
ちょうどリュックに懐中電灯マギアがあって実演した。すると、コノは目を丸くして驚きの声を上げる。それに、子供の頃にゲームのレア装備を持っていて、それを見せて羨ましがられ、気分が良くなるような感覚になった。
「凄い……」
「マジで便利だよなー少しくらいこの島にも入れればいいのにな」
「そりゃー無理だろ」
ちょうど戻ってきたサグルさんがその会話に参加してくる。
「何せ、この村が島の代表になってるのはご神木があるからで、だからこそ代表としてに島をまとめられてる。マギアで何とでもなるってなれば、まとまりもなくなり、どうなるかわかったもんじゃないからな」
「でもさ、ちょっとでも認められねぇのかな。観光客用のトイレもあるんだし」
「俺もそう思うけど、これ以上認めだすと歯止めがきかなくなるって思ってんだろ。トイレも相当譲歩したらしいし」
そんな風に、サグルさんを交えた四人で会話しながらお昼を過ごしていると、あっという間に時間になってしまう。僕達は食べ終わった弁当をしまった。
「そんじゃ、次は魔法の実践するぞ」
「やった、今日は回復魔法についてだよね?」
「ああ。そんじゃヒカゲくん、何か痛い所とかあるか?」
小説を開こうとしていた僕にそう声がかかってきた。
「うーんと、腕とか足に違和感が少し。筋トレのせいだと思いますけど」
「おーけ。まずはコノハが前回教えた回復魔法をかけてみてくれ」
「う、うん。ヒカゲさん、どこら辺が痛いですか?」
僕は制服の袖をまくって右の二の腕を指し示した。彼女はその部分に右手で軽く触れると、小声で呪文を呟く。時々詰まったり言い直したりしつつも、止めずに紡ぎ続けた。
「ハイヒール!」
靴の方を想像してしまいそうな単語を最後に言うと、透き通るような緑の光が手から出てきて、そこから彼女の体温とはまた違う柔らかな暖かさが表面から深層まで伝わってくる。次第に違和感が薄まっていき、腕も何だか軽くなったような気がしてきた。
「終わりました。どうですか?」
「凄く楽になったよ、ありがとう」
「上出来だ。けど、もう少しスラスラと言えるようにした方がいい」
そう評価されるとコノは上手くできた事に小さくガッツポーズを取る。それから、また精度を上げるため復習し始めた。
「じゃあ次はホノカの番だ」
「はいよー。オレ本当回復魔法苦手なんだよな。攻撃魔法と感覚違うし」
髪を乱雑にかきながらそうぼやく。僕は左足首を見せて違和感のある所を教えた。
「うっし、ヒカゲもしやらかしたら悪いな」
「いややらかすって……めっちゃ怖いんだけど」
「安心してくださいヒカゲさん。万が一の時はコノが治します」
「そういう問題でもないけど……まぁいいや」
とやかく言っても始まらない。それに魔法もあるしなんとかなるだろうと腹をくくった。
「そんじゃ……えーと呪文何だっけ」
ホノカは僕の左足に軽く触れる。彼女の手は結構ひんやりとしていて、少しぴくっと足が反応してしまう。その間に彼女はうんうんと唸っていて、ただ触られるだけの時間が過ぎる。
「女の子に触ってもらって役得だな」
「決めたのサグルさんじゃないですか。それに、今は何が起こるのか不安の方が強いですし」
「うーん、とにかく何か唱えてみるか」
そう恐ろしい開き直り方をしてくる。ホノカは一瞬の逡巡を挟んでから呪文を唱えだして。
「炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」
「ちょちょちょ! 何かやばい単語聞えて……何か凄い熱いたんだけど!?」
「あっ、悪い。ついインフェルノを唱えちまった」
「それは死ぬって!」
僕は座ったまま全力で彼女から距離を取った。向こうでは呑気にまた何だっけと天井を見ながら考えている。
「思い出した。今回は大丈夫だからこっちに来てくれ」
「し、信じるからね……?」
「任せろ」
あんな事をしでかしていても自信満々でいられる胆力を見習いたい。不安げにされても怖いけれど。
「すぅ……はぁ。よし」
そうホノカが意気込むと今度は何となくコノと同じ感じの呪文を何度も言い直しながら唱え出した。
「ハイ……ヒール!」
左足首にコノの魔法よりも微弱な黄緑の光を放ち温かな感覚が皮膚の中層くらいまで届いた。多少は違和感が解消されているも、さっきほど楽にはならなかくて。
「何となく良くなったかな」
「やっぱムズいんだよなー」
「まぁ及第点と言ったところだな。力み過ぎる癖を直せばより上手くいくぞ」
まずまずという評価に納得してはいるものの、難しい顔をしていた。
「そんじゃ次の回復魔法をだな……」
それからも僕は実験台にさせられ、二人の魔法を受け続けることに。度々ホノカに恐怖を与えられるも、魔法のおかげか体調はすこぶるよくなって、心身が軽やかになった。
その授業が最後だったようで終わってから僕達は学び舎を後にした。
放課後になり僕たちはそのまま特訓のために西側の遊具がある場所に訪れた。
「さて、特訓つっても何をするかな」
「うーん。まずは軽くランニングとか?」
「そうだな。そんじゃ行くか」
僕達は丸太の付近に荷物を立てかけて走ろうと軽くアップをする。
「ええ……コノもやらなきゃ駄目だよね」
「別に嫌ならそこで待っててもいいんだぞ」
「そ、それは駄目! コノは二人の傍から離れたくないからっ」
コノは二つの事を天秤にかけて一緒にランニングすることを決めて、僕達の真似をして身体を温めた。
「じゃあオレに付いてきてくれ」
ホノカが先導してくれて僕とコノは隣り合って彼女の背を追った。どうやら村の中を順に回っていくらしく、まずは神木の方から北側へと向かった。ペースはコノに合わせているのかゆっくりで、割と安定した呼吸のまま走り続けられて。
「ぜぇ……ぜぇ……も、もう少し遅くはできない?」
「流石にそれは早歩きになるだろ。体力作りのためだ、頑張れ」
コノは一生懸命にホノカのペースについて行く。そんな彼女を横目に僕は前方のホノカと軽く雑談をした。
「ホノカはいつも走ってるの?」
「ああ。身体を動かさないと気が済まないんだよオレは。それに走ると気分も良くなるしな」
「それわかるな。頭がスッキリするよね」
「ぜぇ……はぁ……はぁ……ぜぇ」
日本にいた時はそこまで運動はしていなかったけど、最近トレーニングを始めて気持ち良さや成長をしている感覚を知った。それが、凄くモチベーションになっている。
神木から南の方に行き、またターンして真ん中へと戻り次は東側へと走った。その間に村の人とすれ違うと皆挨拶や声をかけてくれて。
「何か温かいよね、本当に」
「まぁたまに面倒だったりするけどな」
「はは、そうかもね。けど、この雰囲気って凄く良いよ」
「うぅ……無理ぃ……キツイよー……」
僕の住む地域は割と都会に近いところだったから、周囲の人との繋がりは希薄だった。だからか、この村の距離の近さは羨ましく映った。それについ考えてしまう、もしこういう場所だったならアオがこの世界に来ることがなかったかもしれないと。
それから再び学び舎のある北側に訪れるとすぐに引き返し、そして西側へと最後まで足を止めずに一周し終えた。
「ふぅ~まぁまぁ走ったな」
「そうだね、このペースでも疲れるね」
「はぁ……ちょっと……なんてもん……じゃないです……けど……」
限界といった感じで地面に座り込んで酸素を全力で吸っていた。
「良く頑張ったなコノハ」
「ぜぇ……このくらいは……何とかできたよ、えへへ」
「後は適当に特訓するから、ゆっくりしててくれ」
少し休憩を挟んでからそれぞれトレーニングを開始した。僕はロストソードを素振りしたり、戦闘のイメトレをしたり。ホノカは丸太の的に魔法を当てたり、空飛ぶ魔法で丸太の上を軽やかに飛び乗っていた。
「なぁヒカゲ。ちょっとしたゲームやらないか?」
「ゲーム?」
互いに一段落ついた時にホノカが二本の細い棒を持ちながらそう提案をしてくる。
「ルールは先に棒を当てた方が勝ち。お前がギュララとやったみたいな感じだ」
「……何か棒とはいえ当てるのに気が引けるんだけど」
「オレは霊でしかも半分くらい亡霊だ。その程度大したことねぇよ」
理屈ではそうだけど気持ち的にはやっぱり遠慮したくなってくる。でも、実践的ではあるからと思い、それを受けることにした。
「よしゃ、じゃいくぞ!」
「わ、わかった」
距離を取り相対して棒を構えた。ホノカは常に身体を動かせるよう小さくジャンプしていて、僕は向かいうつためにじっと動きを見る。
「うららぁ!」
小さなステップで距離を詰めてくると棒を斜め上に振り上げてきた。身体に当たる前に後ろに飛び退いて回避。すぐさま反撃の一撃を放つも同じようにひらりと躱されて、また最初の状況に。
「せいやぁぁぁ」
今度はこちらから斬りかかる。棒を振りかぶると真っ向から棒をぶつけられつばぜり合いの形に。
「つ、強い……」
「負けねぇ!」
ただホノカのパワーの方が上回ってて、ジリジリと押し込まれてきて。そしてさらなる力が加えられると弾かれてしまい、胴体はガラ空きになってしまい。
「ほい、オレの勝ち」
軽く棒を当てられて勝負あり。僕は呆気なく負けた。
「もう一回やろうぜ」
「うん、次は勝つよ」
「へへっ次はもっとバチバチでやるからな」
そうして僕達は何度も棒当てゲームを繰り返した。しかし、それは結果的にワンサイドで勝つことはできなくて。
そのままリベンジを果たすことができず時間となってしまった。
「もうすぐ暗くなるな。終わりにするか?」
「うん。明日は勝つからね」
「おう」
神木までは一緒で、そこからホノカとは別れてコノと家路を歩いた。
「少し幻滅させちゃったかな。あんまり強くなくて」
ロストソードを用いていないとは言え、一度も勝てなかったのだからそう思われても仕方ないだろう。
「そんな事ありません。コノを救ってくれたあの時のことは勇者様のようだったのは変わらないです。それに、ヒカゲさんを知っていって強さだけじゃない魅力だってあるんです。何なら強くなろうと頑張ろうとしている姿が素敵でした」
真正面からそう褒められると、とてもくすぐったかった。
「そっか……」
「えっへへ照れてるヒカゲさんも最高です!」
「も、もう止めて……」
やはりまだ彼女の好意に対しての耐性はついていなかった。頬も熱くてそんな表情をあまり見られたくなく両手で隠す。
「ふふっ」
「……」
家に戻るまで生暖かい視線を送られ続けて、それのせいで火照りに燃料を投下されたように冷めることはなかった。
村での生活三日目、四日目そして五日目と僕は学び舎へとコノに付き添って、放課後にはホノカと共にトレーニングをするという日常を繰り返した。その間にはアクシデントは何一つなく、単調な時間が流れた。
それから六日目となり、僕はいつものと言ってもしっくりくるようになった学び舎からの放課後とトレーニングのサイクルをこなしていた。
「初めて勝てた……」
「まっ、他は全部オレの勝ちだけどな」
今日も行った対決で、最後の戦いでようやく白星を飾った。何度もやっているとホノカの攻撃の予備動作や足の運びを覚えていて、それに合わせて行動を選択できるようになってきていて。次も勝てるようなそんな活路が見いだせていた。
ホノカは一回だけの敗北でも凄く悔しそうにしていて、それを隠すように勝ち誇っている。
「ホノカがそんなに悔しそうにしてるの久しぶりに見たなー。もう村の中じゃ上の方だもんね」
「……確かにそうだな。それに何か死んじまってもこんな気持ちになるんだって、ちょっと変な気持ちする」
二人の会話を聞きつつ、その気持ちが何か未練に繋がっていないだろうかと考えた。例えば、あのウルフェンにリベンジしたいみたいな想いがある可能性も無くはないだろう。
この数日間で二人とは仲良くなれたと思うけど、本当の未練についてはまだわかっていなかった。正直、半亡霊状態だから早めに解決したいのだけど、問い詰めることもできなくて、話してくれるのを待つしかないため歯がゆさもあって。しかも、二人と長く過ごすほど、ロストソードで断ち切って別れさせづらくなってもいた。
「ヒカゲさん、難しい顔をしてどうしたんですか?」
「あ、いや。何でもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ……ってうぉ」
思考の沼にはまっていたせいで、いつの間にか至近距離にコノがいたのに気づかず心臓が跳ねた。
「結構お疲れみたいですね。明日はお休みの日で学び舎もないので、ゆっくりしましょうね」
「そうするよ。ホノカもそれでいいかな」
「いいぜ。つぅかそのつもりだったしな」
コノの回復魔法のおかげで身体の疲労は大したことはないものの、実際精神的な疲弊は少なからずあったので助かる。
一旦それで話を終わらせ、僕達は荷物を持って家路につくことにした。
もうそろそろ夕暮れになるので家に戻る村人と多くすれ違う。神木がある広場にはもう人はいなく、僕たちだけだった。
「じゃオレはここで……」
神木前でホノカが立ち止まる。そして別れの言葉口にしようとした、その時に。
「奴らが来たぞー!」
南の方からそんな叫び声が聞こえた。緩やかな日常は一変して危険な非日常へと。
「いやぁ……」
「早くコノ家に……」
「待て、囲まれるぞ」
東側から二人のウルフェンが姿を現した。さらに後ろの西側からも同じくもう二人がいて。それを見たコノは僕とホノカの間で身体を震わせて顔を青くさせていた。
「さっきまでいなかったのに」
「多分、周囲の森から柵を越えて来たんだろ。だが森には凶暴な魔獣が大量にいて、無事にいられないはずなんだが……」
彼らを観察するも、大した傷も見受けられなかった。違和感としたら何だか少し儚げな感じはするくらいだろうか。
「そこをどけロストソードの使い手」
「悪いけど、彼女は殺させない」
僕はロストソードを手にして、剣先を二人に向けた。
「赤の祈り手……死してなお邪魔するか」
「当たり前だろ。悪いが負けたままあの世にいってたまるかよ」
反対側ではホノカが相手と向き合っている。やはり未練は復讐なのか、そんな事を思っていると南側からまた一人のウルフェンがやってきて。
「全く面倒だな。あの日に殺しておくべきだったぜ」
「……まさか」
「よぉロストソードの使い手。あの時は世話になったなぁ」
その姿と声はしっかりと覚えていた。現れたかウルフェンは僕よりも一回り大きく、黄色い鋭瞳を持ち虹色の鉢巻を巻いている。
そう、その正体は初めてこの島に来て戦い、グリフォドールに連れ去られた人だった。
「あなたはグリフォドールに……」
「ああ、あいつに巣まで運ばれた。けど何とか脱出したのさ。俺には使命があるからな」
そう言ってギロリとコノを睨みつけた。それを受けて、さらに呼吸が乱れ震えも止まらなくなってしまう。
「ふざけんじゃねぇ。お前らのわがままで何でコノハが殺されなきゃならないんだよ!」
「そうです、そんな強引にやらず、難しくても話し合いで……」
「黙れぇ!」
怒りに満ちた叫びに遮られる。感情を抑えられないかのように、力のこもった身体が震えていて。
「そんな悠長に待っていられるわけねぇだろ!」
「どうしてそんな……」
「ふん、お前らは知らないだろうから教えてやるよ。俺らがマギアを求めるのはな、仲間が死ぬのを減らして、死んじまってもすぐにそいつを見つけられるようにしたいからだ!」
両方向にいるウルフェンの人達はまだ襲ってくる様子はなく、警戒は緩めずも耳を傾けた。
「マギアがあれば、生活水準も高くなって魔獣からも身を守れるようになる。それに、迷いの森は今でも見つかってない仲間の遺体があって、それすらも見つけられるだろう。だから、もう長ったらしく議論してる時間はねぇんだよ!」
「遺体……」
そういえば、グリフォドールに始めて出会した時、そいつはウルフェンの死体を持っていた。結果的にそれは見つけられてアオが送ったけれど、確かにあの森の深さだと捜索は困難だ。まさしく、目の前の彼らが捕まっていないのがその証明でもあって。
「お前らがそいつの命を大切にするように、俺らもこっちの命のためにやってるんだ」
「……」
「わかったら、部外者のお前は引っ込んでろ」
彼らがこんな事をしている理由はわかったし、同情できる部分もある。でも、だからといって認めることはできない。もうホノカとレイアちゃんが手にかけられたのだから。
「邪魔する気なようだな。それならもう一つ教えてやるよ」
「もう一つ?」
「ああ……俺達はもう死んでるんだよ」
静かに告げられたその言葉で衝撃が走り視界が揺れた。
「そこにいる奴らと俺は未練を持つ亡霊だ。もちろん仲間には生者もいるがな」
「ちっ……魔獣はびこる森の方から侵入できたのはそれが理由かよ」
亡霊になれば簡単には倒せない強さが得られる。前に戦った時に手応えが薄かったのもそれが理由だったんだ。
「ロストソードの使い手は霊の未練を解決するんだよなぁ!?」
「その未練って」
「当然、その祈り手を消してマギアを解禁させ俺の親友、そして仲間が安心して生きれるようにすることだ」
「……っ」
僕個人としても、与えられた役目としても未練解決したい。だけど、コノ手を出させる訳にはいかないし、そんなことをすれば今度はホノカ達の未練が解決できずに終わってしまう。
「だから役目を全うするためだ、さっさとここから去って貰おうか」
「ヒカゲ、さん」
隣にいるコノが不安そうに僕を見つめていた。ウルフェン達の事を気にもせずじっと。
論理的に考えれば矛盾と葛藤が生じてしまうだろう。でも、行動しなければ大切なものを失うことも知っていて。
「……悪いけど、それはできない」
僕は感情に従うことにした。
「ヒカゲさん!」
「だよな、ヒカゲ!」
コノは安心したように胸に手を当てる。もう、顔色の青さも改善していて身体の震えも止まっていた。
「そうかよ。なら……お前らやっちまえ!」
その命令の言葉を受けて、対峙していた相手が駆け出した。
「ギュララさん、力借ります」
瞬時に剣先を自分に向けて藍色に輝くのを確認し、腹部に突き刺した。
強大な力を感じると共に腕と手がデスベアーのものに変化する。頭の上にも角が生えたからか重さが増えて。
「「オラァァァァ!」」
「はあっ!」
変身後、すぐに同時に鋭い爪を見せて襲いかかってくる。両腕でそれを受け止め、軽い痛みは無視して二人を弾き飛ばした。
「バーニング!」
「「ぐぉぉぉ!」」
「シ流雨ノミス激イ水ヲリウ海カ……」
背後からは魔法を唱える声やホノカとウルフェンとの戦闘音が聞こえていて、どうやら優勢のようで目の前とまだ動いていないウルフェンに意識を集中させた。
「話の通りか……でもやるっきゃねぇ!」
右にいたウルフェンが口の中にある凶器的な歯をちらつかせ距離を詰めてくると、大きく開けながら飛びかかってきた。
「せいっ!」
「ぶごほぉ!?」
顎に軽くアッパーで口を閉ざさせてから、腹にストレートを打ち込み後方へと吹き飛ばした。
「ウガァァァ!」
休む間もなく次にもう一人が再び爪で引き裂こうと向かってくる。
「デスクロー」
「ふぎゃぁぁ!?」
振りかぶられる攻撃は左手で軽くいなして、赤黒く光った右手の爪で斜め上に切り裂いた。おもちゃみたいにぶっ飛ばし、もう片方のウルフェンにぶつけた。高い威力故か剣で斬った時よりも圧倒的な手応えがそこにはあって。
「ぐっ……!?」
技を放った反動からか心臓に刺されたような痛みが走った。
「ひ、ヒカゲさん!」
「シルバぁぁぁクロぉぉぉ!」
自分自身の事に気を逸らしていて、コノに呼びかけられた時、既に跳躍し銀色に光った爪が首へと迫っていた。
「終わりだ!」
「まずい……」
「コノだって役に立つんだ! ウェーブ!」
彼女の両手から激流が放たれ、迫っていたウルフェンを流して後退させてる。
「な、なにぃ?」
「やりました!」
「ありがとうコノ。助かったよ」
呪文を呟いていたのはホノカだけじゃなかった。それに、さっきの魔法は多分、最近覚えた水の上級魔法だろう。
「おい、大丈夫か!」
「こ、こんなことって」
少し離れた所にいる二人のウルフェンを見ると、デスクローを受けた方が立ち上がれずにいて、身体には爪痕がついて黒く色づいていて全体的に薄くなっている。
「霊状態でもあんな傷を……」
彼らの姿を見て、自分のやったことに血の気が引いてくる。霊の殺人そんな言葉が脳裏によぎって自分の力が怖くなった。
「この野郎ぉぉぉぉ!」
「……っ」
毛が水に濡れているウルフェンが感情のままにこちらに接近してきた。
「はぁっ!」
「ぬぐぉぉぉぉ!?」
相手の行動読んで最小の動きで回避。カウンターにデスクローは打てず、拳を握りアッパー。簡単に上空へと飛ばした。
「ピャーー!」
そして、地面に落ちる前にグリフォドールがやって来て捕まえてしまう。
「ま、またお前かよ! 覚えてろよぉぉぉ!」
「リーダーが! お前らここは撤退だ!」
「「「おお!」」」
そのままグリフォドールに南の方へと連れ去られてしまう。それによって、他のウルフェンは尻尾を巻いて逃げ出した。
「終わった……」
僕は変身を解除して一度深呼吸する。空を見上げると夕日が一日の終りを感じさせるオレンジ色に世界を染めていた。
マギア解放隊を退けて一日が経った。いつものように目を覚ますと隣にはコノがいてスヤスヤと無防備な寝顔を見せている。今日は学び舎がないため、しっかりと睡眠時間を確保できた。多分、もうお昼近いだろう。
「……すぅ」
「コノ」
僕が先に起きるのはあまり無いことだった。きっと昨日の事が相当な疲労になっている。僕も同じようだけど、力もついてきたし能力も短時間だったから前回のようにはならなかったようだ。
「どうしようかな」
あの後、僕達はすぐに家に帰宅してまた日常生活へと戻った。しかし、意識は簡単には切り替えられなかった。コノの心配も今後の襲撃も憂慮していたけど、何より彼らが霊であることが悩ませる。
彼らのやってることは肯定できないけど、仲間のためという想いは共鳴できるもので。それに、生者側の人の気持ちを想像すると簡単にマギア解放隊を否定できない。
きっと彼らも、半亡霊ということは時間も多くない。早めにかつ穏便に未練を解決する可能性はないだろうか。
「うむむ……」
エルフの村の事情考えると妥協点が見当たらず、アイデアは浮かばなかった。どっちもではなくどちらか、その選択肢しか無くて。そうなったら僕はどうするか。
「一つしかない」
「う……ぅぅ」
そう考えをまとめているとコノが目を覚ます。寝癖で髪の毛がボサボサで瞳はトロンとしている。
「おはようコノ」
「お、おはよう、ございます」
彼らには申し訳ないけれど、やっぱり僕はコノが明日を向かえるようにしたかった。
*
多少昨日の事を気にしつつもそれ以外はいつもと変わらない感じで休日を過ごした。今日でちょうどこの村に来て一週間で、随分と慣れたものだなと思う。家にはイチョウとリーフさんがいて、いつも傍にコノがいる。そして家族のように一日を送って。まぁ、トイレやお風呂に関しては慣れるはずもないけど。
「ねぇコノ……大丈夫?」
お昼を食べてからしばらくしてから、僕達は静かに本を読んでいたのだけど、一段落がしていつもと変らない彼女が気になって声をかける。
「はい、心配しないでください」
「そう? でも難しい顔をしてたから」
いつもなら楽しそうに小説に顔を埋めているのに、心ここにあらずといった感じでページをめくっていた。
「その……ちょっと考え事をしてたんです」
「悩み事なら聞くよ?」
「いえその……これは一人で決めなきゃいけないので」
凄く気になるけどそう言われてしまうと引き下がるしかなかった。
「そっか。もしかして一人になりたいとかある? 必要なら外に出てるけど」
「……そうしてくれると嬉しいです」
意外な返答だった。念の為訊いただけだったのだけど、まさか一人になりたがるなんて。
「了解。本当に困ったら相談してね」
「はい! ありがとうございます」
どうやらただ事ではないみたいだ。後ろ髪を引かれるも僕は部屋から出た。
「外に出ようかな」
少し気分転換に散歩することにして、休みでゆっくりしている二人からいつものように、いってらっしゃいを受けて玄関の扉を開けた。
「何か本当家族みたいだ……」
とりあえずぼーっとしながら神木の方へと歩いて行った。道中にはあの三人組の子達にまた囲まれてしまい、昨日の事の質問攻めにあってしまった。数十分ほどそれに答え、やっとのこともうすぐ暗くなるということで開放された。
「「「ばいばーい」」」
「ばいばーい。……やっと終わった」
リラックスのためだったのに、逆に別の疲労が溜まってしまった。気を取り直してウォーキングを再開する。
「……」
「あれは」
村の中心地に来ると、神木付近のベンチにホノカが座っているのを見つけた。悩ましげに地面をじっと凝視している顔が夕日に照らされている。
「ホノカ」
「ん? ああ、ヒカゲか」
顔を上げると普段と変わらない調子の明るさに戻る。
「コノハは一緒じゃないのか?」
「うん。一人で考え事をしたいって追い出されちゃったんだ」
「意外だな、ずっとくっついていたそうだったから。……ってそんなとこで突っ立てないで座れよ」
右隣をポンポンと叩き促してくれて、僕はそこに腰かけた。
「ホノカは何をしていたの?」
「オレは……コノハと同じだな。色々考えてた」
「それなら、僕いない方がいいかな?」
「別にそんな気を遣わなくていい」
それから会話が止まって絶妙な空気感の静寂に包まれる。僕はぼーっと前に目をやって村のエルフの人々が行き交う光景を眺めた。
「……」
「もし良かったらだけど話を聞こうか? 解決できないかもだけど、話すだけでも楽になるだろうし」
もしかしたら未練に関しての可能性もあり、ここは積極的にいくことにした。
「そう……だな」
一度大きく息を吐いてから少し苦笑いを浮かべ、僕に真っ直ぐと赤い瞳が向けられた。
「実はさ、お前に言わなきゃいけない事があるんだ」
「うん」
「オレ嘘ついたんだよ、未練のこと。祈り手としての役割を果たしたい思いはもちろんあるが、それは霊になってる理由じゃない」
ここまではある程度予想できていたことだ。ようやく話せてもらえ、少しは信頼された気がして嬉しくなる。
「それでだな……本当の理由はだな……それは」
一番大切な部分で言葉が躓いてしまう。瞳は泳ぎまくっていて、何だか恥ずかしそうに頰も赤くなってる。
「もしかして……コノのことが」
「そ、そうだよ! オレはあいつが好きで告白したいのが未練なんだ!」
「ま、マジっすか」
それは想定の斜め上だった。けど、思い返すとコノを意識している素振りはあったし、ちょくちょくモモ先輩みたいな嫉妬の視線を送っていた。
「オレは昔からコノハが好きで、この口調だってカッコいいと思われたかったからなんだ……」
夕焼けの効果で、ホノカの顔は火が吹きそうなほど真っ赤だった。そこには普段の威勢はなくて語気も弱々しい。
「へ、変だろ? こんな事が未練だなんてさ」
「いやいや、どんなものでもその人が持つ未練は重大なものだよ」
そう、本当に重いものだ。当然、マギア解放隊の彼らが持っているものだって。
「ねぇホノカ、僕はロストソードの使い手として、そして個人的にも力になりたい」
「……なら、オレの告白が成功する可能性を上がるようサポートしてくれ。それと、逃げないよう見張って欲しい。今までずっと、できていなかったから」
「もちろん、わかった……よ」
話してて思い出す。そういえば僕コノに告白されていた。あれ、これ関係的にはホノカのライバルになってるよね。どうしようか。
「どうしたんだ?」
「いや……何でもないよ」
告白を受けていることを伝えるべきだろうか。今の流れでそれを言うのは躊躇ってしまう。
「そんじゃよろしく頼む。ふぅ、何か仲間が増えると力強いな」
「な、仲間……そ、そうだね。できることをしてみるよ」
「ああ! サンキューなヒカゲ……いやユウワ!」
八重歯を見せて少年のような笑顔を見せられ、完全に言うタイミングが消し去られる。
未練について進展したのは喜ばしいけど、その副産物として隠し事という重りが追加された。
夜になり夕食やお風呂を済ませてからまたコノの部屋に戻った。中は魔法によって仄かな明かりで照らされている。
「ヒカゲさん、少しお話があるんです」
コノは布団に正座で座ると、僕にクイクイっと手招きをしてくる。何だか、さっきのホノカの事もあって、未練の事を考えてしまう。そもそも、この部屋で二人っきりな時点で、サポートとは相反することをしていて、罪悪感が生まれてくる。
対面に同じく正座で座ると、エメラルドの瞳が僕をしっかりと見据えてきた。
「話って?」
「……未練に関することです」
ライトが弱くて表情は見えづらいものの、彼女は真剣な表情でいて、こちらも緊張の糸が張り詰める。
「実は……祈り手として役目を果たすことは未練じゃないんです。その、嘘を言ってごめんなさい」
「じゃあ本当の未練って?」
下げた頭を上げるとコノはスラスラと言葉を紡いだ。
「ホノカを安心させるために、大切な人を作ることです」
「……コノが僕に告白したのって」
「もちろん、運命は感じましたし好きって気持ちもあります。でも、そういう人を作りたいという思いもあって」
彼女が結構グイグイ来るのはそういう理由もあったんだ。その好意の裏側がわかって納得感と共に一抹の寂しいような感情もあった。
「ホノカにずっと言われてたんです。頼りないから恋人みたいな大事にしてくれる人がいいよねって。親にも言われてましたし」
それってホノカが振り向いてもらえるようそんな風に言ったような気もする。
「ええと……親友とかは駄目なの?」
「でも、候補はホノカ以外にいないですし。時間も少ない現状だと、コノの気持ち的にも好きになヒカゲさんしかいないですし、ヒカゲさんがいいです!」
「な、なるほど」
コノは僕の両手を優しく握ってくる。小さく柔らかな感触から想いと熱が流れ込んでくる。
非常に困ったことになった。彼女の未練を叶えようとすれば、それはホノカの対しての裏切り行為になって。
「嘘を言ってしまったのは、本当のこと言うと無理に恋人になろうとしちゃうかなって思ったからなんです。それに多分、恋人のふりしても未練を解決しない気がしたので」
「でも、どうして今に?」
「マギア解放隊の人達に未練を聞いてもコノの味方をしてくれました。それなのに、黙っているのは違うかなって」
そう答えて微笑を浮かべた。
「コノ、話してくれてありがとう。一つ訊いてもいい?」
「はい! 好きになってくれるよう何でも答えますよ!」
彼女が距離を詰めてきて膝が当たってしまい、鼓動の速度が速まる。
「その……どうしてそんなに安心させたいのかなって。そこまで頼りなくはない気がしてさ」
「え……そんな風に初言われるのは初めてです」
丸い目をさらに丸くする。確かに、夢見がちだし怖い部分もあるけれど、未練のためにしっかりと考えて行動していた。
「そうなの?」
「はい。でもそう思われるのも仕方ないです。だって、コノ少し前まで病気をでほとんど外に出られてなかったので。本当に小さかった時は、ホノカと遊んでいたんですけど、その後に色々と患ってしまったんです」
「病弱……」
ちょっと走っただけで息切れしていたのは、単に体力が無いだけじゃなかったんだ。
「だから、両親にもホノカにもずっと心配されているんです。本が好きなのもそれが唯一の生きがいだったから」
「じゃあ……コノにとっての物語の勇者って結構思い入れがあるんだ」
「ですです! だから、同じように命の恩人であるヒカゲさんも勇者なんです!」
そんな存在と重ね合わされるなんて、その重さに押しつぶされそうだ。
「だから……ヒカゲさん。コノは全力で好きになってもらえるよう頑張るので、祈り手の儀式が終わるまでに考えてもらえると嬉しいです。お願いしたいのはそれだけです」
「わ、わかった」
「ありがとうございます! じゃあ寝ましょうか」
話も終わってことで、コノは光魔法を消し布団に入る。手を繋いでいた僕も一緒にその中に。
ただ、考えることが増えて当然眠気はほとんど無かった。僕勝手に意識が消えることを期待して目を瞑る。
「……」
どうすればいいのだろう。何か三角関係的なものが作られてしまった。自分が恋愛絡みでそんな当事者になるとは思ってもみなくて。
でも、答えは分かりきっている。ホノカの未練はあくまで告白をする事にあるからそれをして断られ、そして僕がコノと恋人関係になれば済む話ではある。理屈ではそうだけど、幼馴染がいる人間としては、ホノカを応援したい気持ちもあって。
感情と論理がぶつかりあってしまい答えを出せず、僕は意識が落ちるまでぐるぐると思考を回し続けた。