僕達はレイアちゃんの未練を解決する手立てを見つけ出した後、明日未練を断ち切るということを伝えてカイトさんと別れた。すぐにしなかった理由は、まだ亡霊化に猶予がありそうで、二人の時間を過ごして欲しかったからだ。それに、万が一戦闘になってもいいようにセントラルパークで行うので、通行制限のため準備が必要ということだ。
 街で行う時はアヤメさんが国にロストソードを使用することを伝えて、国の兵士やマギア人形が街や人の被害を防ぐため派遣されるらしい。それを聞くと改めて大きなことをしているのだと身が引き締まってしまう。
 翌日、微弱な緊張感を持ちながら寝たことで相変わらず寝不足だった。時刻は午後二時で、約束の時間まで四時間どう過ごすか悩みながら、居間のソファで座っていると、アオが外から帰ってくる。何をしていたのか訊くとレイアちゃんと作戦会議をしていたと言うだけで中身は教えてくれなかった。
 アオと一緒に昼食を商店街のお店で食べたり、アヤメさんにマギアの商品について教えてもらったり、ここに来てから初めてまったりとした日常を過ごしてから、僕達は約束の時間になりセントラルパークに向かうことに。セントラルパークと西エリアのゲート付近に来ると通行者がほとんどいなくなり、入口には物々しい装備を身に着けた兵士がいた。

「お疲れ様です。どうぞ、彼が待っています」
「はーい」

 僕達を確認すると道を開けてくれる。アオはひらひらと軽く手を振ってからセントラルパークへ。

「……」

 広々として夕焼けに包まれたこの場所は驚くほど静かだった。この異質さが緊迫感をもたらす。カイトさん達は中心の女神の像の所で待っていた。

「やっほー、二人共」
「アオイちゃん、こんにちは」

 アオはいつもと変わらず明るく声をかける。カイトさんは手を挙げて応えて、レイアちゃんはペコリと挨拶した。

「いや~いつも思うけど、この光景すごいよね」
「何だか不思議な感じするな。それにこんな広かったんだなって」
「でも、私は落ち着くし好き」

 各々この景色の感想を言う。僕はレイアちゃんに同感だった。

「それでなんだけど。二人はもう心の準備はできた?」

 アオの投げかけた質問に兄妹は同時に頷いて肯定する。それに、血の繋がりを感じて少し胸が熱くなる。
 二人は女神の像の前で互いに向き合って、しばらく見つめ合った後に、カイトさんから口を開いた。

「まずは謝らせてくれ。レイアあの時に守ってあげられず苦しませてごめん」
「や、止めてよ兄さん。私怒ってないよ」

 深々と頭を下げる。それを受けた彼女はあたふたする。

「レイア……俺さ生きる理由を見つけたんだ。いや、思い出したっていう方が正確だな」
「思い出したって?」
「ああ。俺が今の仕事を初めたのは、お前を食わせるためだけじゃなくて、父や母のような犠牲者が一人でも少なくしたかったからなんだ」

 彼はレイアちゃんと目線を合わせるため、腰を落として語りかける。

「俺はその想いを持ってこれからも生きていくよ。だから、安心して欲しいんだ」
「兄さん……」

 いつものような愛全開という感じでなく、柔らかく気持ちを伝える。そしてレイアちゃんの頭を撫でた。

「うん。ママとパパのためにも頑張ってね」
「もちろんだ。今までありがとうレイア。親がいなくなっても、お前のおかげで幸せだった。……けど俺はレイアのこと幸せにできただろうか」

 カイトさんは撫でていた手を離してから、不安げに本題について尋ねる。

「……えっとね、兄さんに開けて欲しいものがあるの。アオイちゃん、箱をちょうだい」
「ほいっ」

 アオは懐からあの僕を気絶させた箱を取り出すとレイアちゃんに手渡した

「……ねぇアオ。良い考えってあれ?」
「ふふん。思いの証明には最適でしょ」
「確かにそうだけど」

 あれを見ていると痛みがフラッシュバックしてくる。

「はいっこれ開けてみて。私の思いをぶつけるから」
「わ、わかった」

 レイアちゃんは思いを込め終えてから、チャージ完了した箱をプレゼント。カイトさんは困惑しながらもゆっくりとそれを開いた。

「うぉ……ぐばぁ!」

 蓋が全開になって即ハートが飛び出し、残像が見えるほどの速度で顔面にヒット。うめき声を上げながら身体を仰け反るも、倒れることなく踏みとどまった。

「私、恥ずかしくて言えなかったけど兄さ……お兄ちゃんのこと大好きなの!」
「うぅ、レイア……」
「ずっと悲しませないように明るく接してくれて、冷たい態度とっても優しくしてくれて、毎日私のためにお仕事を頑張ってくれた。私、お兄ちゃんの妹で良かった……」

 全身全霊で想いを叫ぶレイアちゃんの瞳から涙が溢れ出す。

「お兄ちゃんの妹で幸せだったよ」

 そう言ってレイアちゃんは天使のような笑顔を見せた。

「……そっかぁ、そっかぁ。本当に良かったぁ」

 告白を聞いたカイトさんは感極まった様子でいて、ボロボロと涙を流す。

「お、お兄ちゃん? い、痛かった?」
「ああ、痛いほど伝わったよ……お前の気持ち。くそ、泣かないって決めてたんだけどな……」

 カイトさんが止まらない涙を拭っていると、レイアちゃんがそんな彼に抱きつく。それが引き金となり二人は感情をさらけ出した。
 そんな光景に視界が水で滲んでくる。アオを横目で見ると彼女は辛そうに目を閉じていた。

「……お兄ちゃん泣き過ぎだよ」
「お前こそ」

 二人が泣き止んだ時には、空には星が輝き始めていた。夜になったことでセントラルパークの街灯が光り始める。

「そろそろかな」
「……あれって」

 二人の身体の心臓部分から紫の紐が現れて、その紐が二人を繋げているようだった。だけど、それはひとりでに解けてしまう。

「お兄ちゃん、もう時間みたい」
「レイア……」

 彼女の身体は、足の部分から上へと徐々に黒く染まっていく。

「亡霊化しているの。でも、未練は断ち切っているからだーいじょぶ」

 そう言いながらアオはロストソードを出現させて、レイアちゃんの方に向かった。

「レイア……いかないで、くれ」
 カイトさんは手を伸ばそうとすとレイアちゃんは両手で包んで。
「どこにも行かないよ。私、ずっとお兄ちゃんの側で見守ってるから」
「……ありがとう、レイア」

 兄妹は最後の言葉を交わしてから二人は距離を取った。それからアオは亡霊と相対する。もう身体の半分が黒くなっていた。

「アオイちゃん、私素直に気持ち伝えられたよ」
「よく頑張ったね。偉いよ」
「えへへ」

 首近くまでそれが迫っている中、最後にレイアちゃんは僕の方を見た。

「ユウワくん、お友達になってくれてありがとう。私のこと忘れないでね」
「絶対に忘れないよ。僕にとってもこの世界で初めての友達だったんだから……!」
「嬉しい……な」

 その言葉と満面の笑みを最後に、全身が真っ黒になってしまう。その姿は影を立体化したような感じでいる。

「レイアちゃん、少し痛いかもだけど……許してね」

 影はあのデスベアーのように動くことはなく立ったままで、終わりを待っているかのよう。アオは刃を伸ばしたロストソードを構えてゆっくり近づくと。

「はぁぁっ」

 ロストソードで亡霊を横一閃に斬り裂く。すると、二つになった身体のどちらもが儚く輝く銀色の光の球体となった。そして、その片方がロストソードにある水晶部分に吸い込まれ、もう一つは星の下へ昇っていった。

「アオ、今のって?」
「ロストソードには、亡霊の一部のソウルを吸収してそれを力に変える能力があるんだ。それ以外は神様の元に送られて、そのソウルでまた生まれ変わるの」

 アオはロストソードをしまうと真剣な表情で目を合わせてくる。

「ロストソードの使い手のソウルの中に未練を持つほど生きたいと願った人達が入ってくる。ユウもロストソードを振るう時がくるから、それを忘れないでいてね」
「わかった」

 僕はロストソードを呼び出した。柄のないこの剣は手に馴染んで軽い。けれど、アオの言葉を聞いてその重さを知った。


 

 長い間、星達が瞬く空を見続けていた。霊がいなくなったことで、人通りが増えてもそのままでいて。

「俺はもう少しこのままでいる。二人共お世話になったな。俺は大丈夫だ」
「りょーかい……それじゃ行こっか」
「うん」 

 カイトさんに別れを告げて僕達はこの場を後にした。家に帰るのかと思っていたけど、アオが向かったのは商店街で。

「帰らないの?」
「色々と大変だったでしょ? 少し食べていこーよ。お疲れ様会って感じで」

 気分は沈んでいて簡単には切り替えられそうになかった。

「食欲ないんだけど」
「そんな時こそ食べて元気出すんだよ〜」
「そうかも、しれないけどさ」

 渋々僕はアオに付いていった。夜の商店街は、街灯と店から放たれる明るさ、そして大人達の騒がしさで、昼とは違う世界のように感じられた。少し怖くて僕はアオのすぐ隣を歩く。するとアオはいたずらっぽく微笑んで僕の手を握ってくる。

「ちょっ……」
「ふふっ。さぁーて今日はどこに……あ」
「どうしたの……?」

 手を繋がれてたじろいでいると、アオが突然足を止めてしまう。目を丸くしている彼女の視線を辿ると、そこにはピンクのツインテールでゴスロリっぽいピンクと黒の魔法使いみたいなローブを着ている女の子がいた。背が低くて少女のように見えるが、何となく年が近いように感じて。

「あ、ミズちゃん!」

 アオに気づいたのか、甲高い声をあげて小走りで近寄ってくる。
 その子は可愛らしい童顔でいて、タレ目でクリクリな瞳はきれいな桃色をしている。僕から見て右目の目元に赤色ハートのシールみたいなのを貼り付いていた。
 弾ける笑顔でアオに真っ直ぐ向かうも、僕を見た瞬間にハッとして、一気に険しい顔つきになり、目元のハートは黒くなった。そして、僕の前まで立つとビシッと指さしてきて。 

「この泥棒猫っ! 絶対に許さないから!」
「え……え?」