7話

『『『おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!』』』

 舞台に上がるとまず最初に観客の歓声が迎え入れてくれた。
 その歓声は文化祭の比ではない。風圧すら感じさせるほどだった。
 数千人もの観客の視線が俺たちに一点に集まる。
 この高揚感、緊張感。長らく味わえていなかった久しぶりの感覚に鼓動が高まる。

「どうもDivaです! 今日は……」

 西園寺さんはマイクを持って軽い自己紹介を始めた。
 そんな注目の集まる彼女を見て、観客たちは口々にする。
 
『Divaめっちゃ美人じゃね!?』
『しかも若すぎない⁉ 高校生⁉』
『あの年であの歌声かよ! 演奏めっちゃ楽しみだわ!』

 ほぼ全てが西園寺さんを称賛する言葉。
 まだ演奏していないにもかかわらず、彼女はこの演奏の場を掌握してしまっていたのだ。
 しかし今回はDivaの演奏に本来存在してはいけない異分子も存在する。

『あの男誰だ? なんでギターだけ参加してるんだ?』
『高校の友達かな?』
『友人参加とかいらないんだけど。Divaの邪魔になるだけじゃない?』

 そう、俺である。
 この観客たちはDivaの演奏を楽しみにここにいる。
 なのに実際に舞台には得体のしれないよく分からない男がいると来た。不満を漏らすのも仕方がない。

 そんな観客たちの反応を察した西園寺さんはマイクを外して俺の方に視線を送ってくる。

「どう? この逆境を覆せる自信はある?」
「あたり前だろ。じゃなきゃ断ってたよ」
「流石は佐伯君……いえ、こう呼んだ方が良いかしら、【ミディオーカ】と」

 西園寺さんは不敵な笑みを浮かべる。
 ミディオーカ。それはもちろん俺のことを指す。と言っても作曲家としてのペンネームだが。

「本当にここで公開してもいいのね?」
「前にも言ったろ。西園寺さんが命運をかけたのに俺がかけない理由はないよ」

 西園寺さんはここで初めてDivaとして顔出しをする。
 ここでの演奏は今後彼女の歌手人生を大きく左右するだろう。
 そこに俺は何のリスクも無しに参加するのは筋違いというものだ。そのため俺も今まで作曲家としての名を明かすことにした。
 まぁ歌い手と違って作曲家はそこまで名前を覚えられることもないので特に何も起こらないとは思うけれど。

「皆さんも私の隣にいる人が誰か気になっていると思います! 彼は今日歌う曲の作曲者で今回ギターを担当してくれます!」
「どうも、作曲家のミディオーカです! 今日はよろしくお願いします」

 俺は目の前にあったマイクのスイッチを入れてそう自己紹介をした。
 数千人いるうち数人ぐらいは俺の名前を知ってくれていたらいいなと思っていた。
 しかし現実はそんなことなかった。

『『『えええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?』』』

 観客たちの驚愕した声が会場に響き渡る。その声量は西園寺さんと俺が入場してきた時よりも大きいかもしれない。

『あのボカロPのミディオーカ!? 最近リリースした曲も一千万再生いってなかったか!?』
『ミディオーカってこんなに若かったの!?』
『Divaとミディオーカの共演とか俺得すぎるだろ!』

 俺はここ三年ほどミディオーカという名でボカロPとして活動してきた。
 最近は西園寺さんのように歌い手のおかげで一気に曲が拡散されてそれなりに作曲者である俺の知名度も上がっていた。
 しかし、ここまで知られているとは思ってもいなかったため少しこそばゆい気持ちになる。

「だから言ったでしょう? チャンネル登録者二十万人だろうと私より知名度は上だって」

 西園寺さんは少し頬を膨らませて言った。
 自分の時よりも反応が良かったためどうやら嫉妬しているらしい。
 俺だってここまでの反応が返ってくるとは思わなかった。作曲者は歌い手を引き立てるための職業だと俺は思っている。自我も出すが、俺の活動の根本は陰だった。光の歌い手をより輝かせるための陰。
 そんな俺がこれほどの光を浴びるとはいつ想像できただろうか。

「では、自己紹介も終えたということで早速歌に入ろうと思います!」

 話し終えた西園寺さんはMCを終えて歌う体制に入る。
 ギターの調整を終えていた俺もすぐに弾ける姿勢に入った。

 見渡す限り観客。
 うちわを持った観客。スマホを向ける観客。未だ興味を持っていない観客。
 それら全ての観客の意識をかっさらうために俺はピックを滑らせる。

『『『……ッ!?』』』

 西園寺さんが歌い始めるまでは観客は全て俺のものだ。
 俺の全身全霊をとして意識を奪う。
 そのまま俺が集めた意識は、別の天才によって全て持っていかれる。
 
「手に届かない才能が~~」
『『『――――っ!』』』

 彼女の第一声で一気に視線は俺から西園寺さんへと向かった。
 圧倒的な歌唱力。人を惹きつけることに長けすぎた歌声。
 この場にいる者全ての意識が彼女に向かっていた。俺が最初に覚えた感覚と同じだろう。
 俺の演奏では観客の注目を集めることで精一杯だったのに、西園寺さんは自分に見惚れさせて、呼吸をすることすらも忘れさせる。
 それもそうだろう。
 俺が凡人としてぬるま湯につかっていた時間、彼女は圧倒的な才能の研鑽に費やしていた。
 その時間は簡単には覆せない。
 けれど俺だってそう簡単にやられるわけにはいかない。
 サビが終わり、少しの時間ギターのソロパートへと移る。

「っ!」

 俺は今まで培ってきた音楽技術をこの瞬間に全て吐き出す。
 この時間は俺にだけしか使えない時間であり、俺にだけ許された時間。
 ここだけは俺がどれだけ背伸びをしても西園寺さんの観客をかっさらっても許される。

『おい、このギターソロえぐすぎだろ!』
『ミディオーカってこんなにギター上手かったの!?』
『マジでこの二人の共演アツすぎだろ!』

 俺が注目を奪った観客たちは興奮した様子で口にする。
 しかしそれも束の間。すぐに俺ではなく本命の彼女のパートに移る。
 そこからは俺は目立つ行動はしない。俺の仕事は彼女をさらに引き立てること。生半可な歌唱であれば観客ごと食ってやろうと思ったが、今俺がそれを行おうとすれば俺が悪目立ちするだけだ。それほど彼女の歌は完璧なものだった。

 それから夢のような演奏の時間は一瞬で過ぎ去っていく。
 いつの間にか演奏は終幕に向かっていた。

「~~天才は凡人じゃいられない」

 彼女は歌い終えるのと同時にマイクを突き上げる。
 俺も彼女を引き立てるような演奏で曲を締めた。

『『『………………』』』

 演奏が終了すると少しの間沈黙が流れる。
 それは悪い意味の沈黙ではない。
 ここでの演奏の感動をあらわにするための沈黙だ。

『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!』』』

 空気を震わせるほどの観客の歓声が俺たちに伝わってくる。大地が揺れたのかと錯覚するほどであった。
 それは心臓に直に届き、鼓動が何倍にも早まる。先ほどまで何ともなかった手は大きく震えていた。
 凡人の人生では絶対に味わえないこの感覚。達成感すらも凌駕するこの神がかった感覚。
 これを知ってしまえばもう二度と過去に戻ることは出来ない。二度と普通という二文字に縋ることは出来ない。文化祭程度で満足できるわけがない。
 この感覚を味わうためならなんだって差し出す。才能だって惜しみなく使ってみせる。
 あぁ、やっぱり。
 ――天才は凡人じゃいられない。

<完>