マッチを放ると、瞬く間に橙色の炎が広がった。
 街灯のない真っ暗な公園が、ぼうっと明るく照らされる。
 ぱちぱちと小さな音を立て、教科書が燃えていく。表紙が黒くなり、ぐにゃりと歪む。そこにマジックで書き殴られていた、《死ね》と《ウザい》の文字も。あっという間に新たな黒に塗りつぶされ、見えなくなる。

 その様子を少しだけ眺めたあとで、あたしはポケットから一枚の写真を取り出した。
 穏やかに微笑むあの人と、その隣で明るく笑う、茶色い髪の女の人。彼女の腕には、まるい瞳をまっすぐにこちらへ向ける、四歳ぐらいの男の子。
 目もとは俺に似てるってよく言われるんだよなあ、なんて。いつだったか、彼がうれしそうにのろけていたのを思い出す。

「……似てないし」
 呟いて、あたしは炎の中に写真を放る。
 彼の目は細くて、笑うとすぐに消えてしまう。目尻に刻まれる細かな皺に埋もれるように。真顔だとクールな印象の彼の顔が、くしゃりとしたその笑顔になると、途端に幼くなる。
 こんな、くりくりしたまるい瞳とは似ても似つかない。誰が似てるなんて言ったのだろう。
 似てない。ちっとも。
 軽く唇を噛みながら、あたしは燃えていく写真を見つめる。女の人のきれいに巻かれた長い髪も、男の子の無邪気な瞳も、あたしに向けられるものよりずっとずっと優しい、彼の笑顔も。ぜんぶがあっという間に灰になっていくのを眺めながら、あたしは思う。あの家も。
 ――あの家も、こんなふうに燃えるだろうか。