月曜日、会社の廊下の向こうから先輩が歩いてくる。私の方をじっと見ている。近づくと私だと分かったみたい。私はいつもと同じリクルートスタイルだけど、おしゃれしてイメージチェンジをしている。
まず、眼鏡をかけていない。『ごっこ』の時のようにコンタクトに変えている。髪はカットしてショートにしている。上着の下はフリルのついた淡いピンクのブラウスに変えている。靴は黒のハイヒールを履いている。メイクアップも工夫して派手さがなく清楚な感じに仕上げた。「恋愛ごっこ」の時とはまた別の大人の綺麗さ可愛さを工夫してみた。
日曜日の午後に思い立って表参道のヘアサロンに行ってきた。工藤さんに前から小顔で顔立ちがはっきりしているから髪をショートにした方が良いと勧められていた。会社でイメージチェンジをするなら髪形を変えるのが一番だと、思い切ってショートカットにしてもらった。言われたとおり自分でも驚くほど似合っていた。
先輩がじっと見ているので、すれ違いざまにいつもと違ってニコッと微笑んであげた。驚いているのが見て取れた。会社にいる時の以前の私とはまったく違うイメージチェンジをしていたからだ。
先輩には綺麗に可愛く変身するのは『恋愛ごっこ』の時だけで、会社ではいつものとおりにしていると言っていたけど、これからはこうすることにした。先輩にだけ綺麗で可愛い私を見せてあげていたから、きっとこの変身はどういう心境の変化かと気になってしかたがないと思う。
昼食時に食堂へ行く途中で広報部の山本さんと廊下ですれ違った。山本さんは私だと気が付いて驚いてじっと見ていた。すれ違いざまに先輩にしたのと同じようにニコッと微笑んであげた。山本さんはとっても驚いていた。きっと先輩に私のイメチェンのことを話すと思う。
◆ ◆ ◆
突然、私が綺麗で可愛く変身して通勤するようになって2週間がたった。次のデートの約束はまだしていない。あれ以来、先輩と廊下ですれ違うと、以前のよそよそしさとは違って、目を合わせてニコッとする。
先輩はどういう意味だろうか、ほかの人にもニコッとしているのだろうかと心配しているに違いない。ひょっとして綺麗に変身した私に誰かが交際を申し込むかもしれないと心配していることもあり得る。
それを試す丁度良いチャンスが訪れた。水曜日の夜、9時過ぎに先輩に電話を入れた。
「先輩、ご相談があります」
「何か困ったことでもできたのか?」
「あのー、総務課の荒木さんから食事に誘われたんですが、どうすればよいかと思って迷っています」
「ええっ、食事に誘われた!」
電話口からも驚いてうろたえている感じが分かった。予想したとおりの反応だった。ちょっと間があって、先輩は平静を装って話してくる。
「荒木君と言えば、確か有名国立大学出身で、総務課でも超エリートだぞ」
「そうです。すごくかっこいい人です。廊下で呼び止められて、今度一度夕食でも一緒にしないか、あとで連絡するからとそっと小声で言われました。まだ連絡はありませんが」
「へー、それでどうするつもりなんだ」
「どうしてよいか分からないから相談しているんです」
「受けてみたらどうかな。『恋愛ごっこ』もしているから、なんとかなるだろう」
「すごく緊張しています。荒木さんはすごくかっこいいから、声をかけられるなんて思ってもみなかったので」
「確かに前に上野さんが惚れたと言っていた新谷君よりかなり良いとは思う。ただし、彼女がいるかどうかは分からないし、同じようにほかの誰かとも食事をしているかもしれないが、それは分からない」
「そうですね」
「何事も経験だから、気楽に受けてみればいいじゃないか? 恋愛において一番大切なことは、自分の気持ちに正直になることだと思うけど、どうなの?」
いいの? 先輩、荒木さんと付き合っても。それは本心なの?
「よく考えてみます。夜分、相談にのっていただいてありがとうございました」
先輩は私がなぜ相談の電話をかけてきたのか考えてくれたのだろうか? 『恋愛ごっこ』をしているから先輩に遠慮してかと思った?
先輩は私にその話は断れとは言ってくれなかった。先輩のことだから、私のことを思って、私の意志を尊重してくれたのだと思う。でも本当はどうなの? 私のことどう思っているの? はっきりしてほしい。知りたいのは先輩の本心です。
◆ ◆ ◆
木曜日の晩の同じころにまた先輩に電話を入れた。先輩はすぐに出てくれた。
「どうした?」
「荒木さんからお誘いの電話が入りました。それで今週の土曜日に渋谷でデートすることになりました」
「そうか、それはよかった。頑張って」
「結果はご報告します」
「分かった。なら話を聞くよ。『恋愛ごっこ』の指導者だから責任がある」
「お願いします。じゃあ」
まず、眼鏡をかけていない。『ごっこ』の時のようにコンタクトに変えている。髪はカットしてショートにしている。上着の下はフリルのついた淡いピンクのブラウスに変えている。靴は黒のハイヒールを履いている。メイクアップも工夫して派手さがなく清楚な感じに仕上げた。「恋愛ごっこ」の時とはまた別の大人の綺麗さ可愛さを工夫してみた。
日曜日の午後に思い立って表参道のヘアサロンに行ってきた。工藤さんに前から小顔で顔立ちがはっきりしているから髪をショートにした方が良いと勧められていた。会社でイメージチェンジをするなら髪形を変えるのが一番だと、思い切ってショートカットにしてもらった。言われたとおり自分でも驚くほど似合っていた。
先輩がじっと見ているので、すれ違いざまにいつもと違ってニコッと微笑んであげた。驚いているのが見て取れた。会社にいる時の以前の私とはまったく違うイメージチェンジをしていたからだ。
先輩には綺麗に可愛く変身するのは『恋愛ごっこ』の時だけで、会社ではいつものとおりにしていると言っていたけど、これからはこうすることにした。先輩にだけ綺麗で可愛い私を見せてあげていたから、きっとこの変身はどういう心境の変化かと気になってしかたがないと思う。
昼食時に食堂へ行く途中で広報部の山本さんと廊下ですれ違った。山本さんは私だと気が付いて驚いてじっと見ていた。すれ違いざまに先輩にしたのと同じようにニコッと微笑んであげた。山本さんはとっても驚いていた。きっと先輩に私のイメチェンのことを話すと思う。
◆ ◆ ◆
突然、私が綺麗で可愛く変身して通勤するようになって2週間がたった。次のデートの約束はまだしていない。あれ以来、先輩と廊下ですれ違うと、以前のよそよそしさとは違って、目を合わせてニコッとする。
先輩はどういう意味だろうか、ほかの人にもニコッとしているのだろうかと心配しているに違いない。ひょっとして綺麗に変身した私に誰かが交際を申し込むかもしれないと心配していることもあり得る。
それを試す丁度良いチャンスが訪れた。水曜日の夜、9時過ぎに先輩に電話を入れた。
「先輩、ご相談があります」
「何か困ったことでもできたのか?」
「あのー、総務課の荒木さんから食事に誘われたんですが、どうすればよいかと思って迷っています」
「ええっ、食事に誘われた!」
電話口からも驚いてうろたえている感じが分かった。予想したとおりの反応だった。ちょっと間があって、先輩は平静を装って話してくる。
「荒木君と言えば、確か有名国立大学出身で、総務課でも超エリートだぞ」
「そうです。すごくかっこいい人です。廊下で呼び止められて、今度一度夕食でも一緒にしないか、あとで連絡するからとそっと小声で言われました。まだ連絡はありませんが」
「へー、それでどうするつもりなんだ」
「どうしてよいか分からないから相談しているんです」
「受けてみたらどうかな。『恋愛ごっこ』もしているから、なんとかなるだろう」
「すごく緊張しています。荒木さんはすごくかっこいいから、声をかけられるなんて思ってもみなかったので」
「確かに前に上野さんが惚れたと言っていた新谷君よりかなり良いとは思う。ただし、彼女がいるかどうかは分からないし、同じようにほかの誰かとも食事をしているかもしれないが、それは分からない」
「そうですね」
「何事も経験だから、気楽に受けてみればいいじゃないか? 恋愛において一番大切なことは、自分の気持ちに正直になることだと思うけど、どうなの?」
いいの? 先輩、荒木さんと付き合っても。それは本心なの?
「よく考えてみます。夜分、相談にのっていただいてありがとうございました」
先輩は私がなぜ相談の電話をかけてきたのか考えてくれたのだろうか? 『恋愛ごっこ』をしているから先輩に遠慮してかと思った?
先輩は私にその話は断れとは言ってくれなかった。先輩のことだから、私のことを思って、私の意志を尊重してくれたのだと思う。でも本当はどうなの? 私のことどう思っているの? はっきりしてほしい。知りたいのは先輩の本心です。
◆ ◆ ◆
木曜日の晩の同じころにまた先輩に電話を入れた。先輩はすぐに出てくれた。
「どうした?」
「荒木さんからお誘いの電話が入りました。それで今週の土曜日に渋谷でデートすることになりました」
「そうか、それはよかった。頑張って」
「結果はご報告します」
「分かった。なら話を聞くよ。『恋愛ごっこ』の指導者だから責任がある」
「お願いします。じゃあ」