私は上野(うえの)沙知(さち)、大学の理系を卒業して入社3年目、大手食品会社の研究開発部に勤めている。お世話になっている企画開発部の先輩に内線電話をかける。

「吉岡先輩、ちょっと大事な相談があるのですが、聞いてくれますか?」

「プライベートなことか?」

「はい、まあ、そうですが、良いですか?」

「良いけど、今日は仕事が早く終わりそうだから、久しぶりにビールでも飲みながら話を聞こう。もちろん僕の奢りだから気にしないでいい。6時にビルの出口で待ち合わせることにしようか?」

◆ ◆ ◆
先輩の名前は吉岡(よしおか)(つとむ)、入社10年目、入社後5年間は研究所で新製品の研究開発に携わっていて5年前に本社へ異動してきたと聞いている。今は企画開発部で新製品のプロジェクトマネージャーをしている。

入社後の約半年の研修を終えて研究開発部に配属されたとき、吉岡先輩に挨拶に行った。恩師の百瀬教授がこの会社を勧めて推薦してくれた。そして当研究室の大学院を卒業した先輩の吉岡君に面倒を見てくれるように頼んでおいたから、入社したら必ず挨拶に行くようにと言われていた。

百瀬教授には在学中に父を亡くして困っていたところ、奨学金の手続きをして励ましていただいて大変お世話になった。お陰様で無事卒業できてこの会社へ就職もできた。

◆ ◆ ◆
6時前からしばらくの間、ビルの出口から少し離れたところで吉岡先輩が出てくるのを待っている。相談事をするのに先輩を待たせるわけにはいかない。もう薄暗くなっているので黒のリクルートスタイルの私は全く目立たないと思う。

リクルートスーツを着ているのは社内で目立ちたくないからと衣料費がそれほどかからないからだ。全くの私服だと毎日違った服で出勤しなければならない。でもこれならデザインの少し違ったスーツを数着持っていれば十分だ。でも毎年新調しているし、毎日着替えてもいる。

コンタクトレンズは試してみたが、あまり使い心地が好きではないので視野が広い大きめの黒縁の眼鏡をかけている。いつも髪を後ろに束ねているだけだが、ヘアサロンには行ってカットだけしてもらっている。化粧も薄め控えめにしている。奨学金も返済しなければならないので無駄使いはしないようにしている。

はたから見てもずいぶん地味に見えると思う。同期会以外は誘われることもない。ただ、吉岡先輩だけは入社以来、ことあるごとに相談にのってくれるし、ときどきはこうして飲みに連れて行ってもくれる。

先輩、先輩と言って付きまとっていてもいやがらずにつきあってくれるし、話しも聞いてくれる。言ってみれば会社における私の後見人で守護神だ。社内でも私たち二人は先輩と後輩の間柄ということも知られている。

ただ、私は吉岡先輩に挨拶に行って初めて会った時から、一目で好きになり、この素敵なかっこいい先輩に憧れている。それからずっと先輩の彼女になりたいと思っているけど、先輩には全くその気がない。

きっと年の離れた妹のように思って、もう義務感で面倒を見てくれているに違いない。こちらがこんなに思っているのに少し寂しい。

先輩が出てきたので、すぐに駆け寄っていく。

「駅前のビアホールへ行かないか? そこで軽く食べて飲みながら話を聞こうか?」

私は頷いて先輩の後ろを黙ってついて行く。こうして二人で歩いているところを見られても、年齢も結構離れているし、残念ながら付き合っているなんて誰も思わないだろう。

10分くらいでビアホールに着いた。ここへは何回か先輩に連れてきてもらっている。うちの会社の人もよく来ているところだが、先輩は誰に見られてもかまわないと思っているみたい。

案の定、広報部の山本リーダーが先輩に声をかけている。山本さんは先輩の文系の同期入社と聞いている。

「吉岡さん、後輩のめんどうですか?」

「ああ、相談に乗ってあげるんだ」

空いている席に着くと、生ビール二杯とつまみになるピザ、ソーセージ、ミックスサラダを注文してくれる。

「ありがとうございます。相談にのっていただく上にごちそうになって」

「気にしないで、上野さんよりずっと多く給料をもらっているから」

「そんなに有名なんですか? 私と先輩」

「ああ、ずいぶん前にロビーで長く話していたことがあっただろう」

「ええ、委託研究先のことで相談した時ですね」

「それを彼が見ていて、随分親しげに話していたけど付き合っているのか? と聞かれたことがある」

「どう答えたのですか?」

「大学の後輩で、恩師から面倒を見てやってくれと頼まれているから仕事の相談にのってあげていると答えた」

やっぱりそういうことなんだ。残念ながら恋愛対象になんて全くなっていない。

「まあ、そのとおりですが……」

「ところで相談って何?」

「思い切って言います。私、先輩の隣のグループのかっこいい新谷さんが好きになってしまいました」

「仕事一筋ではなかったのか?」

それを聞いて、先輩は驚いて私の顔をじっと覗き込んだ。

私はこうして地味にしているけど、目は二重瞼だし、鼻も低くないし、口も小さめだ。確かに美人ではないが、そんなに見られないような顔でもなく、十人並みくらいとは思っている。

身長もそんなに低くはなく先輩と歩いても少し上目遣いをするぐらいだし、太り過ぎないように暴飲暴食にも気を付けている。それにバストも小さくはなく、そこそこはあると自負している。

「そうなのですが、このごろは仕事にも慣れてきて、週末にショッピングに出かけると、カップルの姿が目について」

「男性に目が向くようになった?」

「はい、少し寂しいこともあって、時々廊下で会うので素敵な人だなと思うようになって。こんな気持ちは初めてなので、どうして良いか分からなくて?」

「今さら初恋でもないと思うけど、そういうことは、同性の友人にでも相談するものじゃないのか?」

「相談する人がいないこともないですが、男性である先輩に聞いた方が手っ取り早いかなと思って」

「それなら直接、新谷君に付き合ってほしいと言えば良いじゃないか」

「それができるくらいなら先輩に相談なんかしません。同性だから何か良い知恵がないかと思って」

「百瀬先生から上野さんの面倒を見てやってくれと頼まれてはいるけど、それは会社での仕事がらみのことで、私生活や増して恋の仲立ちまでは含まれていないと思うけどね。それに」

「それに?」

「新庄君には付き合っている彼女がいるよ。誰だとは言わないが、商品開発部の女子社員だそうだ」

「僕と彼とは仕事上の付き合いがあって、以前飲んだ時に、彼女ができたとそっと教えてくれた。だだし、秘密にしておいてほしいと言われている。だから、これは内緒の話だ」

「そうなのですか。それじゃあ、あきらめるしかないですね」

「いや、チャレンジしてみる手はあるかもしれない。だめもとで」

「だめもとですか? 他人ごとだからそう言えるのです。もう彼女がいるのなら私なんかとてもだめです」

「もっと自信をもったらどうかな。またチャンスはあるさ、僕よりずっと若いんだから」

「そういう先輩はどうなんですか? そんなにかっこいいのに彼女いないんですか?」

気になっていたので、確認の意味で思い切って聞いてみた。これまでお世話になっていて、相談にものってもらっていたけど、ずっと彼女がいるようには思えなかった。でも社内では工藤さんと新谷さんのように付き合っていても分からないようにしているケースもある。

「かっこいい? そう言ってくれるのは上野さんぐらいだ。ああ、今はいない。もう面倒になってね」

「ということは、いたことがある?」

「ああ、まあね」

「よかったら話してくれませんか? なぜ面倒になったのか? 今後の参考になりますから」

「うーん、そうだな、上野さんだから話そうか、参考になるかもしれないし、でも他言は無用にしてほしい」

「もちろんです。絶対に誰にも話しませんから」
「もう5年ほど前のことだけど、本社に来てしばらくしたころ、打合せで提携先の会社を訪問した時に、頼まれて合コンに出ることになった。そこで彼女と知り合った。彼女は有名女子大学を出ていて美人で良家のお嬢様と言うか、気立ての良い優しい娘だった。僕は一目で彼女が気に入った」

「先輩も一目惚れしたんですね」

「ああ、どういう訳か、彼女も僕のことが気に入ってくれて付き合いが始まった。彼女は二人姉妹の次女で、姉は結婚していた。付き合って半年くらいで家に招かれて両親に紹介された。奥沢にある大きな一戸建てだった。父親は商社の取締役で、我が家とは雲泥の差だった」

「私とも雲泥の差です。良家のお嬢様ですね。素敵ですね」

「そう思って僕は彼女を大切にして付き合った。デートの場所やレストランにも気を遣った。プレゼントには高価なブランド品を送った。そして男女の関係にもなった。素敵な娘と付き合うのが嬉しかった。でも段々付き合うのに疲れて来た」

「どうしてですか? そんな素敵な人なのに」

「それというのは気を遣うのはいつも僕の方で彼女はそういうことに慣れていた。素敵な娘だったので、周りがそうしていたんだと思う。僕の気遣いが当たり前で、彼女から何か気を遣ってもらったという記憶がないんだ」

「そこは私にはどうしてか彼女の気持ちが分かりません」

「一年位付き合ったころだったけど、そんな一方的に気を遣う関係に疲れてきて、そう思っていることを話した。でも、彼女には僕が感じていることが理解できなかったみたいで、そういう関係も変わらなかった。それでしばらくして別れを切り出した。彼女は突然の別れ話に驚いて泣いていた」

「苦労がなくて、ちやほやされていたお嬢さんだったら分からなかったのかもしれないですね」

「今思うに、彼女は悪くなくて当たり前に自然に振舞っていただけだった。彼女には本当に悪いことをしたと思っている。こんな僕は恋愛には向かないのかもしれない」

「先輩は悪くない。元々相性が合わなかったのだと思います」

「それからは女性とは無理をしてまで付き合おうとは思わなくなった。気遣いするのが面倒に思えて」

「そういうことですか、よく分かりました。でもそんな人ばかりではないと思います。私だったら別れたいと絶対に言わせなかったと思います。先輩のような良い人に!」

「慰めてくれてありがとう」

先輩が初めて自分の過去の失恋の話をしてくれた。私のことを気の置けない後輩だと思って話してくれたので信頼もされていると嬉しくなった。私の気持ちもそれとなく言ってみたけど伝わったかしら? ちょっと鈍いところがあるから聞き流していると思う。

でも、話を聞いてあげて、先輩のことを分かると言ってあげたことで、少し気が楽になったみたいだった。長い間、悔やんでいたのかもしれない。気遣いのできる優しい人だと思った。こんなことでしか先輩の役に立てないのがじれったい。

「ところで上野さんはどうなんだ。恋愛経験はあるんだろう」

「私、父親と二人暮らしだったので、あまりそういうことに関心がなくて。高校生の時は大学受験で精一杯でした。大学でも男子学生が多かったけど、在学中に父が亡くなったので、生活のためにアルバイトしたりで、卒業するのに精一杯でしたから」

「百瀬先生から聞いているよ、大変だったね」

「大学を続けるのをあきらめようとしていたところ、百瀬先生には卒業だけはしておきなさいと奨学金の手続きをしていただいて助かりました。こうして就職して生活していけるようになったのも百瀬先生のお陰です」

「それなら、僕は恋愛のトレーニングをしてあげよう」

「トレーニング?」

「そうだな、僕と『恋愛ごっこ』をしてみないか?」

「『恋愛ごっこ』ですか?」

「『ごっこ』というのは本気じゃなくて、ただ、まねごとをするだけ。むしろ本気にならない方が良いだろう。付き合い方を教えてあげる。これでも失敗はしたけど恋愛経験はあるからね。上野さんの実験台になってあげよう」

「先輩と『恋愛ごっこ』本気じゃなくて、まねごとをする?」

「そうだ、まあ、お芝居みたいな感じかな、やってみるかい。ただし、このことは周囲には秘密にしておく。今後、上野さんが本当に誰かと恋愛するときにまずいだろう」

「分かりました。『恋愛ごっこ』やってみます。よろしくお願いします」

思いもかけない展開になってきた。渡りに船とはこういうことを言うんだ。まねごとでも恋愛は恋愛だ。周りから見たら恋人同士にはみえる。嬉しくてしょうがない。ワクワクする。

「じゃあ、今週の土曜日にでも第1回目を始めようか?」

「ええっ、もう始めるんですか?」

「だいたい週末は空いているから」

「急な話なので少し準備をさせてください。それに心の準備も必要ですから」

「それならいつにする?」

「今月の最終土曜日ではどうですか?」

「3週間ほどあるけど、随分準備期間が必要なんだね」

「かっこいい先輩に一緒にいて恥をかかせないようにしっかり準備しようと思います」

「じゃあ、それまでに上野さんがどこへ行きたいか考えて、集合場所と時間をメールで入れてくれればいい。その方が僕も気楽に『恋愛ごっこ』ができるから」

「それとひとつだけお願いがあります」

「何?」

「今日はご馳走になりますが、これからは割り勘にしてください。恋愛の仕方を教えてもらって、ご馳走になるわけにはいきませんから」

「分かった。気にするならそうしよう。それならあまり費用のかかるところは止めておこう」

「ありがとうございます。これで気兼ねなく『恋愛ごっこ』ができます」

先輩とは帰る方向が同じなのが分かっている。先輩は二子新地に住んでいる。私の住まいはそこからごく近くで3駅向こうの梶ヶ谷だ。二子新地で先に先輩が電車を降りた。私はこれからどうしたら先輩と本当の恋愛ができるようになるかをずっと考えていた。
次の日、友人の工藤(くどう)由美(ゆみ)さんに仕事が終わってから相談にのってもらいたいとメールした。すぐに[了解しました。]の返事をくれた。

◆ ◆ ◆
工藤由美さんは私の1年後輩の文系の学卒で商品開発部に勤めている。私と同じリクルートスーツを着ていつもは目立たない存在だ。偶然、社員食堂で席が同じになって、同じスタイルをしているので話かけたのがきっかけだった。

入社したばかりで友人もいなくて心細いと言っていたので、自分もそうだったけど先輩に相談にのってもらって心強かったから、私でよければ相談にのるからと言ってあげた。そうして仕事の相談にのるうちに仲良くなって、お互いにプライベートなことも相談し合える仲になっていた。

私はどうしたら先輩の気を引けるか、ここのところずっと考えていた。先日、吉岡先輩の話になって、先輩に憧れているけど、先輩は全くその気がないから、こちらを向かせるにはどうしたらよいかと相談したら「片思い相談作戦」を提案された。

工藤さんは新谷さんと付き合い始めてほぼ1年位で順調に交際は進んでいると聞いていた。交際に至るまで、私は彼女に彼についての噂話や彼女がいるかどうかなどの情報を提供してあげていた。良い人のようだからと背中も押してあげた。

「きっかけとして、プライベートなことだけど、片思いをしている人がいるけどどうしたらよいかと先輩に相談してみたらどう? その相手は先輩と同じ部の新谷さんだとか言って」

「新谷さんはあなたの彼氏だけどかまわないの?」

「彼から世話になっている吉岡先輩にだけ私との交際を話したけど、秘密にしてほしいと言ってあるから大丈夫だと聞いているので」

「それで」

「その先輩は上野さんが恋愛なんかに関心がないと思っているだろうから、誰かを好きになったといえば、驚いて相談にのってくれると思うの? それで少しでも先輩と恋愛についてお話できたら良いじゃないですか」

「そんなにうまくいくかしら」

「私もいろいろ試みてみたから何とかなった。やってみないと分からないけど、何もしないでくよくよ考えているよりは良いと思う」

工藤さんは背中を押してくれた。「片思い相談作戦」は思いもかけない展開となって、大成功だった。

◆ ◆ ◆
待ち合わせのフルーツショップへ工藤さんがやってきた。私と同じリクルートスタイルだ。

「工藤さん、聞いてください。あの作戦は大成功で、私には恋愛経験がないと言うと、吉岡先輩が私とまねごとの『恋愛ごっこ』をしてくれるということになったの。恋愛のためのトレーニングだとか言って」

「へー、そんな展開になるとは思っていなかったけど、仕掛けてよかったですね」

「それで早速第1回目の『恋愛ごっこ』をすることになったの。今週の土曜日と言われたけど、突然だし、準備に時間が必要ですと言って、今月の最終土曜日にしてもらいました。デートの場所と時間は私が考えて連絡することになっているから、どうしたらよいかお知恵を貸して下さい」

「お世話になっているので協力させてください。せっかくのチャンスをものにする最良の方法があるのでお教えします。これは私が新谷さんの攻略に成功した方法で実績があるので間違いなく吉岡先輩も攻略できると思います」

「どんな方法? 是非、教えて下さい。その攻略法を」

「最初のデートは、いつもからは想像できないくらいに綺麗で可愛く変身していくこと、衝撃を与えるイメージチェンジが重要なの。彼はいつものスタイルで来るように思っているから、そのギャップに驚いて、こんな素敵な娘だったと気付いて、上野さんを見る目が変わるから」

「そんなにうまくいきますか?」

「その証拠に新谷さんは変身した私に、私が声をかけるまで気付かなくて、その後は私を見る目が変わっていて、一緒に歩いているのがとても嬉しそうに見えました。男は単純で、綺麗で可愛い娘には目がないから、吉岡先輩も間違いなく落ちるから大丈夫、自信を持って」

「それでは綺麗で可愛く変身する方法を教えて下さい。私はおしゃれにはあまり関心がなくてしてこなかったので」

「上野さん、まず、おしゃれにはお金がかかります。これに投資することができますか?」

「はい、もちろん。私は苦学して大学を卒業しましたから、お金の大切さは分かっています。だから倹約もしてきました。でも投資すべき時には思い切って投資します。そのために倹約してきたのですから」

「それとおしゃれはそれぞれその人に合った仕方があります。そのためには自身で努力して自分に合ったおしゃれを工夫しなければなりません。ほかの人の服装やメイクをまねただけではだめなんです」

「分かりました。おしゃれのポイントや要領を教えてください。あとは自分で工夫してみます」

工藤さんは私におしゃれのポイントを教えてくれた。まず、眼鏡をコンタクトに変えること、ヘアサロンに行って髪形をかえること、メイクアップをすること、衣服、靴、バッグなどの持ち物をそろえることとそれらをコーディネイトすることなどをショップについてきてくれてじきじき教えてくれた。

◆ ◆ ◆
その月の最終金曜日の昼休みに私は吉岡先輩にメールを入れた。準備は整っていた。

[上野沙知です。今週の土曜日の午後1時にJR原宿駅の改札口でお待ちしています。]

場所は先輩と一緒に行ってみたいところにした。先輩はすぐに[了解]の返信をくれた。

◆ ◆ ◆
私は約束の午後1時の10分前に着いた。メイクアップとコーディネイトに時間がかかって約束の時間ギリギリになってしまった。

吉岡先輩は改札口の前で時計を見ながら待っていてくれた。私が近づいても気づかないで、私を探してあたりを見回しているので声をかけた。

「あのー」

振り向いてくれたが、私をちょっと見ただけで周りを見回している。

「お待たせしました」

また、ちょっと見ただけで私だと気づかない。相変わらず、黙って周りを見回している。工藤さんが言っていたとおりだった。

「先輩、私です」

どこかで聞いたことのある声だと思ったみたいで、私の方を見た。

「上野です」

「ええっ、上野さん?」

コンタクトに変えていて、あの太ぶちの眼鏡をかけていないから印象が全く違ったと思う。鏡を見て確認してきた。この時が先輩が眼鏡をはずした私の顔を初めて見た時だった。

髪はカールして肩まで垂らしている。服もいつものリクルートスーツとは違って、淡い水色のワンピースにグレイのベストを着ている。しゃれたバッグも持っている。

まさか、これがあの地味な上野沙知か、信じられないと思っているに違いない。表情から読み取れる。工藤さん提案の変身作戦は半ば成功したみたいだ。

「ごめん、全く気が付かなかった。いつものスタイルで来るとばかり思っていたから」

「ちょっと、おしゃれしてみました。かっこいい先輩とせっかく『恋愛ごっこ』ができると思って」

「どうしたの? 会社の上野さんとは全く違う。こんなに綺麗で可愛かったんだ」

私は素敵なワンピースを着ていたし、靴もいつもの黒いシンプルなものとは違っていた。

「そう言ってもらえて嬉しいです。ここでは何ですから、歩きながらお話しましょう」

私はそう言って先に歩き出した。先輩はすぐに追いついてきてそれとなく手を繋いでくれた。突然そうされたので一瞬驚いてどうしようかと思ったが、すぐに手を握った。それからゆっくりと二人は人ごみの中へ入っていく。手を繋いで歩けないほど人が多い。

「これじゃあ人が多くて歩きながら話ができないから、明治神宮の方へ行ってみようか? あそこならゆっくり歩けるだろう」

二人は黙って参道へ向かう。手はぎこちなくつないだままだ。私が可愛くなったので驚いているのか、先輩は緊張しているようだ。参道に入ると人が少なくなった。ようやくゆっくり歩けるようになった。

「話を聞かせてくれる」

「私の友人に相談したんです。誰とは言いませんが、もちろん女性です。彼女も会社ではすごく地味にして目立たない娘なんです。吉岡先輩から『恋愛ごっこ』に誘われた翌日に食堂で一緒になったので、月末に先輩とデートすることになったのでおしゃれしたいけど、どうすれば良いか悩んでいると相談しました。そうしたら良い方法があると教えてくれたんです」

「どんな方法?」

「上野さんは会社では地味にしているけど、いつでもそうなのと聞かれたので、そうだと答えました。それなら、彼女がおしゃれの仕方を教えてあげるというの。彼女は会社では地味にしているけど、休日にデートをするときはおしゃれをしているそうなので」

「それで教えてもらったの?」

「ええ、まずコンタクトを持っているか聞かれました。持っているけど、使い心地があまり好きではなくて、会社では眼鏡にしているというと、休日にデートするときはコンタクトに変えるべきだと言われました。コンタクトの方が見栄えがいいからと」

「確かに眼鏡よりいいね」

「それからその週の土曜日にこの近くの表参道のヘアサロンに連れてきてくれたの。そこでヘアカットしてもらい、最新のへアスタイルにしてもらいました。その仕方を覚えて、自分でセットできるように練習するように言われました。でも会社では元のように後に束ねていることにしています」

「社内で何回か会っていると思うけど、変化には全く気が付かなかった」

「その方が仕事しやすいので。彼女は会社では地味にして、休日はおしゃれを楽しんだらギャップがあって面白いと言うの。先輩が変身した私を見てきっと驚くと」

「ああ、とっても驚いた。確かに休日はいつもとは別の自分というのは気分転換にもいいね」

「そのあとデパートの化粧品売り場で化粧品を選んでくれて、メイクのポイントも教えてもらいました。それからはずっと自分に合ったメイクの練習をしていました。会社では今までどおり薄化粧ですけど」

「すごくメイクがうまくなったと思う。上野さんの良さが引き立っている」

先輩はまじまじと私の顔を覗き込んでいる。その目は以前の私を見る目とは違って、綺麗で可愛いものを見入っている目だった。きっと私がメイクをするとこんなに綺麗で可愛くなると感心して見ていたのだと思う。もう作戦はかなり成功している。

「次の週末にはショッピングについていって、服の選び方を教えてもらいました。それとコーディネイトの仕方も実際の商品を組み合わせて教えてくれました。彼女が私に似合うと勧めてくれたワンピースやブラウスやスカートをいくつか買いました。今日はそれをコーディネイトしてみました。帰ってから、今までの手持ちの服などとのコーディネイトもしてみました。このごろはネットの商品を見ながらコーディネイトを練習しています」

いつの間にか本殿の前まで来ていた。ここは心地よい涼しい風が吹いている。

「お参りしようか?」

二人は階段を上って、お賽銭を入れて二礼二拍一礼をしてお参りをした。私は先輩よりずっと長く拝んでいた。本殿を降りたところで聞いてきた。

「何をお願いしたの?」

「『恋愛ごっこ』が長く続けられますようにお願いしました。先輩は?」

「僕はいつも神仏にはいつもありがとうございますとお礼をいうことにしているんだ」

「どうしてお願い事をしないのですか」

「神様にお願いしても聞き入れてもらえるか分からないし、何ごともなるようにしかならないと思っているから。それに神様もお参りに来る全員からお願いされてもそれぞれ聞き届けるのは大変だろうし」

「そうかもしれませんが、たまたま聞き入れてもらえることもあるかもしれないので、ダメ元でお願いしてみてもいいんじゃないですか?」

「苦しい時の神頼みで、困ったことがあるときはお願いする。ただし、自分でやれることはすべてやり尽くしてから、最後にお願いすることにしている。『人事を尽くして天命を待つ』の心境かな」

「今は特に困っていることはないということですか?」

「まあ、ないことはないけど神様にお願いするほどのことではないというところかな。何事も他人に頼らず自分に厳しくを信条にしているから」

「寂しくありませんか? それに何でも自分で解決できるとは限らないと思いますけど。私は自分で解決できないことを周りの人にずいぶん助けてもらっています」

「それを受け入れられるのが上野さんの長所なんだな。僕は少し肩肘を張り過ぎているのかもしれないね」

「頑張り過ぎです。でも先輩が私の力になってくれて感謝しています」

「自分には厳しく他人には優しく、困っている人には手を貸すことにしている」

「『情けは人の為ならず』ですか?」

「いや、僕は見返りを求めてなんかいない。もちろん上野さんにも。僕に義理立てして恩返しする必要は少しもない。もしそう思うなら、上野さんの後輩に親切にしてあげてほしい。その方がよっぽど良い」

「私も困っている人には手を貸すようにしています。私におしゃれを教えてくれた彼女も入社してきたときに親切にしてあげたんです。それで仲良くなって」

「そうなんだ」

「おみくじを引いてもいいですか? 先輩は?」

「僕はいいから」

「末吉だった」

「末吉は末広がりで、終わり良しのハッピーエンドだね」

「良かった」

「先輩はなぜ引かないんですか?」

「神様だけが知っていればよいことを僕は知ろうと思わない。今を精一杯生きていくだけさ」

「ずいぶん大人ですね。やっぱり先輩は何かすべて超越しているみたいで、近づきがたいです」

「そんなことはない。この年になると一種のあきらめかもしれないね」

「この年っていうけど、私と10歳くらい上だけじゃないですか?」

「おじさんだと思っているだろう。年寄り臭いことばかり言っているから」

「そんなことありません。先輩は十分若いです。もっと自信を持ってください」

「さっき、駅で上野さんに会った時、若々しくてとても眩しく見えた」

「私は先輩をいつも素敵な人だなって眩しく見ています。『恋愛ごっこ』できるだけでワクワクしています」

言ってしまった、先輩は鈍いとこがあるけど通じたかな? いや、気づかないふりをしている?

「それならよかった。これからどうする」

「青山通りをウィンドウショッピングして、どこかでお茶したいです」

二人は元の大通りに戻って、青山通りの方へ歩いて行く。先輩は手を握り替えた。私は先輩の顔を見た。

「これは恋人つなぎと言うんだ。練習、練習!」

私はニコッと笑って指に力を入れてみた。先輩はドキドキしたかもしれない。手の感じでなんとなく分かる。

私は気に入った店があると中に入って見ている。先輩は外から中の様子を見ている。そして私が出てくるのを待ってくれている。先輩の視線をずっと感じている。見られている。見てくれている。思っている良い方向へ進んでいる。嬉しくなる。楽しい。

出て行くと、また手を繋いでくれて、二人は歩いていく。横目で私をじっと見ているようなので、先輩の方を見る。目線があった。待ってましたとニコッと微笑む。先輩は見てはいけないものを見たようにドギマギして目をそらしてしまった。相当に私を意識して歩いているのが分かる。

二人でゆっくり話せそうなコーヒーショップがあったので一休みすることになった。

「ずいぶん見て回ったね。買わないの?」

「ここは値段が高過ぎます。おしゃれもほどほどにしないと生活が成り立ちません。奨学金も返さないといけませんし、贅沢はできません。お金を大切にしたいです。学生の時、苦労しましたから」

「じゃあ、割り勘は止めにしようか?」

「いえ、割り勘でお願いします。私のプライドが許しません。奢られるのがいやなんです。甘えたくないんです。経済的にも自立していたいんです」

「お父さんが亡くなったから苦労したんだね。僕も他人は頼りにしないけど、お金はいざという時に一番頼りになると思っている。キャッシュレスの時代だけど、現金はいつも多めに持っている。でも無駄づかいはしないようにしている」

「父がよく言っていました。出す必要のないものに出さないのが倹約、出すべきものに出さないのがケチだと」

「同感だ」

「私もそう思っています」

こんなことを二人で話したのは初めてだった。会社の食堂やラウンジでいつも話していたが、仕事の話が大方だったので「恋愛ごっこ」をしているのが実感できる。

「せっかくだから夕食でも一緒にどうかな?」

「そうですね。このあたりのレストランは高いですから、私が知っている洋食屋さんでどうですか? 町の洋食屋さんですが、安くておいしいです」

「いいね、そこへ行こう。どうもこの近くじゃなさそうだね」

「溝の口です。もう一か所は大井町にありますが、溝の口の方が二人とも自宅に近いうえに定期券も使えてよいと思います」

「その方が良いかな」

地下鉄と私鉄を乗り継いで溝の口に着いた。ここは乗換駅だから飲食店も多い。私はこの町の洋食屋さんに案内した。

私は見栄を張りたくないし自然体でお付き合いしたい。先輩のように無理をすると長続きしない。身の丈にあったお付き合いがしたいと思っている。

こういうお付き合いが二人に合うか合わないかはまさに相性の問題で、合わなければご縁がなかったとあきらめるしかない。

食堂の中は4人掛けのテーブルが4つほどとカウター席が4つほどある。まだ早い時間だから空いていて良かった。

二人でテーブル席に座ってメニューを見ていると、年配の女性が注文を取りに来た。私はオムライスを、先輩はハンバーグ定食を注文した。私は小声で話しかける。

「中はあまり綺麗ではありませんが、値段の割に味は良いんです」

「楽しみだ。どうしてここを見つけたの?」

「外勤の帰りに食堂を探していてここを見つけました。それからは外勤した時の帰りに時々来ています」

「大井町の店はどうなの?」

「そこも外勤の帰りに大井町駅の回りを見て歩いた時に見つけたお店です。ほかにトンカツのおいしいお店も見つけました」

「今度はトンカツもいいね」

注文したオムレツとハンバーグ定食が運ばれてきた。先輩はすぐに一口食べてみている。お腹が減っていたのかもしれない。わざわざ遠いところまでつれてきて申し訳なかった。

「いい味だ。おいしいね。高級店とそんなに変わらない」

私に気を使ったお世辞かも知れないが、そう言ってくれた。気遣いのできる人だ。

「私はこの店の味が好きで、再現できないか作ってみています」

「再現できている?」

「まずまずといったところでしょうか。それで時々来て味を確認しています」

「なかなか研究熱心だね」

「おいしいと思ったら、自分で作って再現してみたくなるのです」

「じゃあ、レパートリーがどんどん増えていくね」

「まあ、今は20品くらいでしょうか?」

「レストランができそうだね」

「B級グルメですからとても無理です。晩御飯にはなりますが」

「そのうちにご馳走になりたいな」

「ええ、機会があればですが」

どういう意味だろう。こちらも意味不明のことを言ってしまった。チャンスがあればその機会を作りたいが、どういう機会になるだろう。

ここの味付けはとても良い。私は味を覚えるためにいつものようにゆっくり食べる。割り勘にするから私は分相応な店へ先輩を連れてきた。それについて先輩は何も言わなかった。きっと私がどういう生活をしているか想像できたと思う。別れた彼女とは全くタイプが違うというか、生き方が違っていると思う。それは仕方がない。

溝の口駅で二人は反対方向の電車に乗って別れた。とっても楽しかった。別れ際、次の『恋愛ごっこ』を来月の最終土曜日に決めた。こんな二人には月一回位が丁度良いのかもしれない。できることなら毎週でもと思ったが、私はそのことに異論を唱えなかった。月一でも十分過ぎるほど十分だから。
次月の最終土曜日の週の木曜日の昼休み、先輩へ2回目の「恋愛ごっこ」の場所と時間のメールを入れた。

[土曜日午後1時に上野の国立科学博物館の入り口に集合、博物館見学後に動物園へ]

すぐに[了解]の返信が入った。

私はあれから会社の廊下で先輩とすれ違うことが何度かあった。いつもなら「先輩調子どうですか?」とか言って馴れ馴れしく声をかけるところが、先輩の顔をジッと見つめるだけで、声をかけられなくなった。それでよそよそしく早々にすれ違うようになった。

先輩もいつもならば「頑張っている?」と声をかけるところが、あれから声をかけなくなった。二人ともなぜかいつもと違う。お互いに意識するようになったから? どうしてだろう?

それで昼食時に食堂で工藤さんを見つけたので、食事の後でそっとそのことを相談してみた。

工藤さんによると、付き合い始めると二人だけで話をしているから、会社では話をしなくなるし、する必要がないという。それと目立たないように話をしなくなるということだった。

そんなものなの? 私たちはもう付き合っているの? ただ、「恋愛ごっこ」をそれもたった1回しただけなのに、もう付き合っているような二人になっている? 考えすぎかな?

◆ ◆ ◆
待ち合わせの時間の35分も前に到着した。待ち合わせ場所が遠くなると乗り換え時間などかかる時間の誤差が大きくなるので、遅れてはいけないとかなり余裕をもって出かけてきた。

まだ、先輩は着いていない。時間の余裕があるのであたりを見回ってみることにした。国立科学博物館は確認した。近くに東京国立博物館があった。それと国立西洋美術館があった。それからまだ時間があったので上野動物園まで行ってみた。入り口を確認したので戻ってきた。

国立科学博物館の前に先輩が待っているのが見えた。それで手を振ると私だと気づいてくれたようで、嬉しそうに手を振ってくれている。

今日の私は白いレースのワンピースを着ている。そしてヒールの少し高めの白い靴を履いてきた。

「ずいぶん早く着いてしまったので、このあたりを見て回っていました。ここへ来るのは初めてなので」

「この前も時間より早く着いたみたいだけど」

「私、人を待たせるのは嫌いです。もちろん待たされることも好きではありません。だって、時間は大切にしないと」

「同感だ。ところでどこを見てまわっていたの?」

「東京国立博物館と国立西洋美術館、それと後で行く動物園の入り口まで行って確かめてきました。ここからはそんなに遠くはありません」

「初めてここへ来たんだね。僕は上京した時に東京見物の一環としてここへ来た。国立科学博物館と東京国立博物館を見学したことがある。でも動物園には行っていない」

「じゃあ、動物園だけにしますか?」

「いや、上野さんも理系だろう。国立科学博物館は見ておいた方がよい。僕は1回見ているけど内容はほとんど覚えていないから、もう一度見ておきたい」

二人は入場券を買って中へ入った。はじめに日本館、次に地球館を見て回った。先輩は以前に来た時とは展示が変わっているといって丁寧に見ていた。私は特に地球館を熱心に見た。歩き疲れるとときどきベンチに腰掛けて休み休み見て回った。

3時過ぎに出てきた。喉が渇いたので、先輩は自働販売機で缶コーヒーを買ってきた。その間に私はベンチで持ってきた包みを開いて待っていた。

「途中でお腹が減ると思って、サンドイッチを作ってきました。動物園に行く前に食べて元気をつけましょう」

「ありがとう。おいしそうだ」

サンドイッチはハムとレタスのサンドと卵サンドの2種類。パンの耳はついたままで、縦長に2つに切ってある。それぞれラップに包んで食べやすいようにしている。先輩はそれを喜んで食べてくれた。

「このサンドイッチ、どれもとってもおいしいね」

「溝の口に卵サンドのおいしいお店があって、時々買って帰っています。その味を再現しようと何回か作って研究しました。今日はまずまずの出来です。おいしいと言ってもらえてよかった」

「確かに、この卵サンドはおいしい。研究熱心なんだね」

先輩が私を優しく見てくれている。その目を感じながら私は後片付けをする。ベンチの下にゴミが落ちていたので一緒に片付ける。

「誰だろう、後片付けをしない人がいるね。困ったものだ」

「そうですね。こういう人もいるのですね。私、以前はこういう人を見ると注意することもありましたけど、今はしないですね」

「どうして?」

「注意して分かる人は最初からこういうことはしないと思います。そういうことをする人に注意しても、無視されるか、反論されたり絡まれたりすることもあり得ます」

「そういう人は痛い目に合わないと分からないのかもしれないね」

「そういう人はきっと痛い目にあっても分からないと思います」

「あり得る。僕も何度も痛い目にあっているのに直せないことがある」

「どういういう痛い目か分かりませんが、先輩なら1回でも痛い目に合えばもう2度としないでしょう」

「そうでもないかもしれない。性格というか性根というものはそう簡単に変えられないと思っている。だから、気が付いたら、何でも注意してほしい。直すから、いや直そうと努力するから」

「先輩にはそういうところはないと思いますが」

「いやいやいっぱいあるんだ。まだ気がつかないだけだと思う」

「ずいぶん、謙虚なんですね」

「いつも謙虚にと思っている。謙虚だけが取り柄かもしれない」

「でも、謙虚、謙虚と自分で言うのもどうかと思いますが」

「まさに、そこなんだ。参ったな。動物園へ行ってみようか?」

二人は手を繋いで歩き出した。動物園にはすぐに着いた。まず東園を見て回る。ゴリラやゾウなどを見て回った。それからモノレールで東園駅から西園駅へ向かった。窓から不忍池が見える。

西園を見て回ると不気味な大きな鳥がいた。全く動かない。生きているのか? まるで剥製みたいだ。頭が大きくて眼が不気味だ。私は怖がった振りをして先輩に身体を寄せてみる。先輩はまんざらでもないみたい。こういうチャンスは大事にしないといけない。

名前を確かめると「ハシビロコウ」だった。

「動かないけど生きているのかしら?」

「そういえば以前テレビで見たことがある。ああして動かないで獲物が近づくのを待っていて首を伸ばして素早く狩りをする鳥だった。ただ、実物を見るのは初めてだけど、怖そうだね」

二人が見ている間、ハシビロコウは少しも動かなかった。離れておそるおそる見ていたが、動く気配がないので、あきらめてこれで帰ることにした。

「あの鳥、何を考えてあんなに静かに待っていられるのでしょうか?」

「分からない。きっと身体が大きいからエネルギーの消耗を控えて狩りをする方法を見つけたんだろうな。それにあんな大きな身体では敏捷に動いて獲物を追いかけられないだろうし」

「先輩の推理はきっと合っていると思います。自然界ではそれぞれ身の丈に合った最善の方法を探して生きているんですね」

「弱肉強食だけど強いものでも自然界で生き抜いていくのは大変だ。人間の世界でも同じだけどね」

「私は一人ですけど、先輩を始めいろいろな人に助けられて生きています。動物と人間の違いでしょうか」

「いや群れを作る動物もやはり助け合って生きている。でもね、一人で生きていくという気概は大事だと思う。上野さんがそう思っているように」

「私には一人で生きていくという気概があるというのですか?」

「ああ、そう感じている」

「あの鳥はきっと群れは作らないで、いつもは1羽で生きているのだと思います。先輩のように強い動物は群れを作らなくても生きていけるから」

「僕が強い?」

「ええ、先輩を見ているとそう思います」

「人は一人で生まれてきて、一人で死んでいく。人は孤独なものだと思っている。誰も助けてくれない。誰にも助けを求められない。そう考えることで、僕は人に頼るとかという思いがなくなった。だから、そう見えるだけだ」

「私も一人になって、人は孤独なもので、その寂しさが分かったので、人を大切にして、優しくできるようになったように思います。それにほんの僅かな繋がりであっても、人との繋がりを大切にしなければならないと思うようになりました」

「僕と考え方が似ているね」

二人は池之端口から千代田線根津駅まで話しながら歩いた。夕食を誘われた。せっかくだから大井町のおいしい食堂へ一緒に行きたかったけどあきらめた。

もう歩き疲れて足が痛くなっていたので、早く家へ帰って休みたいと先輩にお願いした。それでこのまま帰ることになった。

私は疲れてしまっていたので、電車で眠っていた。先輩は下りるときに私を揺り起こして立っているように忠告してくれた。私は立って先輩を見送って、そのまま立って梶ヶ谷で降りた。座っていたら、きっと眠ってしまって終点まで行っていたと思う。

私が家へ着いてまもなく先輩から電話が入った。

「無事、家へ着いた? 乗り過ごしたのではないかと心配だから電話を入れたけど、大丈夫? 今日はずいぶん歩いたから疲れたんだろう」

「ご心配かけました。大丈夫です。無事帰宅しました。せっかく夕食を誘ってくださったのに申し訳ありませんでした」

「次回は疲れないところにしよう」

「はい、考えてみます。楽しみにしています」

今回は靴で失敗してせっかくの食事の機会を失ってしまった。おしゃれもほどほどにして臨機応変が大切だと思った。今度はスニーカーにしよう。
次月の最終土曜日の週の木曜日の昼休みに私は『恋愛ごっこ』3回目の場所と待ち合わせ時間のメールを入れた。

[土曜日午後1時に上野の東京国立博物館の入り口に集合、その後国立西洋美術館へ]

すぐに[了解]の返信が入った。

◆ ◆ ◆
金曜日の朝、出勤して席について、今日の予定を確認していると、先輩からメールが入った。

[風邪をひいたので、今日は欠勤する。すまないが土曜日までに回復の自信がないので、中止にしてほしい]

すぐに返信を入れた。

[了解しました。おだいじにしてください]

チャンス到来。今日の帰りに先輩のマンションにお見舞いに行こう。私を売り込む絶好の機会だ。昼休みにその作戦を考えよう。

風邪がうつらないようにしよう。マスクをしていけば大丈夫だと思うけど、でもうつたらうつったときで、もし先輩が回復していたら、風邪をうつしてごめんと言って、きっとお見舞いに来てくれると思う。どうであれ、これは行かない手はない。

それに先輩がどんなところに住んでいるか確かめておく必要があるし、行けば女性のにおいがするかも分かる。私はそういうにおいというか雰囲気には敏感だ。

夕食に何か作ってあげよう。二子玉川で降りて材料を買って行こう。何がいいか? インスタント食品や冷凍食品を買って行って、チンでは芸がなさ過ぎる。でも男の一人暮らしだから食器や調理器具や調味料がどの程度あるかも分からない。

無難なところで、うどんはどうか、出汁付きを買えばよい。鍋とどんぶりかご飯茶碗くらいはあるだろう。それにうどんはお腹にやさしい。風邪には丁度良い。

一度行ってみて鍋や食器や調味料を確かめておけば、その次に行くときにどんな料理を作れるかの判断材料になる。

それに事前に行くからと相談すると断られる恐れがあるから、駅に着いたら、準備してきたからと言って、マンションへ無理やり押しかけるのがベストだ。住所と部屋番号を知らないから教えてもらわないといけない。私のことが気になっていれば、きっと来ても良いというと思う。それを確かめるよい機会だ。

◆ ◆ ◆
6時半過ぎに二子新地駅に着いた。先輩の携帯に電話を入れる。なかなか出ない。風邪がひどくて寝入っているのかもしれないと心配になる。やってと出てくれた。

「先輩、風邪はいかがですか?」

「朝、頭痛がして熱が38℃もあったので、医者へ行ったらインフルエンザB型と診断された。薬ももらってきたから、もう大丈夫だ。でも申し訳ないけど土曜日は中止でお願いしたい」

「もちろんOKです。ところで今、二子新地の駅を降りたところですが、お見舞いに来ました。お住まいの場所を教えて下さい」

「いいよ。うつるといけないから。大丈夫だから」

「私、インフルエンザの予防注射をしているので大丈夫です。お見舞いに行きますから、行き方を教えて下さい。夕食の準備もしてきましたので」

思っていたとおり、マンションの場所と部屋番号を教えてくれた。5分ほどで着いた。

ドアホンを鳴らす。先輩がドアを開けてくれた。私は会社帰りなので、いつものリクルートスタイルでマスクをしていた。手にレジ袋をぶら下げている。

「入って良いですか?」

良いとも言われないうちに、すぐに靴を脱いで上がった。先輩はパジャマ代わりにジャージの上下を着ていた。

先輩は二子新地駅から徒歩5分の1LDKの賃貸マンションに住んでいた。3階の301号室。玄関を入ると右側に洗面所、全自動乾燥洗濯機、それにトイレとバスタブのバスルーム、中央がリビングダイニング、キッチンには大型の冷凍冷蔵庫を置いてあり、リビングの奥に寝室がある。ベランダからは多摩川が見える。私のアパートよりかなり広い。

リビングには二畳ほどのカーペットが敷いてあり、その上に大きめの座卓を置いてある。座卓の後ろには寝転べる3人掛けのソファー、それから42インチの4Kテレビを置いている。寝室にはセミダブルの大きめのベッド、パソコンとプリンターを置いた机と本棚が置いてある。私と同じで家具は少ない方だ。

「さっぱりしたお部屋ですね。それに思っていた以上に綺麗にお掃除されていますね。先輩らしいです」

「会社の帰りにわざわざ寄ってくれたんだ。ありがとう。大丈夫だから。まあ、座って」

私は部屋を見舞わしながらソファーの端に座った。先輩は離れて反対側に座った。

「女性の痕跡はないですね。彼女のいないのは本当ですね」

「あたり前だ」

「そう思って、夕食を作ってあげようと準備してきました。病気だから消化の良いうどんにします。出汁付きの讃岐うどんと卵、それに桃を買ってきました。キッチンをお借りします。寝室で休んでいてください」

「ありがとう。お言葉に甘えることにしよう」

「一人前作ります。私は家に帰ってからにします。鍋とか食器などはどこですか?」

「キッチンの上下の棚に入っている。どんぶりもあると思う。調味料は冷蔵庫の中にあるから」

私はキッチンの棚や冷蔵庫を開いて何があるか確認した。当初の予定どおりだ。冷蔵庫の中を見る。砂糖、塩、醤油、マヨネーズ、ポン酢、ソースなど、ひとおとりの調味料はある。お米もある。棚の中には、電気釜、フライパン、鍋はある。引き出しにはスプーンやお箸などがあった。食器はというと大きめのどんぶり、ご飯茶碗、お椀、大小のお皿が数枚あった。自炊できるほどのものはそろっていた。その中から必要なものを取り出す。

「月見うどんができました。うどんがのびないうちに召し上ってください」

先輩は眠っていたみたいだった。返事がなかったが、しばらくしてこちらへ来た。

「熱を測ったら37℃だった」

座って座卓の上にうどんのどんぶりを見ている。

「いただきます」

先輩はすぐに平らげてくれた。桃も食べている。

「ありがとう。おいしかったし身体が温まった。来てくれてありがたいけど、インフルエンザがうつらないか心配している」

「予防注射を打っているから大丈夫だと思います。予防注射は毎年必ずしています。父はインフルエンザをこじらせて亡くなったので」

「そうなのか、学生時代に亡くなったとは聞いていたけど」

「肺炎で急に亡くなりました。先輩も無理しないで下さい」

「ああ、気を付けている」

「それに今回は『恋愛ごっこ』の一環です。恋仲の彼氏が病気になったら看病に行くでしょう、その練習だと思ってください」

言い方が私の気持ちと合っていなかった。

「まあ、それなら、そういうことにしよう。でも元カノは僕が病気で寝込んでも看病には来てくれなかったな。早く治してと言われただけだった」

「本当に二人は恋人同士だったのですか?」

「男女の関係にもなったから、間違いないと思っているけど」

「私なら好きな人が病気になったら万難を排して看病に行きますけど、そうでしょう、違いますか?」

こう言うべきだった。

「そういわれると僕も心配になって駆け付けると思うけど、元カノが病気になった時は行かなかった」

「どうしてですか?」

「自宅だから遠慮した」

「それは仕方がないでしょう。ご両親がいるのだから。一人暮らしだったら行っていたでしょう」

「間違いなく行っていたと思う」

私が病気になったら来てくれるかしら、きっと来てくれると思う。

「先輩が別れたいと思って別れたのは正解だったと思います」

「一事が万事だったのかもしれないね。そう言ってもらえてようやく後悔の念が薄れてきて、気が楽になった」

「先輩は人が良いというか、情が厚いですね」

そういうと先輩はほっとしているようだった。今夜はゆっくり休んでほしい。私は後片付けを終えると明日は11時ごろに看病に来ますと言って帰ってきた。
今日は土曜日だから目覚ましをかけないで寝たけれど6時には目が覚めた。今日は11時に先輩のマンションへ行くことになっている。予定どおりうまく行っている。今日もまた来ると言って帰ったけど、先輩は来ないでも良いとは言わなかった。

溝の口のスーパーによって、お昼と晩ごはんの材料を仕入れて行こう。材料の無駄がないように昼は親子丼、晩は焼き鳥丼にしよう。お味噌汁は昼と晩は同じで良いと思う。卵は昨日買ったのがある。電気釜とお米はあった。

◆ ◆ ◆
マンションのドアチャイムを鳴らす。玄関ドアが開くまでに少し時間がかかった。きっとまだ寝ていたのだと思う。少しは良くなったのかしら? でも私をじっと見ていた。

今日の私は土曜日の可愛いスタイルにしている。先輩が喜ぶことが分かっている。マスクをしているが、メガネはかけていない。白いブラウスに薄茶色のベスト、動きやすいように同じ薄茶色のスラックスを履いている。手にはレジ袋をぶら下げている。昨日と同じですぐに靴を脱いで上がって行く。

「おはようございます。調子どうですか?」

「頭痛はなくなった。朝、体温を測ったら平熱だった」

「油断しないで寝ていて下さい。父も油断していました。簡単なお昼ごはんを作ります。ごはんを炊きますので少し時間がかかります。できたら声をかけます」

そういうと、私はキッチンへ行った。先輩は寝室に戻って横になった。昨日キッチンの状況を調べておいたから、調理しやすい。結婚したらこんな感じかな? そうなるといいな。ふと思って一人で笑った。

ご飯を炊くのに時間がかかった。炊きあがったらすぐに盛り付けた。お味噌汁もできている。私もお腹が空いた。

「お昼ご飯ができました。胃に負担のかからないように親子丼とお味噌汁です。私も食べます」

私の声で目が覚めたみたいだ。やはり眠っていた。平熱と言っていたけど大丈夫かな。時計をみると12時30分だった。テレビをつけた。

座卓の上のどんぶりとご飯茶碗にそれぞれ親子丼、おわんとカップにそれぞれお味噌汁が入っている。先輩が寝室から出てきて座卓の上を見ている。

「食器が一組しかないのですね。なんとか二人分を盛り付けましたが」

「仕方ないだろう。独り身だから一組で十分だ」

「女っけがないのは良いとしても、男性って夢がないのですね」

「夢って、女子は二組持っているのか?」

「私は二組もっています。友人を招いたときに必要ですから。それに」

「それに」

「彼氏ができたら必要になると思いますので、まあ、夢ですが」

「夢ね、早く現実になるといいね」

先輩がなってくれれば手っ取り早いのに、他人ごとみたいに言う。

「あまり期待していません。冷めないうちに食べましょう」

先輩が食べ始めた。お腹が空いているとみえて、黙々と食べている。私も黙ってご飯茶碗に盛り付けた小盛りの親子丼とカップに入れたお味噌汁の味を確かめながら食べている。

親子丼は鶏肉と卵がほどよい柔らかさになっていて出汁も効いていておいしくできている。お味噌汁も具をたくさん入れてボリューム感があるように作った。味もまずまずかな。

「すごくおいしい」

「よかった。近くに親子丼のおいしい食堂があるので、それをまねて作りました」

「料理が上手だね」

「まねをしているだけです。それから、夕食に焼き鳥丼のたねを鍋に作っておきましたので、どんぶりにご飯を入れてそれを載せてチンしてください。お味噌汁もあります」

「焼き鳥丼定食だね、楽しみだな、ありがとう」

食べ終わったら、すぐに私は後片づけをする。これからまだやることがある。先輩はソファーに座ってそれを見ている。片付けが終わると先輩のところへ行った。

「着替えをしてください。汚れた下着は健康によくありません。洗濯と掃除をします。空気を入れ替えますので、窓を開けます」

先輩もそう思ったのか、寝室へいって着替えをした。上下のジャージと下着を別のものに取り換えた。私はたまっていた汚れものと一緒に洗濯機に入れた。全自動だから乾燥までしてくれるので、このままで良い。

「掃除機はありますか?」

「クローゼットにハンディ掃除器があるし、クイックルもあるけど」

「拝借します。ベッドで横になっていてください。すぐに終わります」

まず、バスルームへ入って掃除をした。掃除はしているようでそんなに汚れてはいなかった。綺麗好きは本当みたいだ。先輩はベッドに座っている。バスルームの掃除が終わったので、今度はベランダのガラス戸を開けて、部屋を掃除機で綺麗にする。

床や敷物の掃除が終わると今度は座卓やパソコン机、本棚の上を拭いて回る。大掃除のつもりで隅々まで綺麗にしたい。

テレビの台も拭く。台の下の棚にほこりがたまっていると思って、中味を取り出した。何枚もDVDが入っていた。その時に先輩があわててこっちへ飛んできた。

「そこはだめだ」

そのDVDは20枚ほどあった。ちっとカバーを見ただけでそれが何だか分かった。全部アダルトビデオだった。

「キャーいやだ」

ちょっと見ただけでもこっちが恥ずかしくなるようなものばかりだった。

「見られてしまったか。しょうがないだろう。これでも健康なおじさんだから、見たい時もあるさ」

先輩は開き直って言い訳をしている。へへッ、先輩の弱みを握ってしまった。私はそれで気持ちのゆとりができて棚の中をゆっくり拭いて、DVDをまた元のところへしまった。

「カバーを見ただけですが、内容がすごそうですね」

「見たことあるの?」

「おしゃれを教えてくれた友人のアパートへ行ったときに、見せてもらったことがあります」

「どうだった」

「恥ずかしくてよく見ていませんでした。それに肝心なところがぼやけていたし」

「よく見ていたんじゃないか。それなら貸してあげようか?」

一瞬、私はそれを聞いて驚いて先輩の顔を見た。先輩はまずいことを言ってしまったと後悔しているように見えた。これは完全な『セクハラ』だと思う。困った表情が見て取れる。でもここで先輩を困らせてはいけない。とっさに思いついた。

「貸して下さい。勉強のために」

「ええっ」

「恋愛の勉強のために見ておきたいと思いますので、貸してください」

「いいけど、どれがいい」

「どれがいいといっても、お勧めはありますか?」

「お勧めといっても好みというか、趣味があるからなあ、選ぶのは難しい」

「それなら、全部貸して下さい」

「ええっ全部?」

「全部貸して下さい。お願いします」

「そうまでいうなら全部貸そう。いろいろなタイプがあるから参考になると思う」

先輩は観念したようにそういった。私から『セクハラ』だと言われて嫌われなくて良かったと思っているのだろう。

「ありがとうございます。勉強になります」

「それじゃあ、10枚ずつ束にして紙で包んで紙の手提げバッグに入れて帰ったら良いと思う。人に見られるとまずいから」

「そうします」

私は包装紙で丁寧に包んで紙の手提げバッグに入れて帰り支度を始めた。

「DVDプレーヤーはあるの?」

「映画のDVDを借りて見ているのであります」

「これで帰ります。明日の朝、10時ごろに電話します。まだ、熱があるようだと、またお昼ご飯を作りにきます。良くなっていれば遠慮します」

「ありがとう。気を付けて帰って、インフルエンザがうっていなければいいのだけど」

「大丈夫だと思います」

私は帰ってきた。少し疲れた。先輩とはいえ独身男性の部屋に一人で行っていたのだから、やはり緊張していたのだと思う。2日間、看病に行ったけど、受け入れてもらえた。心地よい疲労と満足感で今夜はぐっすり眠れそうだ。

翌朝、10時に私は先輩に電話を入れた。体温が下がったから大丈夫だと言われたので、今日は行かないことにした。今日は借りてきたDVDでも見てゆっくりしよう。