「さぁてどうかなぁ……。どちらもいるというのが最悪な答えだけどね」
ヴァンキッシュは動物の内臓を特に好んで食べる性質があり、他の部位は余程腹を空かせていない時を除いてそのまま放置する。
毒液を吐きかけて、痛みで動けなくなった獲物の腸を喰らうのが連中の習性だ。
しかしヴァンキッシュの群れが一度に喰らう量は通常イノシシにして一、二頭ほど。
しかしここで殺されているイノシシは数えただけで四頭、ライナーが家にもってきた死骸を含めれば五頭になる。
恐らくこのイノシシたちは群れ全てが襲われたのだろう。
この勢いでイノシシが襲われ続けられるとやがてイノシシが森からいなくなり、次はシカや他の小動物、果ては人間すら襲いかねない。
早急に調査に来たのは正解だったようだ。
俺がキルシュに顔を向けると、彼は頷いて指示を出した。
「では頼むよ、ザイ」
「はい、キルシュ。これから探索に入ります」
この場に残されたヴァンキッシュの痕跡を探るため、魔素を体全体に行き渡らせ感覚を研ぎ澄ます。
護衛士は魔術師と契約を交わし魔力を通してもらうことで、魔術師と同じように大気に満ちる魔素を体内に取り込むことが出来るようになる。
しかし魔術師と同じように魔素を魔術に変換して奇跡を起こすことはできない。
その代わり己の全身に魔素を行き渡らせることで感覚を鋭敏にし、護衛士は自身の身体能力を大幅に向上させることができる。
これは“身体強化の法”と称される技能で、護衛士になる時最初に習得するものだ。
この能力を使用することによって、護衛士の聴覚、嗅覚、視覚は常人の五倍から十倍近くに跳ね上がる。
通常の感覚では見通してしまう僅かな環境の変化なども敏感に感じ取れるようになるのだ。
この能力を駆使すれば魔物の足取りを掴んだり、危険を予め察知することができるようになる。
身体強化した俺は、付近に漂う僅かな匂いの中からある特定のものを見つけた。
これはフェロモンと呼ばれるものだ。
生物が同族間で情報伝達などを行うために、体内で精製し匂いなどの形として外に分泌する物質を魔術師たちはフェロモンと呼んでいる。
「感じ取れました。ここから北西の茂みに向かって匂いが発生しています。道標タイプのフェロモンですね」
「ここまで漂っているということは、餌場と巣までの道のりを繋ぐ標で間違いなさそうだ。雨が降る前に動いて正解だったね」
痕跡を探す上で最大の障害が、雨などの天候による環境の変化だ。
魔物退治において何よりも重要なことは、痕跡を発見したら迅速に追跡し始末することに尽きる。
道標となっているフェロモンを追跡していくと、イノシシたちが殺されていた場所から北西の茂みの中に、僅かではあるものの四足で地面を張っている生物の足跡が発見できた。
「こちらで間違いないようです。数は……四、いや五体ですね。ここから更に北に向かっています」
「五体もいるのか。それならあれだけイノシシを食べるのも納得だよ。連中は寒い季節でも温度が一定に保たれる洞窟やほら穴などを利用して産卵することがあるからね。確実に巣穴を見つけてしとめよう」
「これだけ大喰らいな魔物が繁殖を開始したら目も当てられませんね。……匂いが濃くなってきました」
匂いはさらに強くなって北側から漂ってきている。
音を立てないように慎重に近づいていくと、森を抜けて少し開けた場所に出た。
北から南に小さな川が流れており、川の間には小石の転がる川岸がある。
「この川と匂いの流れは、ほぼ平行に北に続いています」
「ヴァンキッシュは水辺を好む水棲型の魔物だから、巣穴に選ぶのはこの辺りで間違いなさそうだね。もしかすると川の源流付近にいるのかもしれない」
川を遡っていくと、やがて前方に小さな洞窟が見えてきた。
そして洞窟の入り口には、毒々しい紫色の表皮を持つ巨大なトカゲ型の魔物が三体いる。
ヴァンキッシュだ。
連中は辺りを見回して警戒はしているものの、俺たちの接近にはまだ気づかれていないようだ。
洞窟から少し離れた場所に姿を隠すのに良さげな岩があったので、俺たちは身を屈めながら岩陰に入りヴァンキッシュたちの様子を窺う。
「この距離であれば先手を取れますね」
「うん、確実にやってしまおう。数が少ないから恐らく残り二匹は奥の洞窟に潜んでいるんだろうね。となると、気づかれずに仕留めたいところだから派手な音がする魔術は避けておくよ」
「わかりました。魔術に合わせて突っ込みます」
俺は鞘の留め金を外して、バスタードソードを柄に手をかける。
鞘の下部がパックリと開き、漆黒の刀身が露わになる。
1m以上もの剣をその度に鞘から抜いていては突然の戦闘などで遅れをとる時がある。
それを避けるため、鞘の上部にある留め金を外せば自然に刀身が抜き放てるように仕上げているのだ。
ヴァンキッシュと俺たちが身を潜めている岩の距離は凡そ10~15m。
身体強化している俺の脚力ならば一瞬で詰められる距離だ。
俺の戦闘準備が完了したのを見て、キルシュが先制の魔術を放つ。
ヴァンキッシュたちの足元に白く冷たい霧が発生したかと思うと、脚から下の部分が氷に覆われ一瞬にして凍結する。
“氷霧”と呼ばれる一定の空間の温度を急激に下げ、その場にいる対象を瞬間凍結させる霧を生み出す魔術だ。
「ジャァァァァァァァ!!」
“氷霧”による突然の襲撃に混乱したヴァンキッシュの群れは警戒の声を上げた。
身動きが取れない以上、それはただの的でしかない。
岩を飛び出した俺は、岩から見て一番近くにいたヴァンキッシュの下に一気に駆け寄る。
ズシュウゥ。
重い音と共に、その首を一刀の元に刎ねた。
ヴァンキュシュの分厚い首の皮の下には、皮下脂肪と筋肉、そして人間の背骨よりも太い骨まであるが、その全てを漆黒の刃はまるで紙を切るかのようにあっさりと両断して見せる。
この漆黒のバスタードソードはただの剣ではない。
アーティファクトと呼ばれる古代魔法帝国の遺跡から発見された遺物なのだ。
その力の一端がこの切れ味だ。
切る対象が鉄や鋼、果てはミスリルであろうと抵抗なく切り裂くことができる。
ヴァンキッシュは動物の内臓を特に好んで食べる性質があり、他の部位は余程腹を空かせていない時を除いてそのまま放置する。
毒液を吐きかけて、痛みで動けなくなった獲物の腸を喰らうのが連中の習性だ。
しかしヴァンキッシュの群れが一度に喰らう量は通常イノシシにして一、二頭ほど。
しかしここで殺されているイノシシは数えただけで四頭、ライナーが家にもってきた死骸を含めれば五頭になる。
恐らくこのイノシシたちは群れ全てが襲われたのだろう。
この勢いでイノシシが襲われ続けられるとやがてイノシシが森からいなくなり、次はシカや他の小動物、果ては人間すら襲いかねない。
早急に調査に来たのは正解だったようだ。
俺がキルシュに顔を向けると、彼は頷いて指示を出した。
「では頼むよ、ザイ」
「はい、キルシュ。これから探索に入ります」
この場に残されたヴァンキッシュの痕跡を探るため、魔素を体全体に行き渡らせ感覚を研ぎ澄ます。
護衛士は魔術師と契約を交わし魔力を通してもらうことで、魔術師と同じように大気に満ちる魔素を体内に取り込むことが出来るようになる。
しかし魔術師と同じように魔素を魔術に変換して奇跡を起こすことはできない。
その代わり己の全身に魔素を行き渡らせることで感覚を鋭敏にし、護衛士は自身の身体能力を大幅に向上させることができる。
これは“身体強化の法”と称される技能で、護衛士になる時最初に習得するものだ。
この能力を使用することによって、護衛士の聴覚、嗅覚、視覚は常人の五倍から十倍近くに跳ね上がる。
通常の感覚では見通してしまう僅かな環境の変化なども敏感に感じ取れるようになるのだ。
この能力を駆使すれば魔物の足取りを掴んだり、危険を予め察知することができるようになる。
身体強化した俺は、付近に漂う僅かな匂いの中からある特定のものを見つけた。
これはフェロモンと呼ばれるものだ。
生物が同族間で情報伝達などを行うために、体内で精製し匂いなどの形として外に分泌する物質を魔術師たちはフェロモンと呼んでいる。
「感じ取れました。ここから北西の茂みに向かって匂いが発生しています。道標タイプのフェロモンですね」
「ここまで漂っているということは、餌場と巣までの道のりを繋ぐ標で間違いなさそうだ。雨が降る前に動いて正解だったね」
痕跡を探す上で最大の障害が、雨などの天候による環境の変化だ。
魔物退治において何よりも重要なことは、痕跡を発見したら迅速に追跡し始末することに尽きる。
道標となっているフェロモンを追跡していくと、イノシシたちが殺されていた場所から北西の茂みの中に、僅かではあるものの四足で地面を張っている生物の足跡が発見できた。
「こちらで間違いないようです。数は……四、いや五体ですね。ここから更に北に向かっています」
「五体もいるのか。それならあれだけイノシシを食べるのも納得だよ。連中は寒い季節でも温度が一定に保たれる洞窟やほら穴などを利用して産卵することがあるからね。確実に巣穴を見つけてしとめよう」
「これだけ大喰らいな魔物が繁殖を開始したら目も当てられませんね。……匂いが濃くなってきました」
匂いはさらに強くなって北側から漂ってきている。
音を立てないように慎重に近づいていくと、森を抜けて少し開けた場所に出た。
北から南に小さな川が流れており、川の間には小石の転がる川岸がある。
「この川と匂いの流れは、ほぼ平行に北に続いています」
「ヴァンキッシュは水辺を好む水棲型の魔物だから、巣穴に選ぶのはこの辺りで間違いなさそうだね。もしかすると川の源流付近にいるのかもしれない」
川を遡っていくと、やがて前方に小さな洞窟が見えてきた。
そして洞窟の入り口には、毒々しい紫色の表皮を持つ巨大なトカゲ型の魔物が三体いる。
ヴァンキッシュだ。
連中は辺りを見回して警戒はしているものの、俺たちの接近にはまだ気づかれていないようだ。
洞窟から少し離れた場所に姿を隠すのに良さげな岩があったので、俺たちは身を屈めながら岩陰に入りヴァンキッシュたちの様子を窺う。
「この距離であれば先手を取れますね」
「うん、確実にやってしまおう。数が少ないから恐らく残り二匹は奥の洞窟に潜んでいるんだろうね。となると、気づかれずに仕留めたいところだから派手な音がする魔術は避けておくよ」
「わかりました。魔術に合わせて突っ込みます」
俺は鞘の留め金を外して、バスタードソードを柄に手をかける。
鞘の下部がパックリと開き、漆黒の刀身が露わになる。
1m以上もの剣をその度に鞘から抜いていては突然の戦闘などで遅れをとる時がある。
それを避けるため、鞘の上部にある留め金を外せば自然に刀身が抜き放てるように仕上げているのだ。
ヴァンキッシュと俺たちが身を潜めている岩の距離は凡そ10~15m。
身体強化している俺の脚力ならば一瞬で詰められる距離だ。
俺の戦闘準備が完了したのを見て、キルシュが先制の魔術を放つ。
ヴァンキッシュたちの足元に白く冷たい霧が発生したかと思うと、脚から下の部分が氷に覆われ一瞬にして凍結する。
“氷霧”と呼ばれる一定の空間の温度を急激に下げ、その場にいる対象を瞬間凍結させる霧を生み出す魔術だ。
「ジャァァァァァァァ!!」
“氷霧”による突然の襲撃に混乱したヴァンキッシュの群れは警戒の声を上げた。
身動きが取れない以上、それはただの的でしかない。
岩を飛び出した俺は、岩から見て一番近くにいたヴァンキッシュの下に一気に駆け寄る。
ズシュウゥ。
重い音と共に、その首を一刀の元に刎ねた。
ヴァンキュシュの分厚い首の皮の下には、皮下脂肪と筋肉、そして人間の背骨よりも太い骨まであるが、その全てを漆黒の刃はまるで紙を切るかのようにあっさりと両断して見せる。
この漆黒のバスタードソードはただの剣ではない。
アーティファクトと呼ばれる古代魔法帝国の遺跡から発見された遺物なのだ。
その力の一端がこの切れ味だ。
切る対象が鉄や鋼、果てはミスリルであろうと抵抗なく切り裂くことができる。