結論から言うならば、ミスコンもミスターコンもぼくらのクラスが優勝だった。

 ただし、月ヶ瀬さんはミスコンに出ていないし、ぼくもミスターコンに出ていない。

 それは代表が変わった訳ではなく、ぼくがミスコン、月ヶ瀬さんがミスターコンに出るという、一見ネタに走ったと思われてもしかたない性別逆転エントリーをしたからである。

「月ヶ瀬さんめちゃくちゃかっこよかった! クラスの男子より断然イケメン……!」
「陽原くんも可愛かったよ、ていうかそのワンピース着こなせるとか、女子として自信失うんだけど!」
「本当に、二人とも化粧と服で随分化けるなぁ……普段のお前らを知っててもびびるわ」
「あはは、ありがとー」
「……どうも」

 いつも教室の片隅で目立たなかった月ヶ瀬さんは今やクラスの中心で、今度は誰からもからかわれることなく、ネタ枠ではなく実力からの優勝だった。

 今日までの約一ヶ月の準備期間、ぼくはそれはもう頑張った。もちろん月ヶ瀬さんを学校一綺麗な女の子にするためだ。
 彼女に似合うメイク、彼女に似合うファッション、彼女の好むコーディネート。あらゆるパターンを試しては、月ヶ瀬さんのポテンシャルに度肝を抜かれた。

 似合うであろうと予測していた綺麗目も、一応試すだけ試してみようとやってみたガーリー系も、どれもとても似合っていて、ぼくはその眩しさに月ヶ瀬さんを直視できないほどだった。
 本当に、こんな素材を眠らせていたなんて世界の損失だ。
 今時の女の子にしては珍しいほどの飾り気のなさも相俟って、そのギャップは相当のものだった。

 結果、最終的には本人の意見を尊重することにしたのだが……本心としては「彼女の美しさを誰にも見せたくない」なんて、当初の目的とは正反対の、美の探求者にあるまじき気持ちを抱いてしまったのだ。

 それが独占欲なのか、それとも、自分には出来ない可愛いも綺麗も着こなせる彼女への嫉妬心からかは、わからなかった。
 彼女は、そんなぼくの複雑な気持ちを見抜いていたように思う。
 ずっと流され受け身だった彼女が、ぼくたちのミスコンとミスターコンのエントリーを入れ替えたのだ。

「……ギリギリになってから『ミスコンに出て欲しくない』とか言われた時は、何事かと思った」
「大変面目ない……」
「別に……結果オーライ。背丈とか、今まで何となく嫌だったのが活かせたし、しっくりきた系統が男装にも向いてたし……皆に格好いいって言われるの、結構楽しかったし……」

 優勝の興奮冷めやらぬ文化祭の打ち上げで、主役のぼくらは着替えてくるからと二人抜け出していた。

 慣れ親しんだ空き教室に向かう最中、ポニーテールに纏めた髪とおしゃれな眼鏡、黒いカジュアルスーツの似合う月ヶ瀬さんはいつもより幾分饒舌で、彼女にとって満足行く結果だったのだろうと伺える。

 けれど、ぼくとしては内心複雑だった。ぼくの衣装である、きっと似合わないであろうピンクのワンピースに対してではなく、彼女の美を己の手で完成させ皆に広めるという崇高なる芸術の前に、私欲が顔を出したことだ。

 結果オーライとはいえ、ぼくが当初掲げた目的とは少し違うかたちになってしまったのだから、落ち込むのも当然だ。
 きっとぼくのわがままさえなければ、彼女ならありのままミスコンでも優勝出来たに違いない。

「……ごめんね、月ヶ瀬さん」
「どうして謝るの?」
「いやだって、いきなり男装でミスターコンにとかさ……」
「そもそもミスコンにだっていきなり押し切られたんだけど」
「……あはは、ごもっともです」

 最初から最後まで、ぼくの空回りでしかなかった。笑って誤魔化すように思わず俯いていると、月ヶ瀬さんがぼくの顔を覗き込んでくる。

「私、これでも結構感謝してる」
「え……?」
「……メイクとかファッションとか、正直まだよくわからないけど……好きかもって思えるものは見つけたし」
「本当に!?」

 彼女からの予想外の言葉に、ぼくは驚く。あれだけ何物にも無頓着だった彼女が、今回の経験で何か好きになれるものを見つけられたなら、それだけで報われたような気持ちになった。

「何? やっぱり黒系? 今回みたいな格好いい感じのが……」
「ううん。可愛いの」
「えっ……!? あ、そっか……やっぱり、可愛い服着てミスコンに出たかった? 本当に、ごめん……」
「……そうじゃなくて。ここに居る可愛いの、好きかもって思った」
「!?」

 そう言って、編み込みのヘアアレンジをしたぼくの頭を撫でる月ヶ瀬さんは、眼鏡の奥の切れ長の目を細め微笑む。男のぼくから見ても格好いいのがずるい。

「陽原くん、ちゃんと似合う。可愛い」
「でも、ぼく……こんなワンピースなんて……しかもピンクだし」
「こんな可愛いの、似合わないって思ってた? メイクも完璧なのに」
「メイクは、そりゃあ……誰にも見せたことないけど、研究はしてたし……。でも、今も自信ないよ……優勝してみんなは褒めてくれたけど、月ヶ瀬さんはともかくぼくはネタ枠かもだし……」

 いつもとは反対に、ぼくが自信ややる気を無くして、彼女がぼくを褒めて認めてくれる。そんな状態に、どこか落ち着かない。
 大好きなメイクを自分にして、憧れの可愛い服を纏って、それを人前に晒した感動や興奮が、今になって後悔に似た気持ちになる。
 今はこのお祭り気分で皆も友好的なのに、明日には一転して気持ち悪がられるかもしれないのだ。

「……それは、私も」
「え?」
「自信なんてなかった。地味で暗い私なんかが、メイクしたり服装を変えても、何も変わらないって思ってた。何なら調子乗るなとか言われるかと思ってた」
「そんなこと……」
「……でも、最初から諦めないで、好きを形にしたり、表に出せば誰かに認めて貰える。それを教えてくれたのは、あなた」

 そうだ、ぼくのお節介が、彼女を変えた。変えたけれど、彼女の本質は変わらない。良いと思ったものはよくて、それを口にすることを憚らない。
 ああ。月ヶ瀬りりあは、やっぱりぼくが見込んだ通り美しい。どんなメイクやファッションでも関係ない。彼女が彼女で在るだけで、世界一の輝きを放っていた。

「……ぼくも、もう少しだけ自分の好きに正直になってみる」
「そう……良いと思う」
「とりあえず、明日からインナーカラーはピンク、かな」
「うん、きっと似合う。……もうミスコンはないけど、明日も、私にメイクしてくれる?」
「……もちろん!」

 朝に昇る月や、夜に浮かぶ太陽。そんな一見ちぐはぐでも、ほんの僅かで見えにくくても、確かにそこにある輝きに、ぼくらは目を凝らす。
 変わるもの、変わらないもの、諦めるもの、挑戦するもの。ありのままも、着飾ることも、不安も、期待も、ひとつひとつに目を向けて、勇気を出して選び取ることで、明日からの希望に繋げる。

 その先に、自分らしい輝きが見つかることを信じて。ぼくらは明日も、見えない光を求めるように、自分なりの一歩を踏み出していく。