「……芸術って、最初何のことかと思った。絵の具でも塗ったくられるかと」
「まさか。姉ちゃんの影響でさ、昔からこういうの好きなんだよね」
翌日の放課後、ぼくたちは空き教室で待ち合わせて早速作戦を練った。
机に広げた、たくさんのファッション雑誌や自前のメイク道具。
男がこんなものを持ってるなんて珍しいだろう。奇異の視線を感じるのが怖くて、誰かに見せるのも初めてだった。
それでも、何物にも頓着しない彼女なら受け入れてくれるはずだと、彼女を綺麗にするためだと言い訳を連ねながら、内心怖さ半分期待半分に宝物たちを見せ、彼女の反応を伺う。
「こんなにたくさん、すごい」
「へへ、でしょ!」
偏見もなく素直に感心した様子の彼女に、ぼくは安堵する。好きなものを受け入れて貰えるのは、とても嬉しいことだった。
メイクやファッション、小物なんかを含めたコーディネートやヘアアレンジ。
自分で身なりに気を遣うのとはまた違う、女の子を可愛くするとびきりの魔法に、ぼくは幼い頃から夢中だった。
地味でお洒落に頓着のない彼女に、お節介ながら勿体無く感じていたのはそんな気質からだ。
ダイヤモンドの原石のように、磨けば光る逸材なのにと、いつも見ていた。
当の本人には相変わらず怪訝な顔をされてしまうけれど、彼女にミスコン優勝を狙える素質があるのは事実だった。
伸ばしっぱなしの黒髪は長くてアレンジし放題。ケアを怠っているせいで毛先は少し傷んでいるから揃える程度はして貰うとして、染めたり巻いたこともないそれはミスコン本番まで念入りにケアすれば、絹のような質感になるだろう。
分厚い眼鏡に隠された瞳は少し吊目がちだけど大きく澄んでいて、アイメイク次第ではどんな雰囲気にもなれる。
普段俯きがちで目立たないものの、飾り気はなくとも顔の作りは整っていて、可愛いというよりは美人な印象だ。インドア派で色白な肌もあり、化粧映えするに違いない。
猫背でわかりにくいものの背も高く、姿勢さえ気を付ければ格好いい立ち振舞いも可能だろう。いっそステージで目立たせるために、さらに高くするのにヒールがいいかもしれない。
ガーリーよりもクール系が似合うだろうか。フェミニンな大人コーデも捨てがたい。
どんな素敵な女の子に仕上げようかと、今から楽しみで仕方なかった。
「月ヶ瀬さんは、ファッションの好みとかある?」
「特には」
「……私服はどんなの着るの?」
「楽なの。部屋着は中学時代のジャージとか」
「楽だし丈夫だもんね……」
わくわくしているのはぼくだけで、彼女は心底面倒臭いという顔で雑誌をパラパラと捲る。
それでも帰ったりしないのは、彼女の真面目な気質からだろうか。質問に対しても、面倒くさそうにしながらも律儀に答えてくれる。
「んー、じゃあ好きな色とかは?」
「……黒」
「おっ。いいね、格好いいの好き?」
「黒なら、汚れも目立たないから」
「あー……」
ファッションに関心を持たせるのは難しいと判断したぼくは、まずはメイクを試すことにした。
いろんな系統を試して、変わった自分の顔に驚いたり喜んだりしてくれたなら、それに合う服装にも少しは興味を持つかもしれない。
興味のないことを押し付けるのは、よくない。勿体ないと感じるのは、ぼくのエゴでしかない。わかってはいるものの、昨日のクラスメイトの反応を見て、何としても彼女をとびきり綺麗にしたくなったのだ。
「よぉし、それじゃあ始めるね。まずは可愛い系統のメイクから」
「うん」
「かっこいいのとか強そうなの狙うなら赤でねー、可愛いのならピンク使うと良い感じになるんだ」
「へえ……」
嫌々付き合う雰囲気を出しながらも、月ヶ瀬さんは素直に目を閉じ応じてくれる。
ぼくが勿体ないと感じるのと同じように、彼女自身も本当は変化を望んでいるのかもしれない。ついそんな風に都合よく解釈してしまう。
「ベースメイクしてくけど、月ヶ瀬さんって乾燥肌気味?」
「わからない」
「そっか……合う化粧品見つけるところから始めないとな」
「……適当でいい」
「ダメだよ。最高のコンディションでステージに立って欲しいし……それに、知っておけば将来メイクに興味が出た時、参考になるかもだし」
「……ミスコンの先のことまで考えてるの?」
「当然。せっかく綺麗にするんだ、シンデレラの魔法じゃ勿体ないからね」
ぼくの言葉に月ヶ瀬さんは閉じていた目をぱちりと開けて、瞬きをする。
眼鏡を外しているせいで視界がぼやけるのか、僅かに目を細めてぼくを見た。
「……陽原くんて、見た目の割にロマンチスト?」
「見た目の割に!? ぼくどんな風に見えてるの」
「インナーカラーに赤なんて入れてる派手髪のチャラ男……?」
「ひどい! これでも誠実代表だし、派手なのは自分に似合う色を探した結果で……」
「興味ない」
「とりつく島もない!」
「……ふふっ」
ぼくが落ち込む様子を見て、月ヶ瀬さんは楽しそうに笑う。メイクのために前髪を上げているから、その表情がはっきりと見えた。
「……続きやるから、目閉じて」
「ん」
放課後の喧騒を遠くに聞きながら、二人きりで向かい合う。彼女は目を閉じて、ぼくにすべてを委ねている。そんな時間が、少しだけ緊張した。
「……でも、うん。陽原くんはきっと、強そうな赤より可愛いピンクとかが似合うよ」
「え……?」
「好きなこと、楽しそうにする陽原くん、結構可愛いし」
「……」
可愛くなるためのメイクやファッションが好き。けれど可愛いものは、男の自分には似合わない。
人に理想を押し付けておきながら諦めているそんな自分を見透かされたようで、彼女に顔に触れる指先が熱かったり震えていやしないかと、やけに気になった。
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