うちのクラスには『月ヶ瀬りりあ』という女子が居る。

 名前はキラキラとしていてアイドルのような可愛らしい印象だが、当人はおよそその名前が似合うような人物ではなかった。

 彼女は伸ばしっぱなしで縛ることすらしないボサボサの黒髪に、メイクとは無縁で色付きリップすらしたことがなく、度のきつい眼鏡に膝下のスカート姿の典型的な地味代表。
 外見もさることながら、中身も教室の隅で一人静かに読書でもしているような、クラスでも目立たないおとなしいタイプだった。

 そんな彼女に来月の文化祭で行われる『ミスコン』のクラス代表の白羽の矢が立ったのは、手違いでも嫌がらせでもなく、ぼくの推薦がきっかけだった。

「はいはーい! 月ヶ瀬さんがいいと思います!」
「えっ、月ヶ瀬さん……?」
「陽原、おまえマジで言ってる?」
「ちょっと、月ヶ瀬さんかわいそーじゃん」
「……? 何で可哀想なんだよ?」
「え、あ……いやだって、そういうの苦手そうじゃん?」
「そうかもしれないけど、ミスコンだろ? せっかくなら美人出して賞品欲しいじゃん」
「……、……まじ?」

 その後クラスの連中は面白がったり囃し立てたりと様々な失礼な反応をしていたのだが、当の本人が黙ったまま俯いていたのを無理矢理押し通したぼくも、同罪だと言える。

 そのままぼくの押し切るかたちで、クラス代表は月ヶ瀬りりあで決定した。
 同時開催のミスターコンは「せっかくだしお前もやれ」の一言でぼくに決まってしまったけれど、月ヶ瀬さんを指名した手前自分は出ないなんて言える訳もなく仕方なく同意した。

 彼女は俯いたまま、最後まで賛成も拒否もすることはなかった。


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「……陽原くん、ちょっと」

 放課後になり、帰り際ぼくは月ヶ瀬さんに呼び止められた。
 そして、クラスのみんなが居る前では一言も発することなく大人しかった彼女は、教室に二人になると凛とした声でぼくを真っ向から非難する。

「……ねえ、陽原くん。なんで私を推薦したの。イジメ?」
「いやいやまさか。クラスで月ヶ瀬さんが一番綺麗だから」
「は?」

 ぼくの素直な言葉に、月ヶ瀬さんは思いきり顔をしかめる。ぼくが笑えない冗談でも言っているかのような、そんな胡散臭いものを見るような表情だ。

 引っ込み思案なのかみんなの前では気弱な様子を見せる彼女だったけれど、本来はこんなにも真っ直ぐな性格をしているのだと、新たな発見に驚きながらも嬉しくなった。
 ぼくがにこにことしていると、彼女はあからさまに眉を寄せる。

「……あのさ、そういうのやめて。さっきもからかわれたし、人をネタにしてそういう笑い取るの、率直に失礼……」
「……? みんなに笑われたのはそりゃあ月ヶ瀬さんに失礼なとは思ったけど……ネタのつもりはないよ」
「じゃあ何なの」
「さっきから全部本気だよ。ぼくは、きみがミスコンに相応しいと思ってる。クラスで一番綺麗な女の子だとも」
「は……」
「でも、今のままじゃダメだ。みんなにからかわれて終わっちゃう」

 ぼくは怪訝そうにした月ヶ瀬さんの日焼け知らずの白い手を握り、熱弁した。

「月ヶ瀬さんは、磨けばもっと輝ける……ダイヤの原石だ! ぼくに、きみを変えさせてくれないかな?」
「は……?」
「きみは、ぼくの芸術にぴったりなんだ! 美しくなって、みんなをあっと言わせよう!」
「……はあ?」

 その日から、ぼくと月ヶ瀬りりあのミスコン攻略計画は始まった。


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