だが、瑪瑙は完全には死んでいなかった。
彼は絶望と憎悪、そして、愛するモノを全て奪い取ったあの女への復讐心に駆られ死にきれなかったのだ。
愛するモノの仇をとるためなら神でなくなってもいい。目の前で幼い倅と妻を殺される光景が何度も頭の中で甦る。

(許さない…許さない…!!絶対に許さん!!!あの女だけは必ず僕が殺す…!!!女の一族を根絶やしにしてくれるわ…!!!)

復讐の為に瑪瑙は神の名を捨て悪鬼へと堕ちた。もう、人間を愛していた優しかった頃の彼はいなくなってしまった。
人の姿から本来の大蛇の姿へと変身し、視力を失った中で血の匂いと邪悪な気配を辿って全ての元凶であるあの女の居場所を探す。
あの女を殺す為ならどんな手段でも厭わない。例え多くの犠牲を出したしても是が非でも愛した人達の仇を取りたかった。
瑪瑙はある村に目をつけた。そこは、親父の清が守っている村だった。
龍神に守られた村だと知っても瑪瑙は躊躇うことはない。何故なら、その村からあの女の気配がするからだ。
彼は早速村に災いを起こした。大嵐を引き起こし洪水で大勢の人を殺した。ただ、あの女を誘き出す為に。
元凶の女は復讐の鬼となった瑪瑙を見て恐怖に慄くも必死に逃げ惑っていた。口汚く言い訳を撒き散らして。

「私は悪くない!!!命令されただけなのよ!!!」

ようやく見つけた女を殺そうとした時だった。
龍神の清と、村の巫女である少女が瑪瑙の前に立ちはだかったのだ。
二人は悪鬼となった瑪瑙に果敢に立ち向かった。
怒り狂った瑪瑙は私の邪魔をするなと二人に攻撃する。清も人の姿から龍へと姿を変えて応戦する。巫女の少女は瑪瑙に纏う瘴気を祓おうと祈り続けた。
熾烈な争いの中で巫女の少女は異能を使って瑪瑙の心に触れる。何故、突然この村を襲ったのか、それに至るまでの経緯を知ったのだ。

「そんな…!!瑪瑙様…!!」

少女は村を襲った理由を知って、涙を流しながら瑪瑙を鎮めようとするがもう止められなかった。
清も少女の異能を通じて瑪瑙の心を見たが、復讐に駆られた悪鬼となった彼に説得なんて通用しない。止める方法はもう一つしかなかった。
きっと、瑪瑙をそれを望むだろうと彼の親友であった清は悟っていたのだ。
龍神と悪鬼へと堕ちた蛇神の死闘は清の勝利でようやく幕を下ろした。
闘いによって村はほぼ壊滅状態。逃げ遅れた者や、怪我を負った者を救うので精一杯だった。
清は少女と共に死にゆく瑪瑙の元へ駆け寄る。傷付いた瑪瑙を清はそっと抱き寄せた。

「ただ…私から全てを奪ったあの女を…愛する妻と倅と殺したあの女を殺したかった……仇を打ちたかった……だが…っ」

強い憎しみのあまり周りが見えなくなってしまった。愛していた人間達を大勢殺めてしまったと瑪瑙は悔いた。
取り返しのつかない事をしてしまった。いくら復讐の為だとはいえもう家族に会えないと嘆いた。
肝心の元凶の女も取り逃してしまった。もう身体では追うことも仇を打つこともできないと。
清が持つ癒しの異能も間に合わない程の致命傷を負った瑪瑙は彼にある石と約束を託した。

「清、これをお前に託す。一生苦しみを味合わせる呪いをかける為の呪具だ」

瑪瑙に渡された石とは禍々しい漆黒の色をした結晶。その結晶から放たれるモノは憎しみと悪意そのものだった。

「私の代わりにあの女の一族に復讐を果たしてくれないか?必ずあの女を見つけ出し…全てを奪われた恨みを……」
「……瑪瑙…!!貴様…!!」
「分かっている。復讐は何も生まないって。だがな、大切なモノを目の前で奪われたらそんな考え意味が無くなる。この世で生きてゆくことさえもな……」

瑪瑙は悲しそうに微笑んだ。

「どうせ私は地獄に行く。何の罪もないの人間を身勝手に大勢殺した私は先に天国へ行ってしまった家族にはもう会えないだろう。だから…せめて…うぅ…っ」

苦しそうに悲願を託そうとする瑪瑙の姿を見て清は断れなかった。清は瑪瑙から結晶を受け取る。
幼い頃からずっと親友であった瑪瑙の幸せを守れなかった報いだ。この復讐を彼の代わりに果たすことは自分に課せられた義務なのだと。

「分かった。後は俺がやる。だからもう…」

清は死にゆく親友に悲しさのあまり我慢していた涙を流す。瑪瑙は清の表情を見て微笑んだ。

「泣くなんて…お前らしくないな」
「うるさい。誰のせいで」

そして、瑪瑙は清の腕の中で息を引き取った。まだ未練を残したままこの世を去ったが親友に全てを託し天に召されたのだった。
その様子をずっと泣きながら見守っていた巫女の少女が清の元へ駆け寄り、安らかな顔をして亡くなった瑪瑙を見る。

「清様…」
「コイツは十分苦しんだ。身勝手な人間のせいで。本当はこんな形で休ませたくなかった。人間の為に尽くしてきたのに」
「瑪瑙様の心を覗いた時に見ました。私でも同じ事をすると思います。確かに大勢の犠牲を出しました。でも…彼をそうさせてしまったのは我々人間のせい…」
「そうだな。だが、君のような優しい人間がいるのも事実だ」

すると、清は小さい白い光の玉を出現させた。それは清が持つ癒しの異能だった。

「瑪瑙に託された黒い結晶がこの異能を闇で飲み込んでしまう前に君に継承する」
「癒しの異能を?!そんな、私なんかに…!!」
「龍神の巫女として最後まで俺を支えてくれた御礼だ。瑪瑙を救おうとしてくれようとした」
「清様…」
「この異能を使って村の者を救ってくれ。そして、悪しき人間に渡らぬように守って欲しい」

親友を救えなかった自分にはこの異能は見合わないとも感じたのだろう。清は少女に異能を継承させた。
継承した少女は、言葉通りに異能を使い村の為に力を発揮した。
その話はやがて伝説となり語り継がられてゆく。